2020/03/20 - 2020/03/22
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にふうささん
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3月の連休は、本来ならば海外へと旅行する予定にしていたのですが、コロナウィルスの影響によりキャンセルとなりまして、どこに行こうかと考えておりました。その際、ふと甲府の昇仙峡へ行った旅行記が目に留まり、「ここ楽しそう」と思いました。
そういえば、甲府はまだ行ったことがなかったなあと思い出し、一気に今回の旅行計画が具体化してきました。そして、地図を眺めていると、身延線が目に入り、身延山久遠寺や静岡市の定期観光バスが気になっていたことから、行けるなら両方行きたいと思い、今回の旅行計画が具体的になりました。
行程は2泊3日。1日目は大阪から羽田経由で甲府へと移動し、甲府市内を観光して1泊。2日目は朝から昇仙峡へと行き、昼頃戻って身延線で身延山久遠寺へ。身延山久遠寺を訪問した後、静岡駅まで移動し、静岡市内で1泊。3日目は早朝に静岡市内を徘徊した後、定期観光バスに乗車し、静岡市内を観光した後、新幹線で大阪へと戻るという行程です。
このようにあちこち行ったこともあり、旅行記は4回に分けて紹介したく、今回は、3日目朝の静岡定期観光バスでの観光などをご紹介します。定期観光バスは、静岡駅を出発し、日本平と久能山東照宮、由比宿、清見寺を回り、静岡駅へと戻るというものです。静岡市内は新幹線で通過するだけで、しっかりと見たことがなかったので、今回参加できて本当に良かったです。
また、定期観光バスツアーでは、新型コロナウィルスの影響を実体験いたしました。観光地はそこそこ人がいるのですが、個人の乗用車がばかりで、観光バスが少ないというのは、いいのだか悪いのだか。
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この日は、静岡駅から静岡の定期観光バスに乗車いたします。
静岡駅 駅
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今回の乗車したバスは「ちびまる子ちゃん」のラッピングバスです。目立ちます。そして、左右の側面で絵柄が違うそうです。
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再び観光バスの反対側をご紹介。まどろっこしくてすいません。
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最初の目的地、日本平へと到着いたしました。まずはここからロープウェイに乗りまして、久能山東照宮を目指します。
日本平ロープウェイ 乗り物
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日本平のロープウェイですが、ゴンドラに乗ったまま出発時間まで待機、というところが変わっていました。大丈夫なのかと思ってしまいます。ちなみに、このゴンドラは2019年12月にリニューアルされたばかりです。
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面白いのは、このロープウェイ、日本平から久能山まで行くのですが、日本平の方が標高が高いために、ロープウェイが下へと下がるところです。いきなり下るロープウェイというのは珍しいのではないかと。
そして、およそ5分で反対側の駅へと到着します。日本平から久能山へは屏風谷という険しい谷があるために、徒歩ではいけないからです。徒歩で久能山東照宮へと行くためには、海の方へ出て、そこから階段を登っていかないとダメだそうです。 -
ロープウェイからの風景。確かに谷は厳しそうで、歩いては行けそうにもありません。
また、ところどころ桜が咲いており、和ませてくれました。 -
久能山東照宮の入口へとやってきました。これから中に入っていきます。
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久能山東照宮の楼門が見えています。足元の階段ですが、階段の段差が高いので、段数は少ないながらも登りがいがありました。
また、楼門の前面には後水尾天皇の御宸筆で「東照大権現」の扁額が飾られています。久能山東照宮 寺・神社・教会
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楼門の脇には、徳川家康公の手形がありました。38歳時のものとか。比べてみましたが、指が長い印象で、大きかったです。推定身長は155~159㎝と現在からみると小柄なのに。
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久能山東照宮の拝殿は階段の向こうにあります。ただ、目の前の階段は行事用で、普段は右にある脇の門から入っていきます。
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うまく写真が撮れなくて申し訳ないのですが、家康公をイメージしたガンプラらしいです。静岡の主要産品は、お茶に、みかんに、ガンプラですから(失礼な)。
