2017/06/15 - 2017/06/23
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ももんがあまんさん
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お久しぶりです、久々の旅行記をアップします・・・ここ2年、事情が許さず、ヨーロッパに行けないので、少し欲求不満ですけれど・・・仕方がないので、国内旅行をすることに致しました・・・とはいえ、ワタクシの旅は自転車なので、自転車を鉄道で運べない日本では、遠くには行けませんので、とりあえず住んでいるところ(奈良)の周辺の旅となります・・・昨年から飼い始めた子猫たちもおりますし、長期の旅は、当分ご法度。
今回の旅を触発されたのは、岩波新書の「出雲と大和」と言う一冊の本ですけど、内容は、大和と近畿一帯に残る「出雲」の残照を巡る旅・・・ワタクシもその昔、我が家の近くの「大神神社」に行って、その祭神が「大物主命」と言う出雲系の神であることを知り、「出雲の神がなぜこの地に?」と疑問に思っておりましたので、この本に、興味を魅かれた訳であります。
ともあれ、古代史を語るという事は、SFを語る事にほぼ等しいというのが、その昔、私が先輩から教えられたことで、近代史や現代史に比べれば、遠すぎて、これまではあまり関心が無かったので・・・今も同じですけど・・・何せ、地元の事ですし、日本・歴史の旅シリーズの、最初に選んでみました。
表紙に選んだ写真は、奈良盆地の中央の、天理市・田原本町にある「唐古・鍵遺跡」・・・「出雲と大和」に依れば、実はこの地こそが、かの「邪馬台国」の跡ではないか?との事・・・しかも、「邪馬台国」とは、まさに、出雲氏族によって、大和の地に造られた「連合王国」なのだとか・・・ホントかな?・・・因みに、写真の変な建物は、遺跡から出土した土器の文様から復元された「楼閣」。
以下は、今回の旅の先だって、過去にi読んでみた関連本。
「出雲と大和」 村井康彦 岩波新書
「神道とは何か」 伊藤聡 中公新書
「国家神道と日本人」 島園進 岩波新書
「神々の明治維新」 安丸良夫 岩波新書
「なぜ日本書紀は古代史を偽装したか」 関裕二 実業之日本社
「大王から天皇へ」 熊谷公男 講談社 日本の歴史03 等々
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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6月15日 奈良県 桜井市
今回の旅は、大和の国(奈良県)に在る「出雲」系の神社を訪ねます・・・不思議な事に、出雲系と言われる神社は、大和の国の東西南北に散らばっていて、いずれもが、地元では相当に古いのだそうです・・・自転車でえっちらおっちら・・・先ずは、近場でもあり、中でも一番古い「日本最古」とも言われる「大神神社」(おおみわじんじゃ)へ・・・ -
タチアアオイ
フランスでは、旧い村の路地などに、良く咲いていた花・・・日本にも咲いてるのですね・・・知らんかった・・・ -
一の鳥居(大神神社)と三輪山
大神神社(おおみわじんじゃ)が日本最古の神社と言われているのは、「本殿」が無く、御神体が、写真の三輪山(自然物)であるからだそうです・・・これは、日本古来の「信仰形態」を残しているのだとか・・・勿論、その時代における神々とは、天の神である「雷神」や地の神、川の神や海の神と言う「自然神」、あるいは、「動物霊」や「祖霊」であり、今日の神社に多い、記紀神話に基づく「人格神」では有りません・・・記紀神話に基づく神々(天皇家の祖先)が「ご神体」とされたのは、殆どすべて、王政復古と、その後の「廃仏毀釈」の運動以降であり、明治維新政府の「神道の国教化」政策によるものなのだとか・・・大神神社 寺・神社・教会
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二ノ鳥居 大神神社
日本最古の神社と言えど、「国家神道と日本人」の著者・島園進氏の説によれば、神社と呼ぶに値する「建物」が出来たのは、仏教の伝来以降の、七世紀以降の事で、それ以前に、「神社」は無かったと言えるのだそうです・・・神社と呼ぶに値する建物が出来たのは、仏教寺院の壮麗な建物に触発されたものなのだとか・・・勿論、それ以前に、自然神や祖霊への、祭祇の場所としての聖域が有ったことは確かだろうけれど、それは「神社」では無かったのだとか・・・大神神社 寺・神社・教会
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参道 大神神社
参道は、約50m位でしょうか、神社としては長い方・・?
大神神社のご神体は「三輪山」でありますけれど、厳密に言えば、この山に降り立った「大物主命」と言われる、出雲出身の神・・・降り立った「大物主」が三輪山と一体となったという事でしょうか・・・因みに、この「大物主命」とは、因幡の白ウサギで有名な「大国主命」の「魂」の事だそうで、「大国主命」の「異名」でも有るのだとか・・・因みに、「大国主命」には、他にも名前がたくさん有るそうで・・・「大己貴命」「葦原醜男」「顕国玉神」「八千矛神」・・・日本書紀だけでも六つ、名前の違いは、この神の多様性を顕すものであり、「大国主」とは、「大きな国の主」、「大物主」とは、「万物(大自然)の主」の事なのだとか・・・ -
拝殿手前の階段 大神神社
ご神体が山なので、「神殿」は無いけれど、「拝殿」は有ります・・・こちらがその上り口・・・ -
イチオシ
拝殿 大神神社
なかなか、綺麗な「拝殿」です・・・「大神神社」の由緒は「記紀神話」に描かれているのだそうですけど・・・「記紀神話」は、七世紀後半に編纂され、八世紀に完成した、天武朝(天皇家)の支配の正当化の為の、意図的で人為的な「神話」です、また、その内容は、大和周辺各地の神話・伝承を掻き集めたものであり、その40%の物語が「出雲神話」に由来しているのだとか・・・つまり、記紀神話成立以前に、出雲神話が存在したという事で、天皇家の先祖としての大和朝廷の成立以前に、出雲系の人々の国が、この地に存在し、その出雲系の人々の、祭祇の場所が、この地に在ったという風に考えるのが自然・・・つまり、天皇家の支配の正当化の為に、時代も世界もツギハギされて、再構成されたのが「記紀神話」と言うわけです。 -
大神神社
拝殿の手前に横道が有ります・・・大神神社とは、大小、10以上の「社」の集合体で有り、大物主以外にも、さまざまな神様の「社」が、神域全体に散らばっております・・・さすが、八百万の神の国では有りますね・・・その割に、今の日本人は、異端者には冷たく、排外的な国民性ですけど、いったいこれは何処から来ているのでしょうか?・・・ワタクシはまあ、多分これは、明治以降の日本人に、顕著な現象だと思う・・・日本人は、間違いなく、明治と言う時代に、何かが、歪んでしまったのだと思う・・・それ以前は、260年も戦争の無い、平和な国だったし・・・でも、その歪んだ、明治と言う時代がお好きで、また戦争をしたがっているのが「デンデン晋三」さんと言うわけで、彼の政治が、身内びいきの、歪んだ、危険なものになるのも、むべなるかな・・・ハハ・・・笑い事じゃないですけどね・・・ -
活日神社(いくひのじんじゃ) 大神神社
こちらの「御祭神」は「高橋活日命」(たかはしのいくつひのみこと)・・・「大物主の命」の為に、振る舞い酒を作った人で、今は「酒造りの神様」として敬われているのだとか・・・ -
磐座神社(いわくらじんじゃ) 大神神社
社殿は無く、鳥居の向こうに、小さな「岩」が祀られてます・・・実は、これが、「大物主」を祭っていること以上に、この神社が「出雲系」であることの証なのだそうです・・・そもそもの、日本古来の神々とは、姿かたちは無く、このような「岩」や「大木」などに天から降り、あるいは宿るものなのだとか・・・「岩」や「大木」は神自体ではなく、神の「憑代」(よりしろ)として祀られており、このように「岩」を「磐座」として祭ると言う様式は、出雲系の神社に多くみられる「出雲様式」なのだとか・・・この大神神社には、「上の磐座」「中の磐座」「下の磐座」と三つの「磐座」が有り、これはそのうちの「下の磐座」・・・かなり「ショボイ」ですけど・・・因みに、この「磐座」の祭神は「少彦名命」(すくなひこなのみこと)と言って、大国主命を手伝って、出雲の国を作った神様なのだとか・・・ここにも、出雲の神が顔を出してます・・・ -
