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昨年のゴールデンウィークに2年がかりで歩き切った東海道 <br />翌6月からは新たな街道ウォークを始めました。<br />選んだ先は一番過酷な中山道。<br />何が過酷かというと軽井沢の先から鉄道路線が途切れ、山道をひたすら歩く行程が続くコース<br /><br />そして距離も東海道よりもさらに40キロも長い530キロあり、その間の宿場町も六十九次あり、比較的平坦な東海道と違って山間を貫くコースは山越え谷超えの起伏の険しい道のりが予想されます。<br /><br />でも歩き始めたからには完歩しないといけません。<br />8月の暑い盛りはさすがに歩く気にならず、9月の終わりから再び歩き始め、10月の紅葉の盛りには中山道最大の難所である碓氷峠を超えて軽井沢を抜け沓掛までまでたどり着きました。<br />でも、横川で鉄道路線が途切れてしまい、バスに乗り継いで軽井沢に出る交通の便はさすがに日帰りは厳しく、今回が最後の日帰りウォークとなります。<br />岩田村までは何とかJRの小海線が走っているので帰ることができましたが、その先下諏訪までの53kmが電車の路線が途切れてしまうためそこから先は泊りがけのウォークとなり、5月のGWまではしばらく中断となりそうです。

目指せ京都三条大橋! 中山道ウォーク8回目  沓掛宿~追分宿~小田井宿~岩田村宿 16km

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2016/12/30 - 2016/12/30

114位(同エリア306件中)

旅行記グループ 中山道ウォーク

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ぬいぬい

ぬいぬいさん

昨年のゴールデンウィークに2年がかりで歩き切った東海道 
翌6月からは新たな街道ウォークを始めました。
選んだ先は一番過酷な中山道。
何が過酷かというと軽井沢の先から鉄道路線が途切れ、山道をひたすら歩く行程が続くコース

そして距離も東海道よりもさらに40キロも長い530キロあり、その間の宿場町も六十九次あり、比較的平坦な東海道と違って山間を貫くコースは山越え谷超えの起伏の険しい道のりが予想されます。

でも歩き始めたからには完歩しないといけません。
8月の暑い盛りはさすがに歩く気にならず、9月の終わりから再び歩き始め、10月の紅葉の盛りには中山道最大の難所である碓氷峠を超えて軽井沢を抜け沓掛までまでたどり着きました。
でも、横川で鉄道路線が途切れてしまい、バスに乗り継いで軽井沢に出る交通の便はさすがに日帰りは厳しく、今回が最後の日帰りウォークとなります。
岩田村までは何とかJRの小海線が走っているので帰ることができましたが、その先下諏訪までの53kmが電車の路線が途切れてしまうためそこから先は泊りがけのウォークとなり、5月のGWまではしばらく中断となりそうです。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 私鉄 徒歩
  • 8回目の中山道ウォーク。スタートは中軽井沢駅周辺の沓掛宿から。<br />始発電車で横川駅まで来て、そこからJRバスの乗り換え軽井沢に、さらに信濃電鉄に乗り換えてここに到着したのは11時

    8回目の中山道ウォーク。スタートは中軽井沢駅周辺の沓掛宿から。
    始発電車で横川駅まで来て、そこからJRバスの乗り換え軽井沢に、さらに信濃電鉄に乗り換えてここに到着したのは11時

  • 天気はいいものの、年の瀬の軽井沢は冷え込んでいてこの日の気温は0度

    天気はいいものの、年の瀬の軽井沢は冷え込んでいてこの日の気温は0度

  • それにしても寒い。<br />ここから旧道に入ります。

    それにしても寒い。
    ここから旧道に入ります。

  • しばらく旧道は別荘が建ち並ぶエリアを通り抜けて行きます。

    しばらく旧道は別荘が建ち並ぶエリアを通り抜けて行きます。

  • 今から40年近く前大学生だった頃の私は、夏休みの2か月間、旧軽井沢でアルバイトをしていたことがあって、休みの日に中軽井沢のこのあたりまで自転車を借りてサイクリングに来ていたことを思い出しました。

    今から40年近く前大学生だった頃の私は、夏休みの2か月間、旧軽井沢でアルバイトをしていたことがあって、休みの日に中軽井沢のこのあたりまで自転車を借りてサイクリングに来ていたことを思い出しました。

