2019/11/17 - 2019/11/21
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旅人のくまさんさん
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世界遺産の龍門石窟の紹介です。伊水河岸の石灰岩の岩山に拓かれ、西山に28、東山に7の大洞、1352の洞窟、785の仏龕があります。5世紀から造営が始まり、初唐期に再び盛んとなり、西山中央の奉先寺洞の昆盧舎那仏の大仏が龍門全体の中心となっています。
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アーチ型の入口の両脇に、守護神らしいレリーフ像が刻まれた洞の光景です。龍門石窟の造営時期が、雲崗石仏より下るため、インドのガンダーラ様式やグプタ様式の影響は少なくなったようです。インドの西北、インダス川上流域にあるガンダーラ地方は、クシャーナ朝時代(1世紀頃~3世紀頃)に仏教美術が栄えました。詳しいことは分からないものの、インド系ではなく、イラン系の王朝だったようです。
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ブッダが誕生したのは、紀元前5世紀とされますが、仏像が登場したのは、紀元1世紀頃のガンダーラ地域(中心は現在のパキスタン北西部ペシャワル)というのが有力説の一つとされます。アレクサンドロス大王の遠征後、残されたギリシャ文化と融合し、クシャーナ朝で開花したのがガンダーラ美術です。ガンダーラ美術の世界は、現在のウズベキスタンにも広がっていたヘレニズムの影響を受けて、ここから仏像が出現したとされています。写真は、幾つもの小さな龕洞が設けられた洞内光景です。
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イチオシ
小さな龕の中に彫り籠められた七体の仏像の光景です。龕の下部に『古精理閣』の文字が刻まれていました。蓮の花を模したような文様で、まさに蓮座に坐したような仏像群です。昨年4月の旅行したウズベキスタンですが、現在は緩やかな戒律のイスラム国家のイメージでした。隣国のタジキスタンの古代遺跡も見学することができました。
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こちらも、小さな龕の中に彫まれた仏像群の光景です。中央に仏座像があり、周りに脇侍らしい姿もありました。膝元には左右に二体づつ合掌して礼拝する人の姿があり、背後にもレリーフ像が刻まれていました。ウズベキスタンの話題に戻って、仏教関連の発掘成果には、非常に保存状態が良い『三尊像』があり、首都のタシケントにあるウズベキスタン国立歴史博物館に収蔵されています。
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『三尊像』が素晴らしい状態で見つかったのは、偶然に表部分を下にして砂に埋まり、保護された結果とされます。テルメズのファヤズ・テパ遺跡から見つかった紀元1世紀の『三尊仏』と考えられています。『テルメズのファヤズテパ』の呼び名もあります。ウズベキスタンにおける仏教は、テルメズにおいて2~3世紀頃に仏教建築の最盛期を迎えましたが、イスラム王朝が成立した後、衰えました。
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『薬方洞』の文字が記された扁額の光景です。『薬方洞』、前室と後室という二部分に分けられます。後室の正壁に一仏二弟子二菩薩があります。この洞窟の両側に唐代の薬方を140彫刻され、『薬方洞』と呼ばれます。これらの石刻薬方から、我が国の古代医学のレベルが相当な高度に発展したことが分かったとされます。(河南省観光案内)
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トップの写真でも紹介しましたが、入口に守護神らしいレリーフ像があった龕洞の入口光景です。先ほど紹介した扁額の『薬方洞』になるようです。洞内に薄っすらと仏像の姿が見えました。両側に 刻まれた薬方の中で、完全なもの65種、一部欠けているもの42種、酷く欠けているもの33種、治療の病気名40例、内科、外科、神経科、婦人科、小児科及び五官科などに関わるようです。(河南省観光案内)
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先程薄っすらと見えていた仏像のズームアップ光景です。座禅を組んだ姿でした。観光に関する紹介の続きです。『薬方の薬品はよく見られるものであり、民間で採集されやすく、臨床治療と普及にも便利である。西暦10世紀以後、これらの薬方は日本に伝播し、日本の「医心方」(西暦984年に編著)という本の中で竜門薬方洞の石刻薬方が収録され、「竜門方」と称される。このことから、中国古代医薬技術の伝播の広さと竜門石窟の石刻薬方の影響の大きさを見ることができる』(河南省観光案内)
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『奉先寺』のタイトルがあった説明パネルの光景です。既に紹介した、『龍門石窟』の中心施設です。17メートルを超える巨大な毘盧遮那仏像は見応えがありました。その特徴を『両耳長垂』、『略作微笑』や『双目俯視』などの言葉で説明し、『相好稀有』、『大慈大悲』や『如月如日』の言葉で讃えられていました。また、唐代彫刻芸術作品中の代表作とも称賛されていました。