大神神社
道が二つに分かれています・・・左の道を行けば「桧原神社」と言う神社に至るのだとか・・・「桧原神社」とは、別名を「元伊勢」とも言い、もともとは、「天照大神」(あまてらすおおみかみ)の神体であるとともに、三種の神器の一つであるところの「八咫の鏡」(やたのかがみ)が収められていたところなのだとか・・?・・・ともあれ、此処は右手に行きます。 -
市杵島姫神社(いちきしまひめじんじゃ) 大神神社
二股道を右手に行くと、池のほとりに、朱色の祠が有ります・・・海の神であり水の神でもあり、芸能をつかさどる「弁財天」が祭られているのだとか・・・このあたりは、仏教伝来以降、明治以前までの「神仏習合」=「本地垂迹説」の名残が、「神仏分離」=「廃仏毀釈」の嵐を乗り越えて、生き残っているのかも・・・? -
狭井神社(さいじんじゃ) 大神神社
祭神は「大神荒魂神」(おおみわあらみたまのかみ)と「大物主命」など多数・・・「大神荒魂神」は、病気快癒の「薬の神」として崇められているそうですけれど、「荒魂」と言う言葉が示すように、荒々しい神様でもあるようで、祀られないと「疫病神」に変化するのだとか・・・あまり、お近づきに成りたくないですね・・・かといって、相手にしないで、つむじを曲げられても困る、困ったチャンな神様・・・でもまあ、古代の神様とは、みんな元々そういうものです・・・祀られないと「祟る」のですね・・・ユダヤ教の「エホバ」も、そうでしたね・・・狭井神社 寺・神社・教会
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三輪山入山口 大神神社
狭井神社の横に、三輪山山頂への入口が有ります・・・出雲系の神社である証拠「中の磐座」「上の磐座」を見てみたいという方は、こちらへ・・・ただし、入山時刻は、AM10時からPM2時までと短く、写真を取ってはいけないとか、ものを食べてはいけないとか、イロイロと五月蝿い決まりが有ります・・・この日はすでに、時間が過ぎていたので、登れませんでした・・・マアいいか、どうせ写真は撮れないんだし・・・ -
山の辺の道
三輪山には登れなかったので、二股口まで戻って、「桧原神社」まで、行ってみることにします・・・「元伊勢」などと呼ばれる、由緒ある神社ですしね・・・何故「元伊勢」と言われるかは、先ほども書いたように、天照大神の身体としての「八咫の鏡」が祭られていた土地・・・記紀神話における「笠縫邑」(かさぬいのむら」の候補地の一つなのです。 -
山の辺の道
途中、右手の丘の上に、何かが有るようなので、行ってみることにします・・・ -
山の辺の道周辺
丘の向こうには「溜め池」がありました・・・溜め池は、別に珍しくもないし、今回のテーマには、全く関係ないですけれど・・・ -
山の辺の道周辺
溜め池の周辺には「お稲荷さん」の「社」が・・・ここは大神神社の敷地ではないようですけれど・・・日本の神社では、殆どの神社で「お稲荷さん」が祭られているのはご存知のとおり・・・お稲荷さんは、川や水のほとりに祀られている事が多く、もともとは五穀豊穣を祈る「自然神」でしたけれど、室町時代に、総本山である『伏見稲荷』に、祭神として、古事記の「宇迦之御魂大神」(うかのみたまのおおかみ)等の神々が当てられ、以来、神道系の神社とも同居するようになったとか・・・また、神仏習合の影響を受け、仏教系の寺院でも、「荼枳尼天」(だきにてん=夜叉の一種)として祀られていることも有るとか・・・ -
山の辺の道周辺
草むらに、白狐とお供え物が、置かれてました・・・ちょっと不気味・・・ -
山の辺の道周辺
池のほとりに、もう一つの祠が・・・ -
イチオシ
山の辺の道周辺
こちらは、朱色の鳥居と、朱色の太鼓橋を持つ、美しい「お稲荷さん」・・・朱色の鳥居は、先ほども書いた、神道系のお稲荷さんで、良く用いられるスタイルなのだとか・・・知らんかった・・・だとすれば、こんな小さな「祠」にも、記紀神話の神が祭られているのですね・・・お稲荷さんって、怪しげな神様の中では、わりと好きだったけど・・・一寸、考える・・・ -
山の辺の道、
ちょっと道草を食いましたけど、約15分くらい歩きます・・・たいした距離ではないけれど、いかにも「山の辺の道」と言う感じの細道です・・・ -
桧原神社
到着しました「桧原神社」・・由緒ある神社らしいのですけれど・・・天皇家に所縁を持つ神社「元伊勢」と言うイメージからは、かなり「簡素」・・・相当にイメージが狂います・・・樫原神宮なんかとは、全然違いますね・・・?檜原神社 寺・神社・教会
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桧原神社
記紀神話によれば、この神社は、崇神天皇の時代(3世紀後半~4世紀)に、皇女「豊鍬入姫命」(とよすきいりひめのみこと)によって、天照大神の神体「八咫の鏡」祀られるようになった神社で、皇祖神を祭る神社としては、日本で最初の神社なのだとか・・・今も祭神は「天照大神」と「伊弉諾尊」(イザナギ)「伊弉諾尊」(イザナミ)の三神となってます・・・でも、相当にショボイ、殆ど、鳥居がいくつかと、賽銭箱が有るだけです・・・これは何? -
桧原神社
殆ど何もなくて、殺風景で、変な神社だなあ・・と思って、帰ってからwikiで調べてみたら・・・この神社には、本殿どころか・・・大神神社にはあった拝殿すらなく、三ツ鳥居を通して直接三輪山を拝む(ご神体は山中の磐座である)・・・形式になっているのだとか・・・つまりは、大神神社以上に、より古代そのままの「祭祇」の様式を残しているという事のようです・・・だとすれば、元々のの祭神は「大物主命」であり、この神社は元々、崇神とも、天照大神とも関係なく、ヤマト族の侵略以前の、出雲氏族の祭場であったと見るべきかと?・・・記紀神話の作者も、歴史を捏造するならば、もう少し、それらしく、神社も、作り直せば良かったのに・・・ですね・・・でもまあ、神話の「笠縫村」=「元伊勢」の候補地は、他にもたくさんあるようです?・・・少なくとも、この神社は脱落かな・・? -
桧原神社
それでも一応、境内には崇神の皇女「豊鍬入姫命」(とよすきいりひめのみこと)が祭られています・・・でもこれは昭和61年の作・・・マア、早い話が、この神社は、明治時代になって、無理やり記紀神話の神々が振り分けられた神社の一つなんでしょうね・・・神話の「笠縫村」の候補地としては、多分落選ですけど・・・より古代の出雲氏族の「祭場」としては、なかなかに興味深い・・・売り方を間違えてますね・・・もはや、出直せないか・・? -
山の辺の道
何故か、桧原神社の近くに「歌碑」が有りました・・・演歌歌手、水森かおりさんの「大和路の恋」・・・全然知らんなあ・・・でも、折角ですから、一度聞いてみます・・・↓デス。
http://www.uta-net.com/movie/183103/
・・・ちょっとカンベン・・かな? -
大美和の杜展望台 大神神社
元来た道を戻って、大神神社の敷地内にある「展望台」に登ってみます・・・大和平野が一望・・・と言うほどでもないけれど、なかなか良い眺めです・・・大和三山が見えます。 -
箸墓古墳 (三世紀中頃~四世紀末、諸説あり)
帰り道です・・・天理市や桜井市には、至る所に「古墳」が有ります・・・こちらは「大神神社」の近くにある「箸墓古墳」・・・三世紀半ばのもので「卑弥呼」の墓であるとの説も有る、この地域では、かなり大型の「前方後円墳」です・・・宮内庁では、第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめ)の墓となっているのだそうですけど、孝霊天皇自体、存在しない、記紀神話による「捏造」の一つと見られるので、全く当てにはなりません・・・時代も合わない・・・埴輪などの出土品によっては、四世紀後半のモノと推測されているらしい・・?
