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善光寺七福神巡りの三番目、福禄寿を祀る、源頼朝所縁の十念寺紹介の続きです。その次は、権堂アーケード街にあった四番目の弁財天を祀る往生院の紹介です。往生院は、弘法大師、法然上人に所縁の深いお寺とされます。(ウィキペディア、長野駅発・善光寺七福神めぐり)<br />

2016秋、善光寺と信濃(5/13):10月24日(5):善光寺七福神(5/7):福禄寿・十念寺

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2016/10/24 - 2016/10/25

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旅人のくまさん

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善光寺七福神巡りの三番目、福禄寿を祀る、源頼朝所縁の十念寺紹介の続きです。その次は、権堂アーケード街にあった四番目の弁財天を祀る往生院の紹介です。往生院は、弘法大師、法然上人に所縁の深いお寺とされます。(ウィキペディア、長野駅発・善光寺七福神めぐり)

交通手段
JR特急
  • 源頼朝の開基と伝わる、『紫雲山・頼朝院・十念寺』の紹介が続きます。鎌倉幕府の初代征夷大将軍の源頼朝(1147~1199年)は、河内源氏の源義朝の三男として生まれました。父・義朝が平治の乱(1160年)で敗れ、頼朝は伊豆国へ流されますが、かなり自由な生活ができていたようです。

    源頼朝の開基と伝わる、『紫雲山・頼朝院・十念寺』の紹介が続きます。鎌倉幕府の初代征夷大将軍の源頼朝(1147~1199年)は、河内源氏の源義朝の三男として生まれました。父・義朝が平治の乱(1160年)で敗れ、頼朝は伊豆国へ流されますが、かなり自由な生活ができていたようです。

  • 『福禄寿』が祀られている浄土宗のお寺、『紫雲山・頼朝院・十念寺』の境内光景です。同じ境内に『秋葉神社』も置かれていました。『福・禄・寿』を大雑把に言えば、『幸福・財産・長生き』の神様ですが、秋葉神社の秋葉大明神は、防火の神様です。

    『福禄寿』が祀られている浄土宗のお寺、『紫雲山・頼朝院・十念寺』の境内光景です。同じ境内に『秋葉神社』も置かれていました。『福・禄・寿』を大雑把に言えば、『幸福・財産・長生き』の神様ですが、秋葉神社の秋葉大明神は、防火の神様です。

  • 十念寺の境内光景です。境内の一角に土塀で仕切られた区域があり、立派な二階建てが見えました。庫裏でしょうか。

    十念寺の境内光景です。境内の一角に土塀で仕切られた区域があり、立派な二階建てが見えました。庫裏でしょうか。

  • 庭木の陰から眺めた、十念寺の本堂光景です。善光寺七福神の一つ、『福禄寿』はこの本堂に祀ってありました。

    庭木の陰から眺めた、十念寺の本堂光景です。善光寺七福神の一つ、『福禄寿』はこの本堂に祀ってありました。

  • 『秋葉神社』の社殿光景です。どちらかといえば、小振りな建物ですが、風格のある、中々凝った造りでした。神社本殿の建築様式は、大きく平入と妻入に分けられ、さらに屋根の形状を以て分類することが多いとされます。

    『秋葉神社』の社殿光景です。どちらかといえば、小振りな建物ですが、風格のある、中々凝った造りでした。神社本殿の建築様式は、大きく平入と妻入に分けられ、さらに屋根の形状を以て分類することが多いとされます。

  • 『秋葉神社』の扁額のズームアップ光景です。祀られている『秋葉大権現』の起源とされるのは、浜松市天竜区春野町領家の『秋葉山本宮秋葉神社(あきはさんほんぐうあきはじんじゃ)』です。

    『秋葉神社』の扁額のズームアップ光景です。祀られている『秋葉大権現』の起源とされるのは、浜松市天竜区春野町領家の『秋葉山本宮秋葉神社(あきはさんほんぐうあきはじんじゃ)』です。

  • 柱の飾りとして置かれていた獅子像です。飾りではなく、狛犬と同様な建物の護りの役割があるのかも知れません。

    柱の飾りとして置かれていた獅子像です。飾りではなく、狛犬と同様な建物の護りの役割があるのかも知れません。

  • 向かい合った柱に、対で置かれていた獅子の彫り物の紹介です。阿吽の区別はされていないようでした。先ほどの獅子は、右手を挙げた姿ですが、こちらは左手を上げた姿です。