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イチオシ
『奉先寺』の説明パネル付近から眺めた、『奉先寺』の全景です。『大像龕を造営する目的は何かというと、目下学術界では二種類の観点がある。一つは、奉先寺は唐高宗が太宗のために幸せを祈るために建てられたもの、もう一つは、奉先寺(祖先を尊重し、偲ぶという意味を持つ)は高宗と則天武后が則天武后の母楊氏を記念するために西暦670年以後に建てられたものだという』(河南省観光案内)
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複数カ所に置かれていた、龍門石窟の観光案内図です。『伊河』を挟んだ上側が『西山石窟』下側が『東山石窟』や『香山寺』、『白許居墓苑』がある区域です。今回は時間の都合で、『西山石窟』だけの見学となりました。少し残念でしたから、何度も同じことを書きこんでしまいました。
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岩肌に無数に穿たれた『龕洞』の光景です。既に紹介した、最も古い時代に造園が始まった、『古陽洞』の説明からの紹介です。『古陽洞の中には碑刻題記など千品もあり、中国石窟の中で造像銘が一番多い石窟である。世の中で名を馳せている魏碑作品「竜門二十品」のうち19品は古陽洞にあり、その字形が端正鷹揚で、気勢が剛健質朴で、隷書と楷書を交差して運筆し、魏碑の逸品(中略)、独特な魅力で国内外書道愛好者に好まれている』(河南省観光案内)、と紹介され、書道での重要な遺跡でもあります。
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『古陽洞』の説明からの紹介の続きです。『清代の康有為は竜門二十品を細かく研究した後、次のように竜門石窟を高く評価した。“迫力雄強、気勢渾穆、筆法跳躍、点画峻厚、意態奇逸、精神飛動、興趣酣足、骨法洞達、結構天成、血肉豊美。竜門二十品は我が国の書道芸術史上で重要な位置を占めており、国宝と見なされている』(河南省観光案内)、と紹介されています。個人的には、西安の碑林にある、顔真卿の晩年の石碑と、紹興の王義之・王献之の『太』の石碑などが強く印象に残っています。
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木犀の階段の入口に置かれていた観光道案内です。階段登る方向が『蓮花洞』、右向きの矢印が『老龍洞』と『慈香窟』、左向きの矢印が『弥勒洞』の案内でした。
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鉄柵の中に『第669号窟老龍洞(唐)』の説明パネルがありました。説明パネルは、柵の外にもありましたので、後ほど、そちらで説明します。先程の道案内で、右向きの矢印で紹介されていた場所です。
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『第712窟(蓮花洞)』の説明パネルの光景です。天井に蓮華が彫られた大型窟の『蓮華洞』は6世紀初期に造営されましたが、その後の内乱により北魏は分裂、戦乱の時代に入りました。仏像の造営も一旦、下火となりました。『洞窟は天然の鍾乳洞を使用して増築したものであり、ドーム型を呈し、高さ6.10m、広さ6.20m、深さ9.80mである』(河南省観光案内)
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イチオシ
天井に蓮華が彫られた大型窟の、『蓮華洞』の内部光景です。『蓮花洞は竜門石窟西山の中部に位置し、北魏石窟の代表作であり、天井に大きな蓮の花のレリーフがあることから、その名がついた。窟門は弓形を呈し、火炎模様を飾り、真ん中に瓢箪形の獣顔が彫られ、怪異な顔をしている。窟口の南側の下方に力士像がある』(河南省観光案内)
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『蓮華洞』の中央奥に見えていた仏立像のズームアップ光景です。釈迦牟尼像かも知れません。先程の蓮花は、『洞中央の巣状花托の中に蓮の実があり、花の蘂に囲まれ、外に小花弁、大花弁が其々一週回り、縁のところに単葉の忍冬模様がある。蓮の花全体は美しく彫刻され、傑作といえる』、また『蓮の花は「泥より出でて染まらない」ため、仏の神聖かつ純潔なものとして幅広く使用され、吉祥、純潔、神聖な象徴である。蓮の花の南北両側には、それぞれ俗に「飛天」といわれる「供養天人」の3体のレリーフがある』(河南省観光案内)とも紹介されていました。
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『蓮華洞』の中央奥に見えていた釈迦牟尼像らしい像のお顔のズームアップ光景です。『高さ5.10mの主尊釈迦牟尼は裸足で低い蓮台に立ち、大きい袈裟を身につけ、頭光に囲まれ、舟形の陰光が天井に至っている』(河南省観光案内)、の記述がありましたので、この部分に該当するようです。また、別の像では、『20世紀30年代に盗掘され、海外に流失し、目下はフランスのギメ国立博物館に所蔵されている』(河南省観光案内)、との記述部分もありました。
