2016/07/12 - 2016/07/12
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bunbunさん
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1468年から1878年までの約400年間、オスマン帝国の支配下にあって、イスラム文化が色濃く残る世界遺産の街:モスタルに行ってきました。本報告ではドゥブロヴニクから出発して、モスタル、その後プリトビツェ湖沼群国立公園手前までをご報告します。
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ドゥブロヴニク(Dubrovnik)のホテルを出発しました。Obala Stjepana Radića(クロアチア語)道を北にモスタルへと向かいます。手前はグルージュ港(Luka Gruž(クロアチア語))、対岸はドゥブロヴニク新市街です。グルージュ港は旧市街にある旧港*) に変わり、現在のドゥブロヴニクの貿易…観光を担う港です。
*) https://4travel.jp/travelogue/11305426 -
Obala Stjepana Radića道から見た、グルージュ港と対岸のドゥブロヴニク新市街
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Obala Stjepana Radića道から見た、グルージュ港と対岸のドゥブロヴニク新市街
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Obala Stjepana Radića道から見た、グルージュ港と対岸のドゥブロヴニク新市街
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Obala Stjepana Radi?・a道から見た、グルージュ港と対岸のドゥブロヴニク新市街
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国道8号線(D8, Državna cesta D8(クロアチア語))に入りました。湾の向こうに見える街はドゥブロヴニクのBabin Kuk (クロアチア語) 地区です。
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Dubrovačka川(rijeka)に架かるdr. Franja Tuđmana橋(most)を渡ります。車窓の風景。「川」とは言っても入り江です。大型客船が出ていきますねえ。
ドゥブロヴニクから離れていきます。 -
左はドゥブロヴニクのBabin Kuk 地区、右手前の島はOtočić Daksa、その奥はKoločep島です。
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グルージュ港と対岸のドゥブロヴニク新市街
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左はドゥブロヴニクのBabin Kuk 地区、右の島はOtočić Daksa
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国道8号線から見えたZatonの街
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国道8号線から見えたZatonの街
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国道8号線から見えたZatonの街
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国道8号線からの風景。左はJakjans 島、中央はOlipa 島です。Olipa 島の右の山と手前の陸の間に入り江があって右(北西)に延びており、その先端にストン(Ston)の街:*) があります。
*) https://4travel.jp/travelogue/11305426 参照 -
ペリェシャツ(Pelješcu)半島
右側に城壁が走る山の麓はマリ・ストン(Mali Ston)の街*) です。
*) https://4travel.jp/travelogue/11305426 参照 -
マリ・ストンの街拡大
背後の山の城壁や城砦が見えます。 -
ペリェシャツ半島の街
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左の島はOtočić Banja、その後ろの街はペリェシャツ半島のLuka です。
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ペリェシャツ半島の街
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クロアチアから国境を越えて、ボスニア・ヘルツェコビナ(Bosna i Hercegovina(ボスニア語、クロアチア語))に入りました。道路の名称は国道8号線からM2号線(欧州自動車道路(European route)E65号線でもあります)に変わります。M2号線脇のホテル・オルカ(Hotel Orka)の庭から見たネウム(Neum)の町。
ネウムは人口約4600人のヘルツェゴビナ=ネレトヴァ県(Hercegovačko-neretvanski kanton(ボスニア語)、Hercegovačko-neretvanska županija(クロアチア語))に属する町。ボスニア・ヘルツェコビナにおいてアドリア海に面する唯一の町で、観光とそれがもたらす商業はこの地域に大きく貢献しています。 -
また国境を越えてまたクロアチアに入りました。道路の名称はM2号線から再び国道8号線になります。Dubokaの街付近でアドリア海から離れ、北上して来ました。Pižinovac村(写真右下)周辺に広がる耕地整理された田園風景。
