2020/09/05 - 2020/09/05
78位(同エリア2026件中)
+mo2さん
東京富士美術館に、9/1から開幕した「THIS IS JAPAN IN TOKYO~永遠の日本美術の名宝~」展を見に行ってきました。東京富士美術館へは、何度か足を運んでおり、その素晴らしい西洋絵画コレクションは常設展などで何度も見てきましたが、日本美術のコレクションを見るのは初めての機会でした。平安時代から近現代に至る絵画、浮世絵版画、漆工、刀剣、武具甲冑などの多様な分野にわたっており、楽しめました。また今回の展覧会は、常設展と同じく写真撮影OKとなっておりました。写真枚数が多くなりましたので2部にわけ紹介します。
※作品コメントは、東京富士美術館HPより参照しました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
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2019年9月、ICOM(国際博物館会議)京都大会を記念して、東京富士美術館が所蔵する日本美術の名品から選りすぐった「百花繚乱 ニッポン×ビジュツ」展が、京都文化博物館にて開催されましたが、本展はその里帰り展となるものです。
東京富士美術館 美術館・博物館
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狩野尚信「猛虎図」慶長12(1607)-慶安3(1650)
右奥から流れ出る水流の縁に手をかけて佇む虎。その口元を見ると薄く彩色があり、口を開けているのか、舌を出しているのかは判別できませんが、水をありつこうとする瞬間を捉えていると分かります。 -
「猛虎図」(拡大)
周囲を窺うような視線を送る表情は、まるで猫のようで愛くるしい。大胆な余白の活用が尚信画の特長ともいえますが、ここでも横長の大きな画面に余計なものは描かず、主題に視線を向かせるようなすっきりとした画面構成が見られます。 -
伊藤若冲「鶏図」江戸時代中期(18世紀)
若冲は庭に鶏を数十羽飼い、写生していたことで知られています。本作では、米俵に乗り、まるでサーカスのように片脚でバランスをとる鶏が描かれています。正面向きの鶏は若冲の代表作である《動植綵絵 群鶏図》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)や《仙人掌群鶏図》(西福寺蔵)にも登場しますが、横向きの鶏に比べ、よりユニークな表情を見せています。 -
「鶏図」(拡大)
本作は粗く描かれたように見えますが、米俵のしめ縄や、鶏の顔、羽、脚にいたるまで墨の濃淡を使い、丁寧に描写しており、よく見ると鶏冠や肉髯には微細な点状の模様が施されています。 -
曾我蕭白「鶴図屏風」江戸時代中期(18世紀)
六曲一隻屏風に墨画淡彩で二羽の鶴を描いています。鶴の表現や、速筆で描かれた画面を突き抜ける大きな松、没骨で描かれた下草類などに蕭白の水墨技術が看取されます。画面左に後補があり、引手跡も確認できることから、襖が屏風形式に改装されたことがわかります。作風、落款、印章などから20代末から30代前半頃の制作と考えられます。 -
「鶴図屏風」(拡大)
鶴の周囲を外隈が施され、その白い身体が強調され、さらに頭部に用いられた朱がアクセントとなり効果的です。 -
円山応挙「狗子之図」寛政年間初め(1790前後)頃
応挙は明和8年(1771)頃には《写生図巻》を制作し、小動物を複数の角度から写生して残しています。「狗子図」では天明4年(1784)に手がけた《朝顔狗子図杉戸絵》が代表的ですが、本作はその後、人気を博した応挙の狗子図の派生作品の一つと考えられます。 -
