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ウィーン美術史美術館【8】は、王の画家にして画家の王と呼ばれ、諸外国までその名声を轟かせたバロック期を代表する画家ルーベンスと彼の弟子であり、ルーベンスと同じくフランドル出身ながらやはりイタリアやロンドンなど諸外国で活躍したヴァン・ダイクなどアントウェルペン派の作品紹介です。<br />工房作品や他作家との共作もあり、総作品数は約1200点と膨大な数が残っているルーベンスですが、さすが美術史美術館、代表作をはじめ多くの優れた作品を見ることができました。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

ウィーン美術史美術館【8】 Rubens 、van Dyck etc

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2019/04/28 - 2019/04/28

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+mo2

+mo2さん

ウィーン美術史美術館【8】は、王の画家にして画家の王と呼ばれ、諸外国までその名声を轟かせたバロック期を代表する画家ルーベンスと彼の弟子であり、ルーベンスと同じくフランドル出身ながらやはりイタリアやロンドンなど諸外国で活躍したヴァン・ダイクなどアントウェルペン派の作品紹介です。
工房作品や他作家との共作もあり、総作品数は約1200点と膨大な数が残っているルーベンスですが、さすが美術史美術館、代表作をはじめ多くの優れた作品を見ることができました。






旅行の満足度
4.5
観光
4.5
  • ヤン・ファン・デン・フーケ「第一王子フェルディナント」1634-35年頃

    ヤン・ファン・デン・フーケ「第一王子フェルディナント」1634-35年頃

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「イザベラ・デステ」1600-01年<br />イザベラ・デステは、エステ家出身のマントヴァ侯妃。ルネサンス期イタリアの文芸、政治を代表する女性の一人。

    ピーテル・パウル・ルーベンス「イザベラ・デステ」1600-01年
    イザベラ・デステは、エステ家出身のマントヴァ侯妃。ルネサンス期イタリアの文芸、政治を代表する女性の一人。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「扇をもつ女性(旗をもつ女性)」1612-14年<br />ティツィアーノの花嫁姿のラヴィニアの模写<br />

    ピーテル・パウル・ルーベンス「扇をもつ女性(旗をもつ女性)」1612-14年
    ティツィアーノの花嫁姿のラヴィニアの模写

  • ピーテル・パウル・ルーベンス<br />「老人の頭部の習作」1610年頃<br />「枢機卿に扮した聖ヒエロニムス」1625年頃

    ピーテル・パウル・ルーベンス
    「老人の頭部の習作」1610年頃
    「枢機卿に扮した聖ヒエロニムス」1625年頃

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「枢機卿に扮した聖ヒエロニムス」1625年頃

    ピーテル・パウル・ルーベンス「枢機卿に扮した聖ヒエロニムス」1625年頃

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「アンゼギゼルと聖ベガ」1612-15年頃 

    ピーテル・パウル・ルーベンス「アンゼギゼルと聖ベガ」1612-15年頃 

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「アルブレヒト7世」1618年頃

    ピーテル・パウル・ルーベンス「アルブレヒト7世」1618年頃

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「イサベル・クララ・エウヘニア王女」1629年頃<br />イサベル・クララ・エウヘニア・デ・アウストリアは、オーストリア大公アルブレヒト7世(ルドルフ2世の弟)の妃。

    ピーテル・パウル・ルーベンス「イサベル・クララ・エウヘニア王女」1629年頃
    イサベル・クララ・エウヘニア・デ・アウストリアは、オーストリア大公アルブレヒト7世(ルドルフ2世の弟)の妃。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「フェリペ1世」1618年頃<br />ハプスブルク家のローマ皇帝フリードリヒ3世の嫡孫。カスティーリャ女王フアナの王配。一時期カスティーリャ王を僭称しています。

    ピーテル・パウル・ルーベンス「フェリペ1世」1618年頃
    ハプスブルク家のローマ皇帝フリードリヒ3世の嫡孫。カスティーリャ女王フアナの王配。一時期カスティーリャ王を僭称しています。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「シャルル」1618年頃<br />シャルルは、ヴァロワ=ブルゴーニュ家の事実上最後のブルゴーニュ公

