2016/07/07 - 2016/07/07
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bunbunさん
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美しい氷河湖:ブレッド湖に浮かぶブレッド島と聖母被昇天教会、ブレッド湖北岸の断崖絶壁上のブレッド城を見学してきました。
ブレッドは日本語の資料が少なく、歴史的に様々な国の支配下にありましたので、さらに詳しく知りたい方のために、固有名詞には必要に応じてスロヴェニア語、英語、ドイツ語、イタリア語を付記しました。検索等にご利用頂ければ幸です。
付録にブレッド、聖母被昇天教会、願いの鐘、プレトナ、ブレッド城に関する説明を載せましたので、お時間とご興味のある方はご覧ください。
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朝食後。今日はブレッド湖、ブレッド島とブレッド城の観光です。宿泊ホテル:ブリストル(Bristol)。曇ってるねえ。青空がちょっと見えますが、晴れるかなあ。
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ブレッド湖畔にやって来ました。これからブレッド島に渡りますが、環境保護の観点から、ブレッド湖ではモーターボートが禁止されているため、ブレッド島へ行くには手漕ぎボートか泳いで行くことになります。通常観光客は、この写真のプレトナ(Pletna、詳細は付録4を参照してください)と呼ばれる定員20人程の手漕ぎボートで行きます。
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プレトナに乗って出発しました。進行方向正面のブレッド島と、そこに建つ聖母被昇天教会(Cerkev Marijinega vnebovzetja、スロヴェニア語、付録2を参照してください)*)。
左側の高い塔は鐘楼、その右側が教会です。教会の屋根に付いているのは願いの鐘(Zvonu želja(スロヴェニア語)、Wishing Bell(英語)、詳細は付録3を参照してください)です。
*) ここではこうしておきますが、日本語では「聖マリア教会」も使われているようです。ちなみに英語では”Church of the Assumption”(聖母被昇天教会)が多いようですが、いずれも聖母マリアに奉献された教会の意ですので、どちらでもいいのでしょう。 -
中央の白い建物は、チトー元ユーゴスラビア大統領の元別荘。現在はホテル:ヴィラ・ブレッド(Vila Bled)として使われています。
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ヴィラ・ブレッド
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ブレッド島が近づいて来ました。雲が取れてきたような気がしますねえ。
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ブレッド島の船着き場に着きました。船着き場から教会に至るにはこの99段(100段との説もありますが、自分で数えた訳ではないのでどちらが正しいのか分かりません。)の階段を昇ります。
「この教会はスロヴェニア人憧れの結婚式場になっています。しかし、ここでの結婚式には大きな試練が花婿を待ち受けています。花婿は船着き場から教会に至るこの階段を、花嫁を抱きかかえて昇らなければなりません。無事に昇り終えた二人は、晴れてこの教会で結婚式を挙げることができます。このため、ここでの結婚式の予約が取れると、花婿は体を鍛え、花嫁はダイエットに励むそうです。」*)**)
*)「 旅名人ブックス84 クロアチア/スロヴェニア ボスニアヘルツェゴビナ アドリア海の海洋都市と東西文化の十字路」著者:外山純子(文)、中島賢一(写真) 日経BP企画 2007年 第2版 ISBN978-4-86130-305-0
**)「スロベニアとアドリア海の真珠 クロアチア 出発から3日目まで リュブリャナ ブレッド湖 ポストイナ鍾乳洞」cheriko330さん著 4トラ旅行記 2014/09/20投稿 http://4travel.jp/travelogue/10905567 -
途中にあった祠。像は聖母マリアと幼いキリストと天使ですかねえ。
左上に書かれている内容からすると、1901年8月18日にトリエステのバルコラに「アドリア」のコーラス旅行に行ったことを記念して作られたようですが、なんせスロヴェニア語なんで、よくわかりませんねえ。
左上には
Spomin izleta pevskega drustva "adrija" dne 18 avgusta 1901 Barkovlje-trst
と書かれているようですが? -
右側の塔は鐘楼です。この鐘楼は元々15世紀に建てられたものでですが、2回の地震と1688年の落雷による破壊のため、何回もの修復工事が行われています。現在の高さは54 m で鐘の直下の片面に2つ窓がある階まで螺旋階段で上ることができます。またその窓の下には時計が付いています。
左側は司祭長の家、その奥が教会で入口は左(西)側です。 -
時計の部分を拡大します。
「鐘楼と振り子時計について
1 ブレッド島の鐘楼
ブレッド島の鐘楼な1511年の地震の後に造られました。(と説明板には書かれていますが、最初の鐘楼は多分それ以前に造られたものと思われます。(著者))この鐘楼は1890年に、現在の塔に改修されました。来訪者に公開されている時計を動かすための部品は2013年に改修されました。
2 誰が何時振り子時計を作ったのででしょうか?
