2012/09/24 - 2012/09/29
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鎌倉市山ノ内にある建長寺は建長5年(1253年)に創建された。鎌倉五山第一位の寺であるが、創建40年にあたる正応6年(1293年)には鎌倉大地震が起こり建造物の大半が倒壊し炎上してしまった。元から来日した一山一寧を第10世に任じて再建にあたらせるが、続いて正和4年(1315年)には火災にみまわれた。鎌倉時代末期には「建長寺船」と呼ばれた幕府公認の元との貿易船が派遣され、修復費用獲得が図られた。この船は寺社造営料唐船と呼ばれた。しかし、元弘3年(1333年)には鎌倉幕府が滅亡してしまう。
さらに、室町時代になっても、応永23年(1416年)の火災のために創建当初の建物を失ってしまう。
江戸時代には建長寺は荒れ果て、その窮状を見かねた臨済宗の沢庵和尚が、慕われていた3代将軍徳川家光公に掛け合い、芝・増上寺に残されていたお江(崇源院)の御霊屋が移築されることになる。この後、鎌倉は江戸町民が物見遊山する観光地となるが、今ある三門(安永4年(1775年)に建立)や法堂(はっとう)(文化11年(1814年)に建立)なども江戸時代後期に建立されている。
しかし、大正12年(1923年)に起きた関東大震災でも大きな被害を受けている。総門や方丈が移築されたのは昭和15年(1940年)のことである。
建長寺行者の西川さんに話を聞くと、「建長寺は相変わらず貧乏寺で、建長寺には土蔵1つない。円覚寺は駅前にあり、多くの観光客が訪れるが、建長寺は駅から遠く、円覚寺を参拝すると同じお寺ということで素通りしてしまう。」、「今は全国に寄附を募っている。」という。しかし、営業努力をしているかどうかの差でしかないだろう。NHK大河ドラマがあっても、(女)主人公の御霊屋があるのにさほど宣伝されなかったし、さざれ石があってもプレート一つも付けず、誰にも知られないままだ。また、創建750周年の記念にと枝垂れ桜を植えても、境内に3本、塔頭下法面に3本、半僧坊に3本と10本にも満たない程度では枝垂れ桜の名所には成り得ない。西川さんは「禅寺に枝垂れ桜は相応しくない。」といい、「京都の禅寺は公家の影響もあるが、鎌倉は武士の町であるから。」ともいう。一方の円覚寺は対海外戦の英雄である北条時宗公のご廟がありながら、境内を分断して横須賀線の線路を通し、境内に北鎌倉駅も誘致した。また、塔頭雲頂庵を見習って近年境内に50、60本もの枝垂れ桜も植えた。しかし、建長寺では建長寺派寺院である明月院の枝垂れ桜を見習う様子はない。あるいは、長谷寺のように、枝垂れ桜や紫陽花を植えて花の寺として観光客を誘致することもやってはいない。観光寺としてではなく禅の修業道場としての道を貫くのは当然としても、観光客を蔑ろにしては貧乏寺からの脱却は望めないのも確かなようだ。ドーンと華厳塔(五重塔)を再建するぐらいのことが必要か?
(表紙写真は建長寺仏殿)
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建長寺三門(重要文化財)。安永4年(1775年)に建立。
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建長寺三門。
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建長寺三門に掛かる「建長興国禅寺」の扁額。
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建長寺三門下のびんずるさま。
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建長寺三門下のびんずるさま。土曜講和で人が集まっている。
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建長寺三門の彫刻。
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建長寺三門。
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建長寺三門。
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「梵鐘(国宝)」の立て看板。
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鐘楼。萱葺き屋根だ。
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鐘楼の梵鐘。
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梵鐘(国宝)。
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鐘楼。
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鐘楼。
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鐘楼。
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西来庵参道の石畳。
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境内巨福稲荷大明神横の民家のサルスベリ(百日紅)の花。
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ビャクシン(白槙)。
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ビャクシン(白槙)。
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建長寺唐門と方丈。
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建長寺方丈。
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曙観音と震災供養塔。
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曙観音。
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「曙観音由来碑」。
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「震災追憶供養塔碑」(昭和5年(1930年)銘)。
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震災供養塔。
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震災供養塔。
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震災供養塔。
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ビャクシン(白槙)。
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ビャクシン(白槙)。
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「重修碑」。
徳川忠長(家光の弟)が生母崇源院のために霊屋として建造したが、後に家光が建長寺に寄附し、駿府(静岡市)より移して規模を改めたものとあり、参勤交代が無かった当時、大納言忠長が駿府(静岡市)に建立した御霊屋を移築したと記されている。
現在では徳川家菩提寺である芝・増上寺に建立された将軍とその御台所の御霊屋のうち、最初に建立された崇源院の御霊屋が、その後に亡くなった夫・徳川秀忠の御霊屋が建立される際に、北側脇に並んで崇源院礼拝所が建立され、残されていた。その御霊屋を建長寺に移築したとされている。 -
銅燈籠。
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水盤。
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水盤。
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銅燈籠。
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香台。
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仏殿。
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仏殿。
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仏殿。
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仏殿(重要文化財)。正保4年(1647年)に移築。
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仏殿。
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仏殿。
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仏殿。
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仏殿。
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仏殿。
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仏殿。
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仏殿。
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仏殿横の鐘。
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仏殿に掛かる「佛寶殿」の扁額。
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ご本尊の地蔵菩薩像。
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右後ろの鳳凰の彫刻。
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左後ろの鳳凰の彫刻。
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天蓋。
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入口の彫刻。これは天女だ。
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「仏殿(国重要文化)」看板。
現在の仏殿は4代目であり、東京・芝・増上寺にあった徳川二代将軍秀忠公夫人(お江の方、家光の母)の霊屋を建長寺が譲り受けたと記載されている。 -
法堂(はっとう)(重要文化財)。文化11年(1814年)に建立。
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法堂(はっとう)。
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法堂(はっとう)。
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法堂(はっとう)。
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法堂(はっとう)。
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法堂(はっとう)。
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法堂(はっとう)。
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法堂(はっとう)に掛かる「海東法窟」の扁額。元は東外門に掛かる扁額である。
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雲龍図。
平成15年(2003年)、建長寺創建750年記念事業の一環として、十二所(じゅうにそ)の画家小泉淳作氏によって描かれたもの。 -
雲龍図。
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雲龍図。龍の眼。
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千手観音坐像。そういえば、建長寺法堂にも千手観音坐像があった。十一面観音のようだ。
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千手観音坐像。
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釈迦苦行像のレプリカ。平成17年(2005年)に開催された愛知万博に、パキスタン舘に陳列されていたラホール中央博物館所蔵の釈迦苦行像のレプリカが万博終了後に寄贈され安置されたもの。
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獅子像。
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天蓋。
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五色幕。
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