2019/01/02 - 2019/01/02
43位(同エリア995件中)
キートンさん
この旅行記スケジュールを元に
環地中海諸国の遺跡がメインテーマだった2018年春の旅で行けなかった、最も重要な遺跡の国。
そして、5大陸の中で、私にとって唯一未踏であったアフリカ大陸。
環地中海遺跡の旅完結と未踏のアフリカ大陸への第一歩となる国、エジプト。
今日は早くもエジプト観光最終日となる4日目。
古代エジプトではテーベと呼ばれ新王国時代には首都として栄えたルクソールは、新王国時代のファラオが残した遺跡の宝庫。
ナイル川を挟んで東は「生者の都」、西は「死者の都」と呼ばれる。
今日は歴代ファラオやその王妃や子女が眠った墓が集まる西岸の「死者の都」を観光します。
早朝の熱気球ツアーで上空から眺めたあと、現地ツアーで主要なポイントを周り、夕方ルクソール発のフライトでカイロ乗り継ぎアブダビまで機中泊。
盛りだくさんでハードな1日が始まる。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 航空会社
- エジプト航空
-
オアシスホテルから熱気球ツアーに参加する人が私の他にもう一人いた。
その日本人男性N氏と迎えの車でナイル川の船着場に到着したのが、まだ日の出前の5:45頃。
ここからこの船で西岸に渡る。 -
船内では紅茶と軽食のサービス。
この船には一番乗りだったので、席がある程度埋まるまで待ってからの出航となった。
ここで英語ガイドからツアーの説明を受ける。
N氏は私よりずっと英語が理解できるので心強い。 -
世界一長い川といわれるナイル川だが、意外にも川幅はそれほど広いわけではない。
西岸に到着したのは6:30前。
東岸の空は朝やけ。 -
マイクロバスに乗り、メムノンの巨像前の駐車場で一度下車。
朝やけの空に昇る気球が見える。 -
メムノンの巨像は、アメンヘテプ3世の葬祭殿の前にあった高さ約18mの石像。
アメンへテプ3世は新王国時代第18王朝の第9代ファラオ。
後ろにあった葬祭殿は、第19王朝のメルエンプタハが自身の葬祭殿の石材調達のために破壊された。
その向こうの山が朝日に染められている。
今気球で上空にいる人はラッキーだろうな。 -
イチオシ
7:00前、気球の乗り場に到着。
すでに日は昇り、多くの気球が離陸していく。 -
ただ今気球に送風中。
気球のツアー会社によって違うかもしれないが、説明では気球からの写真はスマホでの撮影のみ可で、カメラでの撮影は不可なようだ。
落とすと危険だからという理由らしいが、スマホもそのリスクは同じだと思うのだが・・・
昔カメラを海に落としたことがあったので、それ以降必ずカメラは首にかけて落ちないようにしているが、ガイドにそれでもだめなのか聞いただけのつもりが、何を勘違いされたのかカメラを取り上げられてしまった。
スマホも容量いっぱいになってたらしく、写真を撮れない状態だったので、ここからの写真はN氏がスマホで撮ったものを提供してもらった画像である。 -
人が乗るゴンドラは結構大きく、中は6つに仕切られそのひとつの区画に4人が乗れるようだ。
仕切られたうちのひとつの区画は操縦士用とすれば、残り5つの区画で20人程度乗れることになる。 -
いよいよ離陸。
ゴンドラは結構深く、強い高所恐怖症でなければ怖さはあまり感じないと思われる。
乗り降りする時に足をかける穴がいくつか開いているので、乗り降りも難しいものではない。 -
風が弱く上昇も緩やかなので、特にスリルがあるものでもない。
100m以上上昇したところか、遠く山の麓にハトシェプスト女王葬祭殿が見える。
操縦士を介して戻ってきたカメラはデイパックにしまってゴンドラの床に置いておいた。 -
草木がほとんどなく、やや薄い褐色の大地が眼下に広がる。
