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 鎌倉市山ノ内にある建長寺塔頭華蔵院(けぞういん)は、第60世伯英徳俊(はくえいとくしゅん)の塔所である。創建当初は龍峰庵の向かいに建っていたが、後に室町幕府の祈願所となった保寧寺の跡地である現在地に移転した。<br /> 世伯英徳俊は南北朝・室町時代の臨済宗の僧である。武蔵国の人で、了堂素安の法を継いだ。貞治年間(1362年〜1368年)の頃、大年祥登と元(中国)に渡り、帰国後、鎌倉の円覚寺、建長寺、京都の天竜寺、南禅寺の住持を勤めた。応永10年(1403年)に死去した。別号は青岳遺老である。<br /> 華蔵院は伯英徳俊が開山であるから、14世紀末の建立であろう。<br /> この華蔵院跡地に比田井天来は「書学院」を建設し、「華蔵院」のお堂も再興された。しかし、現在、その場所は人が行きかっている感じではない。草ぼうぼうのなかに白い彼岸花が咲いていた。<br />

鎌倉建長寺塔頭華蔵院

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2012/09/29 - 2012/09/29

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鎌倉市山ノ内にある建長寺塔頭華蔵院(けぞういん)は、第60世伯英徳俊(はくえいとくしゅん)の塔所である。創建当初は龍峰庵の向かいに建っていたが、後に室町幕府の祈願所となった保寧寺の跡地である現在地に移転した。
 世伯英徳俊は南北朝・室町時代の臨済宗の僧である。武蔵国の人で、了堂素安の法を継いだ。貞治年間(1362年〜1368年)の頃、大年祥登と元(中国)に渡り、帰国後、鎌倉の円覚寺、建長寺、京都の天竜寺、南禅寺の住持を勤めた。応永10年(1403年)に死去した。別号は青岳遺老である。
 華蔵院は伯英徳俊が開山であるから、14世紀末の建立であろう。
 この華蔵院跡地に比田井天来は「書学院」を建設し、「華蔵院」のお堂も再興された。しかし、現在、その場所は人が行きかっている感じではない。草ぼうぼうのなかに白い彼岸花が咲いていた。

  • 石段の上が平場のようだ。

    石段の上が平場のようだ。

  • 上に石像が見える。

    上に石像が見える。

  • 左下には白の彼岸花。

    左下には白の彼岸花。

  • 竹を横に渡して立入禁止のようだ。

    竹を横に渡して立入禁止のようだ。

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