鐘楼の振り子時計は1860年~1890年の間に時計マイスターによって作られましたが、その氏名は不明です。この時計は、長い金属加工の伝統があるクロパ(Kropa、ブレッドの南東約10 kmにある街(著者))の近郊から持ち込まれたものと信じられています。この期間、クロパで同様な時計が作られていたことが知られています。」
―説明文より―
上記に加えて、時計のタイプや動作機構の説明もありましたが、機構部の写真を撮って来ませんでしたので、省略します。 -
階段を昇りきった場所から、ホテル:ヴィラ・ブレッド方向を望む。
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教会の庭に咲く花々。
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教会の南側面。右上に見える屋根から飛び出している部分は先ほどプレトナからも見えた「願いの鐘」です。これについては後程詳しく説明します。
右手前に飛び出している部分はチャペルですが、内部の写真は後程示します。 -
側壁入口ドアの受胎告知。お分かりの通り、左側が大天使ガブリエル、右側が聖母マリアです。
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十字架のキリスト
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教会内部に入りました。肝心な写真を撮ってこなかったので、Strider gtsさんが撮影して著作権を放棄した写真*)を使わせていただきます。
3つの祭壇と、中央の男性が手にしているのは教会の屋根の上の鐘を鳴らすためのロープです。願いを唱えてロープを引き、3度鳴らすと聖母マリアが願いを叶えてくれるそうです。(詳細は付録3を参照してください)この鐘を鳴らすにはちょっとしたコツが必要です。鐘の固有振動数(http://4travel.jp/travelogue/11214886の付録参照)に合わせてロープを引いてください。平たく言えば、ブランコを大きく振らす要領です。私も願いを込めて鐘を鳴らしましたが、何を願ったのか忘れてしまいましたので、叶ったかどうかわかりません。鐘は小さい音でしか聞こえませんので、よく耳をすませてください。
*) This photo was taken by Mr. Strider gts on 2 March 2008. This work has been released into public domain by the author. This applies worldwide.
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Pull_the_lucky_bell.jpg -
1747年に作られたバロック様式の金メッキの主祭壇
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主祭壇ズームイン。
中央の像は、天使が座る光線と雲の王冠に囲まれた三日月の上に座る聖母マリアと幼いキリスト、左の像は1004年にこの地をブリクセンのアルブイン司教に進呈したドイツ王聖ハインリヒ2世(St. Heinrich II(ドイツ語)、St. Henry II(英語), 973-1024)、右の像はハインリヒ2世の妻:聖クニグンデ(St. Kunigunde, 975-1040)です。詳細は付録1を参照してください。 -
部分的に残された主祭壇左(北)側壁面のフレスコ画。ヨセフとアンナの物語。
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部分的に残された主祭壇右(南)側壁面のフレスコ画。マリアの生涯。
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主祭壇左手前の聖セバスティアン(St. Sebastian)に捧げられたサイド祭壇。
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主祭壇右手前の聖マグダレーナ(St. Magdalena)に捧げられたサイド祭壇。
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1690年に作られ、聖アンナに捧げられた左(北)側面のチャペルの祭壇。
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1699年に作られ、聖ミカエルに奉納れた右(南)側面のチャペルの祭壇。
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内部から見た教会の入口方向。入口両側の白い布の下にはフレスコ画があるはずですが、今は修復中ですね。
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入口上部の1639年に作られたパイプオルガンと聖歌隊席。聖歌隊席の前の壁に描かれているのは、18世紀のブリクセン(Brixen、現在のイタリア北部の街)およびブレッド島の司祭:フランシス・エンゼンバーグ(Francis Enzenberg、英語)の紋章です。