ワタクシの仮説としては、宮内庁も女性の墓としているので、それに根拠が有るとすれば、「卑弥呼」なのかも?と考える・・・少なくとも存在自体怪しい天皇の皇女ではないし・・・卑弥呼の墓でないとしても、出雲系の氏族のモノ?・・・但し、出雲系の古墳としては、「四隅吐出型」(ヒトデ型)と言うのが一般的で、このような「前方後円墳」は無いとされており、大和盆地には「四隅吐出型」の古墳が無いことから、大和朝廷以前に、この地にいた人々を、出雲とは関係が無いとする説も有るのだとか・・・でも、出雲を出た氏族が、この地に独自の王国を作り、それを機に、墓の作り方を改めたと考えれば、「四隅吐出墓」が無くても筋は通るのでは・・? いずれにしても、古代とはSFのようなものですし、ワタクシの仮説も、それなりに可能・・?箸墓古墳 名所・史跡
-
イチオシ
三輪山 桜井市
夕焼けの三輪山・・・次は日を改めて、天理市内の「出雲」を訪ねて・・・ -
6月23日 天理市 櫟本町
さて、本日は、天理市の内にある「出雲」の香り・・です・・・先ずは、ワタクシの生まれ故郷の近くにある「和邇下神社」・・・森の中ですけれど、外から見ると、これが立派に「古墳」であるということが解ります・・・この古墳は、「東大寺山古墳群」と言われるものの中の一つで、その中でも、最大クラスの「前方後円墳」なのだそうです・・・全然知りませんでしたけど・・ハハ・・地元なのに・・・ -
和邇下神社(和邇下神社)
ぐるっと回って・・・こちらが「和邇下神社」の参道入口に成ります・・・これだけ見てると、此処が古墳跡だとは思えませんね・・・言い訳・言い訳・・ハハ・・和爾下神社 寺・神社・教会
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イチオシ
柿本人麻呂の記念碑
神社の参道の手前に、何故か「柿本人麻呂」の記念碑(墓?)と、歌碑が有ります・・・実は、此処には元々「柿本寺」と言うのが有ったのだとか・・・今はこうして、ささやかに、その記念物が建ってますけれど、過ってはかなり有力な寺院で、神仏習合に倣い、「和邇下神社」は、このお寺の管轄下にあったものなのだとか・・・つまり、明治初期の「廃仏毀釈」により、「柿本寺」は、完全に破壊され、神社だけが分離して残されたのだそうです・・・まあ、明治維新って、いわば、天皇制・原理主義者の「テロリスト」政権ですからね、現在の世界で言えば「ISIS」と、あまり変わりません・・・良く首を切る連中でしたし・・・仏像の首も、ずいぶんと切ったのですね・・・ -
柿本人麻呂の墓 柿本寺 跡地
人麻呂のお墓も有りますけど・・・本物でしょうかね? 妙に祠も新しいし・・・まあ、いずれにしても、災難でしたね・・・ -
柿本寺 跡地
森の中です・・・多分、お寺の本堂のあったところ・・・ほんとに跡形も無く、消されてしまいました・・・原理主義者達のやることは・・・ホント野蛮ですね・・・ -
イチオシ
和邇下神社
階段です・・・特に有名でもないし、大きくも無いですけど、雰囲気は有ります・・・拝殿・本殿は、古墳の上にあるようです・・・ -
和邇下神社
階段の上に「拝殿」・・・主祭神は「素盞嗚命」(すさのおのみこと)「 大己貴命」(おおなむちのみこと)「 稻田姫命」(いなだのひめみこ)の三神・・・「素盞嗚命」は勿論、記紀神話では「天照大神」の弟とされている神で、ヤマタノオロチを退治した人、「 大己貴命」は、先ほども書いたように、「大国主命」の異名です、「稻田姫命」は「くしなだひめ」とも言って、ヤマタノオロチに食べられそうになっているところを「スサノオ」に助けられたお姫様・・・全て「出雲」に所縁の神々なのですね・・・ワタクシが思うに、スサノオとヤマタノオロチの伝説は、もともとが出雲の土地の伝説であり、多分それを、編纂者が、「古事記」の中に取り入れたものなのでしょう・・・勿論、「スサノオ」を「アマテラス」の弟としたのも、天皇家の祖先とする「アマテラス」を上位と置き、「出雲神話」を都合よく「記紀神話」の中に吸収する為の「作為」だったのだと推測します・・?・・ワタクシが思うに、古事記や日本書紀は、天皇家の「支配」の正当性を意図したものとして、神話としては「作為的」且つ「政治的」で、正直言って、胡散臭くて、詰まらないのですけれど、このヤマタノオロチの話とか、因幡の白ウサギの話とか、出雲系の神様の出てくる話は、わりと牧歌的で面白い・・・本来の神話と言う感じがします。 -
狛犬 和邇下神社
祭神は「出雲系」であることは、解りましたけれど、狛犬は「出雲系」なんでしょうか? 出雲系の狛犬は、「構え獅子」と言って、今にも飛びかからんという、独特の格好をしているのだとか・・・これは「お座り型」のようですけど、ごく普通の、何処にでもいる狛犬に見えます・・?
こちらが、出雲型の狛犬なのだそうです↓二種あるそうです。
http://komainu.net/bunrui3.html -
拝殿 和邇下神社
この向こう側に「本殿」が隠れてます・・・拝殿は、安土桃山時代の創建なのだとか・・マア、何度か改修をしているとは思いますけど・・?
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拝殿 和邇下神社
手前には「牛さん」が・・・これも出雲系・・? 次に行く「石上神宮」も同じ出雲系なのだそうで・・・牛さんがいました。
因みに「和邇」(わに) と言うのは、2~3世紀ころに、このあたりに存在した「氏族」で、ヤマト族の侵入(3世紀末~4世紀)以降は、その勢力下にはいり、5世紀~6世紀頃には、天皇家とも通婚することのあった、有力な豪族であったのだとか・・・近くには「和邇」と言う町が今も有ります・・・因みに、旧い和邇氏の系図では、祖先は第五代考昭天皇という事になっているのだそうですけれど・・・まあ、この天皇自体、存在しないというのが定説ですので、「嘘」でしょうね、第一、天皇の「称号」が創られたのは、天智朝~天武朝(7世紀末)ですので・・・それよりも、ヤマト族の侵入以前にこの地にあった、ヤマトとは関係のない、出雲系の氏族と考えるのが正解でしょうね・・?・・・「わに」が両生類の「ワニ」に通じるので、「ワニ」のいた、元々は、中国の沿海州の部族だとの説も有り?・・・マア、古代史とはSFのようなもなので、かなりな程度に何でもOK?・・・近代史や現代史とは違います・・ハハハ・・ -
立て看板(由緒書き) 和邇下神社
この神社の由緒が書かれてます・・・祭神のスサノオは、本地垂迹説によれば、本地はインドの「牛頭天王」とされていた為、明治以前には「天王社」もしくば、柿本寺の管理下にあった事から「柿本上社」とも呼ばれていたとか・・・明治以前の神社とは、仏教の「本地垂迹説」が、当たり前に信じられており、普通に、寺院と神社は共生しており、僧侶が管理し、そうした神社では、仏像が「祭神」として祀られていたのだとか・・・その伝統は、1000年以上にもなるので、本来は、この「神仏習合」こそが、日本の「伝統」なのですね・・・明治政府の中の、長州の「天皇教」にかぶれた「カルト一派」が、神と仏を引き裂いてしまったのですね・・・天皇自体が仏教徒だったというのに・・・彼等は、神社で働いていた僧侶を、強制的に還俗させると共に、多くの寺院を破壊しました・・・その目的は、「天皇教=国家神道」を「国教」とする為に・・・この「柿本寺」もそうですが、彼らによって破壊された代表的な寺院に、奈良の「興福寺」が有ります・・・僧侶は全員が還俗を強制され、数え切れぬほどの仏像が焼却され、仏舎は破壊され、かの五重塔は、薪として、25円で売りに出されたとか・・・五重塔だけは今も、奇跡的に残ってますけどね・・・金堂は現在、再建中とか・・・ -
石上神社 天理市
所変わって、こちらは、伊勢神宮と共に、日本書紀にも出てくるという、そこそこ有名な「石上神宮」(いそのかみじんぐう)です、古代氏族「物部氏」の神社で、祭神は「布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)」と言う「剣」・・・神武天皇が、生駒山で長脛彦の軍勢に敗北して後、現在の大阪から和歌山に回りこみ、熊野にいた時に、天照大神から、夢の中で下げ渡されたという「剣」なのだとか・・・勿論「嘘」だと思うけど・・・他にも、こちらは出雲系で、「素戔嗚命」が、ヤマタノオロチを退治した時の「神剣」、ヤマタノオロチから出てきた「草なぎの剣」の「霊」、百済から送られた「七支刀」など、四っつの「神剣」が祀られているのだとか・・・「七支刀」だけは、実際にあるらしい・・・他は、有るの無ないのか?知らんけど・・?石上神宮 寺・神社・教会
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石上神社 天理市
「牛さん」がいます、先ほどの「和邇下神社」と同じですね・・・「布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)」は、第10代天皇の崇神(創作された神武のモデルではないかとの説も有る、実在したかもしれない大王) から、物部氏の祖先に下げ渡されたものだと言われているらしいのですけれど、物部氏も、和邇氏と同じく、ヤマト(神武)族の侵入以前から住んでいたもので、記紀神話によれば、神武以前にこの地に住んでいた「饒速日命(にぎはやひのみこと)」の血を引いているとか・・・ -
鶏 石上神社
ニワトリさんが飼われてますけど、牛と違って、こちらは生きてます・・・「東天紅」っていう種類なのだとか・・・他にも、白の「烏骨鶏(うこっけい)」と言うのがいます。
「出雲と大和」によれば、この「饒速日命」こそが、この地の「出雲族」のボスでは無かったかと推測してます・・・記紀神話によれば、「饒速日命」は「天の岩船」に乗って、天上より河内の国に降り(天孫降臨)、その後、この地に移り住んだのだとか・・・「岩船神社」と言う出雲系の神社が、現大阪府交野市に有ります・・・これは、八世紀成立の古事記の「天孫降臨」とは別系統の神話から持ち込まれたものと考えられるため、元々、この地の出雲族の神話だったモノが、古事記に採用されたと考えられます・・・つまり、記紀神話の「天孫降臨」の物語は、元々が「出雲神話」のパクリであるという事ですね・・・また、最近の研究では、、そのまた原型の「天孫降臨」話が、朝鮮半島の「檀君神話」にあるとか・・・此処から考えられることは明らかに、「大和(神武)族」と「出雲族」もまた「同系」の民族かもしれないという事ですね・・? このあたり根拠については、また次の旅行記で・・・ -
楼門 石上神社
「和邇下神社」のところでも書きましたけれど、明治の「神仏分離」と「廃仏毀釈」以前は、この神社もまた、この土地(天理市)にあった「内山永久寺」と言うお寺の管理下にある「末社」の一つであったのだとか・・・「永久寺」は、多くの伽藍を要した、大和の国でも有力な寺院であったのですけれど、明治政府の「カルト勢力(長州系)」によって、まさしく、地上から「永久に」消されてしまったのだとか・・・ -
石上神社
楼門は「重要文化財」となっているらしい・・・「永久寺」の方がずっとすごかってでしょうにね・・・もったいない・・・今の天理には、古墳と天理教の建物以外、殆ど何も無しですからね・・・残念・・・
明治政府は、多くの寺院を廃寺とし、多くの僧侶を追放したものの、替りに雇った「神官たち」は、殆どが、修験道の行者とか、寺男として働いていた人々で、知識も無く、教養も無かったため、目論見であった「天皇教=国家神道」の布教(大教宣布の詔 1870年)のためには、全く役に立たず、結局は、仏教系の僧侶たちの力を借りざるを得なかったのだとか・・・そのおかげで、廃仏毀釈は、間もなく沙汰やみとなり、今も、それなりに寺院が残っていると言う事だとか・・・「神々の明治維新」より。 -
拝殿 石上神社
鎌倉時代初期の建立で、国宝なのだとか・・・この神社も、「大神神社」と同じで、元々「本殿」は無かったのだとか・・・これは、出雲系のスタイルと言うわけでは無く、日本古来のスタイルなのでしょうけれど、旧い様式を残していたのですね・・・「本殿」は明治時代に建てられたとか・・・「本殿」がどれなのか、気が付かなかったですけど、それほど見る価値は無いですね・・・ハハ・・・ -
崇神天皇陵? 柳本町 天理市
「石上神宮」から、更に南に下ったこちらは、天理市・柳本町にある「古墳」・・・宮内庁により「崇神天皇陵」とされているものです・・・宮内庁による発掘しかできないので、当てにはなりません・・・おかげで「古代史」が「SF」と揶揄される、大きな原因ともなってます・・・ともあれ、この「崇神」と言う人は、記紀神話における「天皇」としては、最初に実在した人物 (神武天皇のモデル) ではないかと推測されている人物・・・もちろん、当時(三世紀末~四世紀)、「天皇」と言う称号は無かったので「大王」と記すのが正解ですけど。崇神天皇陵 名所・史跡
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崇神天皇陵? 柳本町 天理市
水をたたえた「堀」が周辺を取り囲んでいます・・・この古墳(崇神天皇陵)は、別名を「行燈山古墳」とも呼ばれており、周辺に、四基の古墳を従える「古墳群」の中央に位置する、一番大きな「前方後円墳」です・・・宮内庁による発掘では、発掘された埴輪や土器から、四世紀半ばのモノと考えられるとか・・?