    イチオシ

    向かい合った柱に、対で置かれていた獅子の彫り物の紹介です。阿吽の区別はされていないようでした。先ほどの獅子は、右手を挙げた姿ですが、こちらは左手を上げた姿です。

  • 獅子像だけではなく、雲龍像の彫刻もありました。その龍の顔のズームアップ光景ですが、中々迫力がありました。

    イチオシ

    獅子像だけではなく、雲龍像の彫刻もありました。その龍の顔のズームアップ光景ですが、中々迫力がありました。

  • 神社の建築様式を調べてみましたが、どの様式に当てはまるのか判断が付かなかった、『秋葉神社』の拝殿光景です。拝殿正面が、右手になります。

    神社の建築様式を調べてみましたが、どの様式に当てはまるのか判断が付かなかった、『秋葉神社』の拝殿光景です。拝殿正面が、右手になります。

  • これで、『紫雲山・頼朝院・十念寺』の見学はおしまいです。もう一度振り返って眺めた本堂の光景です。

    これで、『紫雲山・頼朝院・十念寺』の見学はおしまいです。もう一度振り返って眺めた本堂の光景です。

  • 『紫雲山・頼朝院・十念寺』の東側にあった参道光景です。入口横の立札には、右側から『出世大仏堂』、『紫雲山・十念寺』と『百体観音堂」の紹介がありました。秋葉神社のことには触れられていませんでした。

    『紫雲山・頼朝院・十念寺』の東側にあった参道光景です。入口横の立札には、右側から『出世大仏堂』、『紫雲山・十念寺』と『百体観音堂」の紹介がありました。秋葉神社のことには触れられていませんでした。

  • 東側参道の出入口付近の光景です。その脇に『紫雲山・頼朝院・十念寺』の文字が刻まれた石標が建っていました。正面奥に微かに見えるのが本堂です。

    東側参道の出入口付近の光景です。その脇に『紫雲山・頼朝院・十念寺』の文字が刻まれた石標が建っていました。正面奥に微かに見えるのが本堂です。

  • 同じく、東側参道の出入口付近から眺めた境内方面の光景です。正面に本堂が見えますから、東参道が表参道のようです。

    同じく、東側参道の出入口付近から眺めた境内方面の光景です。正面に本堂が見えますから、東参道が表参道のようです。

  • 『善光寺七福神』の一つ、『福禄寿』が祀られていた『紫雲山・頼朝院・十念寺』の見学を終え、次に向かったのは、四番目の『弁財天』が祀られている『往生院』です。『権堂アーケード』の中に入口がありました。アーケードの中の東側方面の光景です。

    『善光寺七福神』の一つ、『福禄寿』が祀られていた『紫雲山・頼朝院・十念寺』の見学を終え、次に向かったのは、四番目の『弁財天』が祀られている『往生院』です。『権堂アーケード』の中に入口がありました。アーケードの中の東側方面の光景です。

  • 弁財天の見学の前に、少しだけ「権堂アーケード」の散策です。こちら側の光景は西側方面だったようです。

    弁財天の見学の前に、少しだけ「権堂アーケード」の散策です。こちら側の光景は西側方面だったようです。

  • アーケード側から眺めた、『往生院』の参道入口付近の光景です。その参道の先に本堂が見えていました。赤い幟には、『弁財天』の文字がありました。

    アーケード側から眺めた、『往生院』の参道入口付近の光景です。その参道の先に本堂が見えていました。赤い幟には、『弁財天』の文字がありました。

  • 更に近寄って撮影した、『往生院』の参道入口光景です。『権堂アーケード』は東西に伸び、この入口はその北面にありました。本堂は北側方面になります。

    更に近寄って撮影した、『往生院』の参道入口光景です。『権堂アーケード』は東西に伸び、この入口はその北面にありました。本堂は北側方面になります。

  • 『往生院寺歴』と題された説明看板です。足のない立札の形をしていました。約1200年前の大同2年(807年)、弘法大師が善光寺参詣の折に、この場所に建てた『宝乗寺』を建てたのが始まりと紹介されていました。正式名は、『安楽山・往生院・得行寺』とも紹介されていました。

    『往生院寺歴』と題された説明看板です。足のない立札の形をしていました。約1200年前の大同2年(807年)、弘法大師が善光寺参詣の折に、この場所に建てた『宝乗寺』を建てたのが始まりと紹介されていました。正式名は、『安楽山・往生院・得行寺』とも紹介されていました。

  • 『往生院寺歴』の看板近くから見えていた『往生院』の本堂光景です。その後、正治元年(1199年)、法然上人が善光寺参詣の折、『往生院』に逗留し、浄土宗のお寺に改めて、自ら初代になったことも紹介されていました。

    『往生院寺歴』の看板近くから見えていた『往生院』の本堂光景です。その後、正治元年(1199年)、法然上人が善光寺参詣の折、『往生院』に逗留し、浄土宗のお寺に改めて、自ら初代になったことも紹介されていました。

  • 参道脇の石仏や石標、石碑などの紹介です。左側に見える石碑には、『百万遍供養塔』の文字がありました。右奥の石碑は、この後紹介する、『漫画界の鬼才』と呼ばれた安本亮一氏の記念碑です。

    参道脇の石仏や石標、石碑などの紹介です。左側に見える石碑には、『百万遍供養塔』の文字がありました。右奥の石碑は、この後紹介する、『漫画界の鬼才』と呼ばれた安本亮一氏の記念碑です。

