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ウィーン美術史美術館【4】はスペイン絵画とイタリア絵画です。<br />美術史美術館には、ベラスケスによる王女マルガリータの素晴らしい肖像画があります。<br />ディエゴ・ベラスケスは、17世紀スペインバロック期に最も活躍した宮廷画家で、1623年国王フェリペ4世付の画家となり、以後生涯の大半を宮廷画家として首都マドリッドで過ごしています。スペイン国王から絶対的な信頼を得ていたベラスケスは王族の肖像画を数多く描いていますが、その中でもマルガリータ王女は、成長記録として貴重な作品となっています。マルガリータ王女はスペイン・ハプスブルク家からオーストリア・ハプスブルク家に嫁いできていますので、美術史美術館で見ることができます。

ウィーン美術史美術館【4】スペイン絵画・イタリア絵画(4)Velazquez etc 

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2019/04/28 - 2019/04/28

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旅行記グループ ウィーン美術史美術館

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+mo2

+mo2さん

ウィーン美術史美術館【4】はスペイン絵画とイタリア絵画です。
美術史美術館には、ベラスケスによる王女マルガリータの素晴らしい肖像画があります。
ディエゴ・ベラスケスは、17世紀スペインバロック期に最も活躍した宮廷画家で、1623年国王フェリペ4世付の画家となり、以後生涯の大半を宮廷画家として首都マドリッドで過ごしています。スペイン国王から絶対的な信頼を得ていたベラスケスは王族の肖像画を数多く描いていますが、その中でもマルガリータ王女は、成長記録として貴重な作品となっています。マルガリータ王女はスペイン・ハプスブルク家からオーストリア・ハプスブルク家に嫁いできていますので、美術史美術館で見ることができます。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
  • ディエゴ・ベラスケス「フェリペ4世 (スペイン王)」1653-56/1659年<br />フェリペ4世は、スペイン、ナポリ・シチリアの王、ポルトガルの王。ベラスケスやルーベンスを保護して傑作を数多く描かせ、当代随一の目利きとしてヨーロッパ最高の美術コレクションを築き、後のプラド美術館の礎としています。

    ディエゴ・ベラスケス「フェリペ4世 (スペイン王)」1653-56/1659年
    フェリペ4世は、スペイン、ナポリ・シチリアの王、ポルトガルの王。ベラスケスやルーベンスを保護して傑作を数多く描かせ、当代随一の目利きとしてヨーロッパ最高の美術コレクションを築き、後のプラド美術館の礎としています。

  • ディエゴ・ベラスケス「イサベル・デ・ボルボン」1632年<br />イサベル・デ・ボルボンは、スペイン王フェリペ4世の最初の王妃(フランス国王アンリ4世の王女)。この作品は1632年、フェリペ4世からウィーンの宮廷へ贈呈されたもの。

    ディエゴ・ベラスケス「イサベル・デ・ボルボン」1632年
    イサベル・デ・ボルボンは、スペイン王フェリペ4世の最初の王妃(フランス国王アンリ4世の王女)。この作品は1632年、フェリペ4世からウィーンの宮廷へ贈呈されたもの。

  • ディエゴ・ベラスケス「バルタサール・カルロス」1638-39年<br />フェリペ4世とイサベル・デ・ボルボンの長男。昨年開催された「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」の目玉だった馬に乗った王子「バルタサール・カルロス騎馬像」のモデルです。スペインの皇太子として大切に育てられ、ディエゴ・ベラスケスの描いた肖像画も数多く残っていますが、16歳で夭折しています。

    ディエゴ・ベラスケス「バルタサール・カルロス」1638-39年
    フェリペ4世とイサベル・デ・ボルボンの長男。昨年開催された「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」の目玉だった馬に乗った王子「バルタサール・カルロス騎馬像」のモデルです。スペインの皇太子として大切に育てられ、ディエゴ・ベラスケスの描いた肖像画も数多く残っていますが、16歳で夭折しています。

  • ディエゴ・ベラスケス「王女マリア・テレサ」1652-53年頃<br />フェリペ4世とイサベル・デ・ボルボンの娘で、フランス王ルイ14世の王妃。<br />またフェリペ4世の子女の中で、唯一現在まで血統が残っており、現在のスペイン王室はマリアの子孫にあたります。