気球は基本的に上昇と下降はできるが水平方向の移動は風まかせとなる。
ただ高度や場所によって風の強さや向きが違うことを利用して、行く方向を調整することは可能であるらしい。
風を読み、行きたい方向へ向かうためにコースを模索して上昇するか下降するかを判断するのは相当な熟練を要するだろう。 -
気球は緩やかな風に流され、広大なサトウキビ畑の上空を漂っていた。
-
平野部の遠くに朝もやがかかっている。
-
日の出前後ならもっと感動的だったかもしれないが、明るくなった割には微妙な空模様でもあり、意外と冷静にこの光景を見ていた。
-
イチオシ
そのうち雲の切れ間から差し込んだ朝日で、乗っていた気球の影ができていた。
-
気球が着陸態勢に入ると、地上のスタッフは気球の着陸地点へ移動するために右往左往しているのが見える。
これがなかなか滑稽な光景である。
地上すれすれになってもなかなか着陸せず、地上スタッフからサトウキビを渡された乗客もいた。その意味は不明だが。
やがて気球は伐採されたサトウキビ畑にソフトランディング。
ここまでN氏に提供してもらった写真である。
N氏に感謝。 -
マイクロバスで移動して、その後西岸ツアーに参加する私とN氏はメムノンの巨像近くのレストラン前で降ろされた。
ガイドの話では20分程度ここで待ってれば西岸ツアーに合流できるから、絶対にここを離れるな、とのことだった。
こういう時、ひとりで待つのと誰かと一緒に待つのでは、不安感が全く違うものである。
西岸ツアーの車はなかなか来ず、1時間待って来なかったらオアシスホテルに電話してみようかと話していた頃、ようやくツアーガイドが現れた。
もしひとりで待っていたとしたら、イライラと不安で40分くらいで電話していただろう。 -
ツアー参加者のひとり(もしくわひと組)が遅れたか待ち合わせ場所を間違えたかで遅れたようだ。
マイクロバスにツアー客が10名ちょっと。
そのうち半数以上が日本人だった。
そんなこんなで、西岸ツアー最初の訪問地である王家の谷の駐車場に到着したのは10:00を過ぎていた。 -
王家の谷の地図。
王家の谷には64の墓が発見されているが、入場可能な墓は日によって異なり、この日は10箇所程度の墓が入場可能だった。
各墓には「KV○○」と番号がふられていて、「KV」は「Kings Valley」の略、番号は発見された順番であるらしい。
「王家の谷」とはいえ、64の墓のうちファラオの墓は24とそれほど多くはない。
王家の谷の入場料は200EPで、そのチケットで任意の墓を3箇所まで入場できる。
その入場チケットのみでは、写真撮影が禁止されていて、写真を撮りたければ300EPの写真撮影チケットが必要である。
さらにツタンカーメンの墓は別料金で入場料は250EPと非常に高額、しかも写真撮影チケットを持っていても写真撮影できない。
私は入場料チケットと写真撮影チケットを購入し、計500EPの出費。
その後、ビジターセンターで短いビデオを鑑賞。 -
ビジターセンターから墓が多く集まるエリアまではやや距離があり、ツアー客はトラムに乗って移動する。
ひとり5か6EPだったはず。
大した距離でもないので、個人で来たなら歩くという選択肢もある。
新王国時代以前の王の墓の多くが盗掘にあっていたことから、新王国時代第18王朝トトメス1世によって、自分の墓を隠す目的で初めてこの谷に岩窟墓が建設された。
しかし長い歴史の中で、ひとつの例外を除いて王家の谷の全ての墓が盗掘にあった。 -
各自が好きな墓に入れるのかと思っていたが、このツアーで入る墓は決まっているらしく、ガイドが墓の前で英語でさらっと解説した後、10~15分墓の内部を自由に見学するという流れだった。
最初に見学したのは、KV2 ラメセス4世の墓。
