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明日香の遺跡巡りの締め括りです。最後の紹介は高松塚古墳です。昭和47年(1972年)3月、奈良県明日香村の『高松塚古墳』の石室で、極彩色の『飛鳥美人』壁画が発見され、考古学上の大発見として世間を賑わせました。(ウィキペディア)

2018早春、明日香の遺跡巡り(8/8):飛鳥歴史保存地区、高松塚古墳へ、高松塚の円墳

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2018/02/28 - 2018/02/28

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旅行記グループ 2018早春、明日香の遺跡巡り

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旅人のくまさん

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明日香の遺跡巡りの締め括りです。最後の紹介は高松塚古墳です。昭和47年(1972年)3月、奈良県明日香村の『高松塚古墳』の石室で、極彩色の『飛鳥美人』壁画が発見され、考古学上の大発見として世間を賑わせました。(ウィキペディア)

交通手段
観光バス
  • キトラ古墳の見学を終え、観光バスで移動してきた高松塚古墳の駐車場付近の光景です。大きな石を使ったモニュメントがありました。ここから高松塚古墳までは、歩いて10分ほどの距離でした。(同上)

    キトラ古墳の見学を終え、観光バスで移動してきた高松塚古墳の駐車場付近の光景です。大きな石を使ったモニュメントがありました。ここから高松塚古墳までは、歩いて10分ほどの距離でした。(同上)

  • 歩いて高松塚古墳に向かう途中の光景です。高松塚古墳は、奈良県高市郡明日香村(国営飛鳥歴史公園内)にある古墳です。藤原京期(694~710年)に築造された終末期古墳とされ、直径23メートル(下段)、直径18メートル(上段)、高さ5メートルの二段式の円墳です。先に見学したキトラ古墳とそっくりでした。(同上)

    歩いて高松塚古墳に向かう途中の光景です。高松塚古墳は、奈良県高市郡明日香村(国営飛鳥歴史公園内)にある古墳です。藤原京期(694~710年)に築造された終末期古墳とされ、直径23メートル(下段)、直径18メートル(上段)、高さ5メートルの二段式の円墳です。先に見学したキトラ古墳とそっくりでした。(同上)

  • 小まめに配置された道案内看板の一つです。右向きの矢印が『国営飛鳥歴史公園館』、左向きの矢印が『高松塚古墳・壁画館』の表示でした。左方向に向かいました。(同上)

    小まめに配置された道案内看板の一つです。右向きの矢印が『国営飛鳥歴史公園館』、左向きの矢印が『高松塚古墳・壁画館』の表示でした。左方向に向かいました。(同上)

  • 『飛鳥観光周辺案内図』のタイトルがあった立看板の光景です。現在位置が、先程潜った地下道の少し先に赤く記されていました。高松塚古墳は、地図上では現在地から右上方面になります。この地図での北方向は、ほぼ左方向です。右下の4枚の写真は、高松塚古墳をはじめ、この地域の有力者が葬られたらしい中尾山古墳、天武・持統天皇陵と文武天皇陵です。飛鳥を代表する古墳や遺跡が集中していました。(同上)

    『飛鳥観光周辺案内図』のタイトルがあった立看板の光景です。現在位置が、先程潜った地下道の少し先に赤く記されていました。高松塚古墳は、地図上では現在地から右上方面になります。この地図での北方向は、ほぼ左方向です。右下の4枚の写真は、高松塚古墳をはじめ、この地域の有力者が葬られたらしい中尾山古墳、天武・持統天皇陵と文武天皇陵です。飛鳥を代表する古墳や遺跡が集中していました。(同上)

  • 先程紹介した『飛鳥観光周辺案内図』には、『芝生広場』と表示してあった広場の光景です。発掘調査に備えた整地でしょうか、施設らしいものや、樹木なども全くありませんでした。(同上)

    先程紹介した『飛鳥観光周辺案内図』には、『芝生広場』と表示してあった広場の光景です。発掘調査に備えた整地でしょうか、施設らしいものや、樹木なども全くありませんでした。(同上)

