2020/11/16 - 2020/11/17
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さっとん姉さん
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三年前に訪れた鞆の浦を再訪したくなった。今年の大河「麒麟がくる」の足利義昭つながりというより、BSで再放送中の「太平記」に間もなく登場するはずの古刹・小松寺(足利尊氏等と深い関わりがある)を訪れてみたくなったのである。
尊氏はこの地で北朝の光厳院から得た院宣を奉じて都に攻め上り、天下を取ることとなる※。
関西方面から福岡へ戻る途中、広島県東部のJR福山駅近くのホテルに宿泊することにした。到着した日は駅前にある福山城を訪れた。翌日はバスで鞆の浦を訪れ一日かけてぶらぶらしてみた。
(2020.11.26作成開始)
※建武3(1336)年2月、足利尊氏は都の戦闘で新田義貞軍に敗れて九州に落ち延びたが、北朝方の光厳院から義貞追討の院宣を獲得して盛り返し、後醍醐方の軍勢を破って上洛する。
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【一日目】
平日の昼過ぎ、広島県東部の福山市に着いた。
上の写真はJR福山駅の南口側。城のある北口とは反対側である。福山駅 駅
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北口へ移動して宿泊するホテルへ向かう。
チェックインまでまだ時間がある。スーツケースを預けて外出する。天気は悪くない。 -
Gで始まるサイトの口コミを参考にして駅から近いラーメン店を初めて訪れる。
店の入口付近を撮った写真を後でよく見ると何やらごちゃごちゃしている。こういうタイプの店(ラーメン屋以外では居酒屋など)は経験上要注意なのだが、この時は失念していた。
醤油とんこつラーメンとガーリックチャーハンのセットを注文した。先行する口コミに書かれている通り、確かにコスパは良いと思う。
ラーメンもチャーハンもあまり美味しくない。
どちらも初入店で美味しい店に当たる確率は半分以下かな。 -
食後の腹ごなしに街をぶらつくことにした。
ラーメン屋から少し先へ行くと私の好きなアーケード商店街を見つけた。飲み屋が集まっているいわゆる歓楽街でもある。
福山駅近くのホテルには以前も泊まっているが、その時はここへは来ていない。
30分くらいして駅へ戻る。 -
再び駅の北口側へ行き福山城を初めて見学する。
石垣の手前の木々が色づいている。福山城 名所・史跡
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上の写真は江戸時代初期の福山城の姿。
現在地と書かれたすぐ南側に内堀が描かれているがここは後に埋め立てられ現在JR山陽線が走っている場所である。
現在の線路と駅はかつての城の三の丸にあたる場所に位置しているとのことである。駅ナカの観光案内所で貰った冊子には
『 山陽線の建設が計画された際、線路を最短ルートで敷くためには内堀が妥当とされ、三の丸あたりに福山駅ができた』
と記されている。
これだけ本丸が駅の間近に位置している駅はなかなか他にはない。
一つ挙げるとすれば山梨県のJR甲府駅。
江戸時代初期に造られた甲府城の城郭の中に中央線の線路と甲府駅がある。駅から外に出なくても、プラットホームから眺めればよく分かると思う。 -
道路を挟んで線路と向かい合う本丸の石垣が美しい。
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階段を上がって行くと伏見櫓が間近に見える。重要文化財。
京都にあった伏見城から移築された価値の高い遺構である。 -
天守閣方面へ行く前に本丸の西へ行くと目立つ場所に阿部正弘公の銅像が建っている。
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ここ福山藩の7代藩主。老中として日米和親条約を締結したことはあまりにも有名である。
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以前から気になっているゴシック様式風の建築物が西側にはっきり見える。
観光スポットではなく地元民向けの結婚式場である。もう少し城から離れた場所だといいのに。 -
筋金御門(すじがねごもん)。重要文化財。
築城の際、京都の伏見城から移築されたと伝えられる。 -
現在の天守閣。手前にフェンスがあり、そこから先には近付くことが出来ない。
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工事が終わるのは再来年の8月末とのこと。