    ピーテル・パウル・ルーベンス「シャルル」1618年頃
    シャルルは、ヴァロワ=ブルゴーニュ家の事実上最後のブルゴーニュ公

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「聖母被昇天」1611-14年頃

    ピーテル・パウル・ルーベンス「聖母被昇天」1611-14年頃

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「四大陸」1615-16年<br />ヨーロッパ、アフリカ、アジア、そしてアメリカ大陸の四大陸と、その代表的な河川を一対の河神と女神によって表現しています。中央の黒人の女神と麦の穂の冠の河神はナイル河とアフリカ大陸を、右手前の虎と河神と女神はアジアとガンジス河を、アジアの隣の唐辛子の冠を付けた河神と女神は、秘境の地アメリカとラ・プラタ河(又はアマゾン河)を、画面左の舵を手にする河神と女神はヨーロッパとドナウ河を意味しているとされています。<br />

    ピーテル・パウル・ルーベンス「四大陸」1615-16年
    ヨーロッパ、アフリカ、アジア、そしてアメリカ大陸の四大陸と、その代表的な河川を一対の河神と女神によって表現しています。中央の黒人の女神と麦の穂の冠の河神はナイル河とアフリカ大陸を、右手前の虎と河神と女神はアジアとガンジス河を、アジアの隣の唐辛子の冠を付けた河神と女神は、秘境の地アメリカとラ・プラタ河(又はアマゾン河)を、画面左の舵を手にする河神と女神はヨーロッパとドナウ河を意味しているとされています。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「聖フランシスコ・ザビエルの奇蹟」1616-17年頃<br />アントウェルペンのイエズス会の依頼により、『聖イグナティウス・デ・ロヨラの奇蹟』と共に、二聖人の聖列の前に制作され、交代で主祭壇を飾った本作は、ルーベンスの1610年代を代表する大作のひとつとして知られています。作品のテーマは、イエズス会修道士のひとりで東アジアを中心に宣教した、日本でも馴染み深いフランシスコ・ザビエルがなした様々な奇蹟です。

    ピーテル・パウル・ルーベンス「聖フランシスコ・ザビエルの奇蹟」1616-17年頃
    アントウェルペンのイエズス会の依頼により、『聖イグナティウス・デ・ロヨラの奇蹟』と共に、二聖人の聖列の前に制作され、交代で主祭壇を飾った本作は、ルーベンスの1610年代を代表する大作のひとつとして知られています。作品のテーマは、イエズス会修道士のひとりで東アジアを中心に宣教した、日本でも馴染み深いフランシスコ・ザビエルがなした様々な奇蹟です。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス 「聖フランシスコ・ザビエルの奇蹟」(習作)1616-17年頃<br />同じ絵が展示されていましたが、こちらは習作と思われます。こちらは104,5 x 72,5 cmそれでも十分大きな作品ですが、上の絵は、535 x 395 cmと巨大!!<br />ザビエルの手の位置など細部の間違え探し(?)も楽しい。

    ピーテル・パウル・ルーベンス 「聖フランシスコ・ザビエルの奇蹟」(習作)1616-17年頃
    同じ絵が展示されていましたが、こちらは習作と思われます。こちらは104,5 x 72,5 cmそれでも十分大きな作品ですが、上の絵は、535 x 395 cmと巨大!!
    ザビエルの手の位置など細部の間違え探し(?)も楽しい。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「聖イグナティウス・ディ・ロヨラの奇蹟」1616-17年頃<br />ザビエルや福者ピエール・ファーヴルなど六人の同士とともに、神に生涯を捧げるモンマルトルの誓い ”をたて1540年にイエズス会を創設したイグナティウス・ディ・ロヨラを描いています。

    ピーテル・パウル・ルーベンス「聖イグナティウス・ディ・ロヨラの奇蹟」1616-17年頃
    ザビエルや福者ピエール・ファーヴルなど六人の同士とともに、神に生涯を捧げるモンマルトルの誓い ”をたて1540年にイエズス会を創設したイグナティウス・ディ・ロヨラを描いています。

