2020/01/06 - 2020/01/09
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『中正祈念堂』は、台北市中正区に位置する、初代総統の『蒋介石(1887~1975年)』の顕彰施設です。『孫文(1866~1925年)』の後継者として北伐を完遂し、中華民国の統一を果たして同国の最高指導者となりました。
*NEシーの犯罪的行為は、形を変えながら継続しています。実に迷惑ですし、私に対しては『時間泥棒』です。
2024.7.8.記述
- 交通手段
- 観光バス
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近くで観光バスを降りて、歩いて入場した『中正祈念堂』の光景です。台北市中正区に位置する、初代総統だった『蒋介石(1887~1975年)』の顕彰施設です。『孫文(1866~1925年)』の後継者として北伐を完遂し、中華民国の統一を果たして同国の最高指導者となりました。国共内戦で毛沢東率いる中国共産党に敗れて1949年に台湾に移り、その後大陸支配を回復することなく没しました。
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『中正祈念堂』は、蒋介石が1975年に死去した際、行政院(日本の内閣に相当)は全国民の哀悼の意を表すことを目的とする紀念堂の建設を決定しました。コンペティションが行われ、43組の応募の中から『楊卓成(1924~2006年)』の設計案が採用され、1980年3月31日に完成しました。写真の作品は『禁止飛行』です。変わった名前の『巴豪嵐・吉嵐』の作品です。
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『中正祈念堂』の1階に展示してあった、同じ作家による『刑具』の題名の作品です。作家の名前は『バハウ・ビン・ギビン』、アボリジニの血を引くようです。『バハオ』は母親の姓で、『ギブ』は祖父の姓とされます。自動翻訳された解説では『彼の優れた立体彫刻や絵画を通して、アボリジニの信仰の何百人もの神々の物語を新しい形で語ります』と紹介されていました。
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イチオシ
フィリピン華僑が蒋総統に贈ったとされる、アメリカ製の特別仕様とされるキャデラックの光景です。磨き上げられた車体に『市0888』のナンバープレートも付いていました。8並びはお目出度い数字とされているようです。乗用車の顔を持った装甲車のような雰囲気の車です。
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『蒋公座車』のタイトルがあった説明パネルの光景です。米国通用公司が1955年に製作した、キャデラック型の4ドア7人乗りの蒋総統の専用車です。主な仕様は、防弾ガラスと安全装置、車長610センチ、車幅200センチ、車高163センチ、車重約3トンです。フィリピン華僑が贈った車です。
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ゼネラルモーターズによって製作された1972年製のキャデラックの光景です。米国のゼネラルモーターズによって製作された、1972年製の4ドア7人乗りのキャデラックです。先程のキャデラックより、15年以上後の製作で、すっきりとしたデザインになっていました。
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『蒋中正総統座車』のタイトルがあった説明パネルの光景です。主な仕様は、車長632センチ、車幅208センチ、車高150センチ、車重約2トンです。1972年から1975年に使用されました。『蒋中正総統』が、最晩年に使用した専用車になるようです。
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再現された、『蒋介石(1887~1975年)総統』の執務室の光景です。最後まで、大陸反攻を諦めなかったのでしょうか、背後には、中国を中心としたアジア地図が掲示されていました。生涯の政治ライバルは、中華人民共和国の『毛沢東(1893~1973年)主席』だったようです。蒋介石の方が六つほど年上ですが、ほとんど時代が重なった生涯です。
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蒋介石総統の執務光景です。浙江省寧波府奉化県出身です。日本・中国本土では蔣介石の呼び名で知られていますが、台湾では蔣中正(チャン・チョンヂェン)の名称が一般的とされます。孫文に従いましたが、度重なる辞職騒動を起こしています。『事物に対する極端な好悪』や、『すべてが軍隊のように、きちんとしていなければ承知できない』性格が大きく影響しているとの分析もあります。
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場所を代わって、こちらは巨大な蒋介石総統の座像光景です。壁に『倫理』、『民主』、『科学』の三つのスローガンが掲げられていました。1906年に孫文が発表した中国革命の基本理論は、『民族主義』、『民権主義』、『民生主義』の三つでしたから、これとは異なります。
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巨大な蒋介石総統座像のズームアップ光景です。1924年11月12日に広東を船で出発した孫文は、北京への途上、黄埔軍官学校を訪れ、蒋介石と面会しました。孫文は蒋介石が短期間に黄埔軍官学校を充実させ、軍の育成が進んでいることを高く評価しました。その上で、今回の北上では広東に戻れないことを覚悟しているとも語りました。(保坂:1999年)
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衛兵が護る巨大な蒋介石総統座像の傍らの光景です。『忠烈祠』と同じように、ここでも衛兵交代儀式が行われています。蒋介石が『何故そのように弱気になっているのですか』と訝り、尋ねると、孫文は『私の説いた三民主義は、この学校の学生たちに実行してもらいたい。私は死に場所を得ればそれでいいと答えました』(保坂:1999年)
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イチオシ
正面から眺めた、蒋介石総統座像と背後のスローガンの光景です。孫文は、黄埔軍官学校の教育を見て蒋介石に対し、『彼らにこそ私の命を継いでもらいたいと思った』と語ったとされます。(保坂:1999年) 孫文はこの後、香港・上海へと渡り、日本を経由して北京に入りました。広州の黄埔軍官学校でのこの時が、蒋介石と孫文の今生の別れとなりました。
