2015/12/26 - 2016/01/03
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ふくうめちゃんさん
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毎年恒例・夫と行く年末年始の台湾旅行は11年目に突入。今年も2匹のニャンを預けて、台北を気ままにブラブラ。
平渓線で「猫村」で一躍有名になった「猴とん」へ。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
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『菁桐』站
平渓線開業1929年当時の駅名は『菁桐坑』、平渓線の終点駅。
平渓線は元々は台陽鉱業の出資により建設された運炭専用線「台陽鉱業株式会社石底線」。
1921年(大正10年)に三紹嶺-菁桐坑の全線開通した後、1929年(昭和4年)台湾総督府鉄道部に100万円で買収され、同年10月1日平渓線として旅客営業を開始。
1980年代に入り炭礦が次々と閉鎖され利用客が殆どなくなり、一時は廃線も検討されたそうです。美しい沿線の景色・観光資源の育成で乗客が増え、ガイドブックで取り上げられる有名列車になりました。
元々運炭専用列車だったので開業当時の駅は炭礦近くにあり、選炭場や貯煤場・石炭卸場が近接していました。
この菁桐駅周辺には歴史的価値のある遺構が多く残されており、それも平渓線の乗客を増やした要因のひとつと言えるでしょう。菁桐駅 駅
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『猴とん(石へんに同)』站に向かうため平渓線に乗車。
出発進行~! 日本統治時代に建てられた駅舎をゆっくり通り過ぎます。 -
車窓からチラッと見えた平渓の街、並んだ家がカラフルで可愛い。
天燈祭の時は大勢人が押し寄せて大変賑わうそうです‥とても幻想的で凄く綺麗で感動するとか、私も是非いつか体感してみたい。 -
『平渓』站
平渓老街はかつて石底集落と呼ばれた所で、平渓線開業当時1929年の駅名は『石底』駅。1946年『平渓』站に改称。
基隆河の上流は滝や急流が多いのに、この区間だけは流れがとても穏やかになることが「平渓」の地名の由来だそうです。
レトロな雰囲気の老街や防空壕などの日本統治時代の遺構もあるので、次回はのんびり散策したい~。平溪駅 駅
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平渓站のホームに居た茶白ちゃん、まだ小っちゃい。
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『嶺脚』站
平渓線開業当時1929年の駅名は『嶺脚寮』駅、1962年改称。
嶺脚地域には3箇所の採礦場があり、嶺脚駅も石炭積載駅でした。
平渓線で唯一108°の弓形プラットホーム、微笑んだ口元のように見えることから‘微笑みの駅’と呼ばれるとか。
(2014年12月31日撮影)
日本統治時代の古橋や1939年建てたられた史跡「蔡家洋楼」、「嶺脚瀑布」などの見所が近くにあります。嶺脚駅 駅
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『望古』站
1972年「慶和」站として開業、1989年に現在の名前に改称。
駅付近の慶和吊橋A型橋脚跡は炭礦で栄えた当時のもの。望古駅 駅
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『十分(正しくは人べんに分)』站
平渓線の中間地点にある駅で、単線の平渓線はこの十分駅で上下列車がすれ違うようになっています。駅員さんのタブレット交換の様子が見られます。
1929年開業当時の駅名は『十分寮』、1962年に十分に改称。
夫は歩きたくないモードなので散策する気など全くなく、下車つもり全然なし。そのまま十分スルー‥。十分駅 駅
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ここで下車すれば
有名な‘建物の間ギリギリを走り抜ける平渓線’の風景をみたり‥
(2014年12月31日撮影)十分老街 旧市街・古い町並み
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「放天燈」ランタン飛ばしを体験したり‥
(2014年12月31日撮影) -
「新平渓煤礦博物園区」で遺構に触れ、炭礦の歴史を学んだり体験したり‥
(2014年12月31日撮影) -
「十分風景区」で‘台湾のナイアガラ’とも例えられる「十分瀑布」などの大自然を満喫したり‥
(2014年12月31日撮影)
十分は見所盛り沢山で1日遊べます!(‥下車すれば!!)十分大瀑布 滝・河川・湖