  • 人物のレリーフが見えていた石碑の光景です。右側に『漫画界の鬼才・安本亮一君の碑』の文字がありました。安本亮一(1901~1950年)は、通称『マンガの安本』と呼ばれ、地元の人気者だったようです。アーカイプにあった略歴です。『明治34年東京浅草に人形師安本亀八の長男として生れ、大正13年東京美術学校彫刻科塑造部選科を卒業した。建畠大夢、池部鈞、岡本一平に師事し、春陽会展、帝展等に入選した。東京朝日新聞社学芸部に嘱託として紙上に漫画を画くなど主として漫画界に活躍した』と、紹介されていました。

    人物のレリーフが見えていた石碑の光景です。右側に『漫画界の鬼才・安本亮一君の碑』の文字がありました。安本亮一(1901~1950年)は、通称『マンガの安本』と呼ばれ、地元の人気者だったようです。アーカイプにあった略歴です。『明治34年東京浅草に人形師安本亀八の長男として生れ、大正13年東京美術学校彫刻科塑造部選科を卒業した。建畠大夢、池部鈞、岡本一平に師事し、春陽会展、帝展等に入選した。東京朝日新聞社学芸部に嘱託として紙上に漫画を画くなど主として漫画界に活躍した』と、紹介されていました。

  • 左側には、同じ石の基壇の上に置かれた、三体の石像がありました。蓮座の上の像でしたが、写実的に造られた人物像のように見え、地蔵尊ではないようでした。右端は、無縫塔の上部を思わせる形の石碑でした。

    左側には、同じ石の基壇の上に置かれた、三体の石像がありました。蓮座の上の像でしたが、写実的に造られた人物像のように見え、地蔵尊ではないようでした。右端は、無縫塔の上部を思わせる形の石碑でした。

  • 左側の石碑には、宝暦8年(1744年)の年代と、卍の記号、『蓮華会・施餓鬼・供養』らしい文字がありました。右側の赤っぽい石碑は、墓碑のようでした。

    左側の石碑には、宝暦8年(1744年)の年代と、卍の記号、『蓮華会・施餓鬼・供養』らしい文字がありました。右側の赤っぽい石碑は、墓碑のようでした。

  • 本堂に向かって左手奥に置かれていた、『弁財天』の小さな社の光景です。仏教の守護神とされる天部の一つ、弁財天は、ヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティーが、仏教に取り込まれてからの呼び名です。赤い幟で飾られていました。

    イチオシ

    本堂に向かって左手奥に置かれていた、『弁財天』の小さな社の光景です。仏教の守護神とされる天部の一つ、弁財天は、ヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティーが、仏教に取り込まれてからの呼び名です。赤い幟で飾られていました。

  • 『弁財天』が祀られた社のズームアップ光景です。本来の漢字表記は、『弁才天』ですが、日本では後に財宝神としての性格が付与され、『弁財天』とも表記されるようになりました。

    『弁財天』が祀られた社のズームアップ光景です。本来の漢字表記は、『弁才天』ですが、日本では後に財宝神としての性格が付与され、『弁財天』とも表記されるようになりました。

  • 少しくどいですが、右手前方から眺めた弁財天の拝殿光景です。小さな社ですが、しっかりとした銅板葺きの屋根や木組みでした。

    少しくどいですが、右手前方から眺めた弁財天の拝殿光景です。小さな社ですが、しっかりとした銅板葺きの屋根や木組みでした。

  • 『安楽山・往生院・得行寺』の本堂正面光景です。扁額の山号の文字は、なぜか『蓮池山』でした。右側の柱には『浄土宗・蓮池山・往生寺』、左側の柱には『権堂・宇賀弁財天社』の表札がありました。

    『安楽山・往生院・得行寺』の本堂正面光景です。扁額の山号の文字は、なぜか『蓮池山』でした。右側の柱には『浄土宗・蓮池山・往生寺』、左側の柱には『権堂・宇賀弁財天社』の表札がありました。

  • 『蓮池山』の寺号が記された扁額のズームアップ光景です。『往生院寺歴』に記されていた。山号の由来は、この辺りに蓮池があり、『蓮池庵』とも呼ばれていたことに因むようです。

    『蓮池山』の寺号が記された扁額のズームアップ光景です。『往生院寺歴』に記されていた。山号の由来は、この辺りに蓮池があり、『蓮池庵』とも呼ばれていたことに因むようです。

  • 『ごん堂開運めぐり」の案内板です。この辺りが『権堂』と呼ばれるのは、賢久年(1197年)、源頼朝公の善光寺参詣がきっかけで行われた再建工事の際、秘仏の善光寺如来が、この寺を仮堂として移転したことに因みます。仮堂のことを『権堂』と呼ぶことから、今日までその地名が残りました。この由来も『往生院寺歴』に記されていました。

    『ごん堂開運めぐり」の案内板です。この辺りが『権堂』と呼ばれるのは、賢久年(1197年)、源頼朝公の善光寺参詣がきっかけで行われた再建工事の際、秘仏の善光寺如来が、この寺を仮堂として移転したことに因みます。仮堂のことを『権堂』と呼ぶことから、今日までその地名が残りました。この由来も『往生院寺歴』に記されていました。

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