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西光寺の寿老人参りの後に向かったのは、善光寺七福神巡りの二番目の大黒天を祀る大国主神社です。名古屋から同行の三人で、市内見物も兼ねて、七福神巡りを楽しみました。(ウィキペディア、長野駅発・善光寺七福神めぐり)<br />

2016秋、善光寺と信濃(3/13):10月24日(3):善光寺七福神(3/7):芭蕉句碑、寿老人

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2016/10/24 - 2016/10/25

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旅人のくまさん

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西光寺の寿老人参りの後に向かったのは、善光寺七福神巡りの二番目の大黒天を祀る大国主神社です。名古屋から同行の三人で、市内見物も兼ねて、七福神巡りを楽しみました。(ウィキペディア、長野駅発・善光寺七福神めぐり)

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  • 苅萱上人とその子の石堂丸のお墓の前にお供えされた、白菊と薄いピンク色の菊の光景です。苅萱上人は、元々は筑前の国司で加藤左衛門尉重氏という人でした。法然上人のもとを訪ね、出家した人です。

    苅萱上人とその子の石堂丸のお墓の前にお供えされた、白菊と薄いピンク色の菊の光景です。苅萱上人は、元々は筑前の国司で加藤左衛門尉重氏という人でした。法然上人のもとを訪ね、出家した人です。

  • 松尾芭蕉の句碑です。寛保3年(1743年)の芭蕉の五十周忌に建立されたものです。長野県内にある芭蕉の句碑としては最古のものとされます。刻まれている句は、『雪散るや 穂屋のすゝきの刈残し』です。

    松尾芭蕉の句碑です。寛保3年(1743年)の芭蕉の五十周忌に建立されたものです。長野県内にある芭蕉の句碑としては最古のものとされます。刻まれている句は、『雪散るや 穂屋のすゝきの刈残し』です。

  • 芭蕉句碑を説明した、まだ新しい立札です。去来と凡兆の共編の『猿蓑』に収録されている句です。『猿蓑』の『巻之一』には、『初しぐれ猿も小蓑をほしげ也』の芭蕉の句も収められています。元禄4年(1691年)7月に刊行されました。

    芭蕉句碑を説明した、まだ新しい立札です。去来と凡兆の共編の『猿蓑』に収録されている句です。『猿蓑』の『巻之一』には、『初しぐれ猿も小蓑をほしげ也』の芭蕉の句も収められています。元禄4年(1691年)7月に刊行されました。

  • 三角屋根の下の六面体の石柱に刻まれた地蔵尊の光景です。『六地蔵憧』と呼ばれているようです。普段見かけるのは、六体の地蔵尊が並んだ『六地蔵尊』です。『地獄』、『餓鬼』、『畜生』、『修羅』、『人間』と『天』の六道を行脚される地蔵菩薩を表すとされます。

    イチオシ

    三角屋根の下の六面体の石柱に刻まれた地蔵尊の光景です。『六地蔵憧』と呼ばれているようです。普段見かけるのは、六体の地蔵尊が並んだ『六地蔵尊』です。『地獄』、『餓鬼』、『畜生』、『修羅』、『人間』と『天』の六道を行脚される地蔵菩薩を表すとされます。

  • 『六地蔵憧』の説明立札の光景です。憧憬などの言葉があるように、『憧』は、『あこがれる』の意味とされます。室町時代の作風と解説してありました。

    『六地蔵憧』の説明立札の光景です。憧憬などの言葉があるように、『憧』は、『あこがれる』の意味とされます。室町時代の作風と解説してありました。

  • 山門に架けられた表札です。『刈萱山・西光寺』の文字がありました。『刈萱』の文字は、『苅萱』と併用されていましたが、この資料では、『苅萱』に統一しておきました。

    山門に架けられた表札です。『刈萱山・西光寺』の文字がありました。『刈萱』の文字は、『苅萱』と併用されていましたが、この資料では、『苅萱』に統一しておきました。

  • 何度も撮影してしまった、『慈光門』と呼ばれている山門の光景です。境内側から眺めた西側の光景です。一茶の句碑は、この門の左手にありました。

    何度も撮影してしまった、『慈光門』と呼ばれている山門の光景です。境内側から眺めた西側の光景です。一茶の句碑は、この門の左手にありました。

  • 先ほど紹介した、六体の地蔵尊が並んだ、『六地蔵尊』の光景です。日本においては、浄土信仰が普及した平安時代以降、極楽浄土に往生の叶わない衆生は、必ず地獄へ堕ちるものという信仰が強まり、地蔵に対して、地獄における責め苦からの救済を欣求するようになったとされます。