「狗子之図」(拡大)
3匹の仔犬が愛らしい表情を見せながら佇んでいます。画面左側に何か興味をそそるものがあったのでしょうか、2匹は左に視線を送っており、その心の動きをも感じ取ることができます。 -
長澤蘆雪「南天に雪兎図」天明1年(1781)頃
雪に佇む2匹の兎。一見して、師である円山応挙の《木賊兎図》(天明6年[1786]作)を想起させます。本作は楷書体の署名や白文方印から盧雪の作画の最初期にあたる天明元年頃の作とみられます。この頃の盧雪は応挙の画風に忠実に描くことが多く、本作に登場する黒と白が混じる兎は、応挙が明和7-安永元年(1771-72)に手がけた《写生図巻・甲巻》にも描きとめられており、盧雪はおそらくこれを参考に制作したのではないかと推察されます。 -
作者不詳「うそ姫の縁起(ふくろふ)」慶長年間(1596-1615)頃写
御伽草子絵巻。加賀国に住む83歳の梟(ふくろう)は、美しい鷽(うそ)姫に一目惚れします。山雀(やまがら)の協力で片思いは実り、姫の心をつかめなかった諸鳥は恋の歌を詠みます。しかし、失恋した鷲(わし)は逆上して姫を殺害、梟は出家し、彼女の菩提を弔ったといいます。大型奈良絵本を改装したこの絵巻は物語後半を欠きますが、数少ない『ふくろふ』の作例として貴重です。 -
歌川国芳「源頼家公鎌倉小壺ノ海遊覧 朝夷義秀雌雄鰐を捕ふ圖」天保14年(1843)
海中で鰐を捕まえているのは、この絵の主人公で武勇に優れた鎌倉時代初期の武将、朝比奈三郎義秀。数々の伝説に彩られた人物として物語や歌舞伎にも度々登場します。のちに北条氏に反旗を翻した和田義盛の三男で、安房国朝夷郡(あさいぐん)(現在の千葉県南房総あたり)に生まれたのでその名があります。
ここに描かれているのは、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』に登場する一場面。正治2年(1200)9月2日、源頼家は小壺(現在の神奈川県逗子市小坪)の海辺を遊覧した際に、いつものように御家人たちに武芸の披露を行わせました。その後、海上に船を浮かべて酒を振舞っていた時に、泳ぎの名人との評判が高かった義秀にその技を披露するように命じた。そこで義秀は見事な泳ぎを見せた挙句、海中に潜ると生きた鮫を3匹捕まえて浮上してきました。驚いた船上の人々は義秀を喝采で迎えました。
鮫はここでは鰐として表現されている。この鰐は、江戸時代後期の蘭学者、森島中良が著した『紅毛雑話』(天明7年(1787)刊行)に掲載されている「カイマン」の図をもとに描かれており、その後も同じく国芳の「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」(嘉永4年(1851))にも鰐鮫として登場する。 -
歌川国芳「里すずめねぐらの仮宿」弘化3年(1846)
天保の改革によって役者絵や遊女に関わる絵が禁止され、浮世絵界は大打撃を受けましたが、国芳は役者や遊女を動物に見立てて描き、その規制をかいくぐり、ユーモア溢れる世界を創出しました。本図は吉原の格子先の賑わいが題材となっています。 -
「里すずめねぐらの仮宿」(拡大)
弘化2年(1845)の暮れ、吉原が火災に遭い、仮宅(吉原以外の仮の営業所)での営業を余儀なくされた模様を取り上げていますが、登場人物全てを雀の姿に見立てて描いたのが本図です。 -
歌川国芳「四条畷手の戦い」安政4年(1857)
ここに描かれているのは、楠木正成の息子正行が壮絶な討ち死を遂げた四條畷の戦いです。この模様は「太平記」に詳しく書かれ、忠孝の父子として江戸の庶民に広く読み継がれていました。 -