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教会から出て鐘楼に上りました。鐘楼からの風景。お任せで撮ったらフォーカスが窓に張ってあるネットに合って、肝心な風景がボケてしまいましたので、サイズを小さくして4枚まとめて示します。
左上はブレッド城の方向、右上は上ってきた階段の方向、左下はヴィラ・ブレッドの方向、右下はその上の写真のやや右側です。 -
そろそろ島をでますかねえ、とプレトナ乗り場に行ったら、島に向かって泳いでくる人たちやカヌーで来る人もいます。
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プレトナに乗ってブレッド島とはお別れです。いい天気になってきた。
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プレトナの船頭さん。この職業は世襲制だそうです。詳細は付録4をご覧ください。
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ブレッド城も綺麗に見えますねえ。
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ブレッド城、ズームイン。
これが湖面から高さ約130 mの断崖の上に建つブレッド城だ。すっげーな。
右の尖塔のある建物は聖マルティン教区教会(Župnijska cerkev sv. Martina(スロヴェニア語)、Parish church. Martin(英語))です。 -
プレトナは進んで乗り場に戻ります。
ブレッド城と聖マルティン教区教会。 -
プレトナ乗り場に戻りました。
ブレッド城と旧家(右)。
ここからバスでブレッド湖の東側を通ってブレッド城に向かいます。 -
バスから見えたホテル:ヴィラ・ブレッド。
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バスから見えたブレッド湖、ブレッド島と聖母被昇天教会
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バスから見えたブレッド湖とブレッド城。
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バスから見えたブレッド湖とブレッド城。
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ブレッド城に着きました。これから城内に入りますが、その前に城内にあった模型の写真に名称を入れて城の構造を示します。赤い線は、これから私たちが城の入口から礼拝堂・博物館等に至る経路です。左上から右下に走る帯は、太陽光が模型を覆っているガラスケースに反射したものですので無視してください。
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分かり易いように、方向を変えたものをもう1枚。
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という説明をしたところで、早速門をくぐって城内入ります。
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門の手前には敵の侵入を防ぐ堀と木製の跳ね橋があります。
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門をくぐって後ろを振り返る。
門の上の開口部は、監視と攻撃のためですね。 -
さらに進んで。進行方向右下に見える入口の門。
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さらに進んで、石の城壁に開けられた攻撃用の孔。
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さらに進んで後ろを振り返る。ブレッド湖が少し見えます。
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城壁の塔に開けられ次の門をくぐります。
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門をくぐって、階段を昇ると目の前がパッと開けて下階テラスです。
急いでフェンスに走る。なんだ、この眺めは!
ブレッド湖東方向。改めて見ると氷河湖の色だねえ。聖マルティン教区教会もみえるな。
以下カメラを南、西へと振っていきます。 -
ブレッド湖
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ブレッド湖
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ブレッド湖。さっき行ったブレット島と聖母被昇天教会も視野に入ってきた。
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ブレッド湖、ブレット島と聖母被昇天教会。右はブレッド城が建つ崖です。