  • 「聖イグナティウス・ディ・ロヨラの奇蹟」(部分拡大)<br />

    「聖イグナティウス・ディ・ロヨラの奇蹟」(部分拡大)

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「聖イグナティウス・ディ・ロヨラの奇蹟」(習作)1616-17年頃<br />こちらも上記作品の習作と思われます。

    ピーテル・パウル・ルーベンス「聖イグナティウス・ディ・ロヨラの奇蹟」(習作)1616-17年頃
    こちらも上記作品の習作と思われます。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「林檎の木の下の聖家族」1630-32年<br />

    ピーテル・パウル・ルーベンス「林檎の木の下の聖家族」1630-32年

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「自画像」1638-40年頃<br />ルーベンス最後の自画像です。<br />

    ピーテル・パウル・ルーベンス「自画像」1638-40年頃
    ルーベンス最後の自画像です。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「エレーヌ・フールマン(毛皮の女)」1631年頃<br />ルーベンスが私的に描いたとされる作品であり、彼の作品中最も人気の高いものの1つ。1626年最初の妻イザベラ・ブラントが死去し失意に暮れるルーベンスが新たに出会った友人シュザンヌ・フールマンの妹で、1630年に挙式した若々しい二番目の妻エレーヌ・フールマンを描いた作品。

    ピーテル・パウル・ルーベンス「エレーヌ・フールマン(毛皮の女)」1631年頃
    ルーベンスが私的に描いたとされる作品であり、彼の作品中最も人気の高いものの1つ。1626年最初の妻イザベラ・ブラントが死去し失意に暮れるルーベンスが新たに出会った友人シュザンヌ・フールマンの妹で、1630年に挙式した若々しい二番目の妻エレーヌ・フールマンを描いた作品。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス他「チモーネとイフェジェミア」1617年<br />人物をピーテル・パウル・ルーベンス、静物をフランス・スナイデルス、風景をJan Wildensが描いています。<br /> 

    ピーテル・パウル・ルーベンス他「チモーネとイフェジェミア」1617年
    人物をピーテル・パウル・ルーベンス、静物をフランス・スナイデルス、風景をJan Wildensが描いています。
     

  • ピーテル・パウル・ルーベンス<br />(上)「アンジェリカと隠者」1626-28年頃<br />(下)「勝者の戴冠」年代不詳

    ピーテル・パウル・ルーベンス
    (上)「アンジェリカと隠者」1626-28年頃
    (下)「勝者の戴冠」年代不詳

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「聖イルデフォンソ祭壇画」1630-32年<br />ブリュッセル宮廷内シント・ヤコプス・オプ・デ・カウデンベルヒ教会の聖イルデフォンソ兄弟団聖堂の為に、イザベラ大公妃の注文により制作された本作は、7世紀トレドの大司教でスペイン最初のベネディト会修道士のひとりである≪聖イルデフォンソ≫の生涯と奇蹟を主題とした作品。

    ピーテル・パウル・ルーベンス「聖イルデフォンソ祭壇画」1630-32年
    ブリュッセル宮廷内シント・ヤコプス・オプ・デ・カウデンベルヒ教会の聖イルデフォンソ兄弟団聖堂の為に、イザベラ大公妃の注文により制作された本作は、7世紀トレドの大司教でスペイン最初のベネディト会修道士のひとりである≪聖イルデフォンソ≫の生涯と奇蹟を主題とした作品。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「ヴィーナスの饗宴」1636-37年頃<br />本作は、三世紀に制作された書物フィロストラトスによるイマギネスの中の、ニンフが建設したヴィーナス像の周りで、林檎を取りながら戯れるキューピッドを描いた作品。ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノの「愛の神々」の影響による作品。

    ピーテル・パウル・ルーベンス「ヴィーナスの饗宴」1636-37年頃
    本作は、三世紀に制作された書物フィロストラトスによるイマギネスの中の、ニンフが建設したヴィーナス像の周りで、林檎を取りながら戯れるキューピッドを描いた作品。ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノの「愛の神々」の影響による作品。

