2013/09/22 - 2013/09/23
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旅好き長さんさん
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世界遺産の石見銀山には、’07年に一度行きましたが、その当時は大久保間歩に行けなかったので、ここには是非とも行きたく、今回 世界遺産センター主催の大久保間歩一般公開ツアーに参加してきました。
その帰りに、時間つぶしに立ち寄ったつもりの出雲市平田町の木綿街道でしたが、古い街並みがしっかり残りとてもよかったです。
その後再度、松江市の嫁ヶ島の夕陽を見に出かけましたが、今回も雲が出てきて今一な夕陽になりました。
翌日、横山大観の絵画や魯山人の焼き物と庭園で有名な大谷美術館に立ち寄り、帰宅しました。
今回の旅程は、
9月22日(日)家をマイカーで出発し石見銀山の大久保間歩と大町見学、その後木綿街道散策後松江市へ移動
9月23日(月大谷美術館見学後帰宅
ちなみにタイトルの銀の道は石見銀山から温泉津(ゆのつ)までの道、木綿街道は、出雲市平田町にあり、東に宍道湖、東西を貫流する船川と水路に恵まれたところで、古くから商家の荷を運ぶ市場町として利用されて来たところだそうです。
特に、江戸末期から明治初期にかけて、「平田木綿」は、大阪や京都で良質の木綿として高く評価され、遠方との取引が行われるようになり、ここを木綿街道と言われるようになったとのことです。
木綿街道、は今回あまり期待していなかったのですが、古い街並みが残り、とても素敵な街道の一つだと思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 2.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
イチオシ
石見銀山世界遺産センターに9時までに到着し、ツアーの受付を終えなければならないため、家を朝の4時30分にマイカーで出発。
この写真は、中国自動車道を走り、米子道の蒜山高原サービスエリアで休憩した際の朝陽です。
前回の島根旅行はあまり天気に恵まれませんでしたが、今回はいい天気になりそうです。 -
この建物が蒜山高原サービスエリアです。
さすがに3連休のため、朝早いにもかかわらずたくさんの旅行者が来て、朝食兼休憩をとっていました。 -
蒜山サービスエリアから眺めた大山です。
山の頂には雲がかかっています。
駐車場には他府県のマイカーがたくさん停まっていました。 -
出発から約4時間30分後の9時前に石見銀山世界遺産センターに到着。
ここは8時30分にオープンするのですが、私たちが到着した時点でたくさんの車が駐車していました。
石見銀山の龍源寺間歩や大森地区の街並みを見学するには、ここに車を停めてバスで移動したほうが便利です。(駐車場が少ないため) -
石見銀山世界遺産センターそばの小高い丘から撮影した世界遺産センターの建物です。
あたりの木々は、もう紅葉が始まっているものがあり、秋ももうそこまで来ているようです。
ただこの日は、天気が良かったせいで最高気温は30℃越えのとても暑い日でした。 -
大久保間歩行きのツアーは9時30分に出発ですが、その前に遺跡の説明や注意事項の説明があるので、受付は9時までに済ませる必要があり、さっそく参加費3800円を払っていろいろな説明を聞きました。
はじめは参加費が高いなと思いましたが、参加してみるとそれに見合う内容でしたので大満足。
ちなみにこのツアーへの参加方法は、石見銀山世界遺産センターのホームページを見ていただくと要領が記載されています。(インターネットやファックスで申込みできます) -
この写真は世界文化遺産の登録書です。
世界的には鉱山に関する世界遺産は全部で12か所あるそうですが、木が生い茂っている所は石見銀山だけだそうです。
石見銀山以外の鉱山は、露天掘りのため木が生えていないそうで、世界遺産の登録審査に来られた担当の方がびっくりしていたそうです。
それらを含めて世界遺産に登録されたそうです。 -
この模型は石見銀山の世界遺産の範囲を表したもので、この写真のランプに囲まれたところが世界遺産に認定されたところです。
石見銀山遺跡は、
①.鉱山遺跡
②.銀山経営を支えた鉱山町
③.銀の積み出し港
④.銀を運んだ街道
⑤.中世の山城
などから構成される世界遺産としてはアジアで唯一の産業遺産だそうです。 -
さていよいよツアーの開始。
このバスに乗って本谷地区の入り口までこのバスで移動します。
今回参加されたメンバーには、遠くは福島、東京、静岡の人がおり、総勢20人が朝9時30分発のツアーに参加していました。 -
バスでの移動の途中、銀山の見えるところに少し停まりガイドさんの説明を聞きました。
この写真の中央部の山で木の生えていない岩場の断層部から銀がとれたそうです。