  • 高松塚古墳に向かう、明日香の遺跡巡りのバスツアーに参加された皆さん方です。30名を超えるツアーでした。最後尾を歩きながらの撮影です。(同上)

    高松塚古墳に向かう、明日香の遺跡巡りのバスツアーに参加された皆さん方です。30名を超えるツアーでした。最後尾を歩きながらの撮影です。(同上)

  • 写真を撮りながら、石版後ろを歩きました。最後尾の型が、既に石段を登りましたから、こちらも少しスピードアップです。宅地開発がされていない地域のようですから、昔ながらの起伏のある地形が残されているようでした。(同上)

    写真を撮りながら、石版後ろを歩きました。最後尾の型が、既に石段を登りましたから、こちらも少しスピードアップです。宅地開発がされていない地域のようですから、昔ながらの起伏のある地形が残されているようでした。(同上)

  • 『高松塚壁画館』の文字が刻まれた石標の光景です。ネット検索しましたら、公益財団法人の古都飛鳥保存財団が運営する施設でした。高松塚古墳の石室内部が見学できませんので、実物と同様の石室部や、発見された時の現状壁画模写の展示に加え、高松塚古墳の墳丘の断面の一部を剥ぎとった『古墳版築層(実物標本)』が展示されています。 (同上)

    『高松塚壁画館』の文字が刻まれた石標の光景です。ネット検索しましたら、公益財団法人の古都飛鳥保存財団が運営する施設でした。高松塚古墳の石室内部が見学できませんので、実物と同様の石室部や、発見された時の現状壁画模写の展示に加え、高松塚古墳の墳丘の断面の一部を剥ぎとった『古墳版築層(実物標本)』が展示されています。 (同上)

  • 昭和47年(1972年)3月に発見された、高松塚古墳の『飛鳥美人』とも呼ばれている、『西壁女子群像』の光景です。もちろん複写の像です。高松塚古墳が昭和48年(1973年)に特別史跡に指定され、翌年には壁画が国宝に指定されました。『招魂』の観念は中国、東アジア一帯にあり、この絵も黄泉の暗い世界を表すのではなく、桃源郷化されたモチーフと清張さんは記しています(古代史記・昭和57年)。(同上)

    イチオシ

    昭和47年(1972年)3月に発見された、高松塚古墳の『飛鳥美人』とも呼ばれている、『西壁女子群像』の光景です。もちろん複写の像です。高松塚古墳が昭和48年(1973年)に特別史跡に指定され、翌年には壁画が国宝に指定されました。『招魂』の観念は中国、東アジア一帯にあり、この絵も黄泉の暗い世界を表すのではなく、桃源郷化されたモチーフと清張さんは記しています(古代史記・昭和57年)。(同上)

  • 入場して見学した、『高松塚壁画館』の建物光景です。同館の公式HPには、『館内には、壁画の検出当時の現状模写、一部復元模写、再現模造模写、墳丘の築造状態、棺を納めていた石槨の原寸模型、副葬されていた太刀飾金具、木棺金具、海獣葡萄鏡などのレプリカを展示』と紹介されていました。(同上)

    入場して見学した、『高松塚壁画館』の建物光景です。同館の公式HPには、『館内には、壁画の検出当時の現状模写、一部復元模写、再現模造模写、墳丘の築造状態、棺を納めていた石槨の原寸模型、副葬されていた太刀飾金具、木棺金具、海獣葡萄鏡などのレプリカを展示』と紹介されていました。(同上)

  • 高松塚古墳の光景です。高松塚古墳の発掘調査は、昭和47年(1972年)3月から開始されました。その発掘調査が始まったきっかけは、昭和45年(1970年)の10月頃、村人がショウガを貯蔵しようと穴を掘ったところ、穴の奥に古い切石が見つかったこととされます。(同上)

    イチオシ

    高松塚古墳の光景です。高松塚古墳の発掘調査は、昭和47年(1972年)3月から開始されました。その発掘調査が始まったきっかけは、昭和45年(1970年)の10月頃、村人がショウガを貯蔵しようと穴を掘ったところ、穴の奥に古い切石が見つかったこととされます。(同上)