「四条畷手の戦い」(拡大)
四條畷は現在の大阪府四條畷市にあたります。正行は父正成の死後、南朝方として北朝の足利尊氏を討つべく準備をしていました。父譲りの戦略でいくつかの戦では勝利を得たものの、勢力の差はいかんともしがたい状態でした。四條畷において、決死の覚悟で敵陣に突っ込み、無数の弓矢を射かけられるなか敵の大将高師直まであと一歩とせまるが取り逃がし、最後は自刃して果てたと言い伝えられます。 -
歌川広重「名所江戸百景 浅草田圃酉の町詣」安政4年(1857)
格子の外を見つめる猫の後ろ姿が可愛らしく印象的ですが、格子窓のこの部屋は吉原の妓楼の二階と考えられます。飼い主の遊女は接客中のようで、畳には客が持参したものか、浅草の鷲神社の酉の市土産の熊手型の簪が転がっています。窓の外には浅草の田んぼの向こうに熊手を持って行き交う人々の姿が描かれ、遠く富士山と空高く雁行する雁の群れが見えます。空は夕日に赤く染まって、吉原も忙しくなる頃合いです。猫は、縁起物の熊手を買い求める参詣客で賑わう酉の市の喧騒に耳をそばだてているように見えます。 -
「鯱形兜」江戸時代中期(18世紀)
兜鉢は薄鉄の五枚張りで、その上に鯱の形を和紙で厚く張り抜いてあります。全体を厚く漆で塗り固め、口と鼻孔は朱漆塗り。目は金胴の薄板を貼り付け、錏(しころ)は鉄板付盛上札を朱漆塗りとし、その上から黒漆を塗っています。日根野形五段を紫絲威とし、吹返しは一段丸形で、黒漆塗りとして銀の覆輪をめぐらせています。作域は、張り抜き技術、漆仕事にすぐれ、まとまりのよい張懸兜です。 -
銘 早乙女家親「鉄錆地六十二間筋兜 鹿角脇立」桃山-江戸時代前期(16-17世紀)
本作は、六十二間の筋兜の代表的なものの一つです。兜鉢の周囲に取り付けられた錣は、金漆塗りの地に古代紫糸を切付小札で五段に威しており、装飾物の脇立には、木彫に金箔を押した鹿角型のものを置いています。吹返の「六文銭」から、信州(現在の長野)の松代城主真田家伝来の兜と知ることができます。 -
銘 常州住早乙女家成「鉄錆地六十二間筋兜 三日月前立」桃山-江戸時代前期(16-17世紀)
筋兜は南北朝から室町時代に用いられた兜の一形式。縦に細長い薄い鉄板を順々に重ね並べ、それを小さい鋲で留め、鋲頭を平らに叩きつぶして鉄板の重ね目(筋)だけを見せた兜です。鉄板の数により何間の兜と呼び、本作は六十二の鉄板数から六十二間となります。吹返には牧野家伝来を示す三ツ柏紋が施され、前立は煉革に金箔を押した大三日月が置かれています。
鉄錆地六十二間筋兜 三日月前立
Sixty-two Plate Riveted Suji Kabuto Helmet, with Crescent Moon Shaped Maedate
桃山-江戸時代前期(16-17世紀)
筋兜は南北朝から室町時代に用いられた兜の一形式。縦に細長い薄い鉄板を順々に重ね並べ、それを小さい鋲で留め、鋲頭を平らに叩きつぶして鉄板の重ね目(筋)だけを見せた兜です。鉄板の数により何間の兜と呼び、本作は六十二の鉄板数から六十二間となります。吹返には牧野家伝来を示す三ツ柏紋が施され、前立は煉革に金箔を押した大三日月が置かれています。 -
銘 和泉守藤原兼定作(之定)「刀」美濃 室町時代中後期(16世紀)
本作は、先反りの付いた典型的な末古刀姿で、鎬地に和泉守藤原兼定作とノサダ八字銘があります。この刀は、ノサダの優れた技量が発揮された代表作といえます。 -
銘 長曽祢興里入道乕徹 寛文五年十二月十六日 (金象嵌)山野加右衛門六十八歳永久(花押)四ツ胴截断「刀」