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菁桐行きの電車とすれ違い、十分站出発。
十分站近くのこの橋は平渓で最も長い「静安吊橋」、炭礦の全盛期は石炭運搬のトロッコが基隆河を往来するのに使われていました。
線路の上はどこも写真撮影する人で賑わっています。
この先老街に入ると皆こちらを向き競うように写真撮影。並ぶ建物の間スレスレに走る電車の風景を当然撮影しているのですが‥自分が写真撮られてる錯覚に陥ったりして、有名人ってこういう感じ? -
老街を過ぎ、右側車窓に見える白い建物が「十分遊客中心(観光案内所)」
遊客中心にある吊り橋は2014年末行った時は行き止まり、景勝地「四広潭」の鑑賞用の橋のようです。
遊客中心前が台湾好行‘木柵平渓線’の終点バス停。
バス停から緩やかな登り坂を進むと階段状の遊歩道(十分瀑布歩道)、そこを下っていくと十分瀑布の滝つぼに到達します。途中平渓線は全く見られない、風景区の植物を色々間近で見られるルート。この逆走は延々と階段の上りが続き体力的にキツイのでお勧めしません。 -
この先で基隆河は左側の車窓に。
眼鏡瀑布と十分瀑布にアクセスする遊歩道※の吊り橋はこんな感じで見えまして
(2014年12月31日撮影)
※このルートは遊客中心の反対岸からでないと行けません。 -
基隆河超え~
(2014年12月31日撮影) -
天気が良ければ美しい渓谷の風景が続き、十分瀑布も遠目にチラッと見れます。
(2014年12月31日撮影) -
トンネルをひとつ超えたら『大華』站、開業は1956年。
十分瀑布が個人所有だった頃、大華站-十分瀑布入口間の線路を歩く‘平渓線スタンド・バイ・ミー’が流行ったとか。(クライマックスだというトンネル抜けがとても怖いらしい)。現在は十分瀑布入口の線路の所に常に見張りの人間が居るので線路の上を歩いて大華に行くことはできません。
ここから先はちょっとスリリングで、右側に山の斜面が迫り、左側は深い谷‥切立った崖っぷちの狭い所を走っていくような感じで、くぐりぬけるトンネルも狭くてギリギリ。
よくまあこんな所に鉄道を造ったものだと‥やっぱり昔の人は凄かった。大華駅 駅
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山道を抜けると眺望が開け、右手車窓に再び基隆河の流れが~
(2014年12月31日撮影) -
東部幹線の線路と合流して
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『三紹嶺』站
平渓線の始点駅、東部幹線(宜蘭線)との接続駅。
現在の平渓線は宜蘭線と深澳線に乗り入れ運行されているのでした。
『三紹嶺』-『菁桐』総延長は12.9㎞、乗車時間は長く感じたけれど意外に距離はなかった。 -
基隆河にそって走る平渓線。
この区間も景色がとても良いのに、この日はお天気がイマイチで‥。 -
『猴とん』站に到着~
1920年(大正9年)1月27日、宜蘭線鉄道の瑞芳-猴とん間が開通し開業。
改札口は階段を上った2階。
改札口と言っても自動改札機も扉も何もないです、この駅。
ICカードリーダーが二つ並んであるので駅を出る場合は‘出站’、駅に入る場合は‘進站’の方にタッチします。(間違えても大丈夫、ブザー音で教えてくれます)猴ドン駅 駅
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改札口にバルコニー、煤礦博物園区は駅の目の前。
豊富な石炭鉱脈を有する猴とんはかつて台湾で最大採掘量を誇る炭礦で、ゴールドラッシュの石炭版‘黒金時代’繁栄を極めました(黒金=黒いダイヤモンド)
観光局ガイドによれば、猴とん地区の炭礦の歴史は75年の長きにわたり‥
後に金鉱業の大物と言われる‘願雲年’氏と日本人‘木村久太郎’氏が合資し日本統治時代に成立した「久年二坑」が前身。
1918年(大正7年)願雲年氏と日本の三井財閥が共同出資「基隆炭鉱株式会社」を設立、「基隆炭鉱株式会社瑞芳三坑」となる。
1934年(昭和9年)‘李建興’氏が「瑞三鉱業社」を興し基隆炭鉱株式会社から猴とん地区(瑞芳三坑)の採掘権を請け負う。戦後「瑞三鉱業公司」に改名。
鉱脈が尽き1990年閉山。
猴とん煤礦博物園区は‘台湾石炭産業の生きた歴史を守護し、猴とんの新しい顔を創造するため’整備されました。 -
改札口バルコニーのベンチに居たさび猫ちゃん。
寒かったのか私の膝の上に乗ってきて丸まって寝てました。人懐こくて可愛い~。 -
改札の所にあった「猴とん」駅常駐猫ちゃんの紹介を見たところ‥
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このさび猫ちゃんはこの子?ですか?? 日本語読みだと‘トウトウ’ちゃん。
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さび猫ちゃん見て、日本でお留守番中の我が家のあい♀を思い出し‥。