  • 高松塚古墳墓正面光景です。古墳が築造された年代は、盗掘を逃れて残っていた銅鏡などから7世紀末から8世紀初めの終末期と推定されていましたが、平成17年(2005年)の発掘調査により、藤原京期(694~710年)の間であると確定されました。当初の推定も外れてはいませんでした。(同上)

    高松塚古墳墓正面光景です。古墳が築造された年代は、盗掘を逃れて残っていた銅鏡などから7世紀末から8世紀初めの終末期と推定されていましたが、平成17年(2005年)の発掘調査により、藤原京期(694~710年)の間であると確定されました。当初の推定も外れてはいませんでした。(同上)

  • 大きな説明看板の左側半分の『特別史跡・高松塚古墳』のタイトルがあった説明パネルの光景です。少し拾い読みしますと、昭和47年の発掘調査で、16枚の凝灰岩の切石で箱型に造られた石室には、内部に漆喰が塗られ、色鮮やかな群像などが見付かったことなどが紹介されていました。また、壁画の劣化が止まらないため、平成19年(2007年)に石室を墳丘から取り出し、約500メートル離れた仮設修理施設で、修理作業が進められていることが紹介されていました。(同上)

    大きな説明看板の左側半分の『特別史跡・高松塚古墳』のタイトルがあった説明パネルの光景です。少し拾い読みしますと、昭和47年の発掘調査で、16枚の凝灰岩の切石で箱型に造られた石室には、内部に漆喰が塗られ、色鮮やかな群像などが見付かったことなどが紹介されていました。また、壁画の劣化が止まらないため、平成19年(2007年)に石室を墳丘から取り出し、約500メートル離れた仮設修理施設で、修理作業が進められていることが紹介されていました。(同上)

  • 『特別史跡・高松塚古墳』のタイトルがあった説明パネルの右側半分のズームアップ光景です。4枚の写真と二つの図面が提示してありました。左上の写真が壁画の『西壁女子群像』、その下が昭和46年撮影の発掘調査前の高松塚古墳です。右下の写真が石室の全景(上)と解体作業の光景(下)です。右上の写真入りの解説図は、昭和47年に発見された玉や太刀などの遺物(重要文化財)です。また、左下の図面は、『高松塚古墳発掘調査遺構図』です。(同上)

    『特別史跡・高松塚古墳』のタイトルがあった説明パネルの右側半分のズームアップ光景です。4枚の写真と二つの図面が提示してありました。左上の写真が壁画の『西壁女子群像』、その下が昭和46年撮影の発掘調査前の高松塚古墳です。右下の写真が石室の全景(上)と解体作業の光景(下)です。右上の写真入りの解説図は、昭和47年に発見された玉や太刀などの遺物(重要文化財)です。また、左下の図面は、『高松塚古墳発掘調査遺構図』です。(同上)

  • 先程、半分に分けて紹介した、『特別史跡・高松塚古墳』のタイトルがあった説明パネルの全体光景です。パネルが設置された現在位置が、先程の『高松塚古墳発掘調査遺構図』に記されていました。石室に正対する、古墳の真南になる位置です。(同上)

    先程、半分に分けて紹介した、『特別史跡・高松塚古墳』のタイトルがあった説明パネルの全体光景です。パネルが設置された現在位置が、先程の『高松塚古墳発掘調査遺構図』に記されていました。石室に正対する、古墳の真南になる位置です。(同上)

  • 三段に並んだ道案内標識の光景です。左向きが『高松塚古墳』、その反対の右向きが『天武天皇陵』、手前向きが『国営飛鳥歴史公園館』の表示でした。高松塚古墳が至近距離、天武天皇陵までが300メートルの表示でした。(同上)

    三段に並んだ道案内標識の光景です。左向きが『高松塚古墳』、その反対の右向きが『天武天皇陵』、手前向きが『国営飛鳥歴史公園館』の表示でした。高松塚古墳が至近距離、天武天皇陵までが300メートルの表示でした。(同上)