それにしても、観光客の姿は殆どなし・・・「崇神天皇陵」なんて言われても、証拠もないし・・・所詮「SF」ですからね・・・ちゃんと発掘調査して「事実」が解れば、天皇陵でなくったって、考古学ファンは来ると思うけど・・・「渡来人」だと解ると、明治維新以来の「皇国思想」を奉じる人々にとっては、都合が悪いんでしょうね・・・ -
唐古・鍵遺跡 天理市 田原本町
「崇神天皇陵」から東へ約5km、こちらは、奈良盆地のほぼ中央、天理市の西南部、田原本町にある、弥生時代以来の集落跡で「唐古・鍵遺跡」と言う、あまり誰も知らない「遺跡」です・・・ワタクシも、「出雲と大和」を読むまで知らんかった・・・ところがなんと、此処が、かの古代国家「邪馬台国」ではないかとの説が有るそうです???
只今、工事中・・・博物館と駐車場の建設中です・・・唐古 鍵遺跡 名所・史跡
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楼閣 唐古・鍵遺跡
田原本の町はずれ・・・ほんの少しだけ高い土地に「池」が有って、その脇に、発掘された「土器」の文様から再現されたという「楼台」が建ってます・・お酒でも、飲んで、宴会でもしたのかな・・? それほどデカくも無いですけど・・・ -
イチオシ
唐古・鍵遺跡
「魏志倭人伝」によれば、「邪馬台国」の位置に関する記述は、こうあるのだそうです・・・「不弥国から南、水行20日、投馬国へ至り・・・更に南へ、水行10日・・・陸行一月」・・・「不弥国」が北九州に在ったとすれば、邪馬台国は、太平洋の海の中という事になるとか・・・「出雲と大和」によれば、「魏志倭人伝」の「南」は、「北」とか「西」とかはあり得ないので、あとは「東」の書き間違いではないか?と・・・日本海を東へ水行20日で「投馬国=出雲」、更に東へ水行10日で「丹後」、ここからが、ホントに南、陸行一月で「邪馬台国」と考えれば、おおよそこのあたり?・・・丹後からここまで、陸行一月は長すぎるかもしれませんけど、道なき道と、山をいくつか超えてくるとすれば、古代では、そんなものか・・? -
唐古・鍵遺跡
池の周りの遊歩道です・・・現在は工事中ですけど、いずれ此処は「遺跡公園」になるのかも・・? 最近では、農業用の溜め池と言うのも、あまり、用をなさなくなっているのですけれど、潰して宅地にするには地盤が軟らかすぎるのか、わりと、昔ながらに残ってるところも多いです・・・水辺の風景と言うのは良いものですし、用が無くても残して欲しいものです・・・ -
唐古・鍵遺跡
近年の「纏向遺跡」の発掘により、幻の邪馬台国は「畿内説」が有力になっているのだそうですけれど、「出雲と大和」によれば、「纏向遺跡」は、「邪馬台国」としては、周辺の環境からも、発掘物からも、イロイロとと欠陥が有るとか・・・むしろ、邪馬台国とは、ヤマト族侵入以前の、この地の「出雲系」氏族の「連合王国」の事で、卑弥呼の宮殿は、周辺を「和邇氏」「物部氏」「大神神社」「葛城氏」「鴨氏」「富雄=長脛彦」等に囲まれた、大和盆地の中央の、この地にあったのではと書かれています・・ほんとかな・・? -
唐古・鍵遺跡
東の方向に三輪山が見えます、現在、邪馬台国の候補地として有力の「纏向遺跡」は、この三輪山の麓で発掘された遺跡です・・・「出雲と大和」によれば、王宮の場所としては、少し山に近すぎるし、当時の集落に特徴的な「環濠」の跡が無い、発掘された多くの「桃の実」は、「道教」と結び付けられて、卑弥呼が、道教的呪術を行っていた証拠とされているのだそうですけど、道教の成立は、五~六世紀であり、卑弥呼の時代(三世紀)は、時期早尚とか? なるほど・・? -
楼閣 唐古・鍵遺跡
なかなか良い眺め・・・「出雲と大和」によれば、もともとの「邪馬台国」は、先に見える田原本町の市街まで広がっていたのではないかとの説・・・住宅地ですし、今のところ、発掘は不可能なので、「SF」に類する説かもしれないけれど・・・いつか、解るかも・・?
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案内板 唐古・鍵遺跡
とまれ、池の周りの「案内版」を見る限りでは、今のところ、地元の田原本町も、この遺跡が「邪馬台国」の中心地で、卑弥呼の王宮を要していたとは考えていないようです・・・まあ、そんなことを主張して、いちいち、町を掘り返されても困るしね・・・
次の旅行記では、奈良県・御所市にある「鴨氏」の神社「高鴨神社」と、生駒山の麓で、ヤマト族の軍勢を撃ち破った「長脛彦」の故郷「富雄」にある「添御県坐神社(そうのみあがたにいますじんじゃ)」と言う、いずれも重要な出雲系の神社を訪ねます・・・ -
オマケです、その後の子猫たち・・・1月16日
残念なお知らせですけれど、2017年の1月15日、黒猫の「ピート」が、40℃の高熱を発して、病気になってしまいました・・・病名は「猫伝染性腹膜炎」・・・致死率100%と言われる、猫の死病とか・・・生き残った猫もいるらしいのですけれど、その場合は「誤診」と言われているのだとか・・・かなりショック・・・ -
約3週間と少し・・・高額な注射を何本もうったり、高熱で食欲が無いので、イロイロと食事の工夫をしてみたのですけれど・・・体重も少しずつ減り、3.1kg有ったのが、1.9kgに・・・入院させても同じならと、最後は慣れた自宅で看病して、奇跡の起こることを期待したのですけれど・・・最後には、痙攣したり、吐いたり、心臓は早鐘のよう・・・2月8日の雪の降る日に帰らぬ猫となりました・・・南無南無・・・
闘病中の記録も残したのですけれど・・・痛々しいので・・・闘病中で一番、可愛く撮れたのを「思い出」に・・・尻尾の長い、黒眼の可愛い猫でした・・・合掌・・・ -
4月24日
一匹になってしまったマリーです。
ほんとに、仲の良かったピートがいなくなって、時々、淋しそう・・・ -
5月6日
毎日「遊んでほしい」「遊んでほしい」って・・・やたら「ニャー」「ニャー」良く啼く様になったので・・・キャットタワーを買ってきて、遊ばせてみました・・・それでも、相変わらず、良く泣きます・・・猫って、一匹だと、余計に手がかかりますね・・・ピートがいるときは、こんなに啼かなかった・・・ -
5月23日
マリーを少し持て余し気味なので、遊び相手をと思って、新しく子猫を一匹、連れて帰りました、「ラグドール種」の牡・・・前のピートは少し活発すぎて、毎日2匹で、真夜中に運動会をしてたので、少しおとなし目の種類にしました・・・名前は「ペトロ二世」、愛称は同じく「ピート」にします・・・まだ子猫だし、マリーとは少し世代が違うので、2匹が、馴染んでくれるかどうか・・?