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ブレット島と聖母被昇天教会、ズームイン。
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ワインセラーのある建物を右にみて、上階テラスに向かいます。
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鍛冶公房やレストランの入った建物の下をくぐって、
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階段を昇ると、出たぞ、上階テラスだ。
目の前はミュージアムショップや博物館が入っている建物。 -
その左側は礼拝堂だ。
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建物全体をまとめてパノラマ撮影。
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下階テラスより高い上階テラスのフェンスに寄ってまたブレッド湖、ブレット島と聖母被昇天教会の写真撮影。
以下、少しずつズームインしていきます。 -
ブレッド湖、ブレット島と聖母被昇天教会。
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ブレッド湖、ブレット島と聖母被昇天教会。
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ブレッド湖に浮かぶブレット島と聖母被昇天教会。
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全体をパノラマ撮影。
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次は博物館に入って展示品の転学です。
「三本脚の器、ブレッド湖、17世紀」 -
「ワイン差し、北イタリア、18世紀」
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「この丘の北側斜面で発見された、鉄器時代初期(BC800年頃)の器」
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「ブレッド地域で6000年前の石器時代から銅器時代に使われた品々」
付録1を参照してください。 -
「ブレッド城の城主が使っていた品々」
付録5を参照してください。 -
「1004年、ドイツ王ハインリヒ2世がブレッド領の不動産譲渡証書をブリクセンのアルブイン司教に授与している場面。ルス(Rus),1869」
付録1を参照してください。 -
「貯蔵金属道具(コピー)。これらの道具は、耕作道具(つるはし、すき)、収穫道具(鎌、刃の取り付けリング)、木材加工道具(留め金付きカッター、ナイフ、千枚通し、のみ、ドリル)、武器(槍先)、馬具(あぶみ)、バケツの持ち手に分けられます。ブレッド近郊のセベンジェ(Sebenje(英語))。9世紀初頭」
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「カルニオラ(Carniola)アルプス渓谷に居住したスラブ人の最古の発掘物で、細いブロンズや銀ワイヤー、ブロンズ金属板性のガラス付きイヤリング、金属ビーズや様々なリング」
付録1を参照してください。 -
「ブリクセンの司教の800年にわたる統治が実質的に終了した1803年、司教から没収され国有化された財宝」
付録1を参照してください。 -
博物館から北を望む。
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博物館から東を望む。
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さて、そろそろ帰りのお時間です。
帰る途中、階段から望んだ下階テラス。 -
バスで次の目的地、クロアチアに向かいます。
途中で見えたブレッド城。 -
バスから見たブレッド城。ピンボケですね。すみません。
付録
1.ブレッド(Blejski スロヴェニア語)
この一帯には中石器時代(BC12000~BC3000)には人類が住んでいたようですが、ブレッドへの定住はゲルマン民族の大移動に続いて、7世紀に東アルプス地域から移動したきたスラブ民族(Slovani(スロヴェニア語))です。このスラブ民族がスロヴェニア(Slovenija(スロヴェニア語))という国名の語源であろうことは誰でも想像するでしょうが、諸説あるようです。このスラブ民族の国家:カランタニア(Karantaniia(スロヴェニア語)、Karantanien(ドイツ語)、Carantania(英語)、)が788年、ゲルマン民族の一支族であって481年にフランク王国を建設したフランク族に征服された後、この地はバイエルン(Bayern(ドイツ語))の影響下に入ります。951年、バイエルンはドイツ王国(Deutsches Reich(ドイツ語)、Kingdom of Germany(英語))の支配下となります。