    ディエゴ・ベラスケス「王女マリア・テレサ」1652-53年頃
    フェリペ4世とイサベル・デ・ボルボンの娘で、フランス王ルイ14世の王妃。
    またフェリペ4世の子女の中で、唯一現在まで血統が残っており、現在のスペイン王室はマリアの子孫にあたります。

  • ディエゴ・ベラスケス「薔薇色のドレスのマルガリ-タ王女」1654年<br />フェリペ4世(44歳)は、イサベル・デ・ボルボン死去後、神聖ローマ皇帝フェルディナント3世の皇女マリアナ・デ・アウストリア(14歳)と結婚します。その長女がこの絵のモデル、マルガリ-タ王女(3歳頃)です。ちなみにマリアナ・デ・アウストリアはフェリペ4世の妹の長女で息子バルタサール・カルロスの婚約者でもありました。

    ディエゴ・ベラスケス「薔薇色のドレスのマルガリ-タ王女」1654年
    フェリペ4世(44歳)は、イサベル・デ・ボルボン死去後、神聖ローマ皇帝フェルディナント3世の皇女マリアナ・デ・アウストリア(14歳)と結婚します。その長女がこの絵のモデル、マルガリ-タ王女(3歳頃)です。ちなみにマリアナ・デ・アウストリアはフェリペ4世の妹の長女で息子バルタサール・カルロスの婚約者でもありました。

  • ディエゴ・ベラスケス「白いドレスのマルガリ-タ王女」1656年<br />ファ―ジンゲールと呼ばれる鯨骨製の下着で大きく膨らませたスカートを着けた5歳の王女。スペイン・ハプスブルク家とオーストリア・ハプスブルク家とは、幾重にも近親婚で結ばれてきていますが、マルガリ-タ王女は母親の実弟で11歳年上の神聖ローマ皇帝レオポルト1世と結婚しています。

    ディエゴ・ベラスケス「白いドレスのマルガリ-タ王女」1656年
    ファ―ジンゲールと呼ばれる鯨骨製の下着で大きく膨らませたスカートを着けた5歳の王女。スペイン・ハプスブルク家とオーストリア・ハプスブルク家とは、幾重にも近親婚で結ばれてきていますが、マルガリ-タ王女は母親の実弟で11歳年上の神聖ローマ皇帝レオポルト1世と結婚しています。

  • ディエゴ・ベラスケス「青いドレスのマルガリ-タ王女」1656年<br />王女8歳の肖像。背景には勇気を象徴する金のライオン像と節度を示す大時計が置かれています。

    ディエゴ・ベラスケス「青いドレスのマルガリ-タ王女」1656年
    王女8歳の肖像。背景には勇気を象徴する金のライオン像と節度を示す大時計が置かれています。

  • ディエゴ・ベラスケス「青いドレスのマルガリ-タ王女」(部分拡大)

    ディエゴ・ベラスケス「青いドレスのマルガリ-タ王女」(部分拡大)

  • ディエゴ・ベラスケス「皇太子フェリペ・プロスぺロ」1659年<br />フェリペ4世と2度目の王妃マリアナ・デ・アウストリアの第3子(マルガリ-タ王女の弟)でわずか4歳で亡くなっています。この肖像画からは、幼子に対する深い優しいまなざしだけでなく、王子が生まれながらに病弱であることが感じられます。

    ディエゴ・ベラスケス「皇太子フェリペ・プロスぺロ」1659年
    フェリペ4世と2度目の王妃マリアナ・デ・アウストリアの第3子(マルガリ-タ王女の弟)でわずか4歳で亡くなっています。この肖像画からは、幼子に対する深い優しいまなざしだけでなく、王子が生まれながらに病弱であることが感じられます。

  • アントニオ・デ・ペレーダ「ヴァニタス(虚栄のアレゴリー)」1635-36年頃<br />主にマドリッドで活躍したバリャドリード出身の画家アントニオ・デ・ペレーダが手がけたヴァニタス画の代表作。

    アントニオ・デ・ペレーダ「ヴァニタス(虚栄のアレゴリー)」1635-36年頃
    主にマドリッドで活躍したバリャドリード出身の画家アントニオ・デ・ペレーダが手がけたヴァニタス画の代表作。

  • フランシスコ・デ・エレーラ(父)「盲目のハーディガーディ弾き 」1640年頃<br />フランシスコ・デ・エレーラ(父)は、17世紀にマドリードを中心に活躍した宗教画家。