続きは、次の旅行記で・・・無事に育ってくれるかどうか・・・一度、変な病気で死なせると、一寸した事でも、とても心配になります・・・
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この旅行記へのコメント (16)
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- pedaruさん 2020/03/08 23:27:08
- 日本の遺跡
- ももんがあまんさん こんばんは
見てくれた方がいたので、古い私のトルコの旅行記を見直していたら、ももんがあまんさんから書き込みを頂いていました。最近御無沙汰しており申し訳ございません。
唐古・鍵遺跡の建物を拝見しましたが、どのような経緯であの唐草模様がついたのか興味が湧きました。土器の模様を参考にしたということですが、古代のことに全く無知な私が言うのですが、直感でちょっと違うのではないか、と思いました。
考察が正しいなら脱帽ですし、違っていたら笑うしかないです。
勝手なことを述べて失礼しました。またよろしくお願いします。
pedaru
- ももんがあまんさん からの返信 2020/03/10 10:53:14
- Re: 日本の遺跡
- こんにちは、Pedaruさん。
唐子・鍵遺跡の楼閣・・これは、楼閣そのものが、発掘された土器に描かれていて、から草模様も、それに倣って付けられているのだそうです・・説明不足で、解りにくかったかもしれませんけれど。
因みに、田原本町の唐古・鍵遺跡のホームページに「楼閣くん」と言うページがあって、其処に、発掘された土器の写真が載っております・・よろしかったら、ご覧ください↓・・ホントに「楼閣」なのかなあと、思わないでもないけれど・・? http://www.town.tawaramoto.nara.jp/karako_kagi/roukaku/5842.html
宜しかったら、またおいで下さいませ。
by ももんがあまん
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- ippuniさん 2019/05/10 00:03:20
- 国内の旅行記ですね
- ももんがあまんさん、こんにちは
ご無沙汰しております。
自転車でフランス国内を回られていた日々がとても懐かしく思えます。
今度はご地元の奈良からスタートなんですね。
実は先日フランス中南西部(?)の美しい村を少し周ってきました。
コロンジュ・ラ・ルージュを始めとしてその周辺です。
思い切って足を延ばしてコンクまでも行けました。
山道をぐるぐる走りながら、ももんがあまんさんもこの道を通られたのかなぁなんて思ったりもしました。
ちょうど2年前くらいからとても忙しくてフォートラをしばらくお休みしておりました。今もまだ自分の旅行記をアップするのが精いっぱいな感じではあるのですが、少しずつまたお邪魔させていただきますね。
猫ちゃん、もうなくなられて少し経ちましたが、その後家族に迎えられた猫ちゃんは元気でいますか?(続きの旅行記に答えは出てそうですが!)
我が家もこの2月に、2週間ほど日本に里帰りした際に、実家で飼っていた犬が急に旅立ちました。脳の以上だそうで、発病してから24時間以内になくなりました。本当にピンポイントで私が里帰りしている間に。。。でも最後に立ち合えて良かったです。
ippuni
- ももんがあまんさん からの返信 2019/05/10 22:30:08
- RE: 国内の旅行記ですね
- 今晩は、ippuniさん。
ご無沙汰してます・・でも、自分の旅行記のネタの無い時も、4traの旅行記のヨーロッパ関連の旅行記は、時々チェックしてるので・・ippnniさんのパリ周辺の備忘録も、拝見しておりますよ・・娘さんも、なかなか可愛いし・・小さなころからの成長を見てると、他人とは思えない・・WWW・・。
ワタクシの最近は、三匹の猫とのペットライフで、わりと満たされてるので、出不精になってるのですけれど・・www・・そろそろ、今年の秋頃には、せめて一カ月弱くらい、フランスに行こうかなと、計画は出来ております・・でも、猫たちとの暫しの別れも、なかなか淋しい・・www・・フランスの美しい村、あと20ケ村ですしね、ナントカ全て、踏破したいです・・そのあとはイタリアかな・・?
> 実は先日フランス中南西部(?)の美しい村を少し周ってきました。
> コロンジュ・ラ・ルージュを始めとしてその周辺です。
> 思い切って足を延ばしてコンクまでも行けました。
コロンジュの周辺は、個性的な美しい村のメッカですしね・・旅行記がいつできるか・・ノンビリお待ちしますね。
> 我が家もこの2月に、2週間ほど日本に里帰りした際に、実家で飼っていた犬が急に旅立ちました。脳の異常だそうで、発病してから24時間以内になくなりました。本当にピンポイントで私が里帰りしている間に。。。でも最後に立ち合えて良かったです。
死ぬとしても、猫や犬には、人間と違って恐怖心は無いでしょうから、その分は気が楽なのですけれど、苦しんでるのを見るのは、やっぱり辛いものですね・・出来ることは、撫でてやることくらい・・ナントカ、今の三匹には、天寿を全うさせてやりたいものです・・最低でも、10年以上は・・
by ももんがあまん
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- コクリコさん 2017/09/26 17:31:23
- 奈良はいろいろ懐かしい
- ももんがあまんさん、お久しぶりです。
フランスに着いたらいきなりバルセロナでのテロ事件のニュースが流れ、その後数日は毎朝テレビのトップニュースでした。
ももんがあまんさんの大和地方の出雲の旅行記、とても勉強されていて興味深く面白く読ませていただきました。
柳本の崇神天皇陵と言われている古墳近くにあった天理市YH山辺の家(今はもう存在していない)に学生時代からしばしば泊り山辺の道を初め奈良をよく歩きました。
古墳の堀が凍ると石を投げて「カーン」と鳴る音は「古代の音♪」なんて言って遊んでいたものでした。
ももんがあまんさんはYH山辺の家はご存知ないかな?
近所過ぎて泊らないですものね。
大神神社は一番好きな神社です。
山辺の道を時間がなくて歩かない時でも大神神社だけお参りしたこともあります。
大物主=大国主=事代主という出雲系の神様は大好き(学問というより凄いミーハー)、大和朝廷系のアマテラスなんて後からきたのに~と追いやられたもの贔屓の判官びいきです。
出雲地方も好きで若い頃、何回か行きました。
ももんがあまんさんも海外に行けない間に是非出雲も。隠岐とか因幡とか、今はどうなっているかわかりませんが懐かしい気持ちがしました。
先日の日本各地の豪雨による荒れ狂う濁流を見ていたら、ヤマタノオロチに見えたのには驚きました。ヤマタノオロチは川の氾濫だと言われているのがはっきりわかりました!
唐古・鍵遺跡は2010年に行きました。
楼閣の屋根についている唐草文様?巴文様のくるんとした形ってケルト十字のマークに似ていません?
古代の人々は同じようなマークが好きだったのかしら。不思議ですよね。
出雲系の神様のひとり一言主関連で2008年だったかに葛城古道を歩きました。
風の森から近鉄御所までです。
私のことですから山辺の道も葛城古道もハイキング気分で歩くのですが楽しかったです。葛城のあたりも古墳はたくさんありますよね。
次の旅行記は葛城なのですね♪
自分の思い出ばかり書いてしまいましたが、明治以降の新しい神社は本当に胡散臭いです。
ただひとつだけ好きなのはしょぼくれて小さな近藤勇神社です。
子猫のピートの最後の写真を見せてくださりありがとうございます。
あんなに可愛かったのに痩せてしまって、、、
残されたマリーと新しくきたピート2世が元気でももんがあまんさんとずっと楽しく暮らせますように。
- ももんがあまんさん からの返信 2017/09/27 00:41:03
- RE: 奈良はいろいろ懐かしい
- 今晩は、コクリコさん、お帰りなさい。
> フランスに着いたらいきなりバルセロナでのテロ事件のニュースが流れ、その後数日は毎朝テレビのトップニュースでした。
そういえば、最近また「カタルーニャ」の独立話が再燃してるとか・・・最近、あまり地上波のニュースを見ないので、世事に疎くなってる傾向が有るのですけど・・・あまりにも馬鹿馬鹿しいニュースやコメントが多すぎて、絶えられません・・・コマッタコトデス・・・
> ももんがあまんさんの大和地方の出雲の旅行記、とても勉強されていて興味深く面白く読ませていただきました。
有難うございます、頑張って書いた甲斐が有ります・・嬉しいです。
> 柳本の崇神天皇陵と言われている古墳近くにあった天理市YH山辺の家(今はもう存在していない)に学生時代からしばしば泊り山辺の道を初め奈良をよく歩きました。
> 古墳の堀が凍ると石を投げて「カーン」と鳴る音は「古代の音♪」なんて言って遊んでいたものでした。
> ももんがあまんさんはYH山辺の家はご存知ないかな?
> 近所過ぎて泊らないですものね。
そうですね、知らなかったです・・・奈良にはあるんですけれどね・・・最近の若者は贅沢になって、ユースに泊まらず、泊り客の老齢化が進んでるとか・・・経営難だったんでしょうね・・・
> 大神神社は一番好きな神社です。
> 山辺の道を時間がなくて歩かない時でも大神神社だけお参りしたこともあります。
> 大物主=大国主=事代主という出雲系の神様は大好き(学問というより凄いミーハー)、大和朝廷系のアマテラスなんて後からきたのに?と追いやられたもの贔屓の判官びいきです。
地元では、大神神社と言えば「交通安全」のお札が有名だったような・・・今回イロイロ神社を廻りましたけど、やっぱり一番、雰囲気のある神社でした。
> 出雲地方も好きで若い頃、何回か行きました。
> ももんがあまんさんも海外に行けない間に是非出雲も。隠岐とか因幡とか、今はどうなっているかわかりませんが懐かしい気持ちがしました。
出雲は、一週間くらいかければ、なんとかなりそうなので、何時かチャレンジしたいと思ってます・・・少しずつ、伸ばしてですね・・・
> 先日の日本各地の豪雨による荒れ狂う濁流を見ていたら、ヤマタノオロチに見えたのには驚きました。ヤマタノオロチは川の氾濫だと言われているのがはっきりわかりました!