    美術史美術館 博物館・美術館・ギャラリー

  • 「ヴィーナスの饗宴(部分拡大)」<br />左のニンフは、ルーベンスの妻エレーヌ・フールマンをモデルに描かれたと思われる。

    「ヴィーナスの饗宴(部分拡大)」
    左のニンフは、ルーベンスの妻エレーヌ・フールマンをモデルに描かれたと思われる。

  • 「ヴィーナスの饗宴(部分拡大)」

    「ヴィーナスの饗宴(部分拡大)」

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「城の大庭園」1632-35年頃

    ピーテル・パウル・ルーベンス「城の大庭園」1632-35年頃

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「凍えるウェヌス」<br />オリジナル は、アントウェルペン王立美術館にあるはずなので、習作もしくは模作でしょうか。

    ピーテル・パウル・ルーベンス「凍えるウェヌス」
    オリジナル は、アントウェルペン王立美術館にあるはずなので、習作もしくは模作でしょうか。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「カリュドンの猪狩り」1616-20年頃

    ピーテル・パウル・ルーベンス「カリュドンの猪狩り」1616-20年頃

  • ピーテル・パウル・ルーベンス 「メデューサの頭部」1617-18年頃 <br />斬首された首から流れる鮮明な血や、自分に刃を向け死へと陥れた者を忘れまいとするかのように見開かれたメデューサの眼の生々しい描写は、生々しい印象を与えます。

    ピーテル・パウル・ルーベンス 「メデューサの頭部」1617-18年頃
    斬首された首から流れる鮮明な血や、自分に刃を向け死へと陥れた者を忘れまいとするかのように見開かれたメデューサの眼の生々しい描写は、生々しい印象を与えます。

  • ピーテル・パウル・ルーベンス「Reuige Magdalena und ihre Schwester Martha 」1620年頃

    ピーテル・パウル・ルーベンス「Reuige Magdalena und ihre Schwester Martha 」1620年頃

  • アンソニー・ヴァン・ダイク「幼児キリストを抱く聖母マリアと聖ロザリア、聖ペテロ、聖パウロ」1629年<br />

    アンソニー・ヴァン・ダイク「幼児キリストを抱く聖母マリアと聖ロザリア、聖ペテロ、聖パウロ」1629年

  • アンソニー・ヴァン・ダイク「聖ユダ・タダイ」1619-21年頃<br />聖ユダ・タダイは新約聖書に登場するイエスの弟子、十二使徒の一人。

    アンソニー・ヴァン・ダイク「聖ユダ・タダイ」1619-21年頃
    聖ユダ・タダイは新約聖書に登場するイエスの弟子、十二使徒の一人。

  • アンソニー・ヴァン・ダイク「待つ女」1618-20年頃

    アンソニー・ヴァン・ダイク「待つ女」1618-20年頃

  • アンソニー・ヴァン・ダイク「福者ヘルマン・ヨゼフの夢」1618-19年頃<br />ヴァン・ダイクを代表する宗教画作品のひとつ。本作に描かれるのは、ドイツのケルンに生まれた熱心なキリスト教徒で神秘体験者でもある福者ヘルマン・ヨゼフが夢の中でおこなった聖母マリアとの神秘的な婚姻体験場面。

    アンソニー・ヴァン・ダイク「福者ヘルマン・ヨゼフの夢」1618-19年頃
    ヴァン・ダイクを代表する宗教画作品のひとつ。本作に描かれるのは、ドイツのケルンに生まれた熱心なキリスト教徒で神秘体験者でもある福者ヘルマン・ヨゼフが夢の中でおこなった聖母マリアとの神秘的な婚姻体験場面。

  • アンソニー・ヴァン・ダイク「サムソンとデリラ」<br />旧約聖書・士師記に登場するサムソンとデリラの物語がテーマ。

    アンソニー・ヴァン・ダイク「サムソンとデリラ」
    旧約聖書・士師記に登場するサムソンとデリラの物語がテーマ。

  • アンソニー・ヴァン・ダイク「若い将軍の肖像」1622-24年頃<br />その英雄的な態度にもかかわらず、悲しみの色が伺える表情は、手本となっている16世紀ヴェネチアの肖像画にもしばしば見られるもの。