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Pižinovac村(写真右下)周辺に広がる耕地整理された田園風景。
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Pižinovac村(写真右下)周辺に広がる耕地整理された田園風景。
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Pižinovac村(写真右下)周辺に広がる耕地整理された田園風景。
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Pi?・inovac村(写真右下)周辺に広がる耕地整理された田園風景。
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オプセン(Opuzen)の街でE73号線に入り、メトコビッチ(Metković)の街を出て再び国境を越えてボスニア・ヘルツェゴビナに入り、モスタルの街の手前でM6.1 号線に入って、モスタルの大型バス駐車場に着きました。
駐車場近くのコンドミニアム。 -
Franjevačka 通りとM6.1 号線の交差点にある聖ペテロ・聖パウロ教会(Sts. Peter & Paul's Church)の高さ107 mの鐘楼。教会については以下で説明します。
聖ペーター教会 寺院・教会
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聖ペテロ・聖パウロ教会(右)と鐘楼(左)
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る聖ペテロ・聖パウロ教会の正面入口
フランシスコ修道会は14世紀にモスタルにやって来て、15世紀に教会と修道院を建てました。 しかし、この地を征服したオスマン帝国は1563年に両建物を破壊し、フランシスコ修道会会員を処刑してたネレトバ(Neretva)川に投棄しました。それにもかかわらず、フランシスコ修道会は自らの命を危険にさらしてまでも、モスタル地域の宗教的な要求に応えました。彼らはまずアドリア海沿岸のŽivogošćeから始め、オスマン帝国による最後の大規模ヨーロッパ進撃作戦である第2次ウィーン包囲(1683)後は、ボスニアのクレスボ(Kreševo)からその活動を行いました。 19世紀半ばにはカトリック教区を再建するための条件が整い、モスタルのこの教会は1866年、オスマン帝国の統治下で再建されました。この教会も1992年、ボスニア・ヘルツェゴビナのユーゴスラビアから独立宣言*) に端を発したボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で破壊され、2000年には同じ場所に、高さ107m の鐘楼と共に新しい大きな教会が建てられました。
カトリック教会なのに正面入口は南側です。珍しいですね。
時間がないので、この教会には入りません。
*) この辺の経緯はhttps://4travel.jp/travelogue/11305426 の付録に詳述しましたので、ご興味のある方はご覧ください。聖ペーター教会 寺院・教会
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モスタルの案内図
右が北です。 -
左から、モスタル基礎自治体旗、ボスニア・ヘルツェゴビナ国旗、ユネスコ世界遺産の旗です。
ユネスコ世界遺産の旗には、旧市街のスタリモスト地域が2005年にユネスコ世界遺産に登録されたことが記載されています。 -
Onesčukova通り脇にあった鉛筆形ミナレット(pencil-shaped minaret、トルコ形ミナレット(Turkey Minaret))(後程説明します)を有するイスラム教のモスク
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モスクの奥(北側)のRade Bitange通りにあったハマム博物館(The Hamam Museum)
ハマム(hamam(トルコ語)、ハンマーム(hammām(アラビア語)))は中東イスラム世界の公衆浴場で、イスラム教ではモスク(Mosque(英語))、マドラサ(madrasa英語)、神学校)についで重要な施設です。蒸し風呂で、垢すりやマッサージを行う作業員がいました。混浴することは無く、男性用と女性用の2つの浴場を造るか、時間帯や曜日で区別していました。イスラム教で自由を奪われていた女性にとっては、くつろいで話ができる社交の場であったと言われています。
このハマムは16世紀後半から17世紀初頭に建設され、今日モスタルで保存されている唯一のものです。古典的なオスマン様式で建てられていますが、経済的理由で外観は控えめになっています。
昔日本に「トルコ風呂」と呼ばれた風俗店がありましたが、起源はこのハマムです。但し、当然のことながら、ハマムは風俗店の意味合いは全くありません。詳しくは日本語ウィキペデアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ハンマーム をご覧ください。
この博物館はハマムの歴史の展示館ですが、時間が無いので入りません。 -
参考までに、アングル(Jean Auguste Dominique Ingres)が1863年に描いた「トルコ風呂(The Turkish Bath)」を示します。
パリ、ルーブル美術館蔵 -
街の象徴であるスタリ・モスト(Stari most)を下流(南)側から見上げるネレトヴァ河岸にやって来ました。
スタリ・モストについては日本語ウィキペデアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%83%88 に詳細な説明があるので、それをお読み頂ければいいと思いますが、時間の無い方のために以下、新たな追加分も含めて簡単にまとめます。
