2018/12/19 - 2018/12/21
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旅人のくまさんさん
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久留米城は、現在の久留米市街の北西に位置します。筑後川が西から南へと大きく蛇行し、宝満川と合流する左岸にあった丘の上に築かれました。江戸時代には久留米藩の藩庁が置かれ、21万石の摂津有馬氏の居城でした。摂津有馬氏は、赤松氏(村上源氏)の庶流で、室町時代に摂津国有馬郡を拠点としました。
- 交通手段
- ANAグループ 新幹線 JR特急 JRローカル
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博多の天神地区で泊まったホテルの建物光景です。福岡市中区天神3丁目に位置する、『ホテルアセント福岡』でした。地下鉄空港線の走る路線から、北に100メートルほどの位置に立地するホテルです。(ウィキペディア)
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天神地区で泊まったホテルの1階付近の光景です。イタリア料理店の『ペペチーノ天神店』が入店していました。そのイタリア料理店のお店が、泊まったホテルの朝食会場でした。(同上)
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天神地区で泊まったホテルの1階付近の光景です。入店しませんでしたが、ビルの地下には喫茶店も入居しているようでした。『天神(てんじん)』は、福岡市中央区にある九州最大の繁華街の通称で、町名です。天神の名は、江戸時代に当地へ遷宮された水鏡天満宮に由来します。(同上)
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泊まったホテルの朝食会場の入口光景です。イタリア料理店の『ペペチーノ天神店』です。目っと検索しましたら、『ペペチーノ』の『タントタント天神店』が正式名称のようでした。イタリア語の『タント』は、公式HPで『沢山』の意味と紹介されていました。(同上)
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バイキング方式のホテルの朝食です。往復の飛行便と、大分と博多のホテルをセットで予約した時、時間節約のために、朝食だけは追加予約しておきました。食後には、ゆっくりとコーヒーを戴きました。(同上)
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泊まった『ホテルアセント福岡』の自室から眺めた、博多の天神地区の街並み光景です。今月は百名城巡りの締め括りでしたから、3回九州を訪れ、その内の2回は、博多で泊まりました。(同上)
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泊まったホテル近くの紅葉の街路樹の光景です。黄葉の代表的な樹木の『イチョウ(公孫樹)』です。イチョウ科の植物は中生代から新生代にかけて世界的に繁栄し、世界各地で化石が出土していますが、氷河期にほぼ絶滅しました。イチョウは唯一現存する種です。(同上)
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イチオシ
黄葉の代表的な樹木の『イチョウ(公孫樹)』のズームアップ光景です。中国原産のイチョウ科イチョウ属の裸子植物です。観賞用、材用として栽培され、種子のギンナン(銀杏)は、食用になることでお馴染みです。(同上)
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イチオシ
地下鉄で天神から博多駅まで移動しました。博多から久留米までは、西鉄電車での移動もできましたが、JR快速でやって来た久留米駅の光景です。45分ほどの乗車時間でした。ステンドグラスが配された、教会内部のようなイメージの駅舎でした。(同上)
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同じく、ステンドグラスが配された、教会内部のようなイメージのJR久留米駅の駅舎光景です。福岡県第三の都市・久留米市の代表駅です。福岡の第一の都市が福岡市(約146万人:2010年)、第二の都市が北九州市(約98万人)、久留米市が約30万人です。(同上)
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外から眺めた、JR久留米駅の駅舎光景です。JR久留米駅には、九州新幹線(鹿児島ルート)に、在来線の鹿児島本線と久大本線(ゆふ高原線)を加えた3路線が乗り入れています。繁華街などの市街地からやや西に位置することから、西鉄久留米駅の乗降客の約半数の利用とされます。(同上)
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JR久留米駅の駅前にあった、太鼓のようなデザインの時計塔の光景です。現在時刻は9時25分辺りを指していました。JR久留米駅から小倉城跡までは約1キロですから、歩いても15分ほどの距離です。(同上)
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東方面に少し歩いた場所から、振り返って眺めたJR久留米駅の光景です。久留米駅の在来線の所属線は、鹿児島本線です。大分とを結ぶ久大(きゅうだい)本線は、久留米駅が起点となります。(同上)
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久留米城方面に向かって左折する交差点の光景です。地図を確認しますと、多少近道があったようですが、『医大通り』と呼ばれる広い通り沿いに北上することにしました。交差点の東北角に見えるビルが久留米市役所当たりのようでした。(同上)
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歩道脇にあった道案内標識の光景です。上から3段目に、左向きの矢印で『久留米城跡(880メートル)』が表示されていました。右向きの矢印で記されたJR久留米駅からは、240メートルの場所です。(同上)