そうなんですか・・・そう言えば、川や池の神様である「龍神様」と言うのは、「蛇」の事なのだとか・・・出雲では、「神在月」に八百万の神々の先頭に立って、案内するのも「蛇」なのだとか・・「出雲と大和」に書いてありました・・・それから、「大物主」も「蛇」の姿をしていたのだそうです。
> 唐古・鍵遺跡は2010年に行きました。
> 楼閣の屋根についている唐草文様?巴文様のくるんとした形ってケルト十字のマークに似ていません?
> 古代の人々は同じようなマークが好きだったのかしら。不思議ですよね。
そうですね、同じ人間ですからね・・・心理学者の「ユング」に「原型論」と言う著作が有りますけど、これ、結構当たっているところも有ると、昔思ってました・・・
> 出雲系の神様のひとり一言主関連で2008年だったかに葛城古道を歩きました。
> 風の森から近鉄御所までです。
> 私のことですから山辺の道も葛城古道もハイキング気分で歩くのですが楽しかったです。葛城のあたりも古墳はたくさんありますよね。
> 次の旅行記は葛城なのですね♪
奈良の「御所市」方面と、「生駒」方面、南と北の旅行記に成ります・・・ついさっき「アップ」いたしましたので、おひまな得にでも、覗いていただければ、嬉しいです。
> 自分の思い出ばかり書いてしまいましたが、明治以降の新しい神社は本当に胡散臭いです。
> ただひとつだけ好きなのはしょぼくれて小さな近藤勇神社です。
良いですね・・・近藤勇神社・・・行ったことないですけど、新選組はわりと好きです・・・最近、大昔のテレビ番組「新撰組血風録」(司馬遼太郎原作)をケーブルテレビで再放送してたので、ビデオで録画して、見直してみました・・・やっぱり、良い番組でした・・・司馬遼モノでは、ほとんど唯一のお気に入りかも・・・あと一つ「歴史と視点」に描かれた、彼の戦争体験は、それなりに読む価値が有るかと・・?
> 子猫のピートの最後の写真を見せてくださりありがとうございます。
> あんなに可愛かったのに痩せてしまって、、、
> 残されたマリーと新しくきたピート2世が元気でももんがあまんさんとずっと楽しく暮らせますように。
有難うございます、生き物を育てるというのは、何であっても、難しいものですね・・・良く解りました・・・注意せねばです・・・
by ももんがあまん
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- たぽじいさん 2017/09/21 14:53:55
- 「いいね!」押すのにためらいました、ピート君……。
- ももんがあまん様
ご無沙汰しております。
珍しい国内旅行記、早速、拝見、拝読!!
いかに自分が何事にもいい加減な取り組みしかしていないと気づかされました。大変、勉強になりましたし、納得の行く事ばかり!!。
私は古いものがすきなので、神社にはあまり興味が無く、お寺の方が好きであります。どれだけの素晴らしい寺院が打ち壊されたのか思うと、悔しくてなりません。
ももんがあまん様の奈良と比べるのは恐れ多いのですが、名古屋にも戦前まではなかなかの寺院があったと聞きます。戦闘機などの生産工場が集中していたため、大規模な空襲をうけて、なにもかも灰燼に帰してしまいました。(名古屋だけではありませんが)。名古屋城も焼けてしまいました。そして、本当に古いものがなくなりました。
戦争反対!!。でも、あの戦争が無かったら民主化は無かったかも。多くの人命、財産、幸せ、と引き換えに得たような民主主義、なんとか守らなくてはと思っております。
ピート君、短い生涯でしたが、可愛がられて幸せでしたと思っておりますよ。我が家のデブ君は大食漢で超健康優良児で、満23歳目前で大往生いたしました。娘が高校生のときに生まれて、亡くなった時が娘が中年の子持ちで、これだけ長く生活していると本当に家族と一緒でした。子猫ちゃんたちの健康を祈っております。
- ももんがあまんさん からの返信 2017/09/21 20:33:47
- RE: 「いいね!」押すのにためらいました、ピート君……。
- こんばんは、たぼじい様。
お久しぶりです、コメントありがとうございます。
> 珍しい国内旅行記、早速、拝見、拝読!!
ここしばらくは、国内に専念・・・のつもりでおります、京都とか、琵琶湖一週、
南紀や伊勢志摩など、近場の旅を考えてます・・・なにせ、二匹の猫がおりますし、これホントに甘えん坊なもので・・・なかなか長期に留守にできません・・ハハ・・
> 私は古いものがすきなので、神社にはあまり興味が無く、お寺の方が好きであります。どれだけの素晴らしい寺院が打ち壊されたのか思うと、悔しくてなりません。
ワタクシも、神社と言うのは、いつも、何となく胡散臭く思えるのですけれど・・・自然神のお稲荷さんとか、水の神の龍神様なんかは、其れなりに解るのですけど、記紀神話の「人格神」となると、全くカンベンなのですね・・ハハ・・それと、ワタクシが、神道よりも仏教に、それなりの意義を感じるのは、そこに、「倫理」や「道徳」、あるいは「哲学」と言った、知的な要素を感じるからだと思います・・・日本の「神道」には、致命的にそれが無いのですね・・・自然神なら、それでも良いのですけれど、人格神がそれでは困ります・・・「国家神道」に有るのは「教育勅語」とか「軍人勅語」と言った「奴隷製造教育」の戯言だけですからね・・・一寸、うんざりです・・・
> ももんがあまん様の奈良と比べるのは恐れ多いのですが、名古屋にも戦前まではなかなかの寺院があったと聞きます。戦闘機などの生産工場が集中していたため、大規模な空襲をうけて、なにもかも灰燼に帰してしまいました。(名古屋だけではありませんが)。名古屋城も焼けてしまいました。そして、本当に古いものがなくなりました。
そうなんですか、昔、名古屋に行ったことが有りますけど、駅前の街が、やたらだだっ広くて、近代的で、何か、焼け跡にできた、新興の街並みのようだと感じたことが有ります・・・本当に、焼け跡だったんですね・・・
> 戦争反対!!。でも、あの戦争が無かったら民主化は無かったかも。多くの人命、財産、幸せ、と引き換えに得たような民主主義、なんとか守らなくてはと思っております。
そうですね、戦争に、負けたおかげですね・・・でも、冷戦勃発で、日本の民主化は、中途半端に終わってしまって、本当の民主国家を実現する為の「制度設計」が、殆どなされなかったのが残念です・・・いわゆるリベラル勢力が、「憲法」と言う建前だけに満足して、民主主義を実現する為の「制度設計」という事に鈍感であったという事も・・・「公職選挙法」などと言う、治安維持法下の戦前の制度が、今もそのまま残っていますし、司法にも、行政(特に、警察や検察)にも、民主主義の基本としての「主権在民」が、殆ど機能しない制度となっています・・・最近の「右傾化」と「戦前回帰」の急激な動きは、まさに、日本の民主主義の、この「制度的欠陥」に、主たる原因が有るように思えます・・・けれど、今から手直しするには、遅すぎる気もしますし・・・今は、「憲法」と言う「建前」を守るのが精いっぱいな感じです・・・でも、それさえも危うい状況だと思います・・・
> ピート君、短い生涯でしたが、可愛がられて幸せでしたと思っておりますよ。我が家のデブ君は大食漢で超健康優良児で、満23歳目前で大往生いたしました。娘が高校生のときに生まれて、亡くなった時が娘が中年の子持ちで、これだけ長く生活していると本当に家族と一緒でした。子猫ちゃんたちの健康を祈っております。
有難うございます、23才ですか・・・凄いですね・・・ワタクシがそれだけ生きられるかどうか・・ハハ・・でも、頑張って生きようという、勇気は湧いてきますね・・・日本がどんなに醜い世界となっても・・・何とか、頑張りたいものです・・・
BY ももんがあまん
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- ElliEさん 2017/09/12 09:01:14
- 素人こそ楽しい古代史の世界
- ももんがあまんさん、こんにちは。
いつも投票ありがとうございます。
ももんがあまんさんの自転車旅行が見れないのは残念ですが、
さすが国内でもテーマを持った旅行をされていますね。
大和の国に出雲・・・。
そう来たか!という感じです。
うちの主人は古代史が好きで色々本も読んでいますが、古代史は謎も多くて、素人が勝手に想像できるところが面白いといっています。
その主人を、こんな風に奈良に連れ出して旅行ができたら面白いだろうなあ。
色々な本を挙げていらっしゃいましたので、早速メモして主人に見せようと思います。
海外に住んでいるのでなかなか日本の本も手に入りませんが、いつか一時帰国した時に
大量に買って帰りたいです。
子猫ちゃん、残念なことでしたね。
うちもネコを飼っていて、子猫の時に危うく病気で死ぬところでしたので、
読んでいて胸がうたれます。
今は17才の老ネコになって、一匹は既に死んでしまい、もう一匹も病気中。
なので、ももんがあまんさん同様、長く家を空けられません。
8月末に1週間ほどの旅行をしましたら、その間に夏バテなのか寂しかったのか、
食欲が一気に落ちて、体重も減ってしまいました。
あ〜もうたとえ2,3日でも家を空けられないなあと、改めて思いました。
ももんがあまんさんのところはまだ子猫ちゃん。
すぐに大きくなってしまいますので、今の瞬間を大いに楽しんでくださいね。
- ももんがあまんさん からの返信 2017/09/12 20:16:12
- RE: 素人こそ楽しい古代史の世界
- 今晩は、ElliEさん。
> 大和の国に出雲・・・。
> そう来たか!という感じです。
>
> うちの主人は古代史が好きで色々本も読んでいますが、古代史は謎も多くて、素人が勝手に想像できるところが面白いといっています。
> その主人を、こんな風に奈良に連れ出して旅行ができたら面白いだろうなあ。
本屋さんに行くと、古代史本の多さに驚かされますよね・・・それだけ、結構「素人っぽい」人々が参入しているのかも・・・因みに、ワタクシの昔のお仲間も、研究しているのだとか・・・内容は聞かなかったですけど・・・
> 色々な本を挙げていらっしゃいましたので、早速メモして主人に見せようと思います。
> 海外に住んでいるのでなかなか日本の本も手に入りませんが、いつか一時帰国した時に、大量に買って帰りたいです。
なかなか、選ぶのが大変そうですね・・ハハ・・
> 子猫ちゃん、残念なことでしたね。
> うちもネコを飼っていて、子猫の時に危うく病気で死ぬところでしたので、
> 読んでいて胸がうたれます。
有難うございます・・・ホント、がっかりしてしまいましたけど・・・新しいのが来たので、少し、賑やかになりました・・・賑やかなのが好きなので、もう少し増やすかも?・・ハハ・・
> 今は17才の老ネコになって、一匹は既に死んでしまい、もう一匹も病気中。
> なので、ももんがあまんさん同様、長く家を空けられません。
> 8月末に1週間ほどの旅行をしましたら、その間に夏バテなのか寂しかったのか、
> 食欲が一気に落ちて、体重も減ってしまいました。
> あ〜もうたとえ2,3日でも家を空けられないなあと、改めて思いました。
そうなんですね、猫は一匹でも平気だとは言いますけど、長年一緒に住んでれば、猫だって淋しがると思います・・・やっぱり、仲間がいたほうが良いですよね・・?