1004年にはドイツ王ハインリヒ2世(Heinrich II, ドイツ語、Henry II, 英語)、ドイツ王(1002-1024)、神聖ローマ皇帝(1014-1024、1146年(1147年との説も有)にカトリック教会の聖人となっています。)。皇后は聖クニグンデ(Kunigunde von Luxembourg, 975-1040、1200年にカトリック教会の聖人となっています。))はブレッドとその周辺を現北イタリアのブリクセン(Brixen(ドイツ語、英語)、briksenškemu(スロヴェニア語)、Bressanone(イタリア語))のアルブイン(Albuin(ドイツ語、英語)、Albuinu(スロヴェニア語)、Albuino (イタリア語)、)司教に進呈しました。短い中絶を別にしてブレッドは19世紀までずっとブリクセンの司教の占有物でした。
2.聖母被昇天教会(Cerkev Marijinega vnebovzetja スロヴェニア語)
逸話によると、かつて、スラブの豊饒神シワ(Živa)の寺院が現在のバロック教会の場所に建っていました。しかしながら、キリスト教徒との戦いによって、この寺院は破壊され、キリスト教会が建設されとのことです。一方、考古学的発掘調査によると、この島における人類居住の痕跡は先史時代のBC11-BC8世紀に見られ、9-11世紀にはスラブ人の宗教的建造物があったことが、判明しています。キリスト教化が進む過程で1142年には、この地にプレロマネスク様式の3廊式の教会が造られました。15世紀に入ると、この教会はゴシック様式で建て直されて、鐘楼と主祭壇が追加され、1465年にはりブリャナ(Ljubljana(スロヴェニア語))の最初の司教によって、単廊式に改築されました。しかし、1509年の大地震によって、この教会は壊滅的な被害をうけ、バロック様式で再建されましたが、破壊を免れた内陣のフレスコ画と木製のマリア像は新しい教会に残されました。現在の教会は、その後の地震による崩壊後、17世紀末に再建されたものです。金箔で覆われた主祭壇は1747年のもので、中央はキリストを抱く聖母マリア、その左は彼の領地であったブレッドをブリクセン(Brixen)の司教アルブイン(Albuin)に進呈したドイツ王ハインリヒ2世、右は彼の妻クニグンデです。両側の祭壇は17世紀末に作られ、聖セバスティアン(St. Sebastian)、聖マグダレーナ(St. Magdalena)、聖アンナ(St. Anna)に奉献さました。鐘楼は建設後2回の地震によって大きな被害を受け、何回にもわたって修復が行われましたが、1688年には落雷の被害も受けております。現在の鐘楼は高さ54 m (52 m との説明もある)で、りブリャナの鐘の鋳造家であるサマサ(Samassa)とフランチ(Franchi)作の3つの鐘がついています。教会やその他の建築物、船着き場から教会に至る99段の階段は17世紀からの基本構造が保たれています。
3.願いの鐘(Zvonu želja スロヴェニア語)
教会の屋根の上にパドヴァのパタヴィナ(Patavina)によって1534年に作られた鐘があります。この鐘に関する伝説がいろいろな形で伝えられているようですが、簡単に纏めると;夫を強盗に殺された、ブレッド城に住む若い未亡人ポリクセナ(Poliksena)が、夫の思い出にと教会のために鐘を作らせました。この鐘をボートで島の教会に運ばせる途中、嵐によって鐘もろともボートは湖に沈んでしまいます。ポリクセナの死後、この事実を知った教皇は新しい鐘を作り、教会に送りました。この鐘を鳴らすためのロープが教会の身廊中央付近に垂れ下がっており、願いを唱えてロープを引き、3度鳴らすと聖母マリアが願いを叶えてくれるそうです。
4.プレトナ(Platna スロヴェニア語)
ブレッド湖畔からブレッド島に渡るに一般的な方法はプレトナと呼ばれる長さ 7 m 幅 2 m で20人乗りの、船頭が操作する手漕ぎボートを利用することです。プレトナの語源2つほど説がありますが、その一つははドイツ語の Pleten で、オーストリアの湖で現在でもお客さんを運ぶのに使われている木製もボート、もう一つは昔のボートの屋根が「枝網細工」で、そのスロヴェニア語が ‘pletarski’ だったからと言うものです。プレトナは長い年月を通して今日の形になりましたが、その間の功績はブレッド湖南岸のムリノ(Mlino)村の熟練したボート職人にあります。このボートに関する最初の記録は12世紀半ばの教会の本に見られます。この頃、ムリノ村の貧しい農民達は地方税を払う代わりに、巡礼者を島につれていく仕事を権力者から割り当てられました。その後、女帝マリア・テレジアの時代になって、船頭達20家族にボートで人々を島に運ぶ排他的特権が与えられました。それ以来、プレトナボートのビジネスは世襲制となって今日に至っています。
島に渡る他の方法はもっと小型のレンタルボートを自分で漕いで渡ることであり、泳ぎに自信があれば泳いで渡ることもできます。
5.ブレッド城(Blejski grad スロヴェニア語)
