2016/07/28 - 2016/07/28
145位(同エリア379件中)
ぬいぬいさん
再び歩き始めた五街道
今回は東海道よりも更に40キロほど長い中山道。
6月半ばから歩き始めたので毎月最低1回のペースで2年で京都三条大橋にゴール。
そんなイメージを持って歩き続けていますが、4回目のウォークは深谷からスタート。
前回ゴールした際に深谷の街は古い建物好きの私の琴線に触れるものがありました。
いろいろ調べてみると深谷の街は日本を代表する明治の実業家渋沢栄一の生まれ育った町。
関連する建物も数多く残っていて、東京駅や横浜の赤レンガパークに使われている煉瓦の製造された街でもあり
赤煉瓦の建物も結構残っています。
そうなると、街道ウォークもさることながら、渋沢栄一関連施設の見学と煉瓦造りの建物も見よう。
そう思って早めに深谷に到着しました。
いつものことながら事前リサーチなしで出かけたものの、渋沢栄一関連施設までの道のりは遠く、公共の交通機関もないことから駅から7キロも歩くことに。
結局8時半に深谷に到着したものの、渋沢栄一生誕の地 中の家まで見学して駅に戻ったのは12時。
中山道を歩き始めたものの、熱中症になりそうなくらいの猛暑の中を歩くには過酷すぎて、倉賀野まで歩く予定があえなく本庄駅で断念。
4回目の中山道ウォークはわずか11キロで終わってしまいました。
東海道ウォークの時は夏は歩かなかったので感じることはありませんでしたが、真夏の猛暑の時期は街道ウォークはしないほうがよさそうです。
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[投稿のご注意]
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
前回のゴール深谷駅への到着は8時30分
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いつ見ても『リトル東京駅』
前回にも書きましたがなんで深谷の駅が東京駅とうり二つなのか
東京駅の赤煉瓦はこの町にある日本煉瓦製造という会社で焼かれたものだから。
その日本煉瓦製造にかかわっているのが深谷出身の明治時代を代表する実業家
『渋沢栄一』 -
ということで、この日はせっかくなので、渋沢栄一の関連するところに先に行ってみようと思います。
さっそく駅前にある渋沢栄一の銅像から。 -
七夕で賑わっていた前回気になっていた建物がこちら
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小林商店の煉瓦蔵は大正元年竣工。
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砂糖問屋の倉庫として使われていた煉瓦蔵
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手前の3階建の洋風の店舗は、昭和2年竣工の木造の建物です。
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こちらは「深谷れんがホール」
昭和8年(1933 年)にリサイクル材を利用して建てられた蔵で、1階がレンガ造り、2、3 階が木造の倉庫です。 -
外壁がトタンの波板張りになっているのがちょっと残念!
現在は貸しホールとして活用されています。 -
この日の最初の目的地はこちら
裏口から入ります。 -
イチオシ
七ツ梅酒蔵という造り酒屋だったお店。
映画のロケ地うとしても使われているというこちら。
戦前にタイムスリップしたような雰囲気が -
雑貨屋さんや豆腐屋さんのお店がありましたがまだ時間が早いためお店は閉まっています。
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元禄年間創業の老舗の蔵元でしたが10年前に廃業してしまい現在は豆腐屋・雑貨屋・飲食店・古書店などが集うレトロで小ぶりなショッピングモールになっています。
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大きな板に赤い文字で七ツ梅と入った看板 まだ付いたままです。
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中央に高くそびえたつ煉瓦の煙突
酒造工程でお米を炊く際の煙突だそうです。 -
れんがの街深谷ではあちこちでレンガの煙突と蔵を見ることができます。
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こちらが酒蔵を改装した市民による市民のための映画館
『深谷シネマ』 -
次に向かったのは渋沢栄一のゆかりの建物の一つ『誠之堂』
事前リサーチ不足の私は実はこの建物駅から歩ける距離にあるものとばかり思っていたのですが道のりは遠く炎天下の中40分以上歩くことに。 -
この建物は大正5年に当時の第一銀行の頭取だった渋沢栄一の喜寿を祝うために当時の行員たちの出資金により建てられた建物。
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もともと世田谷瀬田にあった第一銀行の保養所だった清和園の中にあった建物です。
ここに移築されたのは15年前のこと。 -
こちらの3枚のステンドグラスは中国の貴族の宴会の光景を描いているもの。
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渋沢栄一の喜寿のお祝いを表現しているそうです。
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こちらのステンドグラスの絵柄
右は龍のようですが左は何だろう? -
設計者は,大正建築の名手といわれた田辺淳吉(1879−1926)で、この建物は彼の代表作といわれているものです。
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壁に赤煉瓦でつくられた文字が・・・
『喜寿』とあります。
渋沢栄一の喜寿のお祝いで造られた建物なんです。 -
当時は会議や接客のために使われていた建物で、建物の内外の板r所に細かな装飾がされていて当時の職人の技術力の高さを感じさせる建物でした。
ちなみ施工は渋沢栄一も深くかかわっていた清水組(現清水建設)によるもの。 -
煉瓦造りの建物の移築というのは世界で初めてのことだそうで、一つずつレンガを積み直したのでしょうかね
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隣りにあるのは『清風亭』
こちらの建物は渋沢栄一の後をついで、第一銀行の二代目頭取となった佐々木勇之助の古希を記念して大正15年に建てられたものをここに移築しています。 -
スパニッシュ瓦やベランダの半円アーチ窓。白い塗り壁の西洋的な意匠の建物です。
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私の大好きな建築家のウイリアム・メレル・ヴォーリズもこんなスパニッシュスタイルの住宅を何棟も設計していますが、当時の流行のスタイルでもあったようです
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設計者の西村好時はこれを「南欧田園趣味」と表現していたとか。
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この建物も誠之堂同様、世田谷の瀬田にあった清和園内にあった建物。
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銀行から聖マリア学園に譲渡され、セント・メリーズ・インターナショナル・スクールの校舎の整備に伴い解体される運命にあったものを、歴史的に貴重な建物として日本建築学会からの保存の要請等もあり、渋沢栄一の生誕の地である深谷に移築されることになったようです。