> ももんがあまんさんのところはまだ子猫ちゃん。
> すぐに大きくなってしまいますので、今の瞬間を大いに楽しんでくださいね。
新しく来た「ラグトール」の「ピート」は、完全な成猫に成るまでに、四年かかるとか・・・ただ今、生後六か月で、あっという間に四キロに成りましたけど・・・大きいのは、八キロほどにもなるのだとか・・・運動神経は、先住猫のキジトラ・アメショーより、かなり鈍いけど、どかどか、不器用に走る可愛い奴です・・・また、次の旅行記にも登場しますので、よろしくお願いしま〜す。
by ももんがあまん
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- こあひるさん 2017/09/09 22:06:14
- お久しぶりです!
- ももんがあまんさん、こんばんは。
今は猫ちゃんがいるので、当分は長期の旅行にはなかなか行く気になれないのではないですか〜?ましてピートちゃんが亡くなったこともあって、より目を離すのが怖くなっちゃったり・・・。
ももんがあまんさんは奈良ご出身で奈良に住んでいらっしゃるのですね〜。全然知りませんでした〜〜。
神さまの名前って、一人の神さまに色々な呼び方があったり、別名を持っていたり、そもそも名前自体、漢字読めないし、覚えられませんので、難しいです〜。神さまの系統のお話しも、どこまでがなんのたとえ話なのか、まったくの作り話なのかよくわからないですし・・・。そこが面白いのかもしれませんが・・・。
自然の中に神さまを感じてきた日本人が、なぜ神社という建物を作るようになったのか・・・それが仏教建築の影響とは・・・なかなか説得力のあるお話しですね。
天皇陵とされている古墳は、発掘も調査もできない・・・ってのは、ほんとにもどかしいですね〜。ももんがあまんさんがおっしゃるように、明らかになると不都合なことが(天皇家の血のつながりとか、出自とか・・・)あるんだと思いますけれど、それでも、そんなことよりも(こら!)、古代の謎を解くことのほうが遥かに重要に感じます。
明治維新については、子どもの頃、歴史で習った時には、それこそ文明開化した素晴らしい転換期のように思いこんでいたんですが・・・江戸時代には、日本の隅々まで栄えていた地方が寂れ衰退し(交通や物流の発展のせいもありますが)、いにしえから大切に守られてきた寺の宝物や仏像を破壊し(仏像好きなので、これはほんと〜〜に悔しいです)・・・ほんとに明治維新ってよかったのかな?って感じます。西洋の発展した文明を取り入れることは悪いことじゃないと思うのですが・・・。
奈良は、大好きな古代の詰まった・・・謎が多くてロマンチックな・・・ところなので、続きも楽しみです。
こあひる
- ももんがあまんさん からの返信 2017/09/09 23:56:33
- RE: お久しぶりです!
- 今晩は、こあひるさん、お久しぶりです。
相変わらず、あちこちに、活発に出かけておいでですね・・・素晴らしい。
> 今は猫ちゃんがいるので、当分は長期の旅行にはなかなか行く気になれないのではないですか〜?ましてピートちゃんが亡くなったこともあって、より目を離すのが怖くなっちゃったり・・・。
そうですね〜、確かに、ちょっとしたことでも、心配になりますし・・・なかなか、留守にできないです・・・先日も、丹後半島まで、サイクリングしたのですけど、往復500km超の行程を、丸三日で走破して帰ってきました・・・無理しすぎ・・?
> 自然の中に神さまを感じてきた日本人が、なぜ神社という建物を作るようになったのか・・・それが仏教建築の影響とは・・・なかなか説得力のあるお話しですね。
今に残っている神社建築のほとんどは、室町時代とか、安土桃山時代などと言うのが、わりと多いようですね、勿論、改修しているのも多いと思いますけど。
> 天皇陵とされている古墳は、発掘も調査もできない・・・ってのは、ほんとにもどかしいですね〜。ももんがあまんさんがおっしゃるように、明らかになると不都合なことが(天皇家の血のつながりとか、出自とか・・・)あるんだと思いますけれど、それでも、そんなことよりも(こら!)、古代の謎を解くことのほうが遥かに重要に感じます。
今の、今上天皇や、天皇家自身は、気にしてないと思うのですけど、これを利用してやろうという連中が、抵抗しているのですね・・・ほんと、つまらないことです。
> 明治維新については、子どもの頃、歴史で習った時には、それこそ文明開化した素晴らしい転換期のように思いこんでいたんですが・・・江戸時代には、日本の隅々まで栄えていた地方が寂れ衰退し(交通や物流の発展のせいもありますが)、いにしえから大切に守られてきた寺の宝物や仏像を破壊し(仏像好きなので、これはほんと〜〜に悔しいです)・・・ほんとに明治維新ってよかったのかな?って感じます。西洋の発展した文明を取り入れることは悪いことじゃないと思うのですが・・・。
明治維新の美化と言うのは、政府自身によって、かなり意図的に行われてきましたし、都合の悪い事実は、隠され、捏造されてきたものも多いですね・・・西郷隆盛や伊藤博文など、明治の薩長の要人は殆どすべて、テロリストでしたし、福沢諭吉は、本当は、冷酷な差別主義者でした・・彼らが天下を取っていなかったら、日本は、これほども戦争をする国になっていなかっただろうし、近隣諸国を、これほども敵視する国には、成っていなかったでしょうね・・・司馬遼太郎の歴史小説は、嘘ばかりだとか・・ハハハ・・
近代化とは何で、明治と言うのは、本当に近代化だったのか?と言うのは、ワタクシにとっては、長年のテーマでしたけど・・・少なくとも、日本人の多くは、全く近代化していないし、近代化とは何かを考えもしなかったし、日本社会も、制度(システム)も、全く、近代化していないと思います・・・その点では、明治時代と言うのは、ほんの一部を省いて、精神的には、むしろ、退化したというのが、ワタクシの結論・・ハハ・・神話と物語の支配する、古代の、奴隷国家に戻ってしまったのですね・・・
アマゾンの原住民だって、スマホくらいは使えるし、イスラム国家だって、高層ビルは建てられるわけで、だからと言って、彼らを近代人とは言えないし、彼らの社会や国家を、近代社会だとか、先進国だとかは、誰も言わないですからね・・・残念なことですけど、この種の社会や国家は、いずれまた、激しく没落すると、ワタクシは思います・・・1945年の亡国的敗戦や、2011年の原発事故が、良い証拠ですね・・・1945年の敗戦は、米ロの冷戦と、朝鮮戦争の特需によって、幸運にも、経済的には立ち直れたのですけれど・・・原発事故以来、今日まで、文化的にも経済的にも、永続的に続いている敗戦から、日本は果たして、立ち直れるかどうか・・? テレビでは、日本スゴイ番組が、大流行だそうですけど・・・1945年前の日本人も「勝った勝った、また勝った」と、大本営発表を聞いて、喜んでいたのですね・・ハハ・・
激しく、愚痴になってしまいました・・・すみません。
> 奈良は、大好きな古代の詰まった・・・謎が多くてロマンチックな・・・ところなので、続きも楽しみです。
またよろしくお願いしま〜す・・・古代だけでなく、近代史・現代史についても、何れは書いてみたいです・・・むしろ、そちらの方に興味津々なので。
by ももんがあまん
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- milkさん 2017/09/06 20:29:52
- 日本の歴史も奥が深いですね。
- ももんがあまんさん、お久し振りです!