もともとこの周辺は火山で、この断層に銀が浸みこんだそうです。 -
ガイドさんが石見銀山にまつわるいろいろなことを説明してくれています。
この人は、石見銀山ガイドの会の会長さんだそうです。
石見銀山のことを、たくさんの人に理解してもらおうと、一生懸命説明してくれていました。 -
ここが木谷地区の入り口で、ここまでバスで来られます。
ここから山道になりますので、全員でストレッチを行って登っていきます。 -
先ほどのバスの中で見た銀がとれた岩肌のところです。
よく見ると木の生えていない岩場には割れ目が見えます。
この割れ目にそって銀があったそうです。
石見銀山の本格的な開発は16世紀に、博多の豪商、神屋寿禎(かみやじゅてい)によって始まったとされているそうです。
この石見銀山の発見のいきさつは、「銀山旧記集」および「石見銀峯山清水寺(いわみぎんぶせんせいすいじ)天地院縁起」に、大永6(1526)年、神屋寿禎が仁摩町の宅野港に浮かぶ韓島(からしま)の沖を出雲に向けて航海中、銀峯山(仙ノ山)が光るのを見たという記述があり、これが寿禎による石見銀山発見の伝説として広く伝えられているそうです。
「石見銀峯山清水寺天地院縁起」によると、「山が光るのは銀峯山にある清水寺の霊が光るのだ」と船頭に教えられた寿禎は、早速温泉津(ゆのつ)に船を泊めて仙ノ山に参拝に行き、その帰り道、足下に光る銀鉱石を見つけたそうです。
船から眺めて山が光っていたというほどですので、当時は銀が地面にたくさん現れていたのかも・・・。
通常は、鉱石1Kgあたり1gの銀しかとれなかったそうです。 -
ここは本谷口番所跡で、昔は銀山の周りには柵があり、番所を通らないと出入りできなかったそうです。
世界遺産の境界は、この柵に沿ってあるそうです。 -
ここは金生坑で、江戸時代に掘られた坑道です。
明治時代には、本谷の鉱石を清水谷へ運搬するため、同じ標高にある蔵之氶坑につながっているそうです。
そのため、鉱山が閉山になった後も生活用の通路(トンネル)になっていたそうです。 -
そこからさらに大久保間歩に向かって、このような山道を登っていきます。
-
この白い小さな花は、名前は忘れましたが銀が採取されるところに自生する植物で、昔はこの花を目当てに採掘したそうです。
ちなみにこの花は春に花が咲くそうで、ここ最近急に冷えてきたので咲いたそうです。 -
そしていよいよ、大久保間歩に到着。この金網の扉の向こう側が大久保間歩です。
-
大久保間歩に入る前にこの小屋でヘルメット、長靴、懐中電灯を借り、間歩の中での注意点を聞きました。
注意点としては、間歩の中の水溜りの中には極力入らない。この水溜りの中には貴重な小さなエビ(5mm程度)が生息しているそうで、このエビを踏まないようにとのこと。2点目として、間歩の通路にある昔のトロッコの枕木の上には載らないこと。この枕木も世界遺産の一つのため破損させないためだそうです。当然、間歩の壁も触らないようにと言われました。3点目として、間歩内では石を投げないこと。これは落石と勘違いするため。4点目は、間歩内で勝手に行動しないこと。間歩内は暗く、迷路のようになっているので、迷うと出てこれなくなりますし、竪穴に転落する恐れもあるためだそうです。 -
これが大久保間歩の入り口です。思ったより入り口は狭く、少し頭を下げて入る必要があります。
この入り口の前に立つと、間歩の中から冷たい風が流れてきてとても涼しかったです。 -
大久保間歩内の坑道です。
上下2段の坑道になっていますが、上の段が江戸時代に手掘りで掘られた坑道で、下の段は明治時代にダイナマイトを使って掘り進んだ坑道です。
銀は、この写真の白く見える断層にあるそうです。 -
間歩内では、全員この写真のようにヘルメットをかぶり、懐中電灯の明かりを頼りに進んでいきます。なんとなくインディージョーンズの探検のような雰囲気です。
ちなみに坑道内はとても涼しく、外気温が30℃だったにもかかわらず、この中は11℃でした。そのため厚手の服を着ていないと寒く感じます。 -
天井の割れ目の所に銀があるため、そこを中心に掘り進んでいます。
この当たりになると天井が高く、徳川幕府初代石見銀山奉行の大久保 長安が長槍を持って馬に乗ってこの坑内に入ってきたというのが理解できます。
この間歩は、江戸初期に開発され、大量の銀が採掘されたそうです。 -
暗くてわかりづらいですが、ここの天井も非常に高いです。
坑道のあちこちに枝分かれしたトンネルが左右、上下にあります。
最盛期の17世紀初頭の石見銀山の銀輸出量は、年間200トンと推定され、これは全世界の生産高の約3分の1に相当するそうです。
そのため、ポルトガル人が相場が安く上質の日本の銀に目をつけ、日本にやって来たそうです。 -
ここも岩の断層にある銀を採掘するために掘られた穴で、奥に入っていくための丸木の階段があります。昔の人は良くあんな狭い所に入っていけたものだと感心します。
-