    イチオシ

    先ほど紹介した、六体の地蔵尊が並んだ、『六地蔵尊』の光景です。日本においては、浄土信仰が普及した平安時代以降、極楽浄土に往生の叶わない衆生は、必ず地獄へ堕ちるものという信仰が強まり、地蔵に対して、地獄における責め苦からの救済を欣求するようになったとされます。

  • 地元の植木屋さんと雑談をしていた時に、教えて貰った石碑の文字の話題です。このお寺を含めて、数多くの石碑の文字が同じ人の手で刻まれたようです。少し左上がりの味のある文字でした。

    地元の植木屋さんと雑談をしていた時に、教えて貰った石碑の文字の話題です。このお寺を含めて、数多くの石碑の文字が同じ人の手で刻まれたようです。少し左上がりの味のある文字でした。

  • 『朝日山大蛇の塚』のタイトルがあった大きな説明パネルです。江戸時代の天保4年(1833年)、朝日山に棲んでいたという、大蛇と小蛇の物語です。祟りを鎮めるため、法名が与えられたと伝わります。

    『朝日山大蛇の塚』のタイトルがあった大きな説明パネルです。江戸時代の天保4年(1833年)、朝日山に棲んでいたという、大蛇と小蛇の物語です。祟りを鎮めるため、法名が与えられたと伝わります。

  • 『絵解きの寺・浄土宗・苅萱山・寂照院・西光寺』の紹介パネルです。上の地位拝パネルには、『はるばると尋ねし我が子を前にして 父と名のれぬはかなさよ』と詠まれた歌と、石堂丸とその母らしい絵がありました。旋頭歌、短歌とも違う、57575調の歌でした。

    『絵解きの寺・浄土宗・苅萱山・寂照院・西光寺』の紹介パネルです。上の地位拝パネルには、『はるばると尋ねし我が子を前にして 父と名のれぬはかなさよ』と詠まれた歌と、石堂丸とその母らしい絵がありました。旋頭歌、短歌とも違う、57575調の歌でした。

  • 外から眺めた山門の光景です。『慈光門』と呼ばれているようです。正面に本堂が見えていました。西参道が表参道になるようです。

    外から眺めた山門の光景です。『慈光門』と呼ばれているようです。正面に本堂が見えていました。西参道が表参道になるようです。

  • 『苅萱山・西光寺』の西参道の光景です。入場したのは南参道でした。振り返って眺めた山門光景です。

    『苅萱山・西光寺』の西参道の光景です。入場したのは南参道でした。振り返って眺めた山門光景です。

  • 『加る〃や(苅萱:かるかや)』の文字が刻まれた石標の光景です。西側の参道の北側に置かれていました。

    『加る〃や(苅萱:かるかや)』の文字が刻まれた石標の光景です。西側の参道の北側に置かれていました。

  • 同じく、西参道の北側に建てられた石標です。こちらは、『加る〃や親子舊跡(刈萱親子旧跡)』らしい文字がありました。

    同じく、西参道の北側に建てられた石標です。こちらは、『加る〃や親子舊跡(刈萱親子旧跡)』らしい文字がありました。

  • 善光寺七福神巡りの皮切りの『寿老人』の次は、『大黒天』です。善光寺表参道マップには、長野郵便局の西隣に記してありました。長野県庁に近い区域です。

    善光寺七福神巡りの皮切りの『寿老人』の次は、『大黒天』です。善光寺表参道マップには、長野郵便局の西隣に記してありました。長野県庁に近い区域です。

  • 歩道脇の花壇の光景です。オレンジ色の八重咲の花と、黄色の一重咲の花の『ヒャクニチソウ(百日草)』です。学名からジニアとも呼ばれます。

    歩道脇の花壇の光景です。オレンジ色の八重咲の花と、黄色の一重咲の花の『ヒャクニチソウ(百日草)』です。学名からジニアとも呼ばれます。

  • 『クササンタンカ(草山丹花)』の赤い花のようです。ペンタスの呼び名もある、アカネ科ペンタス属の常緑多年草です。原産地は熱帯アフリカ、マダガスカルで、開花期は、5~11月です。

    『クササンタンカ(草山丹花)』の赤い花のようです。ペンタスの呼び名もある、アカネ科ペンタス属の常緑多年草です。原産地は熱帯アフリカ、マダガスカルで、開花期は、5~11月です。