本作は、反浅く、鋒がつまり、鎬幅広く鋭い感じがする姿。地鉄は小板目がよく詰み美しく、刃文は、湾たれて刃縁に小沸が微塵につき明るく冴えるなど、まさに虎徹の典型作です。なお、虎徹の刀には、本刀のように幕府の試役を勤めた山野加右衛門永久、同勘十郎久英親子の裁断金象嵌銘を入れたものが多数あるのも特徴です。一般に三ツ胴以上の截断銘は少なく、四ツ胴截断銘の入る本作は、虎徹の作の中で最も切れた記録を残すものの一つです。 -
銘 一(福岡一文字)[重要文化財]「太刀」備前 鎌倉時代中期(13世紀)
本作は、身幅広く腰反り高く、中鋒詰まって猪首になるなど鎌倉時代中期の力強い太刀姿を呈し、平肉も良く付き、往時の姿を留め、よく練れた地鉄には乱れ映りが立ち、足・葉が豊富に入り、華やかな重花丁子に蛙子丁字を交えた大模様の刃文は力強さと迫力に満ちており、福岡一文字派の真価が十二分に発揮された屈指の一口といえます。細川護貞氏旧蔵。昭和25年、国の重要文化財に指定されています。 -
刀剣の鑑賞方法も解説されていました。
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銘 武蔵守藤原兼中 越前住「刀」越前 江戸時代前期(17世紀)
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海北友雪「源平合戦図屏風」江戸時代前期(17世紀)
海北友雪は、江戸時代前期の画家。海北友松の晩年、嫡子として京都に生まれました。寛永期以降、春日局の推挙により第3代将軍徳川家光にも親しく用いられました。父友松のような漢画系の作風とは一線を画し、装飾的で親しみやすい画風を特徴としました。本作は、源平合戦の中でも有名な一の谷合戦を右隻に、左隻に屋島合戦を描いています。 -
「源平合戦図屏風」(拡大)
所狭しと金雲をあしらい、極彩色と繊細なタッチで兵士一人一人の表情まで丹念に描き、見る者を魅了します。 -
「源平合戦図屏風」(拡大)
陣屋に攻め入る義経軍と海上に逃れる平家の軍勢とが、陸上と海上に対峙する屋島合戦の模様を描かれています。 -
(下)源王奇(※)「後三年合戦絵巻(写)」
※王へんに奇ですが文字化けしてしまうので王奇としました
後三年の役は永保3年(1083)から5年間、奥羽の清原氏の血族の争いからおこった合戦で、陸奥守源義家と奥羽の豪族清原一族の間で戦われ、義家はこの乱によって武名をあげ、またこの乱が奥州藤原氏繁栄の基礎ともなりました。後三年合戦絵巻は鎌倉期の代表的戦記絵巻であり、元々播磨の池田家の重宝として伝世しましたが、現在は東京国立博物館の所蔵となっています。本作はその写本です。 -
「後三年合戦絵巻(写」(拡大)
凄惨な合戦の場面は観る者の眼を引きつけます。 -
島津斉彬所用「白糸裾萌葱紺威鎧 兜・大袖・小具足付」江戸時代後期(19世紀)
幕末の薩摩藩主島津斉彬が着用したと伝えられる大鎧。制作当初の状態で各部が完全に揃っているものとして、大変貴重です。兜の鉢は、古く鎌倉時代のものを転用しており、各所に取り付けられた金具の装飾は豪華な作りで、他に例を見ないほど手の込んだ金具です。また胴前面の獅子牡丹文様の弦走の韋、籠手の蒔絵に加え、白色、萌黄色、紺色の三段の威絲など、全体に勇壮さ、重厚さに優雅さ、軽快さの感じられる上品な作風。 -
長谷川派「白菊図屏風」桃山時代(16世紀)
垣根の周囲を覆い尽くすように咲き誇った大ぶりの白菊に花の持つ強い生命力を感じます。六曲一双という金地の大画面に白菊と垣根、土坡、水流のみを描く豪快な表現様式は桃山時代全体の障屏画における大きな特長といえます。 -
「白菊図屏風」
中でも自然そのものが持つ美しさを単純かつ明快に表現した大らかな作風は長谷川派のそれに近いものを感じさせます。垣根や水流に変化を持たせながら、主題である白菊の端正な美しさを見事に伝えた桃山障屏画の品格溢れる名品。 -