あと、脇にある兜は、家康公が使用した「大黒頭巾形兜」を模して作ったみたいです。
神楽殿の前にありました。 -
東門にやってきました。ここから、拝殿へと入ります。
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久能山東照宮の拝殿。1617年建立で、日光東照宮よりも先に作られています。色が綺麗なのは、最近修復が終わったからだそうです。
まずは、拝殿前でお参りです。久能山東照宮 寺・神社・教会
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拝殿の柱などには豪華な装飾がなされていますが、正面の上の装飾に注目。甕の中に子供が入ったモチーフがありますが、この故事(司馬温公の甕割り)は家康公が好んだ故事みたいです。この話は、中国北宋時代の政治家の司馬温公が少年時代の話ですが、一緒に遊んでいた友人が水甕の中に落ちておぼれてしまい、もう一人の友人ははしごを持ってきましたが、司馬少年は「それでは間に合わない」として、近くの石で甕を割って救出したという故事です。命を助けるために、高価な甕を割ったとのことで、命の尊さを表しているのだとか。
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奥が本殿、手前が拝殿。拝殿と本殿がつながっている権現造りの建物です。
久能山東照宮 寺・神社・教会
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本殿脇の装飾ですが、豪華ですよね。
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久能山東照宮の拝殿の側面。上には、三つ葉葵の御紋がありますが、久能山東照宮では3か所三つ葉葵が逆の「逆さ葵」となっている箇所があるとのことで、画面上に1つあります。完全なものはやがては滅びるという思想から、あえて不完全にしておくのだとか。
写真ではわからないかもしれませんが、下の段の一番左側がひっくり返っています。 -
この門の先に、家康公が埋葬された場所があるとのことで行ってみます。
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このような神社風の所を行きます。この久能山は、武田信玄が今川氏を滅ぼした後に、ここにあった寺社を移転させて、山城(久能山城)に改築させたのがきっかけです。その後、徳川家康が死後は久能山に埋葬してくれということで、埋葬後、二代秀忠公が久能山の上に寺院の造営を命じ、久能山東照宮ができたということです。
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この塀、一枚の岩をくりぬいて塀の形にしています。岩を組み合わせて作られているのではないのです。ここで加工したのだろうけど、大変な苦労です。ちなみに、石材は少し離れた山から輸送してきたみたいです。
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奥の塔(神廟)の下に家康公の遺体が土葬されたとか。家康公は75歳で死にましたが、江戸からその日のうちにここまで運ばれて埋葬されたとのことです。江戸からここまでその日に来るって相当大変ですよね。
ちなみに、この塔は家康公の御遺命により、西向きに建てられているとのこと。久能山東照宮 寺・神社・教会
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境内にはこんな木がありました。家康公お手植えの杉とか。本当かなあ。
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家康梅。家康公は梅が好きだったこともあり、子供(水戸藩初代藩主頼房)の出産を祝って、駿府城内にあった梅を久能山東照宮へと植樹したものだとか。
以上で、久能山東照宮は終了です。 -
隣にある博物館にも行きました。ここには、スペイン国王より海難救助のお礼として徳川家康に献上された置時計がありまして、それが有名な展示品となっています。あと、鎧も飾ってありましたが、鎖帷子付きで、近世のものが中心でした。
久能山東照宮博物館 美術館・博物館
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久能山東照宮より、海側を望みます。もしも、ロープウェイが停止したら、海岸からのアプローチしかなくなり。1159段の石段を登らなければならないと。ただ、今でも神主さんなどは海岸から石段を登ってお勤めしているとか。
それよりも驚いたのが、海岸端にビニールハウスがたくさんあったことです、海岸沿いのビニールハウスで、イチゴの栽培をしており、2~5月あたりまでいちご狩りが楽しめるとのことでした。そんなところにそんなものがあるとは驚きでした。
以上で、久能山を終了し、ロープウェイで日本平へと戻りまして、次は日本平の散策をしたいと思います。 -