ラメセス4世は新王国時代第20王朝第3代のファラオで、父ラメセス3世の後を継いだ。
墓の構造は比較的シンプルで、坑道を下っていくと玄室がある。 -
天井の高い斜路の坑道(corridor)が続く。
側壁には色鮮やかなヒエログリフ、天井には翼を広げた鳥(ハゲワシの姿をしたネクベト神?)の絵などが残る。
風雨にさらされない場所であるためか、今まで見てきたエジプトのレリーフや壁画に比べて明らかに保存状態が良い。 -
色あせないヒエログリフ。
すばらしい。 -
天井の一部は円弧状になっていて、妻部にはヘビが描かれている。
-
玄室(埋葬室)はかなり混雑していた。
これを頭に焼き付けるのはなかなか困難だ。
やはり写真に撮っておかないとなかなか思い出せないものだ。
写真撮影チケットを持っていなくても撮れないわけではないが、抜き打ち的にチェックされるので、不正がばれると画像を削除されるか賄賂を払うことになるかもしれないので、高くても写真撮影チケットは買っておく方が良いと思う。 -
イチオシ
玄室の壁には、アヌビス神、コブラ、女性などの絵やヒエログリフが見られる。
例えば奈良の高松塚古墳の壁画は藤原京期のAC700年前後のもので、発見時には極彩色壁画は良好な状態だったが、一般公開せずに温度・湿度の調整や防カビ処理などの保存管理をしていたにもかかわらず、発見された30年後には深刻な劣化を起こしてた。
一方この墓はBC1100年代に造られたもので、高松塚古墳より2倍以上古いうえに、特にガラスなどで保護されない状態で一般公開されているのである。
そう考えると、3000年以上前の壁画をこれだけ鮮やかな状態で、しかも生で見れるのは、もう奇跡的なことではないかと思ってしまう。 -
玄室の奥にも細長い部屋が続いている。
ただ、この先は立入禁止となっていた。 -
花崗岩で造られた石棺は、王家の谷で最大のものだという。
-
次に見学したのは、KV8 メルエンプタハの墓。
メルエンプタハは新王国時代第19王朝第4代のファラオで、「建築王」と呼ばれた父ラメセス2世の後を継いだ。
ラメセス2世が90歳で没するまで66年間統治したため、メルエンプタハは60歳を越える高齢で即位したという。
医学が未発達の時代としては驚くべき高齢での即位となった。
メルエンプタハの墓は奥深く、最奥の玄室は広く、途中に2箇所部屋がある。 -
メルエンプタハの墓は、小さな谷の奥に入口がある。
-
斜路になった長い坑道を下る。
両側壁と天井は壁画やヒエログリフで埋め尽くされているが、経年劣化のせいか色彩はややあせていて鮮やかさは失われている。 -
最初の部屋となる、柱の広間(Pillared Hall)とその入口の壁画。
ラメセス4世の墓に比べると保存状態は落ちるが、それでも色付きの壁画が残っている。 -
柱の広間の柱。
右は太陽神のラーか、天空の神ホルスだろう。
この二人の神はいずれもハヤブサの頭を持つので、素人には見分けにくい。 -
壁に残る、死者の神で墓の守護者であるアヌビス(左)と、文字と知恵の神でトキの頭を持つトト。
-
二つ目の部屋には石棺の蓋のような石が展示してあった。
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最奥の玄室(埋葬室)は、4本の柱が両側(計8本)にあり、その間の中央の天井が円弧状になっている広い部屋となっていた。
部屋には直方体の石棺と人型の石が展示されている。 -
人型の石には、表面にはレリーフがきれいに残っている。
これが直方体の石棺の中に納められていた人型棺なのか、それとも石棺の蓋になっていたのか、はたまた石棺とは別物なのか、さっぱりわからない。 -
直方体の石棺の方は表面にレリーフが彫られた薄い石が貼られていたのか、その石の大半ははげ落ちていた。