1004年、ドイツ王ハインリヒ2世はブレッドとその周辺を現北イタリアのブリクセン司教に進呈しました。その時現ブレッド城の地には城壁で囲まれたロマネスク様式の塔が立っているだけでした。ハインリヒ2世は1011年に最初の城を建設し、アルブイン司教の後継者であるアダルベロン(Adalbéron(フランス語)、947-1030)司教に授与しましたが、要塞が強固でないこの城に司教が住むことはありませんでした。中世後期には多くの塔が建設され、要塞も改善されて二重構造の城となりました。強化された中央部分は封建領主のためのものでしたが、壁や建物の外側部分は召使の居住を目的としていました。1511年、この城は地震によって大きな被害を受けましたが、その後、城は復元され、現在の姿になりました。城の建物は、フレスコ画の技法で描かれた紋章や石に刻まれた紋章で装飾されています。今日残されている最も興味深い建物は、聖アルブイン司教と聖インゲニウム(St. Ingenium)に奉献された、上階テラスにあるゴシック様式の礼拝堂です。この礼拝堂は16世紀に建てられ、1700年頃にバロック様式に改装されましたが、このとき幻想的なフレスコ画も描かれました。祭壇の隣には、ブレッド領の進呈者であるドイツ王ハインリヒ2世と彼の妻クニグンデの肖像画があります。同様な絵は、ブレッド島の聖母被昇天教会教会でも見ることができます。
1951年~1961年、建築家トーネ・ビテンク(Tone Bitenc)の指揮の下で城は修復され、繊細な彫刻で飾られました。下階テラスに建つ召使の建物には城の印刷ショップがありましたが、その下はワインセラーになっています。また上階テラスにはブレッドの歴史を示す博物館があります。
今日、ブレッド城は展示エリアとして整備されています。礼拝堂の隣にある展示室には、最初の掘削に始まるブレッドの古代の歴史が示されており、それぞれの時代の特徴である家具とともに、歴史的発展過程を示しています。これらの作品はもともとブレッド城のものではありませんが、それらはそれぞれの時代の生活様式を表すものとして重要です。
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この旅行記へのコメント (6)
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- kiyoさん 2017/07/18 18:56:41
- ブレッド湖
- bunbunさん、こんばんわ。
ブレッド湖には、2013年5月に行ったことがあるのですが、
曇天で、湖の色は暗く沈み、ひどくがっかりしたことがあります。
そして、今回、bunbunさんの旅行記のブレッド湖を見て、
「これ、これ、これを見たかった!!」とはしゃいでしまいました(^^)。
この上なく美しい湖といわれる所以がわかりました。
これで、私の記憶に残るブレッド湖も塗り替えられた気がします。
素敵な写真をたくさん見せていただき、ありがとうございました。
ちなみに、私が旅行した時のブレッド湖。
ブログにアップしています。
http://wofo.blog122.fc2.com/blog-entry-901.html
kiyo
- bunbunさん からの返信 2017/07/19 00:26:26
- RE: ブレッド湖
- kiyoさん、こんばんは。
またのご訪問、私の拙い旅行記にいつも投票ありがとうございます。
ブログ拝見しました。そうでしたか。私も天気には非常に気を使いまして、毎日が日曜日になった最近は、行先の年間降水量を調べて一番少ない時期に行くようにしています。アドリア海沿岸は地中海性気候で雨季は冬ですのでそれ以外は大丈夫ですが、ブレッドは内陸ですので様子が変わってきます。今回も朝は曇っていましたので、ダメかな、と思いましたが、徐々に雲が取れて快晴になったのでラッキーでした。少しでもkiyoさんのお役に立てたようでしたら幸いです。
1月にニュージーランドに行きましたが、最大の目的のミルフォードサウンドがどしゃ降りで、ガイドブックの写真どころか視界数十メートルでがっかりしました。同じツアーのお客さんの中に、2回来てダメだったので今回が3回目、という方がいらっしゃいましたが運の問題なのでどうにもなりません。次回時間が取れたら、近くの街に一週間くらい滞在して天気になったら即レンタカーで行こうか、などと考えています。
「ダブリン」拝読しました。私はまだダブリンに行ったことはありませんが、クライストチャーチ大聖堂は大陸の大聖堂とは一味違ってスッキリしたゴシック様式でなかなかいいですね。それにダブリンあたりは曇天が多いと思いますが、晴天の青空によく映えます。
素敵な旅行記をありがとうございました。
これからもkiyoさんの旅行記を楽しみにしております。
bunbun
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- cheriko330さん 2017/06/18 00:11:16
- ブレッド島と聖母被昇天教会
- bunbunさん、こんばんは☆
さすが、bunbunさん!!また素晴らしい旅行記が出来上がりましたね。
表紙のお写真も、とっても素敵です。
ホテルをご出発の時は、「晴れるかなって」ご心配されて
いましたが晴れて良かったですね。
またこの度は、私の旅行記をご紹介下さり、ありがとうございました。
思い返せば、この分は、4トラ加入後に最初に作成した旅行記で