あいちゃんは片手に乗るくらいのまだ小さな子猫の時、ハクビシンに襲われているところを救出されました。先生方のお陰で九死に一生を得たものの、頭蓋骨折・脳挫傷・両目損傷を受けたため後遺症あり、左肩脱臼したまま。ハンデキャップがある為かなかなか里親見つからず‥で、縁あって我が家の子になりました。
さび猫はあまり好きじゃなかったのですが、あいはとても毛並が綺麗で性格も良い子で、サビ猫も大好きになりました。 -
「猴とん」站から三紹嶺方面の眺め。「猫村」と「煤礦博物園区」は猴とん站を挟んで位置しています。猫村は右手の山側。
今回の目的地「猴とん煤礦博物園区」へ行きます。
左側に写っている線路沿いの道路を真直ぐ500m行くとかつての商店街「内店仔」、その先に「瑞三本坑」「砂乾燥室(現・地質生態館)」「炭鉱夫浴場(現・鉱夫紀念館)」「炭鉱夫宿舎」があるそうです。 -
広場に走る4本の線路、その向こう側に建物2つ。
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左側の赤煉瓦作りの建物は現在「旅情報センター」。
1935年(昭和10年)建築の「整炭事務所(炭場事務所)」瑞三鉱業公司の石炭生産販売のための最後の事務所だった建物。 -
入り口で黒白ちゃんがお出迎え。観光案内のパンフレットをここでGET!
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願景館(ビジョンホール)はかつての倉庫。
選炭工場と運炭場の日常運営やメンテナンスに必要な物品倉庫として使われていた建物。台鉄の東部幹線から分岐した線路に接していて、門前に到着した貨物列車から外部で購入した機具設備を卸し倉庫に搬入しました。 -
倉庫前の線路の先に残された大きな廃墟、これが選炭場跡。
汽車の開通に合わせ1920年(大正9年)に完成した‘基隆炭鉱株式会社 猴とん選炭場’
掘削した礦石(煤炭)は質の悪い石炭や岩石も含まれており品質も均一でないので、洗浄し不要なものと分けたり・大きさを揃えたり選別する作業‘選炭’を行った後出荷されました。
猴とんの各坑道で採掘された煤炭は全て、トロッコ(軽便鉄道)でここに運ばれ選炭。内部に1日500トンを選炭できる選炭機2台が設置された当時最先端の選炭工場だったそうです。
今確認できるコンクリート部分がホッパー、列車がこの建物の下を通り石炭を積みこみ東部幹線に合流、運び出されました。
基隆炭鉱株式会社に出資した三井財閥は、当時三池炭鉱という日本最大の炭礦を所有しノウハウを持っていました。この事も猴とん地区の炭礦の近代化と発展に大きく影響したと考えます。 -
操業当時の写真。線路の先にある三角屋根の建物が選炭場。
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願景館の中は歴史文化展示館。
遺構を見る前にお勉強しないと‥入ります。
建物から私と入れ違いでニャンコ出てきた~。 -
歴史文化展示館では猴とんの特色や炭礦業の歴史を紹介しています。
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選炭場の模型、猴とん站側から見たもの。
「産煤裕國/瑞三鉱業公司」と大きく書かれた文字は現在も確認できます。 -
基隆河側から見た選炭場。基隆河に架かる大きな橋、河岸に排水処理施設。
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上から見た選炭場の模型。
左側が鉄道(東部幹線)の線路、石炭を積載する貨物列車が停まっています。
基隆河にかかる橋は選炭場の3階部分に連結されていて、選炭場に直接煤炭を搬入。線路にそって下るトロッコ軌道があったことがわかります。 -
模型の周りに選炭工程について紹介されていました。
①煤炭は篩にかけられ、2吋より大きいものと小さいものに分けられる(網目1吋は2.54cm)
②2吋より大きいものは人の手で、2吋より小さいものは洗煤機にかけられ(水を使い煤炭の洗浄、比重選別)石炭と廃石に選別。
③廃石以外のものは振動篩や洗煤機などを使いさらに精製・大きさ別に揃えられる -
願景館を一通り見終わると、歩くの嫌モードの夫はこの辺で待っていると言う‥なので一人でちょっと選炭場付近を歩いてきます。
廃墟周辺に猫いっぱい!さっき願景館から出てきた子? -
この黒白ちゃんは凛々しいお顔~
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サビ猫ちゃん。黒が多いから‘黒サビちゃん’
三毛猫とサビ猫は殆どメスなのだそうです。 -
選炭場跡の脇に階段ふたつ。
橋に行けそうな上り階段、まずこっちから。 -
この階段は1983年に作られた「人行階梯」。
閉山し25年の時が流れ‥植物に侵食された選炭場。 -
三階建ての選炭場は‥上部の木造部分は完全に崩壊。
内部にあった機械類も錆びついて原型を留めていない。 -
ベルトコンベアーの跡?煤炭の運搬に使われていたのでしょうか?