白い線はレリーフに描かれていたものらしい。
その中に太陽を象徴するスカラベ(フンコロガシ)を発見。
この旅で妙にフンコロガシに愛着を感じるようになった。 -
メルエンプタハの墓の入口から見た、王家の谷の中心部。
その先に休憩所がある。 -
メルエンプタハの墓から少し戻ったところに、KV62 ツタンカーメンの墓がある。
ツアー参加者には別料金のこの墓に入場する人もいるので、その見学時間を取る。
入場しない人はその間休憩。 -
ツタンカーメンの墓は、1922年11月にイギリスの考古学者ハワード・カーターによって発見された。
王家の墓がことごとく盗掘にあうなか、ツタンカーメンの墓だけは盗掘を免れ、黄金のマスクをはじめとする数々の副葬品がほぼ完全な状態で出土した。
17歳の若さで亡くなったツタンカーメンは、極端な宗教改革を行った先代のファラオ、アクエンアテンとともに異端児扱いされ、歴代のファラオの名から抹消されたことにより、長い間その存在さえ知られていなかったことが、盗掘を免れた理由といわれる。
ちなみに私はこの墓のチケットを購入してなかったので、休憩組。 -
ツタンカーメンの墓の見学組が戻ってから、谷の上流側へ移動。
-
最後に見学したのは、KV11 ラメセス3世の墓。
ラメセス3世は新王国時代第20王朝第2代のファラオ。
第20王朝初代のファラオ、セトナクトの子であり、「建築王」と呼ばれたラメセス2世の子孫かどうかは諸説あり不明のようだ。
ラメセス2世と3世の間には6代のファラオが在位している。
ラメセス3世の墓はメルエンプタハの墓と同程度の規模だが、途中で軸がずれていることが大きな特徴である。
後に知ったことだが、この墓はセトナクトが建設中にKV10アメンメセスの墓とぶつかったため放棄されたものを、途中で軸をずらして建設を再開し完成させたのだという。 -
斜路の坑道は、天井に星空その中央にヒエログリフ、両側壁の下部2/3にヒエログリフ、上部1/3に神や人物が描かれている。
保存状態もかなり良さそうだ。 -
ここで突き当り通路が右にずれる。
ガラスで仕切られた開口部がアメンメセスの墓とぶつかるところ。
この時はそんな意味のある場所とは知らず、開口部の先を注目していなかった。 -
イチオシ
注目していたのは、もっぱら色鮮やかなレリーフ。
破損している部分があるとはいえ、とても3000年以上の時が経過しているとは思えない。 -
3匹のヘビ発見。
このヘビの意味は知らないが、ウラエウスと呼ばれるコブラが鎌首を持ち上げた形状は古代エジプトの王権・神性の象徴とされるらしい。
ツタンカーメンの黄金のマスクにもそれが見られる。 -
柱の広間(Pillared Hall)。
壁や中に保存状態の良い壁画が残る。
広間とはいえ、中央が斜路になっていて下っていく。 -
下った先にも坑道が続き、真っ暗な部屋がその先に見えているが、見学できるのはここまで。
説明板によると小部屋が2つあり、その先に広い玄室(埋葬室)があるはずだ。
ここから見る限り装飾が全く見られないのも謎である。
何らかの理由で装飾しなかったのか、できなかったのか、もしくは故意にはぎ取られたのか・・・ -
そこで折り返して、柱の広間(Pillared Hall)を戻る。
広間の柱や壁が美しく装飾されている一方で、天井に全く装飾がないのもやや違和感がある。 -
復路に右に通路がずれる地点で、突き当るレリーフ。
-
その右側に描かれている人物がタバコを吸っている・・・
と思いきや、調べてみると喫煙はアメリカ先住民が始めたもので、広まり始めたのは16世紀のことらしい。
つまり、古代エジプトで喫煙されていた記録はないらしい。
となると、この人物は何をしているんだ? -
たかがフンコロガシのくせに、スカラベに惹かれてしまうのはナゼだ?