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鐘櫓(かねやぐら)。福山市重要文化財。
往時は時の鐘や太鼓が備えられていた。 -
湯殿。天守閣側からは近付けない。城壁に張り出した木造の建物は趣がある。
これも伏見城内にあった建物を移築したと伝えられている。 -
月見櫓。赤い欄干が洒落ている。
これまた伏見城内にあった建物が移築された。
現在の伏見城は第二次大戦後に再建された鉄筋コンクリート製のもののようであるが、築城当時の伏見城の様子はこの福山城に移築された建物群を見るとわかるような気がする。
豊臣秀吉が築城した伏見城は徳川政権になってから目の敵にされて壊されてしまったのであろうか。 -
線路に面した南側の石垣の石にはあちらこちらに刻印が残っている。
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東側の通路から天守閣に最も近い場所まで行くことができる。
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福山城を築城し福山の街の基礎を築いた初代城主水野勝成公の像。
徳川家康公の従兄弟にあたり、数々の合戦で武功を挙げた猛将である。 -
三蔵稲荷神社。福山城の本丸の北の端に位置している。
せっかくなのでお参りして行くことにする。 -
境内にある立派な能舞台。
格式の高い神社なのだろう。 -
【二日目】
福山駅南口のバス停から09時45分発のバスに乗る。
目的地の鞆の浦へ行く路線バスは平日の午前中でも3~4本運行している。 -
終点の「鞆港(ともみなと)」で下車する。
以前に一度来ているので勝手は分かっている。 -
鞆港。常夜燈が見えて来た。
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港周辺の路地は道幅が狭い。昔ながらの道なのだろう。
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歴史的に重要な建物も残っている。
幕末の歴史的な事件に関係のある家や坂本龍馬ゆかりの建物もある。 -
鞆港(鞆の港)は 瀬戸内海のちょうど中央に位置していて、潮待ちの港として古くから賑わっていた。
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鞆港のシンボル常夜燈(じょうやとう)。
地元では「とうろどう」と呼ばれている。
1859年に建てられた灯台で、その高さは海中の亀腹型石積みまで含めると10メートル以上となり港の常夜燈では日本一の大きさである。常夜燈 名所・史跡
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雁木(がんぎ)。潮の干満に関らず船着けできる石階段である。
雁が飛ぶさまに似ていることから「雁木」と呼ばれている。雁木 名所・史跡
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ちなみに、新潟県の商店街などで見られる雪よけの屋根(アーケードに類似している)は雁木造(がんぎづくり)または雁木と呼ばれる。
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岡本家長屋門。福山市重要文化財。
解説板によると明治の初めに福山城内から移築されたとのこと。 -
地蔵院の山門。
この後に訪れる福山市鞆の浦歴史民俗資料館はかつて鞆城が築かれた丘の頂上に建っている。
地蔵院はその鞆城の二の丸跡に建っている。 -
地蔵院の石段の下が港周辺の街並みの高さである。
この場所から少し海側が旧海岸線で鞆城の石垣が残っていた。 -
地蔵院の石段の両側が旧鞆城二の丸の石垣である。
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中央に手すりのある階段を上って鞆の浦歴史民俗資料館へ向かう。この石段は港の方向からかつて鞆城のあった丘へ真っ直ぐ伸びている。
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丘の頂上に建つ福山市鞆の浦歴史民俗資料館。
福山市鞆の浦歴史民俗資料館 美術館・博物館
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「特別展 鞆幕府 将軍足利義昭」を10月08日~11月23日開催中。良い時に来たものである。
館内は撮影禁止。
質問をすると私より年配と思われる男性の係員が丁寧に答えてくれた。 -
資料館を約1時間かけて見学した。
建物の前からは鞆港を一望できる。天気にも恵まれ良い気分である。 -