  • 浅間山も雪をかぶって真っ白

    浅間山も雪をかぶって真っ白

  • この民家の松の木、足元を見てください。<br />根元からほぼ直角に曲がって幹が伸びています。

    この民家の松の木、足元を見てください。
    根元からほぼ直角に曲がって幹が伸びています。

  • 晴天なのに足元の道路を見ると、アスファルトの表面にあられの粒のようなものがうっすら積もっていました。<br />18号のバイパスから旧道は左に進みます。

    晴天なのに足元の道路を見ると、アスファルトの表面にあられの粒のようなものがうっすら積もっていました。
    18号のバイパスから旧道は左に進みます。

  • しばらく変化のない道が続きここで左に進みます。

    しばらく変化のない道が続きここで左に進みます。

  • 街道歩きをしていて何も見るべきもののない道を延々と歩くのはかなり疲れます。

    街道歩きをしていて何も見るべきもののない道を延々と歩くのはかなり疲れます。

  • 遠近宮と書いて「おちこちみや」と読みます。<br />絶対読めないですよね。<br />こちらは安産の神様なのだとか。

    遠近宮と書いて「おちこちみや」と読みます。
    絶対読めないですよね。
    こちらは安産の神様なのだとか。

  • この辺りだけ中山道の雰囲気を残す町並みが続きます

    この辺りだけ中山道の雰囲気を残す町並みが続きます

  • 玄関わきにちょっと珍しいこんな屋根の付いた民家

    玄関わきにちょっと珍しいこんな屋根の付いた民家

  • 軒先に杉玉の下がる民家<br />どう見ても造り酒屋には見えないのですが・・・

    軒先に杉玉の下がる民家
    どう見ても造り酒屋には見えないのですが・・・

  • まだ追分宿に入っていないのですが風情ある街並みは続きます。

    まだ追分宿に入っていないのですが風情ある街並みは続きます。

  • こんもりした塚は追分の一里塚<br />日本橋から数えて40番目の一里塚<br />160キロ地点を通過しました。<br />この先左に曲がると追分宿に入ります。

    こんもりした塚は追分の一里塚
    日本橋から数えて40番目の一里塚
    160キロ地点を通過しました。
    この先左に曲がると追分宿に入ります。

  • 江戸時代に中山道と北国街の二つの道が合流する宿場町として繁栄した追分宿。そんな追分宿の歴史資料を展示しているのがこちらの「軽井沢町追分宿郷土館」<br />年末のため休館日で中を見ることはできませんでした。

    江戸時代に中山道と北国街の二つの道が合流する宿場町として繁栄した追分宿。そんな追分宿の歴史資料を展示しているのがこちらの「軽井沢町追分宿郷土館」
    年末のため休館日で中を見ることはできませんでした。

  • 旧道にある追分宿のこの一帯だけ道も石畳風に整備されています。

    イチオシ

    旧道にある追分宿のこの一帯だけ道も石畳風に整備されています。

  • 写真の上部が切れてしまっていますがこちらは本陣門<br />この奥に堀辰夫記念館があります。

    写真の上部が切れてしまっていますがこちらは本陣門
    この奥に堀辰夫記念館があります。

  • 追分宿郷土館同様年末のため休館日<br />でもせっかく来たのだから外からだけでもちょっと見学することに。

    追分宿郷土館同様年末のため休館日
    でもせっかく来たのだから外からだけでもちょっと見学することに。

  • こちらが堀辰夫が晩年に亡くなるまで住んでいた家

    こちらが堀辰夫が晩年に亡くなるまで住んでいた家

  • かなり小さな家です<br />縁側で日向ぼっこしながらこの椅子に腰かけて寛いでいる姿が想像できますよね。

    かなり小さな家です
    縁側で日向ぼっこしながらこの椅子に腰かけて寛いでいる姿が想像できますよね。

  • 新しそうな建物ですが宿場町風情を残した姿

    新しそうな建物ですが宿場町風情を残した姿

  • この日のランチは追分宿の「蕎麦旬彩処ささくら」で。<br />

    この日のランチは追分宿の「蕎麦旬彩処ささくら」で。

  • 刺身や天麩羅の付いた蕎麦ランチ<br />ボリュームがあって美味しくいただきました。

    イチオシ

    刺身や天麩羅の付いた蕎麦ランチ
    ボリュームがあって美味しくいただきました。

  • ささくらの目の前につながれていたわんこ<br />御主人はランチ中なんでしょうね。

    ささくらの目の前につながれていたわんこ
    御主人はランチ中なんでしょうね。

  • 追分宿は北国街道との分岐点でもあり元禄時代には旅籠屋71軒、茶屋18軒、商店28軒を数え、飯盛女も最盛期には200~270人もいたとされるほど栄えたそうです。