大久保間歩の見学後、さらに奥にある釜屋間歩に向けて登っていきます。
この時期、熊蜂がこの周辺にもいるようで、蜂が飛んできたらじっとしているようにと言われました。蜂をはたいたり、逃げたりすると攻撃してくるので、蜂が顔や体にとまったとしても、じっとしているのが一番だそうです。 -
ここが釜屋間歩です。
山師の安原 伝兵衛さんが発見したといわれる坑道で、岩を削った階段が見えます。 -
釜屋間歩の案内板です。ここの間歩からは年間13.5トンもの銀を採掘し、徳川幕府に献上したそうです。
今回のツアーではここまでで、この上にある本間歩や石銀(いしがね)集落跡などには別のツアーで行けるようです。
これら集落には、最盛期で約20万人が住み、1万3千軒の住居があったそうです。その当時は大都会だったようです。 -
今回のツアーで山登りする際に見つけた花です。
-
これもそうです。
花の名前はわかりません。 -
この花は、ちょっとピントがずれていますが、ミョウガの花だそうです。
もちろん食べられます。 -
これは萩の花です。
ここにはもう秋が訪れているようです。
でも暑い・・・。 -
来た道を引き返しています。
ここは先ほど通った、本谷口番所跡です。
奥には鳥居も見えます。 -
本谷口番所跡の案内板です。
仙ノ山には、この本谷口と北側の水落口の2カ所に番所があったそうです。
ここの番所は、間口が約5.8m、奥行きが3.9mほどの小さな平屋建てだったそうです。 -
イチオシ
2時間30分の大久保間歩公開ツアーも予定通り12時に終了し、石見銀山世界遺産センターにもどり、まずはここで昼食。
その後バスで大森地区に移動。
ここは、羅漢寺の五百羅漢です。
写真の周りがぼやけていますが、編集でしたのではなく、涼しいバスの中から暑い屋外に出たため、カメラのレンズが結露してこのような写真になりました。偶然の産物ですがお気に入りの写真です。 -
レンズの結露を拭いて撮った写真がこれです。
五百羅漢への入り口の石造りの太鼓橋がいい感じです。 -
逆の方向から見るとこんな感じです。
-
これは先ほどの五百羅漢の道路を挟んで反対側にある羅漢寺です。
-
羅漢寺より石見銀山公園を通り、清水谷精錬所跡に向かう遊歩道のそばにあった何かの碑です。
なんとなく歴史を感じます。 -
遊歩道はこのような木々の間を抜けていきます。
-
さらに進んでいくとこのようになります。
遊歩道は結構整備されて歩きやすかったです。この道をずーーと進んでいくと龍源寺間歩に行けます。 -
ここが目的地の清水谷精錬所跡です。
ここは、明治26年に2年の歳月をかけて、当時の最先端技術を駆使して建造された、石見銀山で最も新しい建造物だそうです。
現在の価値で約20億円もかけたにもかかわらず、利益がでずにわずか1年半で閉鎖されたそうです。 -
こうやって見ると兵どもの夢の後のようです。
-
先ほどの所より、今度は一般道に出て街並み地区に引き返します。
その途中にあった案内板で、そばにはもうコスモスが咲いていました。 -
イチオシ
ここは豊栄神社そばにある民家のお庭です。
たくさんの信楽焼きのタヌキが出迎えてくれます。 -
ここから古い街並みが現れてきます。
この家は、ゴマ豆腐のお店でした。 -
大森地区の小さな川に架かる石橋が遠くに見えます。
いい雰囲気です。 -
大森地区の古い街並みの自動販売機です。
自動販売機も街並みの景観を配慮して、木枠で覆われています。 -
大森地区から石見銀前世界センター行のバス停で周囲を見渡すとこのようなかやぶき屋根の家もありました。
-
石見銀山を後にして、ガイドブックで気になった、木綿街道のある出雲市平田町へ車で移動。
入り口にはこのような表示があります。
街道の中には、木綿街道交流館に車が3台置けるだけで、駐車場がないのが難点です。私はそばのパチンコ屋さんの駐車場に停めさせていただきました。(ごめんなさい。) -
街道の中に入ると、このような古い建物が続いていきます。
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駐車場が少ないせいか、観光客はほとんどいなく、ゆっくり散策できます。
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ここは、国の登録文化財に指定されている本石橋邸です。
この建物は、江戸中期に建てられた、かつての地主屋敷です。
奥座敷は松江藩主が出雲大社参拝の際に立ち寄る御成座敷として建てられたもので、入場料200円払って見学することもできます。
私たちは時間がなかったので、中には入りませんでした。(宍道湖に沈む夕陽を見るため) -
これも古い建物で、木綿街道の特徴のなまこ壁と出雲格子がみられます。
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ここは、創業300年の來間生生姜糖本舗で、今でも営業しており、出雲産の出西生姜を使い、上白糖の甘みと生姜の辛みが調和した素朴なお菓子を売っています。