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白い看板のブリジストンの社名表示と、その背後の会社の建物光景です。久留米のブリジストン工場は、創始者の石橋正二郎(1889~1976年)が、タイヤ生産に成功した場所として知られます。『石橋』をそのまま英訳して『ブリッジ・ストーン』、それを『ブリジストン』とカタカナ書きになったようです。(同上)
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福岡県の最南部で生まれましたから、『ブリジストン』のいきさつは、小さい頃から耳にしていました。小さい頃でしたから、なぜ、『ストーン・ブリッジ』ではないかとの疑問も抱いていました。久留米は工業の町ではなく、『商業の町』のイメージも、小さい頃の記憶の片隅にあります。(同上)
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3輪が開いた、水仙の花のズームアップ光景です。名札はなかったようですが、『ニホンズイセン(日本水仙)』のようでした。ヒガンバナ科スイセン属の植物です。原産地は、地中海沿岸とされます。(同上)
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1輪以外はまだ蕾だった水仙の花のズームアップ光景です。『ニホンズイセン(日本水仙)』は、欧州から中国経由で日本に入ったようですが、本州の関東地方以西、四国、九州の海岸に野生化していることから、『日本水仙』の名前で呼ばれています。(同上)
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『ツワブキ(石蕗、艶蕗)』の黄色の花の光景です。キク科ツワブキ属の常緑多年草です。『石蕗の花(つわのはな)』は、初冬の季語となっています。立冬(11月8日頃)から大雪の前日(12月7日)頃までの期間です。(同上)
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『ツワブキ(石蕗、艶蕗)』の黄色の花のズームアップ光景です。歩道に面した、ブリジストンの花壇で咲いていました。因みに、島根県の『津和野(つわの)』の地名は、『石蕗の野(ツワの多く生えるところ)』が由来となっているようです。(同上)
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ブリジストンの工場脇の花壇光景です。同社のHPからの紹介です。『創業者・石橋正二郎は、久留米工場で第一号タイヤを生み出しました。その後、ブリヂストンの国内で最初のタイヤ工場として、タイヤの国産化を使命に1931年3月、操業を開始しました。筑後川に沿って建てられた久留米工場はブリヂストンの歴史そのもの』と紹介されていました。(同上)
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同じく、ブリジストンの工場脇の花壇と街路樹の光景です。街路樹には、高木になる槻(けやき)が使われていました。建築資材としても有用な樹木です。そのケヤキ並木は、紅葉の時期が終わり、落葉の時期になっていました。(同上)
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『ブリジストン通り』のタイトルがあった標識です。ブリジストンの創始者で久留米名誉市民だった石橋正二郎氏の紹介文と写真も掲示されていました。現在のブリヂストングループは、『世界26カ国に約180の生産・開発拠点を持ち、150を超える国々で事業を展開しています』と公式HPで紹介されていました。(同上)
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前方に見えてきた、道路標識の光景です。『久留米城跡・有馬記念館』の文字と左向きの矢印が記されていました。先ほど紹介した、『ブリジストン通り』は、1955年(昭和30年)に開通し、当時のブリジストンタイヤ㈱から寄贈された道路であることが先程の表示に記されていました。(同上)
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『久留米城三ノ丸跡』の文字が刻まれた、まだ新しい石標の光景です。かつての久留米城は、北西側を流れる筑後川を天然の堀とし、比高差約15メートルの川沿いの丘陵の頭頂部を平坦にして本丸が築かれ、その南側に二の丸、三の丸、外郭(四の丸)が配された連郭式平山城でした。(同上)
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『ブリジストン通り』を左に折れて、久留米城へと向かう角の交差点の光景です。ブリジストンの工場は、久留米城跡の二の丸と三の丸に立地しています。かつての外郭は、市街地化したようです。(同上)
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先程の交差点を左折して、すぐ北側に見えていた場所の光景です。一寸した広場の周りに、飲食店などが並んでいました。残念ながら、昼の時間前に通過してしまい、立ち寄ることはできませんでした。(同上)
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同じ場所から眺めた、南側の光景です。道路に面して、ブリジストンの建物が続いていました。通りを渡った場所に石標が見えましたが、通りの反対側からの撮影です。ネット検索しましたら、『県社』の文字だけが読み取れる石標でした。小倉城跡に建つ『篠山神社』の石標のようです。ネット検索では、旧社格は『県社』でした。(同上)
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イチオシ
歩道脇の緑樹帯に置かれた石灯篭の光景です。柱に『古城開花』の文字が刻まれていました。古城は、久留米城を指しているようです。四段に積まれた台座の上に載せられた石灯篭でした。(同上)
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