スタリ・モストはボスニア語で「古い(stari)橋(most)」の意味で、オスマン帝国統治時代のヒジュラ歴の974年(西暦1566~1567)に木製の吊り橋から現在のアーチ型石橋に架け替えられたと、橋の碑文に記録されています。その後ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争時の1993年、クロアチア分離主義者達によって、この橋は破壊されました。再建は2004年、ユネスコの支援を受けたトルコ企業によってなされ、2005年、この橋を含めた旧市街がユネスコの世界遺産に登録されました。
この橋は幅4 m、長さ 30 m、川面からの高さ24 m です。建造当時は世界唯一のシングル・スパン・アーチであったと考えられますので、その意味で、当時の最も優れた建築物のひとつと言えます。橋の両側には要塞化された塔があり、東(写真右)側がヘレビヤ塔 (Helebija) 、西(写真左)側がタラ塔 (Tara) です。この2つは「モスタリ」 (mostari) と呼ばれ、その意味は「橋の護衛者たち」です。
ネレトヴァ川の水がグリーンの理由は後程説明します。 -
スタリ・モストとタラ塔
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ヘレビヤ塔
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スタリ・モスト
橋の上の男性たちは、ストリート・パファーマーで、観光客から金を集め、一定額に達するとネレトヴァ川に飛び込むパファーマンスを披露します。オリンピックの高飛び込み競技でも最高10 m からですから、命がけですね。1968年からは毎年夏に公式な飛び込み大会が開催され、飛び込みの美しさを競っているそうです。ちなみに、飛び込んだ時の水面での速さを、空気抵抗を無視して計算すると、時速約80 km となります。 -
スタリ・モストの上から見た北側の街並み
鉛筆形ミナレットを有するイスラム教のモスクがたくさん見えます。中央に見えるモスクは、コスキ・メフィド・パシャ・モスク(Koski Mehmed-pa?・ina d?・amija)です。この後行きます。またこのモスクの建築様式については後程説明します。
ネレトヴァ川がグリーンなのは、可視光の波長程度より小さい、水に縣濁した岩石微粒子による太陽光の散乱・吸収と水分子による散乱光の吸収によります。この発色は氷河湖
https://4travel.jp/travelogue/11263548
https://4travel.jp/travelogue/11253060
https://4travel.jp/travelogue/11220419
https://4travel.jp/travelogue/11218477
https://4travel.jp/travelogue/11216783
https://4travel.jp/travelogue/11214886
や北海道の青い池
https://4travel.jp/travelogue/11267723
と同じ原理です。色は微粒子濃度が高くなるにしたがって、ブルーからグリーンに変わります。詳細は
https://4travel.jp/travelogue/11230654
の付録で説明しましたので、興味のある方はご覧ください。スターリモスト橋 建造物
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スタリ・モストの上から見た南側の街並み
遠くに見える橋はルシキ橋(Lučki most)です。 -
スタリ・モストの上から見たコスキ・メフィド・パシャ・モスク
1619年に完成したモスクで、下部は一辺が12 m の正四角柱、その上が正八角柱、その上に丸ドームが載っています。
ドーム屋根と鉛筆形ミナレットを備えたこのようのモスクの原型は、イスタンブールのアヤソフィア(Ayasofya(トルコ語)、ハギア・ソフィア、アギア・ソフィア(Aagia Sophia(ギリシャ語)))です。アヤソフィアは最初バジリカ様式のキリスト教大聖堂として、帝政ローマ時代の350年に建設されましたが、焼失と再建を繰り返した後、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)時代の537年には中央に巨大ドームを冠する大聖堂となりました。しかし、構造上の欠陥や地震による崩落と再建を繰り返し、ドームの高さが現在の55.6 m になったの562年のことです。ビザンツ帝国を1299年に滅ぼしたオスマン帝国は、1453年アヤソフィアをイスラム教のモスクに転用することを決め、内部にはミフラーブやミンバルが取り付けられ、外部には4本のミナレットが建設されました。その後現在に至るまでに、多数の追加・補強・補修工事が行われていますが、この建築様式がオスマン帝国のモスクの基本となり、神谷武夫氏はこれを「トルコ型」と分類しており、トルコも含めてオスマン帝国の統治下にあった地域を旅するとよく見かけます。この他の建築様式としては、「アラブ型」、「ペルシャ型」、「インド型」がありますが、「アラブ型」はイスラム教の創唱者であるムハンマドが、メッカからディナに移住して作った住居兼礼拝所を原型としており、典型的な例はコルドバのメスキータ https://4travel.jp/travelogue/11205754 です。 -
ユーゴスラヴィア崩壊の図
詳細は https://4travel.jp/travelogue/11305426 の付録に記載しましたので、興味のある方はご覧ください。 -
ネレトヴァ川東側のBraće Fejića通りを北に進みます。
左端がBraće Fejića通り、中央にネレトヴァ川とスタリ・モストが見えます。 -
川岸から見たネレトヴァ川とスタリ・モスト
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ちょっと北に移動して、スタリ・モスト、ズームイン。
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さらにスタリ・モスト、ズームイン。
