1994/07/15 - 1994/07/17
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milouchatさん
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今回の旅行はアメリカからヨーロッパに入り、
またアメリカに戻る地球半周 x2の
3週間の周遊でサンフランシスコ→シカゴ→→パリと
移動しパリからリヨンに寄ってニースに向かう。
リヨンは 86年にも来ているが、
そのときはパリからの夜行!!で
早朝に着いて南仏に行く前に数時間歩いただけ。
つまり今ではパリから2時間足らずで来れるが、
当時は6時間以上も掛かった。
ニースに行った理由は分からないが
多分、すでにカンヌは行ったから、ぐらいで
特に理由もなくニースには泊まらず、
海で泳いだだけで夜行で再びパリに戻った。
写真は劇場名は記録漏れだがリヨンで行った
映画館ロビーの手の込んだ飾り付け。
実はリヨンは映画発祥の地でもある。
リュミエール兄弟の最初の映画『工場の出口』は
彼らの工場での撮影で 1896年のこと。
知らなかったがリヨンには映画博物館もあるし、
何と rue du Premier Film (最初の映画通り) まである。
ちなみにリュミエール兄弟のシネマトグラフを
日本に輸入したのは稲畑勝太郎だが、リヨン留学中に
兄のオーギュストと友人だったから、早くも
翌 1897年に日本に持ち込むことができた
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
リヨン行きは、もちろんパリのリヨン駅から。
パリで時計台が残る唯一の駅です。
余談だが時計台の出てくる
『ヒューゴの不思議な発明』の舞台は
(一応) モンパルナス駅で、もう1人の映画の父
ジョルジュ・メリエスも登場する。
現実にもメリエスはモンパルナス駅に店を
出していたし、列車が建物を突き破って
10メートルの高さから転落するシーンも
実際に 1895年に起きた事故を再現している -
パリを少し離れただけで
農業国フランスの風景になる -
列車は TGV 613 。 レイルパスはあるが
別途座席指定券が必要 (18フラン)。
車内は空いている -
僕には無縁だが、荷物室 (?) もある
-
Lyon-Perrache に到着。
リヨンに来たのは、ある女性に会うためだが
別に期待するような (?) ラブ・ストーリーではない。
友人がリヨン大学に留学していたが、今と違い
連絡は郵便なので、会えたらいいな…
という程度で直前に行くことは伝えたが
夏休みで彼女は他の国に行ってしまい会えなかった。
(逃げられた?) -
泊まったホテルは 19 place Carnot の
Hôtel Dubost で2泊している。
朝食付きで 210F (3986円) だった。
やはり宿代はパリよりずっと安い。
(現在は3つ星の Hôtel des Remparts に、
SVを見ると 2015年まで Hôtel Dubost のまま) -
部屋はこんな感じで広くはない。
ホテルは当然 Lyon-Perrache 駅の
すぐ側。 昔は少しでも安い宿を求め
重い荷物を持って何時間も探したりしたが、
努力に比べ実りの少ない時間の無駄。
この頃は すでに駅前中心になっていた -
僕が泊まる宿は1つ星が普通で、たまに2つ星。
帰りは深夜が多く、文字通り寝るだけなので
立地は重視するがホテルの質はこだわらない。
もちろん虫が出るとかは嫌だけど…
当時は香港以外のアジアには行かないので
滅多に遭遇しなかったが…
このホテルはバスマットにも
ホテル名が入っている高級2つ星ホテルでした
(それでも一泊 2000円だよ!) -
少し街歩き。 リヨンはフランス第2の都市らしいが、
まったく そんな感じはしない地方都市。
リヨンは2つの川 、ローヌ (le Rhône) と
ソーヌ (la Saône) が出逢う場所 (男と女の川です)。
ホテルは中之島のような場所の真ん中にある。
まずは一番近いソーヌ川の Kitchener 橋 -
真ん中の橋桁に像があった [詳細情報は見つけられず]。
このあたりは8年前に来たときは
運搬船から列車に積み替える波止場だったので
倉庫などで殺風景だったが、どんどん開発され
今ではディスコまである近代的な場所らしい -
ソーヌの Bonaparte 橋から西北方向。
真ん中に見えるのは
Cathédrale Saint-Jean-Baptiste
(正式には La primatiale Saint-Jean-Baptiste-et-Saint-Étienne )
さらに奥の丘の上に見えるのは
Basilique de Fourvière -
今度はローヌ川の Pont de l’Université 。
その名の通り大学のある Rue de l'Université に
架かっている -
橋の北東突き当たりに
Gailleton 広場があり噴水と像があるが、
現在の SVを見ると真ん中の像だけ黒くなっている -
Part-Dieu 駅前の広場 Place Charles Béraudier 。
1983年の TGV 正式開通に伴い Lyon-Brotteaux 駅に
替わってできたのが Part-Dieu。 従って
同時に整備した駅前広場の建物も駅舎と似たようなビルばかり。
写真の 2つのビルは対象で真ん中のガラスの塔は
多分エレベーターだろう。
前の彫刻に関する情報は見つけられず。
2018年から駅は大改修に入り 2022年に完了予定。
その関連かは分からないが 2015年の SVではビル全体が