  • 奥の方が日陰になってしまいましたが、赤や黄色の『ケイトウ(鶏頭)』、ペンタスや、『ヒャクニチソウ(百日草)』です。

    奥の方が日陰になってしまいましたが、赤や黄色の『ケイトウ(鶏頭)』、ペンタスや、『ヒャクニチソウ(百日草)』です。

  • 蔦などを使った、季節の飾りのショー・ウィンドウの光景です。作り物の紅葉や黄葉の葉がアレンジされていました。

    蔦などを使った、季節の飾りのショー・ウィンドウの光景です。作り物の紅葉や黄葉の葉がアレンジされていました。

  • 右側の石柱に『曹洞宗』、左側の石柱に『栽松院』の文字が刻まれていたお寺の入口光景です。近くに小さなお堂が見えましたが、その奥に本堂らしい建物がありました。

    右側の石柱に『曹洞宗』、左側の石柱に『栽松院』の文字が刻まれていたお寺の入口光景です。近くに小さなお堂が見えましたが、その奥に本堂らしい建物がありました。

  • 『栽松院』と『栗田街道・しまんりょ小路』の観光案内の立札です。栽松院の正式名称は『曹洞宗・黄梅山・栽松院』、名主で造り酒屋の菊屋が、戦国時代に建てた観音堂が始まりと紹介されていました。善光寺七福神には含まれていませんので、素通りしました。

    『栽松院』と『栗田街道・しまんりょ小路』の観光案内の立札です。栽松院の正式名称は『曹洞宗・黄梅山・栽松院』、名主で造り酒屋の菊屋が、戦国時代に建てた観音堂が始まりと紹介されていました。善光寺七福神には含まれていませんので、素通りしました。

  • 『信濃の陶芸』の看板が懸かったお店の光景です。長野県の現在の焼物には、高遠焼、松代焼、尾林焼や天竜峡焼があるようです。この地域で一番近いのは、松代焼でしょうか、それ以外は飯田地区にあります。<br />

    『信濃の陶芸』の看板が懸かったお店の光景です。長野県の現在の焼物には、高遠焼、松代焼、尾林焼や天竜峡焼があるようです。この地域で一番近いのは、松代焼でしょうか、それ以外は飯田地区にあります。

  • ショー・ウィンドウに飾られた大型から中型の壷の光景です。右の二つに『松代焼(長野市)』、左端のツボに『赤塩焼(飯綱町)』の表示がありました。赤塩焼は、江戸後期の文久3年(1863年)に陶業を始め、大正13年(1924年)頃に本窯が取り壊されたようです。

    イチオシ

    ショー・ウィンドウに飾られた大型から中型の壷の光景です。右の二つに『松代焼(長野市)』、左端のツボに『赤塩焼(飯綱町)』の表示がありました。赤塩焼は、江戸後期の文久3年(1863年)に陶業を始め、大正13年(1924年)頃に本窯が取り壊されたようです。

  • 長野県の県の花、『リンドウ(竜胆)』の絵が描かれた歩道石の光景です。リンドウ科リンドウ属の多年生植物です。熊本県も県の花に選んでいます。

    長野県の県の花、『リンドウ(竜胆)』の絵が描かれた歩道石の光景です。リンドウ科リンドウ属の多年生植物です。熊本県も県の花に選んでいます。

  • 五輪マークが入ったカラー・マンホールの蓋です。1998年に開催された、長野冬季オリンピックを記念したカラー・マンホールでした。日本では、1972年の札幌以来、2回目の冬季オリンピック開催でした。また、最も南に位置する都市で開催された、20世紀最後の冬季オリンピックでした。

    五輪マークが入ったカラー・マンホールの蓋です。1998年に開催された、長野冬季オリンピックを記念したカラー・マンホールでした。日本では、1972年の札幌以来、2回目の冬季オリンピック開催でした。また、最も南に位置する都市で開催された、20世紀最後の冬季オリンピックでした。

  • 白いリンゴの花と赤い実が描かれた、カラー・マンホールの蓋です。『sewerage』の表記がありましたから、下水道のマンホールでした。

    白いリンゴの花と赤い実が描かれた、カラー・マンホールの蓋です。『sewerage』の表記がありましたから、下水道のマンホールでした。

  • 善光寺七福神巡りの二番目は、大黒天を祀る大国主神社です。善光寺の参道からは少し西側に位置していました。

    善光寺七福神巡りの二番目は、大黒天を祀る大国主神社です。善光寺の参道からは少し西側に位置していました。

  • 善光寺七福神巡りの二番目、大黒天を祀る大国主神社に向かう途中の街並み光景です。この辺りは国道19号線の東西の通りになります。銀行、郵便局、放送局などが並ぶビジネス街でした。

    善光寺七福神巡りの二番目、大黒天を祀る大国主神社に向かう途中の街並み光景です。この辺りは国道19号線の東西の通りになります。銀行、郵便局、放送局などが並ぶビジネス街でした。

  • 西方向の光景になるようです。町はずれの前方に緑に覆われた山並みが迫っていました。それほど高い山ではないようです。

    西方向の光景になるようです。町はずれの前方に緑に覆われた山並みが迫っていました。それほど高い山ではないようです。

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