2016/10/24 - 2016/10/25
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旅人のくまさんさん
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善光寺七福神巡りの二番目は、『大黒天』を祀る大国主神社の紹介です。続けて三番目の『福禄寿』を祀る秋葉神社を紹介します。『大黒天』は、ヒンドゥー教のシヴァ神の化身が原点です。『福禄寿』は、『寿老人』と同一視されることもあります。(ウィキペディア、長野駅発・善光寺七福神めぐり)
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緑樹帯に建てられた『七福神』の赤い幟の光景です。その隣には、『大黒天』の赤い幟も揃っていました。分かり易い目印になっていました。
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イチオシ
小さな『大国主神社』の社に祀られた『大黒天』の光景です。『大国主神社』に祀られている『大国主(おおくにぬし)』は、『古事記』、『日本書紀』に登場する日本神話の神です。日本神話に登場する神は、天津神(あまつかみ)と国津神(くにつかみ)に分類されます。土着の神(地神)が『国津神』、天照大神などがいる高天原の神が『天津神』です。高天原にいる神々、または高天原から天降った神々の総称とされます。『大国主』は、『国津神』を代表する神です。
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『大国主神社』の拝殿のズームアップ光景です。日本神話では、国津神がニニギを筆頭とする天津神に対して国土(葦原中国)の移譲を受け入れたことを、『国譲り』として描いています。ヤマト王権によって平定された地域の人々が信仰していた神が『国津神』に、ヤマト王権の皇族や有力な氏族が信仰していた神が『天津神』になったものと解釈されています。
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最初に紹介した、『寿老人』と同じパターンの立札です。タイトルが。『善光寺七福神』、左の図面が『善光寺表参道マップ」です。『大黒天』の説明文を拾い読みしますと、日本では大国主と混同され、農産と福の神になったことが紹介されていました。
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『秋葉神社』の石標の光景です。教科書文字のような、楷書体で刻まれていました。秋葉神社は、神社本庁傘下だけで全国に約400社あるようです。殆どの祭神は神仏習合の火防、火伏せの神として広く信仰された秋葉大権現が祀られているようです。
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『正道大和上名号碑由来』のタイトルがあった説明立て看板です。平成23年(2011年)3月、紫雲山21世の賢誉師の名前が末尾に記されていました。目につく限りの立札は、全部撮影しておきました。
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薄っすらと黄葉が始まっていた大木の光景です。大きな幹が日本並んでいました。残念ながら、樹種は分かりませんでした。
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十念寺の境内との境界が分からない場所にあった秋葉神社の建物光景です。流れ造りの神社のような屋根を持っていました。拝殿正面は、右手になります。
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入場した出入口とは、別の出入口の参道光景です。両側に建物の壁が迫っていました。帰りにこの参道を通りました。参道らしい、石畳が敷かれていました。
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イチオシ
自由に拝観ができた、大仏殿の室内光景です。中央奥に黄金色の阿弥陀仏座像が置かれていました。『出世大仏』とも呼ばれています。阿弥陀如来は、大乗仏教の如来の一つで、梵名は『アミターバ』、あるいは『アミターユス』です。音写された文字が、『阿弥陀』です。梵名を意訳して、『無量光仏』、あるいは『無量寿仏』とも呼ばれます。
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イチオシ
十念寺・大仏堂に祀られた、黄金色の巨大な阿弥陀仏座像のお顔のズームアップ光景です。十念寺は、今から約800年前の鎌倉時代、源頼朝公が開基とされる浄土宗の寺院です阿弥陀如来は、西方にある極楽浄土という浄土を持つとされます。東方の浄土を持つのが薬師如来とされます。
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『出世大仏の由来など』の題字があった説明立看板です。巨大な阿弥陀仏座像は、『出世大仏』とも呼ばれ、胎内に収められていた『願文札」には、寛政11年(1799年)の建立年月と、願主名が記されていました。『出世大仏』と呼ばれる所以は、願主ご自身が、元祖法然上人の誕生寺の22世に『御出世』されたことが始まりのようです。
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『大仏堂』の扁額が懸かった堂宇のズームアップ光景です。この形の堂宇で連想するのが、聖徳太子の供養塔の法隆寺の『夢殿』です。八角形の『夢殿』には、『救世観音像』が祀られています。
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『大仏堂』の扁額が懸かった堂宇の建物の全景です。六角堂か、八角堂かは確認できませんでしたが、この大仏堂も、夢殿と同じ八角堂のように見えました。