大きな絵 (?) で覆われ見えなくなっている -
リヨンで昼を食べた店。 立っている男は
フランス映画には、しょっちゅう登場した
フリッパー (ピンボール・マシーン) をやっている。
少なくとも昔は、ほとんどのカフェに設置されていた。
日本では叩いたり揺らしたりは原則禁止だが
フランスでは珍しくない (遊ぶのは大人ばかり) -
突き当たりに見えるのは
Basilica of Saint-Martin d'Ainay
ソーヌ川 Kitchener 橋の北、
Rue Guynemer と Voute d'Ainay
角から東南 -
レピュブリック広場の北部分。
真ん中、ビルの間にチラッと見えるのは
Chapelle de Hôtel-Dieu 。
右のビル1階の Grand Optical は現存 -
右に MADURA という店が見える。 現在は
46 Rue du Président Édouard Herriot
にあるが写真と一致しない。
しかし調べると 2012年12月に
45 Rue De La République から引っ越していて、
そこなら、建物は ほぼ完全に一致する。
しかし 2008年のSVでは Etam という下着の店になっていて
話が合わないし、前の通りも感じが違い納得できていない…
関係ないが、現在道路を挟んだ 43番地の店は
"Histoir d'Or" (黄金の物語) だが
どうしても "Histoir d'O" (O嬢の物語) を連想するよね -
Place des Célestins にある 1877年にできた劇場、
Théâtre des Célestins 前の広場は道路整備工事中。
劇場は古いが出し物は斬新で、例えば 2019年11月には
シャルル・ベルラン演出でゴダールの映画
『女と男のいる舗道』を舞台にのせる -
ベルクール広場の近くに変な塔 (?) がある。
Place Antonin Poncet にある時計塔、
Clocher de la Charité 。 名前のように
元は 16世紀の病院 L'hôpital de la Charité の
鐘楼だったが教会や病院は撤去され塔だけが残った -
下に線があって、まるで競泳プールのようだが、
レピュブリック広場の噴水 (?) 北方向 -
ところで、これは何でしょう?
分かる人は少ないと思うがハンガーです。
いや、それは見れば分かるが、
言うまでもなくホテルのクローゼットではない。
答は… -
ローヌ川を渡った反対側にプールがあったので
入ることに。 その名も Piscine du Rhône 。
上写真のハンガーは更衣室で脱いだ洋服を
かけるハンガーで下に籠がありカウンターで渡す。
空港の荷物ターンテーブルのように
ハンガーや籠が回転する仕組み -
現在の航空写真を見ても、プールは
ほとんど変わっていないようだ -
対岸に見えるのは
個人向けではフランス1位の銀行
現 Crédit agricole -
バカンス中だからか、日本と違い
真夏でも それほど混雑していない。
ちらほらトップレスも… -
いわゆるプールは空いているのに
スライダーは大行列 (でも大人ばかり)。
そういう僕も当然 滑ったけど… -
左手に 2 Cinémas という映画館があり
右に Bar Dauphun という看板がある。
現在も同名の店はあるが場所は一致せず
まだ場所は突き止められない。
どうやら映画館も規模から見てビデオで見せる
ポルノ映画館のようです
以下は恒例の (?) 映画館紹介 -
ここでは見ていないが
75 rue de la République にあった
Pathé 系列の Ciné Journal
SVを見ると現在は右側が Jennyfer
左側は銀行の CIC (ATMのみ) になっているが
真ん中のベージュの入り口にある
75番地の数字は今も確認できる -
すぐ隣の 79番地にある 8スクリーンの
Pathé Bellecour 。
1933年のオープン時は1スクリーン、
この時は 8スクリーンだが現在は 10スクリーンの
Gaumon-Pathé になっている。 -
ここではジャン=ポール・サロメの 「Les Braqueuses」 を
夏休み料金で安く 30フランで 15日に見ている。
相変わらずエンド・クレジットが始まると客は消えるので
フラッシュ撮影 -
記録漏れで、劇場名と見た映画は分からないが
ここも安く 25フランだった -
20 Rue Thomassin の Les 7 Nef 。
元は 1879年からあるキャバレー・シアターで
1906年から映画館になった。
その後何度か系列が替わり
94年 (つまりこの後すぐ) には
ポルノ映画館になったりもしたが
2008年から Pathé-Cordeliers に。
しかし 2016年2月に閉館になっている。
ここでも『羊たちの沈没』をやってるね -
リヨンのメトロ (TCL) です
-
その切符。 もちろん現在の切符とは違うが
裏に磁気のバーもない…
ちなみにパリのメトロも昔は磁気式ではなく
(日本も同じだが) 改札で人間 (poinçonneur)
がパンチを入れていた -
ニースには Lyon Part-Dieu から乗車。
映画のポスターは『バッド・ガールズ』
マデリン・ストーやドリュー・バリモアら
女性4人の西部劇なのでフランス語題は
「西部の美女たち」 -
H 番線 09:43分発の TGV です
-
列車が入ってきました
-
リヨンからの車窓風景は
山岳地帯が多くなる -
途中駅 Antibes
もうすぐニースです -
コート・ダジュールの海が見えてきた
-
バカンス・シーズンで道路が渋滞?
