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 鎌倉市山ノ内にある建長寺には総門の他に「天下門」と呼ばれる西外門が昭和59年(1984年)に再建されている。この門に掛かる扁額には「天下禅林」と記されており、これを縮めて「天下」門と呼んだのであろう。この「天下禅林」とは、「人材を広く天下に求め育成する禅寺」との意があり、我が国最初の禅宗寺院で鎌倉五山第一位の建長寺を象徴する語である。実は、建長寺の入山券の表に扁額の写真が印刷され、裏にその意味が記載されている。<br /> 天下門の前には寺号標石が建つが、その前の鎌倉学園の校門前には店が並ぶが、ここにある郵便ポストは全国何処にでもあるものと同じである。鎌倉市内には丸い昔からの郵便ポストが設置されているが、めったに観光客が通らないような町内でなくても、このように観光客がひっきりなしに通る場所にもある。この場所あたりに鎌倉五名水の一つであった金龍水の井戸があったとされる。しかし、昭和28年(1953年)頃に巨福呂坂の道路拡張工事が行われ、その際に埋められてしまった。<br /> 新編鎌倉志の建長寺境内図には東外門も描かれている。総門の前にあたり、現在の駐車場の入口になる。この門に掲げられていた扁額には「東海法窟」と記されていた。東外門が無くなった現在は、法堂(はっとう)に掲げられている。<br /> 総門は案内所の前、あるいは料金所の前にある。この門は昭和15年(1940年)(Wikipediaは昭和18年(1943年))に、方丈とともに京都の皇室由緒寺院である般舟三昧院(はんじゅざんまいいん)から移築されたもので、天明3年(1783年)の建立である。「巨福山(こふくさん)」の扁額が掛かり、門の屋根や塀の屋根には京都御苑の仙洞御所や桂宮邸表門のように桃の飾り瓦が上がっている。<br />(表紙写真は建長寺天下門)

鎌倉建長寺門前

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2012/04/08 - 2012/09/29

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鎌倉市山ノ内にある建長寺には総門の他に「天下門」と呼ばれる西外門が昭和59年(1984年)に再建されている。この門に掛かる扁額には「天下禅林」と記されており、これを縮めて「天下」門と呼んだのであろう。この「天下禅林」とは、「人材を広く天下に求め育成する禅寺」との意があり、我が国最初の禅宗寺院で鎌倉五山第一位の建長寺を象徴する語である。実は、建長寺の入山券の表に扁額の写真が印刷され、裏にその意味が記載されている。
 天下門の前には寺号標石が建つが、その前の鎌倉学園の校門前には店が並ぶが、ここにある郵便ポストは全国何処にでもあるものと同じである。鎌倉市内には丸い昔からの郵便ポストが設置されているが、めったに観光客が通らないような町内でなくても、このように観光客がひっきりなしに通る場所にもある。この場所あたりに鎌倉五名水の一つであった金龍水の井戸があったとされる。しかし、昭和28年(1953年)頃に巨福呂坂の道路拡張工事が行われ、その際に埋められてしまった。
 新編鎌倉志の建長寺境内図には東外門も描かれている。総門の前にあたり、現在の駐車場の入口になる。この門に掲げられていた扁額には「東海法窟」と記されていた。東外門が無くなった現在は、法堂(はっとう)に掲げられている。
 総門は案内所の前、あるいは料金所の前にある。この門は昭和15年(1940年)(Wikipediaは昭和18年(1943年))に、方丈とともに京都の皇室由緒寺院である般舟三昧院(はんじゅざんまいいん)から移築されたもので、天明3年(1783年)の建立である。「巨福山(こふくさん)」の扁額が掛かり、門の屋根や塀の屋根には京都御苑の仙洞御所や桂宮邸表門のように桃の飾り瓦が上がっている。
(表紙写真は建長寺天下門)

  • 建長寺天下門。

    建長寺天下門。

  • 建長寺天下門。「臨済宗 五山第一 建長寺」の寺号標識が建つ。

    建長寺天下門。「臨済宗 五山第一 建長寺」の寺号標識が建つ。

  • 「天下禅林」の扁額が掛かる。

    「天下禅林」の扁額が掛かる。

  • 「天下門再建之碑」。

    「天下門再建之碑」。

  • 天下門再建之碑の裏面。

    天下門再建之碑の裏面。

  • 建長寺入山券。

    建長寺入山券。

  • 郵便ポスト。

    郵便ポスト。

  • 「五山第一 建長寺」の寺号標識。

    「五山第一 建長寺」の寺号標識。

  • 「五山第一 建長寺」の寺号標識の横には「天下禅林 東海法窟」と刻まれている。西外門と東外門に掲げられていた(いる)扁額に書かれた文字を刻んだものだ。

    「五山第一 建長寺」の寺号標識の横には「天下禅林 東海法窟」と刻まれている。西外門と東外門に掲げられていた(いる)扁額に書かれた文字を刻んだものだ。

  • 「東海法窟」の扁額。現在は法堂(はっとう)に掛かる。

    「東海法窟」の扁額。現在は法堂(はっとう)に掛かる。

  • 建長寺総門。<br />

    建長寺総門。

  • 「総門」の説明板。<br />昭和15年(1940年)に、京都の般舟三昧院(はんじゅざんまいいん)で天明3年(1783年)に建立されたものを移築したたと書かれている。<br /><br />Wikipediaには(建長寺創建690年にあたる)昭和18年(1943年)に移築したとあるが、戦争で連戦連敗して物資が窮乏していた時期よりも太平洋戦争前の方が正しいであろう。<br /><br /><br />

    「総門」の説明板。
    昭和15年(1940年)に、京都の般舟三昧院(はんじゅざんまいいん)で天明3年(1783年)に建立されたものを移築したたと書かれている。

    Wikipediaには(建長寺創建690年にあたる)昭和18年(1943年)に移築したとあるが、戦争で連戦連敗して物資が窮乏していた時期よりも太平洋戦争前の方が正しいであろう。


  • 建長寺総門。

    建長寺総門。

  • 建長寺総門に掛かる「巨福山(こふくさん)」の扁額。この額は、第10世一山一寧(いっさんいちねい)の筆で、「巨」の字に点が加えられ、百貫の価をそえたものといい、この点は「百貫点」と呼ばれている。<br /><br />総門は「巨福門」(こふくもん)と呼ばれている。<br />

    建長寺総門に掛かる「巨福山(こふくさん)」の扁額。この額は、第10世一山一寧(いっさんいちねい)の筆で、「巨」の字に点が加えられ、百貫の価をそえたものといい、この点は「百貫点」と呼ばれている。

    総門は「巨福門」(こふくもん)と呼ばれている。

  • 総門と塀の屋根に上がる桃の飾り瓦。

    総門と塀の屋根に上がる桃の飾り瓦。

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