-
3つの墓を見学し終った後、休憩所で30分近く謎の待ち時間があって、12:00過ぎに王家の谷をあとにした。
ツアー客の誰かが何か持ち物を失くしたとかなんとかで、待っていたのだとか・・・
スタートから遅れ気味のツアーのスケジュールがますます遅れる。 -
王家の谷の次にマイクロバスで向かったのが、ハトシェプスト女王葬祭殿。
入場料は100EP。
ここでもトラムに乗って移動だが、みんな小銭がなくて、ガイドが立て替えていたような・・・ -
トラムを降りたところで、ガイドが英語でさらっと解説。
ここでの見学時間は25分で、私が16:00までにホテルに戻らないといけないので、時間厳守はするようにとガイドが念押し。
時間厳守の理由が私のせいのような空気になってないか? -
ハトシェプスト女王葬祭殿は、崖を利用した3階建ての壮大な建造物である。
葬祭殿とは、王の再生復活を願う神事をするための祭殿のことで、王墓とは異なるらしい。
ただ、王家の谷にあるハトシェプストの墓は、ハトシェプスト女王葬祭殿の背後の山を越えて、この参道の延長上に位置しているという。
第1テラスから第3テラスへとつながる2段の参道は、まるで現代のバリアフリーのような構造である。 -
第2テラスから第3テラスへの参道の起点では、両側にホルス神が門番のように鎮座している。
この神聖な場所は、1997年11月にイスラム原理主義過激派6人によって63名の死亡者を出す無差別殺人テロ事件の現場となった。
観光客が標的となり、死亡者には10名の日本人が含まれていたため、当時は大きなニュースとなった。 -
イチオシ
参道を上りきると、第3柱廊にハトシェプストのオリシス神像が並んでいる。
ハトシェプストは新王国時代第18王朝の第5代ファラオ。
トトメス2世の死後、幼かったトトメス3世に代わり22年間ファラオを務めた女王である。
オリシス神像はあごに髭をつけて男装している。 -
オリシス神列像を抜けた第3テラスの中庭から見た背後の山。
-
第3テラスの中庭の奥にある至聖所は、宗教建築の最も神聖な部屋である。
-
第2テラスに下りて、向かって右側の第2柱廊の壁画。
吹きさらしに近い状態の場所なので、劣化はあるものの、色彩がよく残っている部分もある。 -
第2柱廊の右側突き当りの壁画。
-
左側の第2柱廊の方に移動して、そのさらに左にハトホルの礼拝所がある。
-
ハトホルの礼拝所のハトホル柱。
ハトホルは、愛と美と豊穣と幸運の女神である。 -
左側の第2柱廊には、プント(現在のソマリア)と交易していた船団などのレリーフが残っている。
色あせているので写真ではやや不鮮明になっている。
ハトシェプストは、プントとの交易に熱心で、乳香や没薬などの神に捧げる神聖な香を輸入していたという。 -
イチオシ
そうこうするうちに、25分という見学時間はあっという間に過ぎていった。
最低でも30分は欲しかったな。
ここでは大きく集合時間に遅れる人もなく、13:20頃にマイクロバスは出発した。 -
移動の途中、土産屋に立ち寄り。
ここでは職人が何か作業をしている。 -
壺でも作っているのか・・・
そんなことよりも、この時の私はできればトイレに行っておきたかった。
幸いにも土産屋の奥にトイレがあったので用を足すことができたのは良いのだが、ちょっと時間のかかる方の用だったので、トイレを出ると店には誰も残っておらず、まさにマイクロバスが出発するところだった。
マジやばかった・・・
なんだか私のせいで時間厳守しないといけないような空気になってるのに、本人が乗り遅れてたら、ホンマにシャレにならんとこやった。 -
洞窟住居のような穴がいくつもある山を見ながら南西に走り、メディネト・ハブ(ラメセス3世葬祭殿)のチケット売り場に到着。
入場料80EP。
しかし、窓口ではおつりがないと言うし、ツアー参加者の多くは100EP以上の札しか残ってないし、もう数人でまとめて買うしか方法がなかった。
貸し借りが発生して、もう大変。 -