    アンソニー・ヴァン・ダイク「若い将軍の肖像」1622-24年頃
    その英雄的な態度にもかかわらず、悲しみの色が伺える表情は、手本となっている16世紀ヴェネチアの肖像画にもしばしば見られるもの。

  • アンソニー・ヴァン・ダイク「若い女性の肖像」1630-32年頃<br />

    アンソニー・ヴァン・ダイク「若い女性の肖像」1630-32年頃

  • アンソニー・ヴァン・ダイクとフランス・スナイデルス「魚市場」1621年頃<br />スナイデルスはヴァン・ダイクの友人であり、魚介の部分はスナイデルスによるもの。

    アンソニー・ヴァン・ダイクとフランス・スナイデルス「魚市場」1621年頃
    スナイデルスはヴァン・ダイクの友人であり、魚介の部分はスナイデルスによるもの。

  • 「魚市場(部分拡大)」<br />

    「魚市場(部分拡大)」

  • アンソニー・ヴァン・ダイク「法悦の聖フランチェスコ」1630-32年頃

    アンソニー・ヴァン・ダイク「法悦の聖フランチェスコ」1630-32年頃

  • アンソニー・ヴァン・ダイク「老婦人の肖像」1634年頃<br />

    アンソニー・ヴァン・ダイク「老婦人の肖像」1634年頃

  • アンソニー・ヴァン・ダイク「ニコラス・ラニエの肖像」1632年頃<br />ラニエは画家・美術収集家、音楽家でありイギリス王チャールズ1世の宮廷楽長も務めています。

    アンソニー・ヴァン・ダイク「ニコラス・ラニエの肖像」1632年頃
    ラニエは画家・美術収集家、音楽家でありイギリス王チャールズ1世の宮廷楽長も務めています。

  • カスパール・デ・クライエル「キリストの哀悼」1649-56年頃<br />

    カスパール・デ・クライエル「キリストの哀悼」1649-56年頃

  • ヤーコブ・ヨルダーンス「豆の王様の祝宴」1640-45年頃<br />ピーテル・パウル・ルーベンス、アンソニー・ヴァン・ダイクと並ぶ、アントウェルペン派を代表する画家ヨルダーンスによる風俗画。

    ヤーコブ・ヨルダーンス「豆の王様の祝宴」1640-45年頃
    ピーテル・パウル・ルーベンス、アンソニー・ヴァン・ダイクと並ぶ、アントウェルペン派を代表する画家ヨルダーンスによる風俗画。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • cheriko330さん 2019/10/01 01:28:09
    ウィーン美術史美術館
    +mo2さん、初めまして ☆°+*

    ご訪問といいね♪をありがとうございます。
    +mo2さんは色んなところへ行かれて、絵画にも造詣が
    深いようですね。
    ウィーン美術史美術館は一昔前に一度行きました。
    私も好きなのですが、詳しくなくて +mo2さんの旅行記は
    丁寧に書かれていて解説もあり、楽しませていただいています。

    今年、中欧へ行かれたのですね。ヨーロッパが大好きなので
    またおじゃまして拝見しますね。

    旅行記の新作は余りありませんが、これからもどうぞよろしく
    お願いいたします。
    フォローいただいて恐縮です。私も旅行記拝見したくフォローさせて
    いただきました。
    ありがとうございます。

    では、また~

    cheriko330

    +mo2

    +mo2さん からの返信 2019/10/01 12:58:39
    Re: ウィーン美術史美術館
    cherico330様

    フォロー頂きありがとございます。
    海外旅行へは、年1回しか行けないのいですが、来年の夏はトルコ行きたいなと思い、旅行記拝見させて頂きました。美術館巡りもしたいのでヨーロッパも迷うのですが(笑)フォートラベルで皆様の旅行記を拝見させて頂きながらゆっくり考えたいと思います。今後とも宜しくお願いします。
    +mo2

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