かつての鞆城はかなり大きな城郭だったようだ。
鞆城跡 名所・史跡
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民俗資料館の前庭に作曲家・箏曲家として名高い宮城道雄の像がある。1929年に発表した「春の海」は、父親の故郷であり自身が幼少期を過ごした鞆の浦を思って創作したと言われている。
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資料館と宮城道雄の像がある場所から西へ一段下がったところは、現在公園になっている。
先ほど資料館内で男性のスタッフさんに確認したところ、この場所に足利義昭の館があったとのこと。 -
鞆城跡の丘を北西方向へ下りぶらぶら歩いて行く。
山中鹿介首塚が建っている。山中鹿之助首塚 名所・史跡
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山中鹿介は毛利氏に滅ぼされた尼子氏の有名な家臣。
天正六(1578)年7月3日、尼子勝久・氏久兄弟は切腹し山中鹿介は毛利方に囚われた。7月17日の護送中、高梁川と成羽川の合流点にある「阿井の渡し」で殺害され、備中松山城に在陣していた毛利輝元はそこで首実検をする。 -
鹿介の首は備中松山城から鞆城へ送られ、当時の室町将軍・足利義昭も首実検したと伝えられている。鹿介の首はこの首塚の近くに埋葬されたと伝えられており、現在でもすぐ近くにある静観寺(上の写真)では毎年7月17日に「首塚祭」の供養が行なわれている。
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ささやき橋。
車道の途中にある。幅1メートルもない。ささやき橋 名所・史跡
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少し先に今日の鞆の浦訪問の最大の目的地、小松寺がある。
1175(安元元)年に平清盛の長男・重盛が静観寺(当時、天台宗)の境内に一宇のお堂を建立し、小松を植えてその古刹の支院とした。
それが小松寺の興りである。以降、この寺は歴史の舞台にたびたび登場する。小松寺 寺・神社・教会
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平重盛が建立したこの小松寺は、南北朝時代の「鞆合戦」では足利尊氏・直義兄弟が陣所を構えた。
(この写真の「小松寺略記」では足利尊氏が光厳上皇の院宣を得たのはこの寺であると記されている。)
さらに、織田信長に京を追われた室町幕府最後の将軍・足利義昭もこの寺で再興を期した。 -
ちなみに、令和2年11月29日に再放映された「太平記」では、足利尊氏が落ち延びた先の九州北部(今の福岡県)で軍勢を整え北朝方の光厳上皇の院宣を受け取ったとしている。
備後の小松寺への言及は一切なかった。 -
ネットで拾った画像。
足利義昭ゆかりの地として小松寺が記載されている。 -
小松寺の小さな本堂。
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本堂前に「有髪薬師地蔵尊」が祀られている。「有髪」の名前通り前髪を垂らしたお地蔵さまとのこと。
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沼名前(ぬなくま)神社。地元では「ぎおんさん」と呼ばれている。
沼名前神社 寺・神社・教会
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規模は小さいが立派な社殿。
7月の第2日曜日前夜にこの神社で行われる「お手火神事」は福山市の無形民俗文化財に指定されている。 -
沼名前神社能舞台(国の重要文化財)。
豊臣秀吉が愛用し伏見城にあったもの。初代福山藩主水野勝成が徳川秀忠より譲り受け、後にここへ設置された。
残念ながら内部を見ることは出来なかった。 -
沼名前神社の一の鳥居。
よく見ると鳥居の片側の一部が民家の二階に取り付けられた金属製の手摺に食い込んでいる。 -
一の鳥居からしばらく先にこの後訪れる安国寺の道標の石柱が立っている。
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少し先の寺の門前で子猫に遭遇。かなりの甘えん坊である。
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安国寺(備後安国寺)。
1339年、足利尊氏の命によって全国に開かれた安国寺の一つ。境内一帯は県史跡に指定されており、国の重要文化財の釈迦堂や、室町時代に作庭された枯山水など、多彩な文化遺産を有する古刹である。備後安国寺 寺・神社・教会