お恥ずかしい限りです。そのことをすっかり忘れていました_(._.)_
bunbunさんの分とは、レベルが違い過ぎです。
おまけに、プレトナの船頭さんは、恐い方で首を傾けるだけで
叱られました。聖母被昇天教会に入ろうと思っていたら、風が強くて
塔が倒れたら危ないので近づくなと言われて、内部も見てないのです。
2回の地震と落雷もあったのですね。
bunbunさんの、詳細な説明とお写真を見せていただき、満足です。
ここまで調べられて、大変な作業でしたね。語学にも長けて
いらっしゃるので、成せる業ですね。
私も勉強させていただきました。続きの旅行記も楽しみにしています。
では、また☆ お休みなさい。
cheriko330
- bunbunさん からの返信 2017/06/18 13:12:41
- RE: ブレッド島と聖母被昇天教会
- cheriko330さん、こんにちは。
またのご訪問、私の拙い旅行記に投票ありがとうございます。
「ツェルマット」、「ベルン、シャッモニー」拝読しました。以前に書いたかもしれませんが、私は昔7月に一週間程かけて車でスイス一周しました。ホテルの予約もせず、行き当たりばったりの気まま旅です。スイスの面積は九州とほぼ同じですので、ベルン、レマン湖、シヨン城、ツェルマット、マッターホルンを含め、主だった所は大体回れたと思います。途中、ミラノのドゥオモが見たくて、やはりシンプロン峠を越えてコモ湖まで行きましたが、時間が無くなってスイスに引き返しました。モンブランはその3年程前、ジュネーブからのツアーで行きました。シャモニーからロープウェイで途中1回乗り換え、3000 m の高低差を30分で上り、エギーユ・デュ・ミディに行きましたが、息切れで展望台へのちょっとした階段をしばらく上れなかった記憶があります。その後、やはりロープウェイでイタリアとの国境、エルブロネまで行き、国境線をまたいで、「どうだ、スイスとイタリアに同時にいるぞ!」と自己満足にひたったことを覚えています。スイスはどこも自然が美しくていいですね。cheriko330さんの旅行記を見てまた行きたくなりました。
素敵な旅行記をありがとうございました。
ブレッドの旅行記、まずはcheriko330さんの旅行記の引用許可を頂き、深く感謝いたします。
旅行記をお褒め頂き、お世辞でも嬉しいです。
ブレッドは日本語の文献が少なく、しかもスロヴェニア語の国ですので苦戦いたしました。
カナダから帰ったらクロアチアに取り掛かろうと思いますが、どの程度の資料が入手できるのか、今から気が重いです。
これからもcheriko330さんの旅行記を楽しみにしております。
また遊びにいらしてください。
bunbun
- cheriko330さん からの返信 2017/06/25 23:10:01
- 行ってらっしゃいませ_(._.)_← ブレッド島と聖母被昇天教会
bunbunさん、こんばんは☆
そろそろ、お出かけでしょうか?ひょっとして既に?
bunbunさんも、シンプロン峠越えでイタリアへ
入られたのですね。ツェルマットも堪能されてますね。
もし、写真があるのなら、旅行記にしていただけると
嬉しいです。(クロアチアもカナダもありますが)
楽しみにされていた所へ、喜びも一入ですね♪
お気を付けてお出かけ下さいね。
写真をたくさん撮って来て、また見せて下さい。
私も楽しみにしています。
行ってらっしゃ〜い (*'▽')
cheriko330
- bunbunさん からの返信 2017/06/26 13:36:43
- RE: 行ってらっしゃいませ_(._.)_← ブレッド島と聖母被昇天教会
- cheriko330さん、こんにちは。
わざわざのご訪問ありがとうございます。
はい、まだしっかり日本にいます。カナダには明日出発します。
スイス旅行記のご提案ありがとうございます。ただ、もう30年も前のことで、写真もフィルムカメラで撮影したものですので、旅行記として投稿するためにはフィルムかサービスサイズのプリント写真をスキャナーで取り込まなくてはなりません。投稿に耐えうる写真になるか心配ですが、それ以上に時間がありません。「サンデー毎日」(すごい文才、お気に入りです。ハンドル名をこれに代えようかとも思ってますが、商標権の侵害になりそうです。)ではあるんですが、商売道具だった英語のレベル維持のためにマンツーマンの英会話教室に通っていて、今はそれにのめり込んでいます。先生がものすごい勉強家で、昔から考えていたこと(今でも論争になっている自由意志の存在とか、宿命論等)をぶつけると、即座に回答と関連文献が山ほど出てきて、考え方が結構同じで、意気投合して楽しくやってます。
写真の方は、これがまたcheriko330さんと違って人格のかけらもない私の場合当てにならないんですが、時間ができたらスキャンして様子を見て見ます。
カナダはいい写真が撮れるといいんですが、なんせミルフォードサウンドのこともありますし、天候が変わりやすい山ですので、こればかりは運次第です。ただ、10日も行っていれば、1日くらいは晴れる日があるのではないかと期待しています。
旅行へのお気遣いありがとうございます。
それでは、行ってきま〜す(^_-)-☆
bunbun
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