    フランシスコ・デ・エレーラ(父)「盲目のハーディガーディ弾き 」1640年頃
    フランシスコ・デ・エレーラ(父)は、17世紀にマドリードを中心に活躍した宗教画家。

  • ヒアキント・リゴー「シンツエンドルフのフィリップ・ルードヴィッヒ。ヴァンツエル伯」1728年<br />レオポルド1世、ヨーゼフ1世、カール4世と3人の皇帝に仕えた高官の肖像画。

    ヒアキント・リゴー「シンツエンドルフのフィリップ・ルードヴィッヒ。ヴァンツエル伯」1728年
    レオポルド1世、ヨーゼフ1世、カール4世と3人の皇帝に仕えた高官の肖像画。

  • ベルナルド・カヴァッリーノ 「三王礼拝 」1640 年頃<br />17世紀ナポリ派の画家の作品。

    ベルナルド・カヴァッリーノ 「三王礼拝 」1640 年頃
    17世紀ナポリ派の画家の作品。

  • ベルナルド・カヴァッリーノ 「David spielt vor Saul 」1645年頃

    ベルナルド・カヴァッリーノ 「David spielt vor Saul 」1645年頃

  • ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ「弟ハシュドゥルバルの首を確認するハンニバル」1728-30年頃<br />ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロは、バロック最後期のイタリアを代表する偉大な画家。

    ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ「弟ハシュドゥルバルの首を確認するハンニバル」1728-30年頃
    ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロは、バロック最後期のイタリアを代表する偉大な画家。

  • ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ「アルンスとの一騎打ちと執政官ブルータスの死」1728-30年頃<br />ヴェネチアのドルフィン宮の大ホールのために描かれた10点のうちの2点がウィーン美術史美術館にあります。

    ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ「アルンスとの一騎打ちと執政官ブルータスの死」1728-30年頃
    ヴェネチアのドルフィン宮の大ホールのために描かれた10点のうちの2点がウィーン美術史美術館にあります。

  • ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ「シエナの聖女カタリナ」1746年頃<br />

    ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ「シエナの聖女カタリナ」1746年頃

  • セバスティアーノ・リッチ「オリーヴ山のキリスト」1730年頃<br />セバスティアーノ・リッチは、17世紀末から18世紀前半まで活躍したヴェネツィア派の画家。

    セバスティアーノ・リッチ「オリーヴ山のキリスト」1730年頃
    セバスティアーノ・リッチは、17世紀末から18世紀前半まで活躍したヴェネツィア派の画家。

  • フランチェスコ・グアルディ 「壊れた橋から落ちた巡礼たち」1763年<br />フランチェスコ・グアルディは、18世紀イタリアを代表するヴェネツィアの景観画家。

    フランチェスコ・グアルディ 「壊れた橋から落ちた巡礼たち」1763年
    フランチェスコ・グアルディは、18世紀イタリアを代表するヴェネツィアの景観画家。

  • 肖像画が並んでいます。

    肖像画が並んでいます。

    美術史美術館 博物館・美術館・ギャラリー

  • アントン・フォン・マロン「第4代ブリストル侯爵夫人エリザベス・ハーヴィの肖像」1778-79年頃<br />アントン・フォン・マロン は、オーストリア出身でローマで活躍した画家。

    アントン・フォン・マロン「第4代ブリストル侯爵夫人エリザベス・ハーヴィの肖像」1778-79年頃
    アントン・フォン・マロン は、オーストリア出身でローマで活躍した画家。

  • アントン・フォン・マロン「マリア・テレジア」1772年

    アントン・フォン・マロン「マリア・テレジア」1772年

  • エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン「フランス王妃マリー・アントワネット」1778年<br />神聖ローマ皇帝フランツ1世とオーストリア皇妃マリア・テレジアの11女として生まれ、14歳の時にヴェルサイユ宮殿でルイ16世と結婚式を挙げています。1789年のフランス革命勃発後、パリから脱出を図るが拘束され、革命裁判で死刑判決をうけ、ギロチンの露と消えたことはあまりに有名。

    エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン「フランス王妃マリー・アントワネット」1778年
    神聖ローマ皇帝フランツ1世とオーストリア皇妃マリア・テレジアの11女として生まれ、14歳の時にヴェルサイユ宮殿でルイ16世と結婚式を挙げています。1789年のフランス革命勃発後、パリから脱出を図るが拘束され、革命裁判で死刑判決をうけ、ギロチンの露と消えたことはあまりに有名。

  • ジャン=バティスト・ルモワーヌ2世「マリー・アントワネット」1771年<br />

    ジャン=バティスト・ルモワーヌ2世「マリー・アントワネット」1771年

  • ボンベオ・パトーニ「皇帝ヨーゼフ2世とトスカーナ大公ペーター・レオポルド」1769年<br />神聖ローマ帝国皇帝、オーストリア大公、ハンガリー王、ボヘミア王の皇帝ヨーゼフ2世とトスカーナ大公ペーター・レオポルドの友情肖像画。

    ボンベオ・パトーニ「皇帝ヨーゼフ2世とトスカーナ大公ペーター・レオポルド」1769年
    神聖ローマ帝国皇帝、オーストリア大公、ハンガリー王、ボヘミア王の皇帝ヨーゼフ2世とトスカーナ大公ペーター・レオポルドの友情肖像画。

  • ボンベオ・パトーニ「放蕩息子の帰宅」1773年以降

    ボンベオ・パトーニ「放蕩息子の帰宅」1773年以降

  • カナレット「ヴェネツィアのリヴァ・デリ・スキアヴォーニ」1724-30年頃<br />生地ヴェネツィアをパノラマ風に描き、光や大気の効果を巧みに表現したカナレットの作品。

    カナレット「ヴェネツィアのリヴァ・デリ・スキアヴォーニ」1724-30年頃
    生地ヴェネツィアをパノラマ風に描き、光や大気の効果を巧みに表現したカナレットの作品。

  • カナレット「ヴェネツィアの税関所」1724-30年頃

    カナレット「ヴェネツィアの税関所」1724-30年頃

  • ベルナルド・ベッロット「ウィーン大学前の広場」1759-60年 <br />ベルナルド・ベッロットはヴェネツィアの風景画家でカナレットの甥にあたります。

    ベルナルド・ベッロット「ウィーン大学前の広場」1759-60年
    ベルナルド・ベッロットはヴェネツィアの風景画家でカナレットの甥にあたります。

  • (左上)ベルナルド・ベッロット「Die Freyung in Wien, Ansicht von Nordwesten」1759-60年  <br />(左下)ベルナルド・ベッロット「Der Lobkowitzplatz in Wien 」1759-60年 <br />(右)ヨハン・ゾファニー「フランツ・ヨーゼフ1世」1775年

    (左上)ベルナルド・ベッロット「Die Freyung in Wien, Ansicht von Nordwesten」1759-60年
    (左下)ベルナルド・ベッロット「Der Lobkowitzplatz in Wien 」1759-60年
    (右)ヨハン・ゾファニー「フランツ・ヨーゼフ1世」1775年

  • (左上)ベルナルド・ベッロット「庭園から眺めたシュロスホーフ宮」1759-60年  <br />(左下)ベルナルド・ベッロット「シェーンブルン宮殿」1759-60年 <br />(右)ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ「Hannibal erkennt den Kopf seines Bruders Hasdrubal 」1728-30年頃<br /><br /><br />

    (左上)ベルナルド・ベッロット「庭園から眺めたシュロスホーフ宮」1759-60年
    (左下)ベルナルド・ベッロット「シェーンブルン宮殿」1759-60年
    (右)ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ「Hannibal erkennt den Kopf seines Bruders Hasdrubal 」1728-30年頃


  • ベルナルド・ベッロット「ベルヴェデーレ宮殿」1759-60年 <br />1758年にマリア・テレジアの招きでウィーンへ赴き、多くのウィーンの街を描いています。<br />

    ベルナルド・ベッロット「ベルヴェデーレ宮殿」1759-60年
    1758年にマリア・テレジアの招きでウィーンへ赴き、多くのウィーンの街を描いています。

  • 「ベルヴェデーレ宮殿」(部分拡大)<br />詳細に描かれていることがわかります。

    「ベルヴェデーレ宮殿」(部分拡大)
    詳細に描かれていることがわかります。

  • ベルナルド・ベッロット「騎兵将校の乗馬肖像画」1773年

    ベルナルド・ベッロット「騎兵将校の乗馬肖像画」1773年

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