14:00前にようやく、メディネト・ハブ(ラメセス3世葬祭殿)に入場。
この入口付近は、「007 私を愛したスパイ」で車が遺跡に入っていくシーンが撮影された場所である。 -
最初の門をくぐるところには、セクメト神の像。
セクメトは、ラー神の片目から生まれたといわれる女神。
ライオンの頭を持ち、頭頂に太陽を象徴する円板を載せている。
王の守護神であるが、復讐・破壊の女神でもある。 -
最初の門を抜けると前方に建つ大きな壁が第1塔門らしい。
高さ22m、幅63mとルクソール神殿の第1塔門と同じくらいの規模だが、非常に保存状態が良いように思える。 -
像やオベリスクは立っていないシンプルな塔門だが、ダイナミックかつ繊細なレリーフがよく残っている。
第1塔門左側に描かれているのは、海の民を破ったラメセス3世の戦いのレリーフだという。
海の民とは、現在のギリシャ、トルコ、イタリアあたりの先住民で結成され、エジプト領内へ侵略を試みた軍団である。 -
第1塔門中央の通路から向こうは、第2第3の塔門があるようだ。
第1塔門から第3塔門へと軸が直線的に続いている。 -
イチオシ
第1塔門を抜けた第1中庭。
正面に第1塔門、右側にはオリシス神の角柱が並ぶ。
オリシス神は上半身が失われているものが多い。 -
第1中庭左側には、円柱が並ぶ。
右側と左側の列柱の対比が面白い。 -
レリーフは、より立体的に深く彫られている。
古代エジプトでは、既存の神殿などのレリーフを、後のファラオが彫り直して自分のものに改変するということが横行していたようで、深く彫ることでそれを予防するねらいもあったようだ。
それにしても、3000年以上の時を経て、これだけの立体感と色彩が保たれているのは驚異である。 -
第2塔門中央の通路の側壁にも、巨大なレリーフが残る。
-
そしてその天井に描かれた絵が、色彩豊かに残っている。
第2塔門にも同様のものが描かれていたが、こちらの方が保存状態が良い。
翼を広げた鳥は、ハゲワシの姿をしたネクベト神だという。
ネクベトは、ファラオの守護者で王権の象徴とされる女神。 -
第1中庭は左右2辺に列柱が並んでいたが、第2中庭は4辺全て列柱で囲まれている。
-
特に第3塔門側は、表側に角柱、奥に円柱の2列の列柱室となっていて、色彩もよく残っている。
-
レリーフが故意に削られたと思われる部分があるのは残念だが、なかなか見応えがある。
-
イチオシ
柱、壁ともに神々や人物のレリーフがとても良い状態で残っている。
やや奥まっているとはいえ、吹きさらしに近い場所でこの保存状態は、感動モノである。 -
さらに奥が柱列室だったと思われる空間があるのだが、円柱の下部で切断されたような形状になっていて、まるで丸テーブルが並んでいるみたいな状態になっている。
これはいったい何を意味しているのか・・・ -
きっとガイドはちゃんと解説してるんだろうけど、どうせ理解できないだろうと聞く耳を持ってなかった。
反省・・・ -
40分弱でメディネト・ハブ(ラメセス3世葬祭殿)の見学を終了。
新王国時代の遺跡のなかでも、最も保存状態が良い建造物のひとつといわれるだけあって、見ごたえ十分だった。 -
遅めになった昼食は、ナイル川の船着場に近いレストランだった。
ビュッフェスタイルで料金は80EP。
味は普通といったところ。
これでもうエジプトポンドを使うことはなくなったので、まだエジプトポンドが必要なN氏と貸し借りの精算も兼ねてUSドルに両替してもらった。 -
ちょっと派手めな船には、「タイタニックにようこそ」だとさ。
船は沈むことなく無事ナイル川を渡り切り、15:45頃東岸に上陸した。
待っていればホテルまで送る車が来るようだが、徒歩でも10分程度なのでN氏と二人で歩いて帰った。 -
16:00前にオアシスホテルに到着し、N氏から気球で撮ったスマホの写真データを提供してもらった。
オアシスホテルのスタッフから、「シャワー浴びたらどうだ?」と言われた。
今後のスケジュールを考えても、それは非常にありがたいことだったが、荷造りし直したりするのが面倒だったのでやめといた。
