2018/02/28 - 2018/02/28
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明日香の遺跡巡りです。都塚古墳、石舞台古墳に続いて見学したのは、キトラ古墳です。7世紀から8世紀にかけて作られた円墳で、高松塚古墳に次いで壁画が見つかり、話題となった古墳です。被葬者は右大臣の阿倍御主人説などがあります。(ウィキペディア)
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石舞台古墳見学の後、直ぐ近くのレストランでの昼食でした。この看板には、『石舞台地区公園案内図』のタイトルがありました。『国営飛鳥歴史公園』の中の五つの地区の内の一つになります。あとの四つは、高松塚周辺地区、甘樫丘地区、祝戸地区とキトラ古墳周辺地区です。今回はその内の三つを見学しました。(同上)
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昼食のレストランの前から眺めた石舞台古墳方面の光景です。その石舞台が、中央やや右寄りに見えています。手前には低い石垣が見えますが、遺蹟なのか、後代に構築されたものかは分かりませんでした。(同上)
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昼食のレストランの建物光景です。入口の右手に『農村レストラン・夢市茶屋』の文字が記された大きな看板がありました。1階がお土産店、2階がこのレストランでした。(同上)
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『農村レストラン・夢市茶屋』での昼食です。程よく冷えた生ビールが注文できました。ご飯に混ぜられた赤色の『古代米』がアクセントでした。公式HPでは、『明日香村内の旬の野菜や果物をはじめ、お米(飛鳥米・品種ひのひかり)や古代米(赤米・黒米・緑米)、また地元の手造り醤油など、素材にこだわり、手づくりにこだわった味わい豊かなメニューでおもてなし』とPRされていました。(同上)
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類似の観光案内地図を幾つか紹介しますが、この看板には、『飛鳥観光広域案内図』のタイトルがありました。中央やや右手に赤く記された場所が、現在地の石舞台古墳です。この場所から近い観光地は、北側に飛鳥宮跡と飛鳥寺、北西方面に橘寺と川原寺跡と少し離れて甘粕丘、西側には持統・天武天皇陵と高松塚古墳、西南にキトラ古墳、東南に都塚古墳などが記されていました。(同上)
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石舞台古墳の周りの光景です。かなりの広範囲が、『国立飛鳥歴史公園』として整備されているようでした。この辺りの『石舞台地区』は、1976年(昭和51年)8月に指定されました。明日香村における歴史風土の保存については、昭和41年(1966年)に制定された古都保存法に基づいて約39ヘクタールの区域が歴史的風土保存区域の指定を受けましたが、更に法規制が行われました。(同上)
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現地の案内標識に、『万葉歌碑』と記されていた歌碑の光景です。『御食(みけ)向ふ 南渕山(みなふちやま)の巌には ふりしはだれ(斑雪)の消え残りたる 柿本人麻呂』の文字が刻まれていました。『弓削皇子(ゆげのみこ)に献る歌一首』という題詞のついた歌です。弓削皇子は、歌を好んだ天武天皇の皇子とされます。人麻呂が5首の献歌をしています。(同上)
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『万葉歌碑』があった付近の光景です。先ほど紹介した歌碑には、落款もありましたが、記述内容や筆力から判断して、敢て紹介は省きました。佐佐木信綱に師事した歌人で編集者のようでした。佐佐木信綱(1872~1963年)は、歴史に残る歌人で国文学者です。『ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲』のリズムの良さは、中学校の教科書で習った記憶が残っています。(同上)
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少し離れた場所からズームアップした、石舞台古墳の背面光景です。この反対側が石室の出入口になっていました。日本書記の記述によれば、位人臣を極めた一代の雄・馬子は、姪である女帝の治世も終わろうとする推古34年(626年)にこの世を去り、飛鳥桃原の地に葬られました。その墓を造るために数年の年月と、蘇我の諸家を結集した力が費やされたようです。(同上)
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イチオシ
少し離れた場所から、更にズームアップした石舞台古墳の背面光景です。ニ個の天井石の内、大きい方は77トンと推測されている巨石です。上が平らなこの二つの石は、『石舞台古墳』の呼び名の元にもなっています。偉大な族長の蘇我馬子ために、王陵にも匹敵するほどの墳墓が営まれました。当時の馬子の勢力は、王家(天皇)を上回るものであったようです。(同上)
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先程紹介した案内看板には、『飛鳥広域』の文字がありましたが、こちらの看板には『飛鳥観光周辺案内図』のタイトルがありました。ややこしいことに、この地図は北側が下向きになります。南側(上側)の山の中には、奈良県で唯一の日本百名城の高取城、北側(下側)には、大和三山に取り囲まれた藤原宮跡などが記されていました。(同上)
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三枚に分けて表示されていた、看板の中央部分の紹介です。飛鳥地区の拡大図になるようでした。現在地の石舞台地区が中央付近に記されていました。(同上)
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三枚に分けて表示されていた、看板の左端部分の紹介です。5枚の写真と素の説明文でした。5枚の写真は左上の石舞台古墳から時計回りに、都塚古墳、マラ石、西展望台と稲淵方面展望台でした。(同上)