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『西国・坂東・秩父百体観音堂由来」のタイトルがあった説明文です。観音堂建立の天保11年から16年を経過した、安政3年(1856年)に道内二百体観音が合祀されたことから始まる詳細な縁起の説明文でした。
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『道歌碑・観音堂・六地蔵由来」のタイトルがあった説明立て看板です。この十念寺の数々の説明看板の丁寧な記述には、本当に感心させられました。
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先程の立看板に、大門町の富士屋旅館の当主。藤井平五郎氏の夢枕が元で発見されたと新聞報道された、『十念寺観音堂』の床下で発見された円形の石碑です。石碑には、観世音菩薩と道歌の陰刻があり、宝永2年(1705年)3月の銘があります。
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『観音堂』の扁額が懸かった建物のズームアップ光景です。先ほどの説明立札には、天保11年(1740年)、工事費一切を一人で負担した『一人建』の建物で、弘化4年(1847年)の善光寺地震にも耐え抜いた建物です。施主は、穀物問屋の久保田新兵衛氏です。
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地蔵尊が立ち並んだ一角の光景です。大きさはほぼ揃っていましたが、夫々に造りが異なっていました。先ほどの説明立札に、明治2年(1869年)、穀物問屋の久保田新兵衛により寄進された像です。
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同じく、地蔵尊が立ち並んだ一角の光景です。先ほどの写真と重複した写真もありますが、六地蔵でした。
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十念寺の本堂光景です。本堂に『善光寺七福神』の一つ、『福禄寿』が祀られていましたが、小さな窓から覗くことしかできませんでした。
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本堂に懸かった、『千金叢林』の金文字が記された扁額の光景です。『本山緑峯大教正大宣』の落款がありました。寒山子が言う、『千金の宝に満ち足りているといっても、叢林下に貧でいることには及ばない』当たりがもとにあったゆん字熟語のようです。寒山子は、いわゆる寒山・拾得の寒山のことです。『無執着』という生き方を示しているようです。
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『山号、院号、寺号の由来など』について説明した立看板です。建久8年(1197年)、源頼朝公に因む奇瑞を基に堂宇を建設し、『紫雲山・頼朝院・十念寺』と号したことが、『蓮門精舎旧詞』などに記されていることが紹介されていました。紫雲山21世・賢誉師による解説文でした。
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赤松の幹と枝のズームアップ光景です。黒松とは違った魅力を持った樹木です。赤松は、樹皮が赤く、直上して比較的真っ直ぐ伸びるので、建築資材に向いているとされます。
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正面の建物は観音堂です。正面の木製の碑日は、『南無阿弥陀仏・奉修観音堂百体観音・内外荘厳大修復落慶供養塔』の文字がありました。
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流麗な崩し文字が刻まれた石碑の光景です。『南無阿弥陀仏』の文字のようです。左下に、『徳本』らしい文字と『田』の様な文様が添えてありました。全くの推測ですが、『田』に似た記号は、『南無阿弥陀仏』を十回唱えるのが作法とされている、十念寺の作法を伝えているのかも知れません。
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『徳本行者名号碑由来』と題された解説文の立札です。『徳本行者(1759~1818年)が晩年の10年程をかけて諸国行脚を行った際に、信者たちに『日課念仏』を求め、名号札を授けた故事が紹介されていました。
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地蔵菩薩像です。地蔵菩薩は、釈迦の入滅後、56億7000万年後に弥勒菩薩が出現するまでの間、現世に仏が不在となってしまうため、その間、六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)を輪廻する衆生を救う菩薩とされます。
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同じく、子持地蔵尊の光景です。日本における民間信仰では、道祖神としての性格を持つと共に、『子供の守り神』と信じられています。道祖神は、集落の境や村の中心、村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに祀られる路傍の神です。
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鉄の柵で囲われた、親子地蔵尊の光景です。万が一のための危険防止のようですが、少し興ざめな光景になっていました。
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