2012/10/06 - 2012/11/11
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ドクターキムルさん
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鎌倉鶴岡八幡宮の上宮随身門に登る大石段横には大銀杏が聳えていた。鶴岡八幡宮の境内図には「子」銀杏とあるのが大銀杏の根から生えたひこばえのことであり、「親」銀杏とあるのが、かつての大銀杏の幹を挿し木したものであり、括弧して(大銀杏)とある。
この大銀杏は樹齢が800年とも1,000年を越えるといも言われたが、倒木となっても、幹が空洞であるために年輪は数えることができなく、正確な樹齢は不明のままである。
銀杏の木が日本に持ち込まれたのは、仏教の伝来に伴って中国から移入されたと考えられる。年代には諸説あるが、一般には平安後期から鎌倉時代にかけてとされている。鶴岡八幡宮の大銀杏の樹齢が1,000年を越えていたのなら、日本に最初に持ち込まれた銀杏と同時期のものとなる。藤沢市の遊行寺にある大銀杏の樹齢には諸説あり、300?700年と幅がある。また、荏柄天神社の「大銀杏」は、樹齢900年ともいわれる。「相模國鎌倉荏柄山天満宮略縁起」(国重文)によれば、長治元年(1104年)8月25日、荏草郷といわれた土地に、俄かにかき曇った天から天神画像が降ってきた。神験を恐れた里の人々は、その場所に社殿を建て、画像の降り立った地を踏むことのないように銀杏の木を植えて御神木とし、その画像を祀ったとのだという。その銀杏の木が、現在も荏柄天神社境内に聳えている古木であるといわれている。この縁起を信じれば、平安後期には、鎌倉の荏草郷の里人でも銀杏の木を手に入れることができるほど、日本国内には銀杏の木が植えられ始めていたことになる。銀杏(ぎんなん)の実から芽吹かせ、実生した苗木を普及させるのにはそれほどの時間は掛からなかったのであろう。鶴岡八幡宮の銀杏は雄株だったが、荏柄天神社の銀杏は雌株である。鶴岡八幡宮の銀杏の木は八幡宮遷座の際に植えられたと考えるのが自然であり、そうすると荏柄天神社の銀杏の木の方が樹齢が高いことになる。しかし、銀杏の木は成長が早く、二階堂獅子舞谷の銀杏の木も昭和初期に天園休憩所のご主人たちが植樹したものと伝えられており、100年経たなくても銀杏の木は大木となる。そうした木であるから桜の木と同様に中が腐って空洞となるのであろう。
建保7年(1219年)1月27日、源頼家の子で八幡宮の別当を務めていた公暁がこの銀杏の木に隠れて待ち伏せ、源実朝を殺害したという伝説があり、隠れ銀杏という別名があった。鶴岡八幡宮が元八幡から遷座した治承4年(1180年)に日本に最初に持ち込まれた銀杏の木を移植したなら、獅子舞谷に聳える銀杏の木に近いほどの大きさになっていて、公暁が隠れることはできたであろう。
今では鎌倉で大銀杏といえば前述した荏柄天神社の大銀杏が一番の古木で、その樹勢が衰えないが、何と言っても樹勢があるのは五大堂明王院の銀杏の木だろう。荏柄天神社の大銀杏は雌株であり、秋に銀杏(ぎんなん)が実る。その実を拾い集め、お清めした後に、荏柄天神社でお祓いを受けた参拝者にも御神木の大銀杏の実を分けているそうだ。
鎌倉中では今でも銀杏の木は寺社に植えられる特別な木のようだ。寺社、旧寺社以外では杉本観音前(犬懸橋横)のグランド脇、鎌倉駅前、若宮大路、獅子舞谷に見られる。鎌倉市内でもJR車両工場(寺分)、今泉台、住友常盤住宅(常盤)などにしか銀杏並木はなく、鎌倉在の戸塚あたりに普通に銀杏並木を見かけるのとは対称的な感じだ。そういえば、市庁舎前にある「平和の木」が銀杏の木だ。広島での原爆被爆者であった故平山郁夫画伯の筆の石碑が添えられている。
鶴岡八幡宮の大銀杏の木が倒木してから2年半経つが、植木職人が人の手で倒したのだと言っていると洩れ聞こえてくる。鶴岡八幡宮の大銀杏の木は倒木する3年前から既に、もう瀕死の状態であり、空洞となっている幹の周りの外皮も弱ってしまっており、立ち枯れする前に倒れるのは必至の状態であったという。そんな中、強風があった日の誰も見ていない未明に、境内では障害物や壊れては困るような物が何もない風上の方向に引き倒したのだという。当日は浜からの南風が吹いており、風上に木が倒れることなど在り得ないという。なるほど、木がもうだめだとなって丁重にお祓いをした後に切り倒すのではなく、風が吹く機会を伺って引き倒し、自然の力で倒木したかのように装う方が騒ぎが小さくなると踏んだのであろう。あるいは、風で倒れかかり、障害物のない方向に引き倒すことになったのかも知れない。いずれにしても、参拝者が多く訪れる鶴岡八幡宮では大銀杏の木が昼間に倒木しては怪我人も多く出て大変な騒ぎにもなる。また、切り倒すとなれば、多くの人が駆けつけ、その作業を見守ることになろう。そんな面倒を避けて、風のある日を狙って未明に引き倒すことは有り得る選択だったのかも知れない。しかし、その後の事態は八幡宮側でも予想できないことであったと思う。大銀杏の木の倒木が大きく報道され、多くの人が訪れて、銀杏の木の再生を祈願してくれたのである。
私が社務所に行って「ニセ重要文化財看板は撤去すべきである」と何度も掛けあっても、平然とニセ重要文化財看板を新たに建て続けた八幡宮の体質からするとこの銀杏の木の引き倒しもさも有りなんと思う。しかし、真相は謎のままにされるのであろう。
(表紙写真は八幡宮境内の大石段)
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