2011/11/08 - 2011/11/11
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紅葉の時期の世界文化遺産、仏国寺紹介の続きです。石窟庵とともに世界文化遺産に登録されました。寺院の本殿に相当する大雄殿等の紹介です。(ウィキペディア、るるぶ・韓国・ソウル)
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仏国寺の本殿、大雄殿(デウンジョン)の建物光景です。文禄の役(韓国の呼び方は壬辰倭乱)の際に焼失しましたが、1695年に再建されました。基壇は新羅時代のままとされます。
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大雄殿の軒下から眺めた多宝塔(ダボタプ)の光景です。韓国の国宝第20号に指定されている、見事な石塔です。大雄殿の前に釈迦塔とともに並びます。
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大雄殿の軒下に吊り下げられた『魚鼓(ぎょく)』です。魚鼓と木魚とのルーツは同じと考えられています。これを叩いて時を知らせたり、合図とするものです。日本でも曹洞宗や臨済宗などの寺院等で使われています。『魚板』とも呼ばれます。
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魚鼓と同じ目的の鳴物のようです。雲版と呼ばれる道具の1種です。ブロンズ製のように見えます。真ん中より少し下に、敲く場所があります。
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大雄殿正面に位置する紫霞門の左手にある建物光景です。境内の南面に位置しますが、更に西側には安養門があります。この建物も特別な建物名称は付いていないようです。
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大雄殿正面に位置する紫霞門の右手にある建物光景です。境内の南東角に位置します。特別な建物名称は付いていないようです。
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大雄殿正面に位置する紫霞門の右手にある建物の基礎部分の光景です。仏国寺は山の麓の傾斜地にありますから、段差部分には石垣が積まれて、張出した建物の支柱部分には石柱が使われていました。
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境内の植樹の光景です。少々草臥れた古木のように見えます。格好の木登りの対象にされているようにも見えます。その傍らに学生さん達のグループがいました。
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境内の黄葉の光景です。右手の公孫樹の大木は、大方落葉が住んでいましたが、築地塀の間から見える小木にはまだ沢山の黄葉の葉が残っていました。
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築地塀(ついじべい)は、泥土をつき固めて作った塀のことです。単に『築地(ついじ)』とも呼ばれます。石垣の基礎に柱を立てた木枠に練り土を入れ、棒でつき固める『版築』という工法が一般的なようです。
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並んで歩くお坊さんの後ろ姿です。茶色の袈裟が、周りの光景に良く似合います。現在の仏国寺は、禅宗系の曹渓宗(大韓仏教曹渓宗)の寺院です。
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境内を取り囲む回廊の建物光景です。回廊の外壁側の光景になります。壁の所々に小さな門が付いていました。
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多宝塔の四面に設置された石段の横から眺めた大雄殿の建物光景です。1973年の発掘調査を元に、大雄殿の北側に位置する無説殿や観音殿などが再建されました。
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建物の外から撮影した金銅仏のお姿です。釈迦牟尼像のようです。釈迦牟尼仏を中心に左右に未来の仏様になる弥勒菩薩と過去の燃灯仏かつら菩薩があります。過去、現在、未来の三世仏が揃っています。
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釈迦牟尼仏のお顔のアップです。大乗仏教と小乗仏教とでは少し異なった見解があるようですが、一般的に釈迦牟尼仏は、仏教の開祖の釈迦(ゴータマ・シッダッタ、あるいはガウタマ・シッダールタ)を、仏(仏陀)として敬う呼び方です。
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甍の屋根越しに眺めた紅葉の光景です。紅葉の樹はカエデのようです。その周りには黄葉の樹や常緑樹もありました。
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先に紹介した多宝塔ですが、撮影場所を変えての再度の紹介です。塔の周りには石獅子が配置されていましたが、現在では1体だけが残っています。
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1体だけ残った石獅子の光景です。蓮座の上に鎮座しているようです。全体に赤っぽい色をしていますが、彩色されたものか、石材の色かは判断付きませんでした。部分的に白っぽい部分が見えますから、彩色された赤色でしょうか。
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大雄殿の軒下の木組み光景を纏めて紹介します。褪色してしまった龍頭の彫り物です。背後にも鮮やかな彩色部分と、褪色した彩色部分とが入り混じっていました。修復作業の影響でしょうか。
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周りの色と比べると、一際鮮やかな彩色の右向きの仏座像の絵です。修復作業の時に描かれた絵のようです。
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中央の絵は、白象の上に跨った仏像です。普賢菩薩は、白象に乗るか、あるいは蓮華上に座して、手に経巻を持っています。父が阿弥陀仏、兄が文殊菩薩とされます。
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少しずつ以上は異なっているようです。幾つもの龍頭の飾りがありました。彩色が僅かに残ったユーモラスに見える龍頭です。
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多くは仏像が描かれたスペースですが、ここでは花瓶に活けられたデフォルメされた花模様でした。この蓮花の絵も、描き直された鮮やかさです。
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中央のスペースには、腰かけた姿の仏像の絵です。蓮花を手にし、周りには雲が描かれています。蓮華(蓮)の持ち物は、観音菩薩の象徴となっています。
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中央部分に仏座像が描かれています。釈迦五印の内の転法輪印の印相です。説法印とも呼ばれ、お釈迦様の説法の時のポーズです。頭の上から煙が上がっているのは、お灸でしょうか。
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同じような構図の絵ですが、印相の形が違います。阿弥陀如来特有の九つの印相の内の一つ、中品のようです。阿弥陀如来は極楽浄土から迎えにくる際、人間の能力や信仰の程度によって、九つの段階に分け、その人にふさわしい印を表します。『上品』『下品』という言葉は、この印相の名前に由来しています。
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石灯篭の頭越しに眺めた大雄殿の正面入口の光景です。李氏朝鮮の歴代君主中、最も優れた君主とされる世宗大王(1397〜1450年)は、儒教の理想とする王道政治を展開しましたが、仏教は弾圧しました。仏国寺もその例に漏れませんでした。
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大雄殿の扁額の文字のアップ光景です。大雄殿は、仏国寺の本殿にあたる建物です。681年頃に創建されたと推定されています。現在の建物は、1765年に再建されたものです。
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大雄殿に向かって右手方面の軒下光景です。多重で重厚な木組みが極彩色に彩られています。詳しいことは分かりませんが、1765年に再建された建物ですと、その後の修復履歴があるようです。
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大雄殿に向かって左手方面の軒下光景です。軒下には、目がクリっとした龍頭の彫り物がありました。歯並びの良い口の中には、玉が見えます。
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