いえいえ、右端の車の向きで分かるが
駐車中の車の列です。
つまり駐車場が足りないので
道路が臨時の駐車場に -
Nice-Ville 駅に到着
-
Nice-Ville 駅ホーム。
午後に ホーム D に着いたようです、
向かいには逆向きリヨン行きが停車中 -
ニースにもあった天国通り (Rue Paradis)
-
マカロニではなく Rue Maccarani
バックにあるのは… -
下しか撮れていないが、名前が長すぎ入りきらない??
Église Protestante Unie de Nice Saint-Esprit 。
1888年にできたプロテスタント教会 -
Magenta 広場のブラスリー Le Mirador
2012年のSVでは健在だったが
現在は Le Magenta という Pizzeria に -
あたり前だがニースにもあった Pathé の映画館。
確かではないが、恐らく 31 Rue Jean Medecin
にあった Pathé Massena 。
元は 1930年代にオープンしたようだが
1961年に Gaumont Palace として再開。
現在はカフェになっているが (面白いことに?)
Le Grand Café de Lyon、 となぜかリヨンに… -
さて、ビーチに出て泳ぎましょう。
それほど泳いでいる人は多くない… -
ニースの浜辺は、見ての通り砂浜ではなく石浜。
遠くに高級ホテル Negresco が見えている -
さすがにビーチでは人が多い。
後ろは Palais de la Méditerranée
現ハイアット・リージェンシーですね -
少し左には Hôtel Le Royal が
高級ホテルが並ぶ Promenade des Anglais -
これは何だろう?
桟橋ではなく海の中に現在もある。
飛び込み台でもないし…
場所は Casino du Palais de la Méditerranée
の前あたり -
突き当たり、ビーチの右端 (南) の丘には
Le parc de la Colline du Château という公園がある。
ギリシャ時代からあった城塞跡で
エレベーターで簡単に登れる。
見晴らしのいい展望台があり
登ったが写真はない… -
高い場所からだから、その展望台からかと
思ったが丘の形は上と同じようだから反対側。
どこから撮ったのか不明 -
飛行機でニース・ジャズ・フェスティヴァルの
横断幕 (?) が走る。
今夜の出演はミシェル・ペトルチアーニ。
日本でも最近ドキュメンタリー映画が公開されたが
1986年スイス、モントルーのジャズ・フェスで見た。
(知ってる人なら分かるが) 抱っこされて登場?
演奏は凄かったです -
海岸にプール?
何となく変な気もするが水泳教室です。
さすがに子供ばかりのようだが… -
南仏まで来るとトップレスが大勢いる。
僕が初めて見たのは 1986年のエトルタだったが
最初は こちらが恥ずかしくて近寄れなかった。
しかし南仏では当たり前にいるので隣にいても
(ほとんど?) 気にならなくなった。
とはいえ、ちゃんと撮影はしている? -
手前の人、男に見えるかもしれないが
中高年の女性です。
トップレスは若い人だけではありません -
最後にサービス・ショット?
-
帰りはTGVではなく夜行列車でパリに帰る。
もちろん寝台車ではなく普通車両の自由席で。
夕方の出発です -
乗ったわけではないがリヨン駅に到着時
撮った2等寝台。
コンパートメントに定員6名ですね…
ちなみに昼間は寝台をたたんで
普通のコンパートメントになる
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