2019/12/16 - 2019/12/16
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ドクターキムルさん
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鎌倉市二階堂字三堂(https://4travel.jp/travelogue/11573432)に残る永福寺跡を改めて見学してみた。阿弥陀堂跡、二階堂跡、薬師堂跡のそれぞれの復元された基壇のうち、気になっていた二階堂の基壇の前に立つ説明看板には、「二階堂 三堂の中心の仏堂で、大きさは正面約19.4m、奥行約17.6m、周囲に幅2.4mの裳階(もこし:差掛の庇)を付けた本瓦葺であったと考えられます。基壇は全国的に極めて珍しい木製で化粧されており、大きさは正面が約22.5m、奥行が約20.6m、推定の高さは70cmでした。正面と両側面に階段がありました。堂の本尊は釈迦如来と考えられています。」と本堂は釈迦堂であったと考えられていることが記載されている。すなわち、創建時の永福寺は本堂(釈迦堂)、阿弥陀堂、薬師堂の三堂を中心とした寺院であり、創建後にはその本堂が驚くばかりの二階ての釈迦堂だったために、後には二階堂と呼ばれ、永福寺をも二階堂と呼ばれるようにさえなった。「吾妻鑑」が編纂された鎌倉時代の末期には本堂が釈迦堂と呼ばれることもなく、二階堂と呼ばれていたのであろう。そのため、鎌倉時代初期の創建時にもあたかも阿弥陀堂、二階堂、薬師堂の三堂が計画され、創建されたように「吾妻鑑」に記載されているのだろう。それほどの本堂がCGで復元された二階堂からは伝わってはこないことを吐露した(https://4travel.jp/travelogue/11576050)。
永福寺のモデルとなった平泉の大寺院・毛越寺を思い出させてくれる鑓水も復元されている。
(表紙写真は永福寺跡に復元された鑓水)
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永福寺跡の三堂の紅葉。
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永福寺跡に復元された基壇。
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「二階堂
三堂の中心の仏堂で、大きさは正面約19.4m、奥行約17.6m、周囲に幅2.4mの裳階(もこし:差掛の庇)を付けた本瓦葺であったと考えられます。基壇は全国的に極めて珍しい木製で化粧されており、大きさは正面が約22.5m、奥行が約20.6m、推定の高さは70cmでした。正面と両側面に階段がありました。堂の本尊は釈迦如来と考えられています。」 -
復元された二階堂の基壇。
建仁2年(1202年)に創建されたとされる多宝塔は裳階が一層、1階屋根があり、二階建てのように見える。二階堂はそれを遥かに凌駕するお堂であったはずだ。 -
復元された苑池。毛越寺や無量光院がモデルだ。
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永福寺跡。
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永福寺跡。
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永福寺跡の北翼廊跡に建てられた柱。
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復元された鑓水。
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「鑓水」。
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復元された鑓水。
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永福寺跡。
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永福寺跡。右の裏山は三堂を建てるために削ったのだろう。この数年後、壽福寺の創建に当たってはこうした土木工事が大型化する。
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裏山と西ヶ谷側の一段高い場所。
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復元された鑓水。
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永福寺跡。
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西ヶ谷。この先の尾根を切り崩して切通が設けられている。
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脇の民家。
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永福寺跡の苑池。民家があり、創建時よりはかなり狭くなっているだろう。
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亀ヶ淵橋を渡ると見える切通か?永福寺の向かいの山頂には経典を納めた経塚があったが、そこに上る山道か?フェンスが設けられていることから国指定史跡永福寺跡であろう。
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