1998/03/31 - 1998/04/02
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まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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「日本から飛行機を使わずにユーラシア大陸最西端を目指す」のが旅行の目的です。
ボスニア・ヘルツェゴビナを旅しました。
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ベオグラードを夜行バスで出発し、ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボへ向かいました。敵対する2国間にバスが走っていたことに驚いたが、ベオグラードからのバスの目的地はサラエボ郊外のセルビア人支配地区のパレだった。
ボスニアヘルツェゴビナにありながら流通する通貨や民族構成はユーゴスラビア・セルビア共和国に依存している。一応ボスニアの中のセルビア人共和国という位置づけだが、承認している国はない。
4時40分。バスで早朝のパレに降り立った。しかしバスターミナルのようなものはなく、住宅地の空き地で何もない。しかも寒い。
ここからサラエボへはタクシーを使わなくてはならないようだ。サラエボまでは峠を越えることになる。20ほどでサラエボ東端に到着。タクシーはセルビア人なので僕をおろし一目散に帰っていった。
サラエボにやってきたが夜明け前ということであまり実感がわかない。しかし周りを見渡すと破壊された建物や銃弾のあとがあちこちにみられる。 -
とりあえず戦時中も営業を休まなかったホリディインのロビーで夜明けまで暖をとることにした。
黄色い外観が印象的だ。 -
サラエボで滞在した宿。「KONAK」で1泊25マルク(1750円)。
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破壊された中心部のツインタワー。戦時中は炎上するその姿に悲惨さを感じた。まさに文明国の戦争を象徴した建物だった。
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こちらの建物も派手に破壊された。トラムは通常通り運行されている。
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廃墟になった街の中心部のサラエボ・オリンピックの看板がむなしく見える。
チトーという強力な指導者の下ユーゴスラビアはまとまりを見せていた。そして1984年の冬季オリンピック。民族融和の象徴の地としてサラエボが選ばれたが、14年後この有様だ。
民主化は民族主義を生み戦争へとつながる典型的な例だ。ユーゴスラビアは完全に崩壊してしまった。 -
サラエボの裏山に登ってみた。かつてはロープウェイが通っていたようだが今は運休中だ。
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仕方なく歩いて上ることにした。
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サラエボの子供たち。
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丘の上からの眺め。どこに行っても黄色いホリディ・インの建物が目を引く。
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どこに行っても破壊された家が目にはいる。
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住宅街の集合住宅にも生々しい銃弾の後が見られる。
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サラエボ駅にやってきた。現在サラエボ駅は閉鎖され列車の運行再開のめどは立っていない。
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駅舎内部も銃弾の跡が残っている。
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ホームに残された客車はさび付いていた。
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サラエボで比較的活気のある市場。戦争中はロケット弾が打ち込まれたりしたこともある。
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サラエボのトラム。トラムは全系統が復旧し、市民の重要な足になっている。
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サラエボの町並み
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サラエボで一泊した後、駅に隣接するバスターミナルからバスで南部のモスタルに向かいました。現在鉄道が走っていない以上バスがこの国唯一の交通手段だ。
サラエボからバスで2時間。ボスニア・ヘルツェゴビナ第二の都市モスタルにやってきた。モスタルは警告沿いに街が広がるのどかな街だった。しかしここも戦争により街は壊滅状態になってしまった。
この町はムスリム人とクロアチア人との間で戦争が行われた。 -
モスタルではトルコ系ムスリム人のオメル・ラキシーさんの家の世話になった。
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ムスリム人側の町にて。
街は落ち着きを取り戻し、観光客を受け入れる体勢が進みつつある。
この渓谷に有名なトルコ橋がかかっていたが戦闘で破壊されてしまった。
川の向こう側はクロアチア人居住区になっている。 -
橋を越えクロアチア人地区に行ってみた。橋の上からの眺め。のどかな町並みが広がる。
橋を越えると住民だけでなく流通する通貨も違ってくる。橋を越えるとボスニア・ヘルツェゴビナであるにもかかわらずクロアチアの通貨「クナ」が流通する。 -
町の中心部にかかるメインの橋も戦闘で破壊されたので今は仮設橋になっている。
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モスタルのクロアチア人居住地区に出たら一体は廃墟になっていて言葉もない。
とにかく徹底的に破壊されていた。 -
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時折、装甲車が巡回している。
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クロアチア人地区の高台に上ってみた。
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どこに行っても破壊された建物ばかりだ。この街の復興にはしばらく時間がかかりそうだ。
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モスタルの町並み。
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ムスリム人側にある駅に行ってみた。もちろん列車は運行されていない。
モスタルからアドリア海に面した要塞都市「ドブロブニク」にバスで移動した。
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