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鎌倉時代に金宝寺として創建。
足利尊氏により安国寺と改称された。 -
釈迦堂内にある木造阿弥陀三尊像。その手前は木造法燈国師坐像。ともに国の重要文化財である。
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両脇侍立像は現在修理中とのこと。
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境内の一番奥に最初に建てられた本堂の跡が残っている。この寺は何度か興廃と再建を繰り返したようである。
戦国末期には有名な安国寺恵瓊がこの寺の住職となり再建にあたったとのこと。ちなみに安国寺恵瓊は本来は安芸にある安国寺の住職である。 -
備後安国寺から海岸へ行く途中、やや立派な社があるので立ち寄ることにした。
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小烏(こがらす)神社という。
解説板によるとこの付近は南北朝時代の古戦場である。
足利尊氏の弟足利直義の養子直冬は尊氏の庶子であり、現在再放映されている「太平記」では不知哉丸(いざやまる)として登場している。
思いがけず足利尊氏にゆかりのある場所に来ることができて嬉しかった。小烏神社 寺・神社・教会
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今日最初にバス降りたバス停から一つ手前のバス停「鞆の浦」から海沿いをぶらぶら歩いてここまで来た。
すぐ近くには対岸の仙酔島へ行く渡船乗り場がある。 -
福禅寺對潮楼を訪れることにする。
おそらく鞆の浦で最も有名な人気観光スポットである。前回来た時はここへは寄っていなかった。福禅寺 對潮楼 名所・史跡
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對潮楼とは、福禅寺境内の本堂に隣接する客殿。1690年頃創建された。
かつてここを訪れた朝鮮通信使が「日東第一形勝(対馬から江戸までの間で一番美しい景勝地)」と称賛した美しい景色が楽しめる。 -
木版の原書は朝鮮通信使による。
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建物内も撮影は自由である。
おすすめの場所に座って日本一と讃えられた景色を堪能する。天気は上々で風もほとんどない。
※この旅行記表紙の写真も上と同じ方向を撮ったもの。 -
私が福禅寺に着いた時、建物の手前に15人くらいのツアー客がいた。彼らは建物には入らず男性ガイドの説明を聞いた後帰っていった。
ツアーの都合もあるのだろうが、鞆の浦に来て「日東第一形勝」を建物内で眺めずに帰るとは勿体ない。
と、前回ここに来なかったことを棚に上げて私は思うのであった。 -
最後に圓福寺を訪れた。
この場所はもともと島で戦国時代までたびたび戦場となっていた。鞆城が築かれた際に陸続きとなり、現在の沼名前神社の南側にあった釈迦堂が移され圓福寺となった。 -
江戸時代には朝鮮通信使が来日した際の上官の常宿とされた。
圓福寺の座敷からの眺めは格別とのことである。江戸時代後期、この景色に感嘆した一人の儒者が座敷を夾明楼(きょうめいろう)と命名した。
残念ながら座敷を見学することはできなかった。
この日最初に訪れた常夜燈のすぐそばにある「いろは丸展示館」も閉まっていた。
すでに観光シーズンを過ぎている。平日は公開していない施設もあると思われる。 -
圓福寺の本堂の横から海の方向を撮影した。
夾明楼からの眺めに少しは似ているのかな。 -
来た時と同じように鞆港のバス停を14時38分に発車するバスに乗り福山駅へ帰る。
この日も福山駅近くに宿泊するので時間的にはまだまだ観光が出来るのだが、もう私は「お腹いっぱい」であった。
海外の旅でも、1日であまりにも多くの観光スポットを回ったためにかえって印象が薄くなり訳が分からなくなった経験がある。ミャンマーのバガンの遺跡巡りなどがその典型である。
鞆の浦では昼食を取る適切な店が見つからず空腹であった。ホテルに戻る前に駅ナカの定食屋さんで遅い昼食にした。
カキフライ定食と生ビールを注文する。ご飯がめちゃめちゃ美味しい。
帰る時店員さんに聞いてみたが、羽釜などではなく普通の電気炊飯器で新米を炊いているとのことであった。
【了】
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旅行記グループ 大河ドラマ「麒麟がくる」ゆかりの地を訪ねて
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