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基隆河にかかる「運煤橋」
名前の通り河東の炭礦から採掘された煤炭を運ぶために作られた橋。人の往来にも使われました。
選炭場同様1920年(大正9年)に汽車の開通に合わせて造られ、現在の橋は民国54年(1965年)に瑞三鉱業公司が鉄筋コンクリートで再建したもの。
右側に見える大きな建物が瑞三鉱業の事務所。 -
運煤橋から見えた「排水処理施設」跡。
設備が完成したのは民国67年(1978年)。排水処理池(貯水槽)が河岸に並んでいるのが良く見えました。 -
操業当時の排水処理施設の写真。
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橋を渡りきると正面に「猴とん坑」、石炭採掘場のひとつ。
トロッコ体験などができるようです、チケット売り場があります(100元)。 -
「猴とん坑」に入るトロッコの乗車場所。
閉山前のトロッコ軌道は橋を渡ると大きく右にカーブし、先にある「馬坑」「復興坑」を結んでいたそうです。 -
待たせている夫が機嫌を損ねると面倒なので‥戻ります。
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橋のたもとに2匹の子猫、ススキの猫じゃらしで遊んでもらってます。
サバシロちゃんとキジトラちゃん。 -
階段の所に黒白ちゃん。
「くつろいでるのに一体何だよ」って言ってるみたい‥ゴメンネ。 -
あ、今度は白黒ちゃん。猫村じゃなくても猴とんには猫いっぱいいるのね~
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下り階段は排水処理施設のあった場所に繋がっていました。
河岸に突き出したテラス、ここにニャンコハウスが並んでいました。お休み中のキジトラちゃん。 -
かつての猴とんは選炭で汚れた排水で河川は真っ黒、空気に大量の煤塵が混ざりいつも薄暗かったそうです。
1978年に排水施設、その翌年に吸塵設備が完成。環境改善により、現在の基隆河は綺麗な澄んだ流れを取り戻しています。 -
運煤橋がこんな感じでみえました。
橋桁は‘日本統治時代の旧石’と記載があったので、煉瓦部分が1920年(大正9年)造られた当時の物のようです。 -
猴とん煤礦博物園区は予想以上に広くて時間がないと全部は見るのは無理、今回は主要な場所は見れたのでこれで良しとします。
さて夫はどこだ~? あ、居た。
せっかく来たから猫村にも行こう~ -
キジトラちゃん。お食事中。首輪をしてる、どこかの家の子。
この木造りの小屋の中で守衛らしき人とと茶トラの猫が仲良くお昼寝中でした‥。 -
駅に居た黒白ちゃん、しっぽ長~。
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猴とん站から「猫橋」という階段で猫村にアクセス。
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猫橋を渡りきり猫村到着~
猴トン猫村 サファリ・動物観察
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先ほど歩いてきた選炭場、運煤橋、猴とん坑が良く見えます。
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そして遺構をバックにキジ猫ちゃん。
「黒金時代の名残」と現在のこの町を象徴する「猫」のコラボ。 -
このキジトラちゃん、耳がザックリ切れてる‥去勢・避妊した子がわかるように耳を切るらしいです。こんなに切らなくても‥ちょっと可哀想に思ってしまう。
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すでに沢山ニャンコ見れたので、夫はもう満足&やっぱり歩きたくない。
「ここで待ってるから(適当に見てきな)」 -
肌寒い日だったので丸まって動かない子が多い‥
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あ、こんなところに‥黒白ちゃん
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誰かが置いたキャットフードをつまみ食いしてるワンちゃん‥
猫村だけに犬はちょっと肩身が狭い?(私は猫も犬も大好きよ~!) -
クロ猫ちゃん
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三毛猫ちゃん
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またまたサビ猫ちゃん、茶が多くて縞模様も。あいちゃんと同じ‘べっこう’?
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去年来た時は晴れていたのでもっとたくさん猫が居たのですが‥それでも猫三昧の「猴とん」でした。
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