  • 『高松塚周辺地区公園案内図』のタイトルがあった道案内看板の光景です。ほぼ左側が北方向の地図の右上付近の現在地が赤く記されていました。現在地からその左手の高松塚古墳までは20メートルと記されていました。高松塚古墳が樹木が茂った状態で表示されていましたから、発掘調査を終えて墳丘が復旧される前の案内図のようでしたが、高松塚壁画館は既に表示されていました。(同上)

    『高松塚周辺地区公園案内図』のタイトルがあった道案内看板の光景です。ほぼ左側が北方向の地図の右上付近の現在地が赤く記されていました。現在地からその左手の高松塚古墳までは20メートルと記されていました。高松塚古墳が樹木が茂った状態で表示されていましたから、発掘調査を終えて墳丘が復旧される前の案内図のようでしたが、高松塚壁画館は既に表示されていました。(同上)

  • 撮影場所を変えながら、何度も紹介する高松塚の円墳の光景です。円墳ですから、古墳事態に大きな変化はありませんが、斜面の頂上付近にありますから、微妙に光景が変わりました。この光景は、東南側からの光景になるようです。(同上)

    撮影場所を変えながら、何度も紹介する高松塚の円墳の光景です。円墳ですから、古墳事態に大きな変化はありませんが、斜面の頂上付近にありますから、微妙に光景が変わりました。この光景は、東南側からの光景になるようです。(同上)

  • 正確な方角ではありませんが、北側方面から眺めた高松塚の円墳の光景になるようです。発掘調査を終えて、綺麗な姿に戻された光景です。立入り禁止の柵の役目の生垣が取り囲んでいました。(同上)

    正確な方角ではありませんが、北側方面から眺めた高松塚の円墳の光景になるようです。発掘調査を終えて、綺麗な姿に戻された光景です。立入り禁止の柵の役目の生垣が取り囲んでいました。(同上)

  • 往きとは別の道を通って下りました。登る時には円墳の東側を通りましたが、この下り道は円墳の西側です。前方が南側の明日香の村落光景になります。(同上)

    往きとは別の道を通って下りました。登る時には円墳の東側を通りましたが、この下り道は円墳の西側です。前方が南側の明日香の村落光景になります。(同上)

  • 階段を下り終え、振り返って眺めた古墳の頂上方面の光景です。北側から古墳を眺めた時に見えた生垣は、斜面沿いに、南側にも続いていました。離れた場所から眺めた光景は、円墳のネックレスのように見えました。(同上)

    イチオシ

    階段を下り終え、振り返って眺めた古墳の頂上方面の光景です。北側から古墳を眺めた時に見えた生垣は、斜面沿いに、南側にも続いていました。離れた場所から眺めた光景は、円墳のネックレスのように見えました。(同上)

  • 高松塚古墳方面を振り返って眺めた光景です。その古墳が右上付近に見えていました。通路の脇に小さな祠がありました。その祠には表示はありませんでしたが、頑丈な鉄柵があり施錠されていました。新しい花が供えられ、地元の方が護っているようでした。(同上)

    高松塚古墳方面を振り返って眺めた光景です。その古墳が右上付近に見えていました。通路の脇に小さな祠がありました。その祠には表示はありませんでしたが、頑丈な鉄柵があり施錠されていました。新しい花が供えられ、地元の方が護っているようでした。(同上)

  • 再集合場所の駐車場方面に戻る途中の光景です。明日香の村落光景になるようです。ネット検索で地図を参照してみましたが、小字名までは確認できませんでした。(同上)

    再集合場所の駐車場方面に戻る途中の光景です。明日香の村落光景になるようです。ネット検索で地図を参照してみましたが、小字名までは確認できませんでした。(同上)

  • 『国営・飛鳥歴史公園館』の前に置かれていた標識類です。丸太を加工した木製の表札と、訪問日の2月28日のウェルカム表示がありました。(同上)