「白菊図屏風」(拡大)
長谷川派は、桃山時代の長谷川等伯を始祖とする画派。等伯の画風を受け継ぎ、水墨画、障壁画等に腕を振るいました。大ぶりで豪華な金碧障屏画は、伸びやかなフォルムと金地による明快な色彩が、町衆に受け入れられ人気を博しました。 -
伝 俵屋宗達「松桜図屏風」江戸時代前期(17世紀)
画面を対角線で区切るように夥しいまでの松の緑の塊が連なり、左上方の金地空間と鮮やかな拮抗をなす斬新で奇抜な構図。松といえば養源院の《松図襖》が有名ですが、本作では松の葉をより簡略化して描いています。松の樹間には宗達がモティーフとして採用した槙や檜も描かれており、宗達作品を想起させる。右上部の八重桜は、独特の盛り上げ彩色による厚みを備え、松葉の群れに負けじと咲き誇って、画面にひときわ興趣を添えています。 -
琳派「波濤図屏風」江戸時代中期(18世紀)
比較的小さな寸法に仕立てられた八曲一隻の屏風。本作では俵屋宗達・尾形光琳の双方が描いた《松島図》にも見られる波頭の図案が簡潔にリズムよく描かれ、波の躍動感を伝えています。波形の描写は波の外側にだけ濃い群青色を引き輪郭を際立たせ、波頭部に胡粉で白を着彩し、飛沫や波のうねりの部分に金泥の線で調子をつけて仕上げています。 -
9/1から始まった展覧会ですが、10/19に展示替えがあり、かなりの作品が入れ替わる予定だそうです。また来なければなりません(笑)
東京富士美術館 美術館・博物館
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鈴木其一「萩月図襖」江戸時代後期(19世紀)
花房と葉の表現には、輪郭線を引かず色の階調を作る付け立ての技法がとられ、葉の葉脈には金泥が施されています。 -
「萩月図襖」(拡大)
其一の細部へのこだわりが画面に程よい緊張感をもたらすとともに、江戸琳派特有の美麗で瀟洒な品格を醸し出しています。 -
後柏原天皇[重要美術品]「宸翰 朗詠断簡」室町時代(15-16世紀)
後柏原天皇の筆による唐の詩人・白居易の詩「華陽洞裏 秋壇上 今夜清光 此處多」と平安時代中期の歌人・藤原雅正の和歌「いつとても 月みぬ あきは なき物 を わきて今夜の めづらしき哉」(『後撰和歌集』)の書写。 -
後陽成天皇[重要美術品]「宸翰 御色紙」桃山時代(16世紀)
後陽成天皇の筆による鎌倉時代前期の歌人・藤原家隆の和歌「秋の夜の月 やをしまの あまの原 明方ちかき おきの釣舟」(『新古今和歌集』)の書写。 -
後陽成天皇[重要美術品]「宸翰 古歌御色紙」桃山時代(16世紀)
後陽成天皇の筆による鎌倉時代前期の歌人・藤原家隆の和歌「ふるさとの庭の日かげもさえくれて桐のおち葉にあられふるなり」(『新勅撰和歌集』)の書写。
[解読文]「ふる さと の 庭の ひかげも さえ くれて きりの 落葉 に あられ ふる なり」 -
「桐鳳凰蒔絵硯箱」桃山-江戸時代(17世紀)
長方形、角丸、被蓋造の硯箱で、内外共に総体金梨子地に平蒔絵と高蒔絵で表します。蓋甲には桐鳳凰、見返しは松瀧山水、見込みは竹としています。蓋甲は、水辺の桐に雌雄の鳳凰で、小笹や沢瀉も描かれます。桐花に金金貝、凰の尾羽と岩には銀金貝があしらわれ、桐の幹や凰の体、岩や雲に金・銀の切金が置かれます。見返しでは州浜に銀金貝、岩や雲に金・銀の切金が置かれ、瀧は銀蒔絵としています。見込みには硯石と金銅製七々子地に蛇目九曜紋を高彫した水滴が据えられています。
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