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『蓮花洞の南北両壁には仏龕が沢山あり、殆どは北魏正光時代から北魏末に造営され、統一的な組立と企画がない。東魏、北斎、唐代になっても小さい仏龕が度々建てられた』、また、『この洞窟の中では、北魏晩期の小さい仏龕は殆どが一仏二弟子二菩薩二力士の七体式の組み合わせであり、まぐさが細かく彫刻され、変化に富む』(河南省観光案内)、とも紹介されていました。
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同じく、『蓮花洞』内の小さな「龕洞」の光景です。近くから見学することは出来ませんでしたが、『仏龕のまぐさに左右対称の維摩文殊問疾図と比丘聴法図を彫るものもあるし、幕、房状の装飾、三角紋を彫刻するものもあり、または円壁紋、変形蓮花、流雲、比丘聴法、供養人図案、装飾七仏、蓮花童子などもあり、様々な装飾模様を形成している』(河南省観光案内)、との紹介もありました。
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『蓮花洞口の南側に初唐貞観年間に彫刻された仏龕があり、隣には三つの供養人が立っている。何れも現代朝鮮族の婦女が着る高腰スカートであり、古代少数民族の服飾面の貴重な資料といえよう』(河南省観光案内)、との紹介もありましたが、該当する部分を現地で確認出来ませんでした。ここは、『惜しいことに、碑の上に明代河南巡撫―趙岩により書かれた「伊?」という2つの字が残された』箇所です。
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『 蓮花洞には石刻の仏教経典が保存される。窟口の北側の上には唐代如意元年(西暦692年)に刻まれ、仏陀波利により訳された「仏頂尊勝陀羅尼経」がある。この経典は目下国内最も早い「仏頂尊勝陀羅尼経」の石刻のバージョンの一つであり、非常に高い研究価値がある」とし、『 蓮花洞の主像は大体北魏延昌年間(512~515年)に完成』と締め括られていました。
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『第669号窟老龍洞(唐)』のタイトルがあった説明パネルです。左側が中国語碑、右が同内容の英文碑です。『窟』と『洞』は同じ『Cave』と訳され、『老龍洞』は中国語読みの英字表示の『Laolongdong Cave』でしたから、再訳すれば『老龍洞洞』になるようです。似たようなことはよくあります。例えば、韓国料理のチゲ(鍋料理)は、日本ではチゲ鍋(鍋鍋)と普通に呼ばれます。
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唐時代に造営された、『老龍洞』の内部光景だったようです。道内の龕洞に納められた仏像群の光景です。三尊像ではなく、二尊が加わった五尊像のように見えました。先に紹介した『蓮花窟内』には一立仏、左右に二弟子二菩薩、合わせて仏像5体の組合せが紹介されていましたから、その例と同じようです。
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同じく、少しズームアップした、唐時代に造営された、『老龍洞』の内部光景です。右側の龕内には、中央に仏座像、左右に二弟子二菩薩、合わせて仏像5体が刻まれえ散ました。
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寄進者の名前と、その額を記した一覧のようです。部分的に磨き出されていました。地名の一部の深州や知州、姓の李・張・呂などや、寄進の50文、60文、豆一斗などの文字が読み取れました。写真紹介はできませんでしたが、最も古い『古陽洞』には、『龍門二十品』と呼ばれる名筆の内、19品があります。
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大きな龕洞の内部光景です。龍門石窟は、北魏の孝文帝・元宏年間(471~499年)に造営が始められました。その後も東魏、西魏、北斉、北周、隋、唐、五代、北宋などの歴代王朝が、400年以上も開削を続けてきました。そのうち、北魏と唐の時代に造営されたものが最大の規模です。龍門の洞窟で、北魏時代のものは全体の30%、唐代のものが60%を占めています。その他の時代に造られたものは、僅か10%ほどです。(世界遺産巡り:劉世昭氏)
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同じく、大きな龕洞の内部光景です。『統計によれば、竜門に現存する石窟は2345、石像は11万体あまり、仏塔は70以上、銘文や図などが刻まれた石碑は2860あまり、残されている文字史料は30万字以上。中国においても、古い石碑がもっとも多い』。(世界遺産巡り:劉世昭氏)
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『恵簡洞』の説明パネルの光景です。『恵簡洞』は、『竜門西山の中段に位置し、西京(長安)法海寺の僧恵簡は唐高宗、則天武后などの皇室成員のために造営される功徳窟である。窟内の主仏及び右側の弟子阿難の顔つきが竜門奉先寺の大盧舎那像龕の主仏と弟子と酷似するので、「小奉先寺」とも俗称される』(河南省観光案内)、とも紹介されていました。
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