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中正祈念堂から眺めた、中央の『正門』、左の『国家戯劇院(劇場)』と右の『国家音楽庁(音楽ホール)』の建物光景です。広大な敷地に配された、選び抜かれた建物光景です。『正門』は屋根の青と壁の白の二色、二つの建物は、屋根の橙、壁の白色、柱の赤色の三色に統一されています。
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中正祈念堂から眺めた『国家戯劇院(劇場)』の建物のズームアップ光景です。『国家音楽庁(音楽ホール)』を合わせた二つの建物は、かつては『国立中正文化中心』と呼ばれていましたが、現在は『国家両庁院』と呼ばれているようです。ただし、表記は繁体字の『國家兩廳院』です。
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中正祈念堂から眺めた『国家音楽庁(音楽ホール)』の建物のズームアップ光景です。青地の破風の上に描かれた白い模様は、唐草文様でした。『国家両庁院』は1987年に開館され、オペラ、バレエ、ミュージカル、演劇、管弦楽、室内楽、伝統音楽、京劇などの各種公演が開催されています。
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中正祈念堂から眺めた『正門』の光景です。建物中央に『自由広場』の扁額が見えました。以前には、蒋介石に因む『大中至正』の扁額でした。青い屋根が大中小の五つ、その下の門も大中小の五つの堂々とした造りの門です。
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イチオシ
中正祈念堂天井の、国章の『青天白日』の徽章の光景です。民進党政権下での『台湾正名運動』の影響で、2007年には『台湾民主紀念館』に改名され、入口門に書かれた『大中至正』の文字が『自由広場』に架け替えられ、儀仗隊交代式が中止された時期がありました。国民党が政権復帰した2009年に、再び元の『中正紀念堂』に戻りましたが、入口門の『自由広場』の扁額はそのままでした。
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中正祈念堂から眺めた、中央の『正門』、左右の『国家戯劇院(劇場)』と『国家音楽庁(音楽ホール)』の建物光景です。紀念館前の伝統図案による花壇も含めることによって、「自由、平等、博愛」を象徴する「青天白日満地紅」(中華民国の国旗の図柄)を表すような配慮もされています。
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直下から見上げた『中正祈念堂』の建物光景です。民進党政権下での『台湾正名運動』の時には、2007年に『台湾民主紀念館』に改名されましたが、現在は『中正祈念堂』の扁額に戻されています。
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『中正祈念堂』の東側の石段光景です。本堂の三方には花崗岩の階段が84段ありますが、正面の階段にある5段を加えると89段になります。この数によって、蒋介石の享年である89を表しています。また、3層からなる本堂の広い基礎部分は全て正方形であり、これによって蒋介石の本名である『中正』を象徴しています。
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同じく、『中正祈念堂』の東側の石段光景です。青色の瑠璃瓦、壁の白色の大理石による『青天白日』、更には、紀念館前の伝統図案による花壇も含めることにより、『自由、平等、博愛』を象徴する『青天白日満地紅』として、中華民国の国旗の図柄が表現されています。
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『ヒメツルソバ(蔓蕎麦)』のようです。
分類:タデ科ヒメツルソバ属
分布:ヒマラヤ原産です。
特徴:地面が凍結しない限り翌年には新芽が成長するようです。
その他:名前の特定が間違っているかも知れません。 -
振り返って眺めた、中正祈念堂の光景です。その屋根は、北京の天壇を模して造られた八角形で、『忠、孝、仁、愛、信、義、和、平』の八徳を象徴しています。また、『人』の字が重なって天に達するように見える設計もされており、これによって『天人合一』(天と人が一つになる)という中国の思想を反映しています。その他にも、頂の黄金色が栄光ある昇華を象徴しています。
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更にズームアップした、中正祈念堂の光景です。『二重のひさし(簷)』のことを中国語では『複簷』と言いますが、この『複』は『復』と発音が同じであることから、中華民国の復興と大陸の回復という目標を表しています。本堂の外装は屋根瓦として用いられている青色の瑠璃瓦、壁に用いられている白色の大理石により、中華民国の国章である『青天白日』を表しています。
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『サンタンカ(山丹花)』
分類:アカネ科サンタンカ属の常緑低木
分布:中国南部からマレーシアが原産です。
特徴:観賞用に栽培され、薬用にもなります。
その他;別名は『サンダンカ(三段花)』です。 -
『ブーゲンビリア』
分類:オシロイバナ科ブーゲンビリア属の熱帯性低木。
分布:原産地は、中央アメリカ及び南アメリカの熱帯雨林。
特徴:色づいた花びらに見える部分は花を取り巻く包葉です。
その他:和名はイカダカズラ(筏葛)、ココノエカズラ(九重葛)です。 -
中正祈念堂の『大孝門』の光景です。愛国東路に面した中正祈念堂の南側に位置する門です。中正祈念堂の見学の後、北方面にある淡水に向かいました。『正門』は五つの出入口がありましたが、こちらは三つでした。
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中正祈念堂の『大孝門』の近くから眺めた台北市街光景です。近くに地下鉄駅もありますので、一人旅行の時に見やって来ました。
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淡水の見学の前に立寄った小籠包のお店です。待たずに食事できましたが、やはり『鼎泰豊(ディンタイフォン)』の『小籠包(シャオロンパオ)』と比べますと、味はイマイチでした。
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