1994/07/09 - 1994/07/18
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milouchatさん
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7月4日から 28日まで、またまた3週間ちょっと、
会社を休んで、アメリカからヨーロッパ、
そして再びアメリカに戻る地球半周x2の周遊。
旅行記はサンフランシスコ → シカゴ →→ パリまでアップし
次はリヨンに移るはずだったが…
またしても写真が別フォルダーにあり忘れていた
『シベールの日曜日』のヴィル・ダヴレーを
番外編として割り込み、ついでに 60年代映画つながりで
『勝手にしやがれ』も追加することに…
写真はパトリシアが密告する場面の
本物の (?) スチール写真。
フランス公開時の A4より少し大きい六つ切りの写真だが
隅が押しピンの跡で傷んでいるのが分かるかな?
『大人は判ってくれない』や『リトル・ロマンス』のように
映画館で剥がして盗んだ… のではなく
(そういえば日本でも昔は映画館にスチール写真が貼ってあった)
1974年に1ヶ月パリにいたとき、連日通った映画館の
スタッフに聞き、映画館にポスターやスチールを
貸し出す会社を教えてもらい買った物。
ほかに『ウイークエンド』も買ったが
カラー写真は退色している
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ヴィル・ダヴレーにはパリ、サン・ラザール駅から
Versailles-Rive-Droite 行きに乗る。
左の案内板に Versailles R.D. と見えますね。
サン・ラザールはパリで唯一国外に出ない駅。
ヴェルサイユなど近郊行き (Banlieue) のホームは
左に、ノルマンディなど他県に行く
長距離 Grandes Lignes は右にあったが、
現在は大幅な改修工事で様変わりし
『男と女』や『ディーバ』で見る構内とは
まるで様子が違っている。
ちなみに、メトロと違い いわゆる改札はないので
左の女性がやっているように乗車前に切符を
機械に入れて刻印しないと
切符があっても無賃乗車と見なされる。
逆に言えば検札が無ければ無賃乗車もできる。
1974年に初めてヴィル・ダヴレーに行ったとき
列車が発車寸前だったので切符を買わずに乗った。
車掌から買えばいいと思ったが
車内検札は無く、ヴィル・ダヴレーの駅で
駅員に咎められたがフランス語が分からない
振りをして、あれこれ言ってたら
もういい、と解放 (?) してもらえた (つまり無賃乗車)
当然 英語は通じません -
Sèvres - Ville-d'Avray の駅、開通したのは 1839年9月。
サン・ラザールから 16.6 キロで 20分ほどと近いので
ヒマになると、行ってみようかなと 5,6 回は来ている -
『シベールの日曜日』に登場する駅にあった
陸橋は撮影直後の 1962年に付け替えられたが
地下通路が出来たため 1992年に撤去されてしまった -
★参考までに、すでに映画とは少し違うが
まだ陸橋があった 1977年の
ヴェルサイユ方面行きホームの写真。
いかにも列車という感じの電車 -
1994年の上と同じヴェルサイユ方面。
当然 電車も上の写真より新式だが
現在は、さらに新しい車両になっている -
逆方向のパリ方面。
トンネルと水道橋のような歩道橋が見える -
駅前広場。 ヴィル・ダヴレーは観光地ではないので、
幸いなことに (?) 一般的には無名で特徴もない近郊都市。
調べてみるとヴィル・ダヴレーには 1847年にショパンが 滞在。
ルノワールが 1868年に、メニューインが 1930 から 1935年まで
住み、ほかにはシドニー・チャップリンなども住み、
ボリス・ヴィアン、イザベル・ユペールなどの出身地でもある -
駅前の広場は Place Pierre Brossolette
(レジスタンスの英雄) だが、上には
Sèvres とあり駅の西側はヴィル・ダヴレーではなく
セーヴル。 つまり駅は Sèvres と Ville-d'Avray の
境界にあるので2つのコミューンの名を繋ぎ
Sèvres - Ville-d'Avray という駅名になっている -
ヴィル・ダヴレーは小さな街だが
地図を見ても池 (沼?) が目立つ。
単に色が違うから? -
池 (沼) に行く途中に教会がある。
初めて来たときは "ここだ!" と喜んだが
残念ながら映画に使われた教会ではなかった… -
でも映画と同じように風見鶏は付いている。
この教会のオリジナルは 1790年に出来たが
翌年取り壊され再建された。
1971年と 1993年に外部も内部も改修されている -
Église Saint-Nicolas-et-Saint-Marc 教会内部
-
同じく教会内部
-
同じく
-
教会前には第一次大戦犠牲者の記念碑がある
-
さて、池は道路より低い場所にあり
普通に歩いていても見つけられない。
初めて来た 1974年には何の資料もなく、
探すのに大変苦労した。
この階段を降りると池に出る -
階段を降りたところには
この池をよく描いたコローの記念碑がある。
池は別名 Les étangs de Corot 。
池 (étang) が複数になっている… -
Allée de L'Etang Neuf
新池小路 (?) とあるように
先の地図でも分かるが
池は道路を挟んで 2つに分かれている。
新池は Philippe duc d'Orléans が造らせたものだが
小さい方の旧池は中世からあったらしい -
新池。 別に特に見所があるわけではない
-
何の変哲もない池だが
『シベールの日曜日』が好きなら
感動するはず -
とにかく静かな池と森。
聞こえるのは鳥の鳴き声ぐらい -
水鳥はもちろん
山鳥 (?) もいる -
当然 散歩する人やサイクリストもいるし、
映画のように馬に乗った人を見かけたこともある。
でも特に休憩する場所もないし、
今まで大勢の人に出会ったことはない。 -
釣り人は結構いる。
"私の木" に似た木がある -
手前は小さい方の旧池です
-
池の注意書きには、人間さまだけでなく
動物も遊泳禁止、船の操縦も禁止
(ラジコンも含みそう) とある -
何だか池に投げ込んでいる人が!