-
ここは、酒持田酒店で、明治10年の創業です。
別誂えの瓦や樋にも刻印されている銘酒『ヤマサン正宗』の蔵元です。
ここの2階の出雲格子は立派です。 -
木綿街道を後にして、先月行った宍道湖の夕陽スポットのテラスに車で移動。
何とか日の入り前の17時20分に到着。
この日の日の入りは18時5分ですのできりきり間に合いました。
到着したころにはたくさんの観光客が来ていました。
この写真はテラスから見た松江市街(松江宍道湖温泉側)です。 -
日の入りには少し早いかな。
ただ水平線には雲が・・・・。 -
何とか雲の合間から夕陽がのぞいてきました。
でも結局、太陽が見えたのは少しの間だけ。
下のほうにも厚い雲があり、この後に太陽は雲の中に沈んでいきました。
(残念・・・。先月の夕陽のほうがきれいでした。) -
ここのテラスには、この写真のようにたくさんの人がカメラをもって夕陽を見に来ていました。
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この日は結局この写真のように夕陽が厚い雲の中に消えていきました。
-
その後、小名木の宿泊先の松江ユニバーサルテルに行き、チェックイン。
この写真が室内です。
狭い部屋の中にベッドが向かい合わせに並んでいます。
そのため、かみさんとは足を向き合ってこの日は寝ました。
面白い間取りです。(安いホテルだから仕方ないかな)
ちなみに宿泊費は1泊2食付で6400円/人でした。 -
こちらが洗面所と浴室です。
通常のビジネスホテルと同様です。
このホテルには屋上に展望大(?)浴場があり、お風呂はそちらを利用しました。男風呂は洗い場が7カ所ありましたが、女性用は3カ所しかなく、更衣室も狭いのでかみさんは大変だったようです。 -
翌日(9月23日)は安木の足立美術館に行きました。
ここの開館は、9時だったのですが、その前から団体客が来て並んでいました。足立美術館は入場料が2200円と少しお高いですが、目を見張るほど美しい日本庭園と名画が調和する立派な所でした。
ちなみに私たちは、JAFの会員ですので1割引きで入場できました。 -
これは美術館に入ってすぐ現れる枯山水庭です。
松の緑と白砂に空の青が映えます。 -
ここは苔庭です。
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苔庭の奥にある茶室の門です。
しっとりとしたいい雰囲気です。 -
イチオシ
ここも苔庭だったと思いますが、額の絵のように見えます。
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ここは枯山水庭で、赤松がとてもきれいです。
-
この美術館の創設者の足立全康氏の像です。
-
これも枯山水庭です。
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これはガイドブックでもよく紹介されています生の額絵の所です。
左側の額の部分が入らず失敗の写真です。
観光客が非常に多いのでゆっくり撮影することができず、このような写真になってしまいました。(残念) -
ガラス張りの室内から撮影しますので、ガラスに反射しないように撮影するのに結構大変でした。
-
これも庭が額になるように設計された建物から写したものです。
心憎い設計です。これこそ和の「おもてなし」なのかもしれません。 -
こちらは掛け軸を見立てているそうです。
露出合わせに失敗しています。 -
ここは、白砂青松庭です。
朝早かったせいか、建物の影が庭に入ってあまりいい写真にはなりませんでした。 -
足立美術館には日本庭園以外にも横山大観の絵や北大路魯山人の焼き物などが展示されており、そちらも見学しました。(それらは撮影禁止)
約2時間見学し、駐車場に戻ると結構他府県の車がたくさん停まっていました。 -
これは安立美術館の駐車場のそばにある安木節演芸館です。
今回はここに寄らず、翌日から会社のため早めに帰宅することにしました。 -
帰宅途中に立ち寄った中国道の勝央サービスエリアで食べたホルモン焼きうどん定食です。値段は880円で、味は今一でした。以前、佐用で食べたホルモン焼きうどんのほうが格段と美味しかったです。
その後14時過ぎに無事帰宅することができました。
今回は以前から行きたかった大久保間歩に行けてとてもよかったです。
また帰りについでに寄った木綿街道も、時間つぶしのはずが結構穴場的な古い街並みで感動的でした。これも地元の方々の古いものを残していこうという熱い思いがあればこそだと思います。今後もがんばっていただき、日本の古き良きものを残し続けてほしいものです。
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