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川岸から見た北西側
さっき脇を通った聖ペテロ・聖パウロ教会の鐘楼が見えます。 -
先ほどスタリ・モストの上から見たコスキ・メフィド・パシャ・モスクに入ります。
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中庭です。シャドルヴァン(šadrvan、šedrvan、左の建物、以下で説明します。)と右は土産店ですかねえ。
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中庭にあるシャドルヴァン(モスクでの祈りの前に手足を洗い清める場所。日本の神社や寺院にある手水舎に相当します。)
シャドルヴァンの起源はペルシャにあり、イスラム教の広がりとともにバルカン半島にもたらされました。
基本的な特徴は、基本的に石の水槽があり、その側面に開けられた複数(通常6つまたは8つ)の孔から水が流れだし、その近くに人が座る石の台座があることです。 通常水槽の中央には装飾を施した石柱があり、そこからの水が水槽に流れ落ちます。天井屋根はドーム状に作られ、屋根は水が流れ出す孔に対応する6または8角錐で鉛または石のスラブで覆われています。このシャドルヴァンの屋根は6角錐で石のスラブ葺きですね。 -
モスク内部
この写真の壁はメッカの方向を向いており、キブラ(Qibla)壁と呼ばれます。中央の彩色された窪みはミフラーブ(Mihrab)で、この壁がキブラ壁であることを示します*)。イスラム教徒はこのキブラ壁に向かってサラート(?alāt、礼拝)を行います。ミフラーブの右の階段が付いた構造物はミンバル(Minbar)で、イマーム(Imām、礼拝の指導者)がフトバ(khu?bah、金曜日の説教)を行う説教壇です。
詳細はhttps://4travel.jp/travelogue/11205754 に記しましたの語興味のある方はご覧ください。コスキ メフメド パシャ モスク 寺院・教会
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ミフラーブ(左)ミンバル(中)
右上の角にあるものはムカルナス(muqarnas)*) で、立体幾何学模様であると同時に、例えばこのモスクのように四角柱の建物の上に八角柱を載せるといった場合の支え(神社・寺院建築で言えば「組物**)」の機能を有します。これにより、ムカルナスの上は正四角柱を少し面取りした八角柱となっています。このモスクではその上にさらに8個のアーチを用いてその上部を正八角柱とし、先ほどスタリ・モストの上から見たように丸ドームを支えます。このように8個のアーチで丸ドームを支える技法をスクインチと呼びます。
*) https://4travel.jp/travelogue/11184065 参照
**) https://4travel.jp/travelogue/11315412 参照 -
壁のステンドグラス
イスラム教は偶像崇拝を禁じていますので、キリスト教会と違ってストーリー性はなく、単なる幾何学模様の装飾と採光の機能だけです。 -
天井からぶら下がった照明と壁の装飾模様
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ドーム型天井の装飾模様
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方向を変えて見たモスク内
左下はミンバルです。
まあ、小さな街のモスクですから、アヤソフィアのような大モスクと比べたらいけませんね。 -
ミナレットに上りました。
高い所大好き人間ですからねえ、私は。
ミナレットからの眺望を以下右周りに示します。
まずは南側。コスキ メフメド パシャ モスク 寺院・教会
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北北西側
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北北東側
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北東側
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東側
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南東側
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南側スタリ・モストをズームイン。
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北北東側、ズームイン。
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ミナレットから下りたら、モスクのお姉さんが「川沿いのテラスからの眺めも素晴らしいので見て行ってください。」と言うので、出てきました。
この位置からだと、スタリ・モスト両側のヘレビヤ塔(写真左)とタラ塔(写真左)が際立ってみえますね。 -
せっかくだから、スタリ・モスト、ズームイン。
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川沿いテラスから見た、コスキ・メフィド・パシャ・モスク。
ミナレットの先が欠けちゃったか。 -
方向を変えて、ミナレットの先まで入れて、コスキ・メフィド・パシャ・モスクをもう一枚。
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ミナレットから取らなかった南南東方向
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タラ塔、ズームイン。
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コスキ・メフィド・パシャ・モスクからBraće Fejića通りに出ました。