次に、日本平にある「日本平夢テラス」に行きます。テレビ塔を囲むように歩道があり、全方位のへの展望が期待できる場所です。デザインは隈研吾建築都市設計事務所が担当したとか。
ちなみに、日本平という地名は、日本武尊が東方遠征をした際に、この山の山頂に登り、四方を眺めたところから由来しているそうです。 -
奥には建物がありますが、これは県所有。回廊は市所有と、なかなかややこしくなっております。
回廊の下は、木組みなのかな。あまり意識はしませんでした。
まずは建物の中へと入っていきます。 -
タワーは3階建てで、一階は自然の成り立ちなどの展示、二階はカフェ、三階は展望デッキへの出口となっていました。
階段を見るとわかるように、建物も外観から木を意識した作りとなっていました。この辺りは隈研吾らしいですか。日本平夢テラス 公園・植物園
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展望台からの風景。清水方面を見ています。奥の緑の場所が「三保の松原」です。
富士山はというと、左側に見えるはずなのですが、肉眼でかろうじて見えるかどうかだったので、写真には写りませんでした。ちょっと残念ですが、仕方がありません。 -
公園内には、「赤い靴を履いていた女の子」の銅像がありました。この童謡にはモデルがおり、その人は清水出身で、母親は子供を宣教師夫妻に託したということみたいです。
そういえば、同じような像が、横浜の山下ふ頭公園にもありますよね。
以上で、日本平を終了したいと思います。赤い靴の女の子の母子像 名所・史跡
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次は「ゆい桜えび館」で食事です。この定期観光バスには昼食がついております。
3~5月は桜エビのシーズンなので、お店はそれなりに混んでいました。ただ、観光バスはいませんで、個人のお客さんばかりでした。ゆい桜えび館 お土産屋・直売所・特産品
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今回の昼食はこちら。生桜えびのどんぶりです。すでにタレがかかっています。桜えびはそれなりにおいしかったですが、まあ一回食べれば十分かなあと。それより、テーブルの上にある、片口イワシの削り節がおいしかったです。
あと、各観光バスでの昼食用に広いスペースを確保してあったのですが、ほとんど人はいませんでした。個人客として車で来る人はそれなりにいるのですが、観光バスツアーがほとんどいないとのことで、従業員の方は嘆いておられました。 -
昼食後、そのまま歩いて由比宿を散策です。
まずは、由比宿の本陣跡にできている施設へと行きました。中に「広重美術館」と「交流館」がありました。見えている建物が「交流館」です。 -
交流館の中はこんな感じ。特に見るものなしといった感じでした。
東海道由比宿交流館 美術館・博物館
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こちらが、安藤広重、あるいは歌川広重の浮世絵を集めた美術館です。
東海道広重美術館 美術館・博物館
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美術館の中はこじんまりとした施設でした。というのも、浮世絵は展示できる期間が短く、1ヶ月ぐらいで展示替えをしなければいけないのですが、その分展示スペースは小さくて済むとのことでした。館内は、企画展の浮世絵の展示と、江戸時代の歴史を紹介する常設のパネルという展示だったと思います。
そして、中では、学芸員の人にみっちりと解説していただきました。話を聞いて思ったけど、浮世絵は確かに江戸の風習や決まりを知っているとより楽しめるなあと。
江戸時代では関所を越えるための手形がいるのですが、信仰心からの寺社参拝か、湯治ぐらいしか手形がもらえず、庶民には旅が許されていなかったと。ただ、それも江戸中期には形骸化してきて、旅行ブームができたので、それに便乗して東海道53次のような浮世絵が生まれてくると。 -
美術館脇にあった由比本陣記念館「御幸亭」。明治天皇が三度ご小休された本陣の離れ屋敷を復元したものだとか。中は有料とのことで入りませんでしたが。
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本陣跡には水路があるのですが、亀がびっちりといました。昔は、馬の水呑場として、大名行列の馬に水を呑ませたり、身体を洗ったりしたところで、屋敷の前にこのような施設があるのは他の宿場の本陣と比べると珍しいとのことでした。
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本陣跡前にある商店「正雪紺屋」。江戸時代の由比正雪の乱の首謀者、由比正雪の生家みたいです。
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「おもしろ宿場館」という施設だったのですが、閉館していました。由比宿ではこのような施設が4つほど閉館となっており、どこで何をしたらいいのかわからない感じになっていました。ある意味住宅地と変わらない感じの街並みです。車の往来もうっとおしかったし。