ゴミの不法投棄か?
いえいえ 水鳥が集まっているように
大量の餌をまいていた -
どこかからフルートの音が聞こえて来る。
音のほうに行くと湖畔の家で練習をしていた -
とにかく静かなので、
こんなに道から離れた家 (広い庭だ、金持ち?)、
その部屋の中からでも遠くから聞こえた -
近くの林道の名前は、逐語訳すれば
泉の死者たち? 死んだ (涸れた) 泉たち?
なんだか怖い童話みたい -
そう思って見れば "死" のイメージも なくはない?
映画でもピエールが射殺されるし… -
ピエールの死から『勝手にしやがれ』の
ミシェルの死に繋ぐ前に、ちょっと脱線。
メトロ構内通路 (右側)に
たくさん貼られた大宣伝の広告は… -
1992年にオープンしたばかりの
Surcouf という PC などの量販店のような店。
Festival Hewlett Packard なんて変な祭 (?) があるが、
PC の部品などを売る店は一部の FNAC ぐらいしかなかった。
早速行って見たが秋葉や日本橋を知っているオタク日本人には
大した店でもなかった。 それでも辞書の CDROM など数枚買ったが…
(Surcouf は 2012年に倒産)。
現在はナシオン近くの Montgallet 周辺に
パソコンショップが集中しているようだ。
今度行ったら覗いてみよう -
上の地下鉄駅はダンフェール・ロシュロー、
(Surcouf 最寄り駅ではない)
ダンフェール・ロシュローと言えば… -
ライオンさんですね。
ちなみに Denfert-Rochereau とは
普仏戦争の英雄の名前から採られているが
元は城壁の1つの門である地獄門 (Barrièr d'Enfer) が
近いことから当初は地獄駅 (Gare d'Enfer)とも呼ばれた。
パリには天国通り (rue de Paradis) があり行ったことがあるが、
『勝手にしやがれ』のカンパーニュ・プルミエール街の
すぐ隣には地獄横町 (Pas d'Enfer) もある。
やはりミシェルは敵の多いモンパルナスに
行くべきではなかった… -
モンパルナスの 261 boulevard Raspail には
ビル全体がガラス張りのカルティエ現代美術財団が。
この年オープンしたばかりで美術館も併設だが入らず -
『勝手にしやがれ』でミシェル (ベルモンド) が
その Boulevard Raspail まで よろけながら走り
最期を迎えるのがカンパーニュ・プルミエール街 -
現在と違い道路は映画同様、まだ石畳だった。
[どうやらカンパーニュ・プルミエール街の
ビデオは 1990年の撮影だったようです。
まあ番外だからいいよね…] -
代表写真のパトリシアが警察に密告するブラスリー。
店名は Le Camilou だが SVを見ると
2008年は店のテントが青、2014年からは ちゃっかり (?)
A bout de souffle...(『勝手にしやがれ』の原題)
なんて店名になっている。
(よく見たら上部に A bout de souffle とあった)
★(さらによく見たら、勝手な思い込みで
どうやら Abbaye de Leffe のようだで
有名なベルギー・ビールの銘柄のようだ) -
この店は近代写真の父、ウジェーヌ・アジェが
1898年から 1927年まで住んだ建物でもある。
ほかにもランボー、高村光太郎、辻邦生も
このアパルトマンに住んだことがある -
カンパーニュ・プルミエール街は
『勝手にしやがれ』で有名になったのは確かだが
上に書いたように文化人に縁が深い通り。
例えばミシェルが倒れる直前にちらっと見える
ここは 31 bis rue Campagne Premiere にある
アンドレ・アルフヴィドソン設計のアトリエ集合住宅。
アレクサンドル・ビゴによる
この磁器のファサードが有名だが
ここにはマン・レイなどが住んでいた -
29番地には 有名な Hôtel Istria もある
-
ピカビア、デュシャン、キスリング、ツァラ、
サティ、マヤコフスキー、アラゴン、リルケなど
そうそうたる芸術家が滞在している。
[●余談だが 2020年7月に滞在するつもりで
予約してあったが、コロナで行けなくなった…] -
さて、本線に戻ってリヨン駅です。
今度こそリヨンに向かいます… -
リヨン駅構内には
『ニキータ』で有名になった (?)
レストラン青列車 (Le Train Blue) がある。
2回ぐらい食事したことがある、
内部は豪華だが駅中でもあり、極端に高くはない -
リヨン駅ホーム
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