    『国営・飛鳥歴史公園館』の前に置かれていた標識類です。丸太を加工した木製の表札と、訪問日の2月28日のウェルカム表示がありました。(同上)

  • 『国営・飛鳥歴史公園館』の入口付近の光景です。少し時間がありましたから、入場して見学しました。『国営・飛鳥歴史公園館』と『飛鳥管理センター』の二枚看板の建物でした。(同上)

    『国営・飛鳥歴史公園館』の入口付近の光景です。少し時間がありましたから、入場して見学しました。『国営・飛鳥歴史公園館』と『飛鳥管理センター』の二枚看板の建物でした。(同上)

  • 室内の展示物の撮影が許可されていた、『国営・飛鳥歴史公園館』の展示品の紹介です。展示の中心は、飛鳥を中心とした歴史地区のジオラマ展示でした。写真パネルは飛鳥地区でみられる野鳥や植物などの紹介でした。(同上)

    室内の展示物の撮影が許可されていた、『国営・飛鳥歴史公園館』の展示品の紹介です。展示の中心は、飛鳥を中心とした歴史地区のジオラマ展示でした。写真パネルは飛鳥地区でみられる野鳥や植物などの紹介でした。(同上)

  • 中央よりやや左上に現在位置が記されたジオラマ展示の紹介です。現在地は、この『国営・飛鳥歴史公園館』の場所です。『高松塚古墳』の表示は分かりませんでしたが、駐車場から地下道を潜って芝生広場の前を通った道などが確認できました。(同上)

    中央よりやや左上に現在位置が記されたジオラマ展示の紹介です。現在地は、この『国営・飛鳥歴史公園館』の場所です。『高松塚古墳』の表示は分かりませんでしたが、駐車場から地下道を潜って芝生広場の前を通った道などが確認できました。(同上)

  • 左側の大部分が市街地開発されたエリア、右側が歴史地域の保存がされたジオラマ展示です。中央左端に橿原神宮、右上に現在地が記されていますから、北方向は左側になるようです。先程の写真紹介を左側にずらした方面です。(同上)

    左側の大部分が市街地開発されたエリア、右側が歴史地域の保存がされたジオラマ展示です。中央左端に橿原神宮、右上に現在地が記されていますから、北方向は左側になるようです。先程の写真紹介を左側にずらした方面です。(同上)

  • 中央、やや左側に見える緑地帯は橿原神宮がある畝傍山です。『日本書紀』において、日本建国の地と記された場所です。天照大神の血を引く神倭伊波禮毘古命(かむやまといわれびこのみこと:後の神武天皇)が畝傍山の南東の麓に拓いたとされる、橿原宮に所縁の橿原神宮です。畝傍山(うねびやま)は、香具山、耳成山とともに大和三山の一つです。(同上)

    中央、やや左側に見える緑地帯は橿原神宮がある畝傍山です。『日本書紀』において、日本建国の地と記された場所です。天照大神の血を引く神倭伊波禮毘古命(かむやまといわれびこのみこと:後の神武天皇)が畝傍山の南東の麓に拓いたとされる、橿原宮に所縁の橿原神宮です。畝傍山(うねびやま)は、香具山、耳成山とともに大和三山の一つです。(同上)

  • 『飛鳥の野鳥・写真展』と題された写真の一部の紹介です。この4枚の野鳥の写真は、左上から時計回りに、カワラヒラ、ヒバリ、アオバトにキンクロハジロです。写真紹介は省略しましたが、シジュウカラ、キセキレイ、ルリビタキ、カルガモ、ヤマガラ、ケリなどの20種ほどが紹介されていました。(同上)

    『飛鳥の野鳥・写真展』と題された写真の一部の紹介です。この4枚の野鳥の写真は、左上から時計回りに、カワラヒラ、ヒバリ、アオバトにキンクロハジロです。写真紹介は省略しましたが、シジュウカラ、キセキレイ、ルリビタキ、カルガモ、ヤマガラ、ケリなどの20種ほどが紹介されていました。(同上)

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