以上で、由比宿の紹介を終わりたいと思います。 -
次は、由比宿の隣の宿場町(興津)にある「清見寺」にやってきました。奈良時代に創建された東海道屈指の名刹です。
門には「東海名区」という額がありますが、江戸時代の朝鮮通信使が残した言葉だとか。要約すると、この場所は素晴らしい場所だということを言ったみたいです。清見寺 寺・神社・教会
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清見寺の敷地内には東海道本線が走っております。撮り鉄には有名なスポットでもあります。この清見寺は、敷地内(裏山)には高速道路や新幹線も走っていて、「清見寺トンネル」という名称があるぐらいですから、所領が非常に広かったことが想像されます。
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ということで私も。東海道本線の普通です。静岡方面から熱海方面へと、西から東へと移動している電車のようです。
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清見寺の本堂。敷地はこじんまりとしていますが、中は見所満載でした。これからご紹介していこうと思います。
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「臥龍梅」という古い梅です。花はもう散ってしまったとのこと。静岡県のあちこちに「家康公お手植えの木」みたいなものがありますが、本当かなあと。
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本堂の中のご紹介。
この木の板に写された文が、江戸時代の朝鮮通信使の書類らしいです。朝鮮通信使の記録は、国内には200通ほどあるみたいですが、ここには60~80通ほどあるみたいで、それほど朝鮮通信使との関係が深い寺だったとか。 -
この狭い部屋が、今川時代に人質となった竹千代(のちの徳川家康)が勉強した部屋みたいです。竹千代が手習いをした寺は2か所あるのですが、そのうちの一つみたいです。部屋は見えているだけであまり広くはありませんでした。日当たりはよさそうでしたけど。
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清見寺の庭園。禅寺なので、庭は立派です。ただ、京都の庭を見慣れているせいか、ごちゃごちゃしているなあという印象はありました。
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中庭にはこのようなものも。亀を表しているのだとか。向かいに鶴もあるそうですが、鶴はちょっとわからなかったです。
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このお寺、東海道で位が高い人が泊まる場所であるため、明治天皇が京都から江戸へと行幸なされた際に、この部屋で休憩なさったと。だから、一段部屋が高くなっているとともに天井も高くなっており、御簾もあるのだとか。
実際には、この寺に休憩だけで宿泊はなされなかったようです。 -
次は、奥に見える、離れの部屋にも行きます。
実際は、本堂からつながっていますが、わかりやすいためにご紹介。ちなみに本堂は、左側にあります。 -
離れからの風景。清見寺には、このような眺めのいい場所(潮音閣)があって、真下を東海道本線が走っております。また、右側の手前の横断歩道あたりが「昔の東海道」で、奥の横断歩道辺りが、昔の海岸線だったとか。
だいぶ埋め立てが進んで、今は見る影はないのですが、ここから海や三保の松原が見えていたらしく、「ここは素晴らしいところだ」と言ったとしても想像がつきます。 -
清見寺の鐘楼。この鐘は、頭の高さぐらいから突くという一般的なスタイルではなく、膝ぐらいの高さから鐘を突くというスタイルです。
また、この鐘は昔(約600年前の鋳造)からあるもので、戦時下の金属供出の際にも出されなかったとかで、いかに地元が大切にしていたかがわかります。ちなみに、この鐘は大みそかの際には突くことができるとか。 -
本堂の裏には、五百羅漢がありました。なかなか圧巻です。江戸中期の作らしいです。
以上で、清見寺の見学も終了し、定期観光バスのすべての行程が終わりました。あとは静岡駅に戻って解散です。 -
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最後に、バスガイドさんから聞いた話をご紹介。
静岡土産というと何を思い浮かべるでしょうか。バスガイドさんからの話(お客さんが購入しているものを見た実感)では、一位は「うなぎパイ」だそうです。二位以下は「安部川餅」と「こっこ」が争うという感じとのことでした。ちなみに、「こっこ」とは、蒸しパンの中にクリームが入っているものです。購入して帰りました。
以上で、旅行記を終了いたします。ご覧いただきましてありがとうございました。
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