空港への送迎は昨日と同じドライバーで、空港には余裕を持って到着した。
今日は早朝の熱気球ツアーとその後の西岸ツアーで1日の観光を終えた。
熱気球は初めて乗った割には意外と新鮮な感動とまではいかなかったが、西岸ツアーで見学した遺跡はどれも保存状態がよく、見ごたえがあった。
感じ方は人それぞれだということを前提に、個人的な印象を記すと、ルクソールは東岸の壮大な神殿も良かったが、西岸の保存状態の良い美しく繊細なレリーフや壁画の方に、より魅せられた。
これでエジプトの旅程は終了し、ルクソール空港18:20発エジプト航空MS360便→カイロ国際空港22:55発MS916便→アブダビ国際空港→バスを乗り継ぎドバイへと一気に移動する。
古代遺跡から世界最先端の街へ、時をかけるおやじの旅は続く。Oasis Hotel ホテル
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この旅行記へのコメント (3)
-
- 川岸 町子さん 2019/03/19 13:39:45
- いつか
- キートンさん!こんにちは(^-^)
エジプトは、いつか必ず行きたい国です。
旅行記を拝見し!ますますそう感じました(^_-)
私はジャスミン革命後にチケット買い予定したのですが、エジプトは混乱が続き、諦めました。チケットをキャンセルせず、カイロからチュニス、チュニスからアンマン、アンマンからカイロを追加して購入し、周辺諸国を旅しました。結局それ以降、訪れないままです(*_*)
さて、キートンが実際旅なさり、ご覧になった様子を教えて頂ければ、ありがたいです。エジプトはウザい国と言われていますが、女性一人で旅するのは、リスク有りますか?
ウザいと言われるモロッコは、私は全くウザくなく、逆に親切にして頂きました。ウザい国の筆頭(笑)インドは、大~好きです。近年の旅先でウザい目にあったのは、ベトナムの中国との国境地帯のラオカイでした。バスを降りた瞬間、取り囲まれたり、二人分の料金請求され支払ったり。でも、エジプトは想像つかない手強さです。チャレンジしようか、無理かなと迷っています。
今回のルクソールの西岸は一人でも歩けるでしょうか?
お忙しいところ、すみません。
素晴らしい旅のご様子を見せて頂き、ありがとうございました!
町子
- キートンさん からの返信 2019/03/19 22:45:56
- Re: いつか
- こんばんは、町子さん。
書き込みありがとうございます。
私はインドもモロッコもベトナムも行ったことがないので、自分の経験上で比較はできませんが、町子さんほどの旅の経験があればエジプトは心配するほど手ごわい国じゃないと思いますよ。
モロッコはウザくないとおっしゃいますが、モロッコのタクシーで怖い目にあったというのを旅行記で読んだような・・・
そんな経験があってもめげず、モロッコはウザくなく、インドは大~好きという町子さんのたくましさは尊敬に値します。
きっとエジプトもへっちゃらですよ。
私がアドバイスするなどおこがましいことですが、注意すべきことを挙げときますね。
ギザの3大ピラミッド周辺などの超メジャーな観光地で一人で写真を撮っている観光客は悪質な客引きのターゲットになりやすいので、気をつけてください。
完全無視するか、NOとかNo thank youとかI have no moneyとか言って逃げてください。
商売目的で声をかけてくる人は嘘つきが多いです。
写真撮ってあげるよノーマネーとか言ってきても、カメラを渡してしまうと人質を取られたようなものだと覚悟してください。
結局屁理屈こねられてノーマネーでは済まなくなります。
ギザの3大ピラミッドの客引きはホントにウザいですが、サッカーラやメンフィスになると少なくなり、ダフシュールあたりまでいくとのびのび観光できます。
公共の交通機関はあまりないと思うので、現地発のツアーで観光するのが現実的でしょう。