通りの両側はカラフルな土産物の店がいっぱいだ。 -
Braće Fejića通りを通って、バスの駐車場に戻ります。
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バスで一度北に向かいM6.1号線をプリトビツェ湖沼群国立公園(Nacionalni park Plitvička jezera(クロアチア語))に向かって南下します。
モスタル新市街 -
ネレトバ川に架かるCarinski Mostと新市街
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ネレトバ川に架かるCarinski Mostと新市街
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E65号線脇のサービスエリア:Odmorište Krka にやって来ました。
丘の上に立つオブジェ。 -
サービスエリアからプロクリャンスコ湖(Prokljansko jezero(クロアチア語)、Lake Prokljan(英語))とスクラディン(Skradin)の街を望む。
以下、スクラディンの街をズームインしていきます。 -
サービスエリアから見たプロクリャンスコ湖とスクラディンの街
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サービスエリアから見たプロクリャンスコ湖とスクラディンの街
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サービスエリアから見たプロクリャンスコ湖とスクラディンの街
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クルカ川(Krka)下流方向と川に架かるE65号線のクルカ橋(Most Krka)。
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この付近の案内図
上が北で、赤い矢印が現在地です。今回は行きませんが、この北側はプリトビツェ湖沼群国立公園(Nacionalni park Plitvička jezera(クロアチア語))に似た、クルカ国立公園(Nacionalni park Krka(クロアチア語))となっています。 -
クルカ橋から見たプロクリャンスコ湖とスクラディンの街
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クルカ橋から見たプロクリャンスコ湖とスクラディンの街
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クルカ橋から見たプロクリャンスコ湖とスクラディンの街
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この旅行記へのコメント (2)
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- willyさん 2019/11/13 17:27:49
- トルコ式
- bunbunさん
こんにちは。先日は詳細なお返事をいただきありがとうございました。
もっと会話を続けたいほどですが、長々とご迷惑になるかと遠慮しております。
こちらも相変わらず素晴らしい旅行記で見応え読み応えのずっしりとある大作ですね。いろいろと勉強できて大変うれしいです。
そしてやはり神谷武夫氏に反応してしまいました。私も初めてきちんとイスラム建築を知ろうと思ったときに出会った記述でした。改めてまた興味を掻き立てられました。
あの記述にでてくる建築を全部見たいものだと思っています。
そのトルコ式の原型、アヤソフィアに先週末2度目の訪問をしましたが、内部が新しく塗り替えられているようで、なんだかぴかぴかしてきていて風情が減じており、個人的に残念というか心配というか、そんな気持ちになりました。スルタンアフメトモスクも大改修まっただ中であの素晴らしいドームは全く見られず。本当にがっかりしました。
次はいつどこでイスラム建築に会えるかを楽しみとしています。
- bunbunさん からの返信 2019/11/14 21:46:48
- RE: トルコ式
- willyさん、こんばんは。
またのご訪問、私の拙い旅行記への投票ありがとうございます。
お褒め頂いてお世辞でも大変嬉しいです。
それに迷惑なんてとんでもございません。私は何でも知りたい質で、いろいろと調べて旅行記にも載せますが、多くの方にはこの部分は興味を持って頂けないようで、私自身のメモとして多くは付録に載せております。こういった部分までお読み頂き、コメントまで頂けるのは光栄の至りです。
私が初めてイスラム建築に興味を持ったのは、多分ドイツにいた時1週間の休暇をとってバルセロナから地中海沿岸をグラナダまでレンタカーで観光旅行した時だと思います。ただその頃はいろいろと忙しくて勉強どころではなく、まともにイスラム建築の勉強を始めたのは、定年近くになって比較的時間に余裕が出来てきた頃から定年後の現在に至るここ7〜8年です。ハディースまでを含むイスラム教とその歴史やイスラム建築・美術の本を山ほど図書館で借りたり自分で買ったりして読みふけりました。イスラム建築に関しては早大の深見奈緒子先生の著書をメインに、不明な点や私の意見を直接深見先生とメールでやり取りして勉強しました。
アヤソフィアやスルタンアフメトモスクは2012年に見学しましたが、その壮大で華麗な建築には打ちのめされる程魅了されました。そうですか、アヤソフィアは修復され、スルタンアフメトモスクも大改修中でしたか。どんなものでも経年劣化は避けられない運命にありますが、修復は本来の姿が忠実に再現されるように行ってほしいものですね。
私もまだまだ見たい建築は山ほどありますが、体がもつかどうか。
これからもwillyさんの旅行記を楽しみにしております。
bunbun
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