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三つに分けて紹介した、『飛鳥観光周辺案内図』のタイトルがあった説明看板の全体光景です。一番気になったのが、地図の北向き表示が上だったり、下だったり、区々だったことです。北極星を基に、地図の上を北側にするのは、北半球で自然に決まってしまったようです。海外からの旅行者のためにも、統一した方がよさそうです。(同上)
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お店も入口付近の飾り物の紹介です。人形やら幟で賑やかでした。お土産店とレストランを兼ねたお店のようでした。(同上)
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同じお店の飾りの光景です。屋根の上にも人形やアイスクリームの宣伝がありました。狙いはお子さん達のようですが、登りの文字は甘酒でした。(同上)
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まだ開いた蕾はありませんでしたが、赤い花が咲きそうなバラ科の樹木のように見えました。バラ科の樹木と言えば、桜、桃、梅当たりが真っ先に浮かびます。品種は分かりませんが、桜でしょうか。(同上)
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紅く色付き始めた蕾があった枝先のズームアップ光景です。サクラ(桜)は、バラ科モモ亜科スモモ属の落葉樹の総称、モモ(桃)は、バラ科モモ属の落葉小高木、ウメ(梅)は、バラ科サクラ属の落葉高木です。なぜか、梅がサクラ属になります。品種により花期は区々ですから、品種によっては見分けが難しくなることがありそうです。(同上)
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ここからは、キトラ古墳の紹介です。1983年11月、石室内の彩色壁画に玄武が発見され、高松塚古墳に次いで2例目となる大陸風壁画古墳として注目を集めることとなりました。1998年の光ファイバー探査で青龍、白虎、天文図が確認され、2001年には朱雀と十二支像が確認されました。(同上)
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駐車場脇にあったバス停留所の表示です。奈良交通の『キトラ』のバス停でした。下の方に運行経路図と時刻表が掲示してありました。平日、土日共に、9~16時間の一日5本のダイヤでした。(同上)
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『飛鳥観光案内図』のタイトルがあった看板の光景です。この地図は北が上に表示してありました。現在地は右下近くの赤い表示です。『国営飛鳥歴史公園』の5番目として指定されたキトラ地区であることが、右下に解説されていました。(同上)
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イチオシ
バス駐車場近くから眺めた、『四神の館』方面の光景です。キトラ古墳の現地見学の前に、一旦下に下りて、展示館の見学をしました。(同上)
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『キトラ古墳壁画体験館・四神の館』の表示の紹介です。駐車場近くの官公案内看板にも記載されていた施設です。『四神』とは、キトラ古墳の壁画で見付かった、青龍(東方の守護神)、白虎(西方の守護神)、朱雀(南方の守護神)、玄武(北方の守護神)の四つです。(同上)
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円弧型に造られたアプローチ道路の光景です。悪天候などの時に役立ちそうな、回廊風のデザインでした。(同上)
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円弧型に造られたアプローチ道路の終点付近の光景です。周りへの景観を考慮したためでしょうか、展示館を始めとする主な施設は、地下施設となっていました。(同上)
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『i(インフォーメイション)』の表示があった『施設案内図』の光景です。現在位置のB1階と、本館の1F会の平面図が細かく記してありました。文字も大きく、もう少し分かりやすいデザインであればと、つい、一言が出てしまいました。(同上)
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『四神の館』の通路脇に表示してあった施設案内の表示板です。左向きの矢印が、キトラ古墳や展示室、右向きの矢印が休憩所・売店や体験学習室でした。こちらは、キトラ古墳の現地見学の後に立寄りました。(同上)
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地下道を潜るような雰囲気だった、『四神の館』の展示室へのアプローチ道路の光景です。かなりの距離がありました。(同上)
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通路脇に展示してあった歴史年表の光景です。一番古い年代が、奥の方に記された飛鳥の都が始まった頃の600年、新しい年代が奈良の東大寺の大仏様が描かれた場所の750年でした。その途中の700年を挟んで、7世紀の藤原京、8世紀の平城京が記されていました。(同上)
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イチオシ
キトラ古墳の天井に描かれた星座図を明かりで模した展示です。三重の円同心(内規・赤道・外規)と黄道、その内側には北斗七星などの星座が描かれ、傾斜部には西に月像、東に日像を配した本格的な天文図です。(同上)
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