経済的に余裕があるなら、ガイドをつければ解説だけでなくウザい客引きがあまり寄ってこないという意味でも良いかもしれません。
カイロの街歩きで意外と不便なのは横断歩道が極端に少ないことです。
地元の人は車の間をぬって道路を横断していきますが、慣れてないと危ないです。
交通量の多い道路を横断する時は、横断しようとする人を見つけて、その人について横断するのがコツです。
遺跡などの入場料は基本的に現地通貨ですが、お土産屋などの多くは米ドルが通用したので、現金は主に米ドルを持っていくと良いでしょう。
チップやバクシーシを渡す機会も多々あると思うので、1ポンドや5ポンドの少額紙幣を持っておくことをお勧めします。
キャッシングや両替では高額紙幣しか手に入らないかもしれないので、最初にミネラルウォーターやおやつを買って崩しておくとよいです。
ルクソールは、ルクソール神殿やカルナック神殿のある東岸は歩いて観光できなくもないです。
ルクソール神殿とカルナック神殿は3kmくらい離れているので、私は宿のレンタサイクルで移動してちょうどよかったかなという感じです。
西岸は歩いて観光というのは現実的ではなく、現地発のツアーに参加するか、一人で周るなら最低でもレンタサイクルは必要です。
レンタサイクルで周るにしても冬限定でしょうね。
冬以外はかなり暑いと思いますよ。
エジプトに何を求めるか個人差があると思いますが、私は巨大なピラミッドより、保存状態の良い壁画やレリーフの方が感動的でした。
そういう意味ではルクソールの王家の墓が最も印象深かったです。
ルクソール西岸の王妃の谷や貴族の墓にはもっと美しい壁画が残ってるということなので、興味があれば行ってみてください。
語りだしたらきりがないので、このへんにしときます。
また何かあれば、コメントください。
キートン
- 川岸 町子さん からの返信 2019/03/19 23:30:04
- Re: いつか
- キートンさん
お忙しい中、詳しいご説明を下さり、ありがとうございました。
きっと私も有名なピラミッドより、柱に刻まれたもの、描かれたレリーフ、光のあたる遺跡の陰影など、細かい手作業が伝わるものに感動しそうです。
エジプトは何もかもスケールが違うと想像できます。
ルクソールは現地のツアーが安心ですね。私は海外でレンタサイクルし、自転車が大きすぎ四苦八苦した経験があり、もうこりごりです(*_*)
旅行記を拝見し教えて頂いたことの一つが各地の宿です。日本人が集まりやすい宿は、現地ツアーに参加しやすい環境なのですね。うまく現地ツアーを利用し、効率良く観光するのは理想です。
以前アスワンの宿をいくつか調べたことがあり、宿からのアブシンベルへのツアーを出していると知りました。相当ハードで帰りは疲れてみんな寝ちゃうそうです。
どこでも細かいお金を用意するのは大切ですね。それがなくて、私はひどい目にあう経験あります。モロッコのタクシーに違う所へ連れて行かれ、倍の料金を請求された件も、到着したばかりで細かいお金を持たず、失敗でした。おっくうがらずに、先を見据えた行動が大切ですね。
私は海外の横断歩道がない道路をびくびくしながら、現地の方にくっついて渡ります。現地の方がいなければ、待ってでも一人では渡らないようにしています。特にエジプトの運転マナーは怖そうですね。
ピラミッド周辺の注意点、ウザいエジプトの代表者でしょうか。ベトナムと中国の国境地帯で数人に囲まれ全員に何か言われ、最後の最後までからんできた人を振りきるのは大変でした。エジプトでは更に大変だと想像がつきます。
メキシコとペルー、パタゴニア、地中海沿岸の歴史ある国々など、キートンさんの旅は壮大ですね。様々なことにスケールの大きさが伝わります。困ることがあっても、先に進める旅力を持っておられると思います。
この度はありがとうございました!
次回の旅も楽しみにしています(^-^)
町子
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