    追分宿は北国街道との分岐点でもあり元禄時代には旅籠屋71軒、茶屋18軒、商店28軒を数え、飯盛女も最盛期には200~270人もいたとされるほど栄えたそうです。

  • また民謡に多く見られる追分節の発祥の地でもあるそうです。

    また民謡に多く見られる追分節の発祥の地でもあるそうです。

  • 現金屋の薄れた看板の出ていた古い建物<br />

    現金屋の薄れた看板の出ていた古い建物

  • こちらは高札場跡

    こちらは高札場跡

  • この辺りには「枡形の茶屋」と呼ばれた茶屋が数軒あったそうですが、そのうちの1軒「旧茶屋つるがや」<br />

    この辺りには「枡形の茶屋」と呼ばれた茶屋が数軒あったそうですが、そのうちの1軒「旧茶屋つるがや」

  • 常夜灯などが立つ分別れ<br />手前が中山道で奥にある道は北国街道<br />ここが分岐点になります。

    常夜灯などが立つ分別れ
    手前が中山道で奥にある道は北国街道
    ここが分岐点になります。

  • 旧道はここから左に進みます。

    旧道はここから左に進みます。

  • 「千ヶ滝湯川用水」は約三百五十年前に開削された古い歴史を持つ農業用水路

    「千ヶ滝湯川用水」は約三百五十年前に開削された古い歴史を持つ農業用水路

  • しばらく見るべきもののない道が続き線路で道路が分断されます。

    しばらく見るべきもののない道が続き線路で道路が分断されます。

  • 自転車と歩行者だけが通り抜けできる地下道を進みます。

    自転車と歩行者だけが通り抜けできる地下道を進みます。

  • 地下道の抜けて右側に進むとしなの鉄道の『御代田駅』<br />ここを旧中山道は左に進んでいきます。

    地下道の抜けて右側に進むとしなの鉄道の『御代田駅』
    ここを旧中山道は左に進んでいきます。

  • 小田井宿まではしばらくこんな街並みが続きます。

    小田井宿まではしばらくこんな街並みが続きます。

  • ここで追分宿から5キロ歩きましたが、その間は何も見るべきものがなく単調な道のりでした。

    ここで追分宿から5キロ歩きましたが、その間は何も見るべきものがなく単調な道のりでした。

  • このあたりから小田井宿へ入りました。

    このあたりから小田井宿へ入りました。

  • 右の白い壁の建物は小田井宿の本陣を務めた安川家。

    右の白い壁の建物は小田井宿の本陣を務めた安川家。

  • 小田井宿は、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十一番目の宿場になります。<br /><br />

    小田井宿は、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十一番目の宿場になります。

  • 現在の長野県北佐久郡御代田町中心部にあたります。

    現在の長野県北佐久郡御代田町中心部にあたります。

  • 参勤交代などで大名が北国街道との分岐点でもあった追分宿で宿をとる際、小田井宿は姫君や側女たちの宿にあてられることが多かったそうです。

    参勤交代などで大名が北国街道との分岐点でもあった追分宿で宿をとる際、小田井宿は姫君や側女たちの宿にあてられることが多かったそうです。

  • そんなことから「姫の宿」とも呼ばれていました。<br />

    そんなことから「姫の宿」とも呼ばれていました。

  • あの皇女和宮がご降嫁の際に休憩したことでも有名です。

    あの皇女和宮がご降嫁の際に休憩したことでも有名です。

  • いまでも、千本格子の旅籠がいくつか残され、当時を偲ぶことができます。

    いまでも、千本格子の旅籠がいくつか残され、当時を偲ぶことができます。

  • しばらく進んでいくと佐久市の市街地に入りました。<br />この先で右に曲がって岩村田へ向かいます。

    しばらく進んでいくと佐久市の市街地に入りました。
    この先で右に曲がって岩村田へ向かいます。

  • 旧道はまっすぐ進みますがこの先鉄道の駅がなくなってしまうため、この先で右に曲がって岩村田駅へと向かいます。

    旧道はまっすぐ進みますがこの先鉄道の駅がなくなってしまうため、この先で右に曲がって岩村田駅へと向かいます。

  • この日のゴールは東京に帰ることもあり、JR小海線の岩村田駅<br />ここから小諸までいって、そこからしなの鉄道に乗り換えて軽井沢へ戻ります。

    この日のゴールは東京に帰ることもあり、JR小海線の岩村田駅
    ここから小諸までいって、そこからしなの鉄道に乗り換えて軽井沢へ戻ります。

  • 軽井沢駅ではJRバスの乗り継ぎが悪く1時間ほど駅前のアウトレットで時間をつぶしました。

    軽井沢駅ではJRバスの乗り継ぎが悪く1時間ほど駅前のアウトレットで時間をつぶしました。

  • 最後は駅のキオスクで買ったご当地ビールでのどを潤し、帰途につきました。<br />6時過ぎに軽井沢を出て自宅に帰ったのは23時過ぎ。<br />次回からは泊りがけでないと中山道ウォークができず、岩田村の先から53キロほど先の下諏訪まで、電車の線路から離れたところを歩くことになるため、3日連続で歩かないといけないため、次は年明けのゴールデンウィークになりそうです。

    最後は駅のキオスクで買ったご当地ビールでのどを潤し、帰途につきました。
    6時過ぎに軽井沢を出て自宅に帰ったのは23時過ぎ。
    次回からは泊りがけでないと中山道ウォークができず、岩田村の先から53キロほど先の下諏訪まで、電車の線路から離れたところを歩くことになるため、3日連続で歩かないといけないため、次は年明けのゴールデンウィークになりそうです。

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