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暖炉も煉瓦造り
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ステンドグラスの組み込まれた半円アーチ窓
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当時の様子を写した写真
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屋根に乗っている風見鶏
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イチオシ
よく見ると方位が漢字で東西南北になっています。
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「誠之堂」の名は、渋沢栄一自身により命名されたもの。
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儒教の『中庸』の一節「誠者天之道也、誠之者人之道也(誠は天の道なり、これを誠にするは人の道なり)」にちなんでいるとか。
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こちらは渋沢栄一のいとこであり、学問の師でもあった尾高惇忠の生家。
明治維新後は富岡製糸場の初代場長を務めた人物です。 -
渋沢栄一は幼少の頃ここに通い、論語などを学んだそうです。
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裏側にあるレンガ蔵
もちろん日本煉瓦製造のレンガを使った蔵です。 -
竈も煉瓦造です。
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富岡製糸場の初代場長を務めた尾高惇忠
娘さんも富岡製糸場にかかわっていて工女第一号として活躍した尾高勇 -
裏庭で栽培されていた藍
これが藍染の原料となる植物で見た目は緑色ですが葉っぱを気付付けると断面に藍色が出るそうで、これを磨り潰して甕に入れて発酵させるとインディゴブルーに変わるのだとか。 -
渋沢栄一の生家も藍染の原料となる藍玉をつくっていた豪農だったそうです。
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最後に訪れたのは渋沢栄一生誕の地である 旧渋沢邸「中の家」
立派な薬医門をくぐると主屋が正面にあります。 -
この主屋は明治28年に渋沢栄一の妹婿の渋沢一郎の住宅として建てられたもの。
だから生家でなく生誕の地となっているようです。
この主屋は屋根に『煙出し』と呼ばれる天窓の付いた典型的な養蚕農家の形を残しています。 -
もともと渋沢家はこの地区の名字帯刀を許されていた豪農で、先代の一郎右衛門の頃は養蚕や藍玉の製造販売と雑貨屋や質屋も営んでいた裕福な家だったそうです。
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座敷の中へ入ることはできませんが廊下までは入れてもらえました。
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この部屋が渋沢栄一が多忙の合間に帰郷した際に使っていた部屋。
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家のある庭も立派です。
他に見学する人もいなくて独占状態でじっくり見せてもらいましたが、ここでラッキーなことに渋沢栄一氏の末裔の方にお会いすることができ、美味しいアイスコーヒーをご馳走してもらいました。
そういえば、先ほど誠之園をご案内いただいた方からはお饅頭をいただいたりして、深谷の街の人たちめちゃめちゃ親切です。
雑談の中で中山道を歩いていることを話すと、駅まで車で送ってあげようか。
そんなありがたいお言葉も。さすがにそれは厚かましすぎて丁重にご辞退させていただきましたが・・・ -
母屋を取り囲むように4棟の土蔵が残っています。
こちらの大きな土蔵は藍玉の製造・貯蔵場として使われていたもの。 -
裏側にあるこちら土蔵は2階が奥座敷、2階が宝蔵として使われていたもの。
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運よく駅に向かう2時間に1本だけ走っているコミュニティバスに乗って中山道の今日のスタート地点に戻ったのが12時少し前。
昨日今日と深谷はお祭りの真っ最中。 -
前回来たときは七夕祭りで賑わっていたので、どうもこちらではお祭りに縁があるようです。
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なかなか趣ある街並みが続きます。
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夏祭りなので子供神輿にも思いきりバケツに汲んだ水がバシャバシャ思いきりかけられていました。
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山車も立派ですね。
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ちょうど昼時。
商店街を過ぎてからなかなか食事のできるお店がありませんでしたが、表通りと合流するところでちょっとおしゃれな蕎麦屋を発見。 -
イチオシ
手打ちそばの付いたランチセットと生ビールでようやく一息つきました。
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斜向かいにあった神社の境内もお祭りの人たちが
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歩き始めて3キロ
日本橋から80キロ地点を通過 -
しばらく現道と重なって旧中山道は進んでいきますが、ここで二手に分かれて旧道は右に
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炎天下の中歩いていくと目に見えて体力の消耗を感じます。
歴史を感じさせる火の見櫓
田舎ではまだこんな火の見櫓あちこちに見ることができますね。 -
二股に分かれる角にあった旧中山道に関する石碑
よく読まなかったので、旧道は左だったようですが右に進んでしまいました。 -
この辺りから日を遮る民家がなくなりしばらく何もない田んぼの中を歩いていきます。
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ふう〜 暑い〜
街道ウォーク 東海道の時は海沿いだったので夏のウォークは控えていたのですが、猛暑の中歩く門ではありませんねえ。 -
こんな風景の中を小一時間歩いていたらさらに体力を消耗
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暑くて、暑くてとても倉賀野まで歩ける状況ではなくて、この日のゴールはずっと手前の本庄宿に変更
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深谷から本庄までは約11キロ
先に完歩した東海道ウォークも含めて一日あるく最短距離の記録をつくってしまいました。
でも、街道ウォークの前にすでに渋沢栄一ゆかりの街歩きで10キロ以上歩いていたので1日の歩行距離は27キロといつも並みでした。 -
あまりの暑さに結局3時過ぎに本庄駅に到着してこの日の中山道ウォークは終了。
次回はもう少し頑張って高崎まで歩こう。
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