お元気ですか?
私も何だか忙しくて、なかなかヨーロッパに行かれずにいます。
今年は1月に行った1週間の旅だけになりそうです。
今度は日本古代史がテーマなのですね。
と言うか、ももんがあまんさんは奈良にお住まいでしたか!
今年、2月に初めて奈良に行きました。
お天気も悪く、あまり観光は出来なかったので、いつかまたゆっくり行きたいと思っています。
古代神話はあまり詳しくなかったのですが、そう言えば太古の時代は自然神ですね。
岩を祀ったり、川を祀ったり、木を祀ったり...。
神話も勉強したら楽しそうです。
不弥国から南、水行20日、投馬国へ至り・・・更に南へ、水行10日・・・陸行一月」
確かに「不弥国」が北九州にあったとしたら海の中ですね(^_^;)
邪馬台国はなんだか神秘的で、昔から惹かれるものがあるのでいつか詳しく調べたいと思っていました。
奈良には古墳も残っているのですね。
今度、奈良に行く時にはゆっくり時間を取らなければ。
靴下にゃんこのピートくん、残念でしたね...。
致死率が100%の病気だったとは!
闘病中はお互い辛かったと思いますが、ももんがあまんさんに看取られて幸せだったと思います。
寂しそうなマリーちゃん、早くピートくん2世と仲良くなると良いですね。
それにしてもピート君2世がまた可愛らしい〜☆
あどけない子ねこという感じがたまらないです!
2匹で仲良く長生きしてほしいですね。
また次の旅行記でも拝見できるのを楽しみにしています。
milk
- ももんがあまんさん からの返信 2017/09/06 23:29:02
- RE: 日本の歴史も奥が深いですね。
- 今晩は、milkさん。
コメント有難うございます。
古代史はSFの様なものだからと、その昔、某先輩に言われた事が、妙に腑に落ちて、正直、それほど関心が有ると言うわけでもないのですけれど・・・アマリにも、怪しげな言説が多すぎますし、敬遠しておりました・・・でも、古代史は、何時もブームの様で、本屋さんの棚には、何時も、古代史本で溢れてます・・・多分、何でも勝手なことが描けるからだと思いますけどね・・ハハ・・
でも、日本の近代史(明治)における「国家神道」と、その「狂気」を語るに於いては、彼等の信仰の根拠になっている「記紀神話」そのものの批判と検証を、避けて通れないとの思いも有り、少し勉強してみました・・・・そこで、興味を魅かれたのが、大和の地にある出雲の痕跡と言うものでした・・・ワタクシの様な素人にとって、岩波の本は、少々厄介では有るのですけれど、ワタクシのかねてからの疑問に答え、それなりに納得できる回答が、今回の旅のきっかけとなる「出雲と大和」等の本でした。
> 奈良には古墳も残っているのですね。
> 今度、奈良に行く時にはゆっくり時間を取らなければ。
元々奈良には、興福寺とか、内山永久寺とか、柿本寺とかの、歴史も有れば、勢力も有った、数多くの大伽藍が、京都と同じように存在したのですけれど、明治の狂気「神仏分離」と「廃仏毀釈」の嵐の中で、その多くが、破壊されてしまったのですね・・・日本で一番、被害の大きかった土地かもしれません・・・今では,東大寺や法隆寺など一部が残るのみで・・・特に、ワタクシの住んでいる天理などは、殆どすべてが破壊され、山の辺の道と、古墳しか無いと言う、ど田舎に成ってしまったというわけです・・・
> 靴下にゃんこのピートくん、残念でしたね...。
> 致死率が100%の病気だったとは!
> 闘病中はお互い辛かったと思いますが、ももんがあまんさんに看取られて幸せだったと思います。
> 寂しそうなマリーちゃん、早くピートくん2世と仲良くなると良いですね。
>
> それにしてもピート君2世がまた可愛らしい〜☆
> あどけない子ねこという感じがたまらないです!
>
> 2匹で仲良く長生きしてほしいですね。
>
> また次の旅行記でも拝見できるのを楽しみにしています。
有難うございま〜す、猫の寿命は、平均14〜15年とかで、出来れば、それくらいは長生きさせたいのですけれど、生き物はを育てるって大変ですね・・・ワタクシも、それくらいは頑張らネバと思う、今日この頃です・・ハハ・・頑張れるかなあ〜??
by ももんがあまん
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- kayoさん 2017/09/05 23:59:54
- お久しぶりです!
- ももんがあまんさん、お久しぶりです!
ももんがあまんさんのフランス旅行記を拝見出来ないのは残念ですが、
奈良のこの辺りは私の心の故郷なので、旅行記拝見できてうれしいです。
大神神社に三輪さん、山の辺の道。昔歴史もよくかえりみず、歩いたものです。
なんせ桜井高校に耳成小学校卒業ですから。大和三山もなつかしいです。
もう実家もなくなり、ほとんど奈良へは行く事がなくなりましたが、
近鉄電車にたまに乗ったら昔を思い出します。
今古墳ブームと言われていますが、私自身古墳の良さがイマイチ分かりません。
大阪では仁徳天皇陵含む古墳群を世界遺産へプッシュしてるようですが、
中へも入れない古墳、こんなの世界遺産になったら訪れた人はさぞガッカリするかも?
外から見るだけだったらタダの森?
黒猫ちゃん、亡くなっちゃんですね、アーメン。
私も昔、子猫を同時に3匹飼い、その内の一匹(これも黒猫ちゃんでした)を
子猫の時に死なせてしまいました。
その他の猫も外出自由の環境だったので、半野良化し
そのまま家出をして帰ってこないままのお別れとなりました。
それ以来猫を飼うのは諦め、今は近所の大阪城公園に一杯いてる城猫ちゃんに
遊んでもらっています。
ピート2世くんとマリーちゃんの健やかな成長を願っていますね!
kayo
- ももんがあまんさん からの返信 2017/09/06 11:20:56
- RE: お久しぶりです!
- こんにちは、Kayoさん。
> 奈良のこの辺りは私の心の故郷なので、旅行記拝見できてうれしいです。
> 大神神社に三輪さん、山の辺の道。昔歴史もよくかえりみず、歩いたものです。
> なんせ桜井高校に耳成小学校卒業ですから。大和三山もなつかしいです。
へえ〜、kayoさん、こちらの出身だったんですか・・・桜井市、いいですね・・・牧歌的で・・・ワタクシは、天理市の、櫟本小学校卒業で、天理中学、天理高校です・・・おかげで、否応なく、宗教に関しては、批判的に見る癖がついてしまいました・・ハハ・・
> 今古墳ブームと言われていますが、私自身古墳の良さがイマイチ分かりません。
> 大阪では仁徳天皇陵含む古墳群を世界遺産へプッシュしてるようですが、
> 中へも入れない古墳、こんなの世界遺産になったら訪れた人はさぞガッカリするかも?
> 外から見るだけだったらタダの森?
日本の「古墳」を世界遺産にですか・・・よくもまあ、厚かましいことを考えますね・・・宮内庁管轄の古墳は、まともに発掘も調査も出来ないし、仁徳天皇領とされている森も、実際は、誰のモノやら、怪しいものです・・・「皇国思想」の「妄想」と「捏造話」を、世界に押しつけようと言うのですね・・・恥を知れと言いたい・・・世界遺産にと言うなら、ちゃんと民間の発掘調査を解禁にしてからにしてほしいものです。
> 黒猫ちゃん、亡くなっちゃんですね、アーメン。
> 私も昔、子猫を同時に3匹飼い、その内の一匹(これも黒猫ちゃんでした)を
> 子猫の時に死なせてしまいました。
黒猫って、弱いんでしょうかね・・うちのピートは、神経質で怖がりで、この性格も、かなり影響したのかもしれません・・・二代目は、かなり鈍感で、少し安心?・・ハハ・・
> その他の猫も外出自由の環境だったので、半野良化し
> そのまま家出をして帰ってこないままのお別れとなりました。
昔はみんな放し飼いだったし、部屋飼いなんかなかったし、そんなもんですよね。
> それ以来猫を飼うのは諦め、今は近所の大阪城公園に一杯いてる城猫ちゃんに
> 遊んでもらっています。
それはいいですね、最近は、野良猫にエサをやってたりすると、咎められたりもするし・・世知辛い世の中で、うんざりします・・・
> ピート2世くんとマリーちゃんの健やかな成長を願っていますね!
有難うございま〜す・・・なかなか、生き物を育てるというのは、思ったよりも難しいと感じる、今日この頃ですけど・・・何とか、元気に暮らさせたいものです・・・
by ももんがあまん
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