多賀城・塩釜・利府旅行記(ブログ) 一覧に戻る
芭蕉達は多賀城跡を発ち、昼過ぎに塩釜の旅籠に着き、腹ごしらえの後、旅籠近くの御釜神社に参詣し、続いて再び多賀城下立ち戻りに、歌枕の地を散策する。<br /><br />しかし塩釜からわざわざ多賀城に引き返したにしては、奥の細道のこれらの地の記述はあっけない。<br /><br />芭蕉の奥の細道には”・・それより野田の玉川、沖の石を尋ぬ。末の松山は・・”とあり、”末の松山”に関してのみ数行の感想文があるだけで、浮島に関しては地名さえ出てこない。<br /><br />歌枕の地はある程度集中しているとはいえ、いくら健脚でも、午後の僅かな時間でこれだけの場所を、ゆっくり眺めている時間は無かったのではなかろうか。<br /><br />奥の細道では野田の玉川を最初に訪れたように記載されているが、記録重視の曾良日記には”末ノ松山・興井・野田玉川・おも ハくの橋・浮嶋等ヲ見廻リ帰 。”とあり、末の松山から散策を始め、浮島にも訪れた事が明記してある。<br /><br />そこでブログの写真の順序も曾良日記に添う事にする。<br /><br />幸い現地のガイド三宅さんの案内順序とも、歌枕散策に関する限り一致した。<br /><br />我々が最初に三宅さんと落ち合った、セブンイレブンの駐車場は、JR多賀城駅の南を流れる砂押川の南側にあり、末の松山に程近い所に設定されていた。<br /><br />三宅さんの最初の挨拶を兼ねた説明によれば、駐車場の壁に付いた肩の高さ程の白い線まで津波が押し寄せたと聞かされ、驚く。<br /><br />周辺は一応被害箇所の片づけも終わり、綺麗になってはいるが、あちこちで修復工事が行われており、町の外れには、廃物の袋や瓦礫が処理されず山積みに置かれいる風景も見られた。<br /><br /><br />末の松山は末松山(まつしょうざん)宝国寺の境内に2本の立派な松の木が立ち、直ぐ隣に墓地がある。<br /><br />芭蕉はその印象を”末の松山は、寺を造て末松山といふ。松のあいあい皆墓はらにて、はねをかわし枝をつらぬる契の末も、終にはかくのごときと、悲しさも増さりて・・”と奥の細道に記す。<br /><br />傍らに歌枕の基歌となった後拾遺集の清原基輔の歌碑があり、その現代語訳が裏に刻まれている。<br /><br />   契りなき かたみに袖をしぼりつつ<br />         末の松山 波こさじとは   清原基輔  <br /><br />  (あなたを差しおいて、他の人に心を移すようなことがもしあったとしたら、<br />   波が越えるはずがないといわれている末の松山をさえ、波がこすことでしょう)<br /><br />3.11の津波もここまでは押し寄せなかったのであろうか・・

奥の細道を訪ねて第8回19歌枕の地散策イ陸奥の歌枕の地を代表する末の松山 in 多賀城市

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2012/05/26 - 2012/05/26

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WT信

WT信さん

芭蕉達は多賀城跡を発ち、昼過ぎに塩釜の旅籠に着き、腹ごしらえの後、旅籠近くの御釜神社に参詣し、続いて再び多賀城下立ち戻りに、歌枕の地を散策する。

しかし塩釜からわざわざ多賀城に引き返したにしては、奥の細道のこれらの地の記述はあっけない。

芭蕉の奥の細道には”・・それより野田の玉川、沖の石を尋ぬ。末の松山は・・”とあり、”末の松山”に関してのみ数行の感想文があるだけで、浮島に関しては地名さえ出てこない。

歌枕の地はある程度集中しているとはいえ、いくら健脚でも、午後の僅かな時間でこれだけの場所を、ゆっくり眺めている時間は無かったのではなかろうか。

奥の細道では野田の玉川を最初に訪れたように記載されているが、記録重視の曾良日記には”末ノ松山・興井・野田玉川・おも ハくの橋・浮嶋等ヲ見廻リ帰 。”とあり、末の松山から散策を始め、浮島にも訪れた事が明記してある。

そこでブログの写真の順序も曾良日記に添う事にする。

幸い現地のガイド三宅さんの案内順序とも、歌枕散策に関する限り一致した。

我々が最初に三宅さんと落ち合った、セブンイレブンの駐車場は、JR多賀城駅の南を流れる砂押川の南側にあり、末の松山に程近い所に設定されていた。

三宅さんの最初の挨拶を兼ねた説明によれば、駐車場の壁に付いた肩の高さ程の白い線まで津波が押し寄せたと聞かされ、驚く。

周辺は一応被害箇所の片づけも終わり、綺麗になってはいるが、あちこちで修復工事が行われており、町の外れには、廃物の袋や瓦礫が処理されず山積みに置かれいる風景も見られた。


末の松山は末松山(まつしょうざん)宝国寺の境内に2本の立派な松の木が立ち、直ぐ隣に墓地がある。

芭蕉はその印象を”末の松山は、寺を造て末松山といふ。松のあいあい皆墓はらにて、はねをかわし枝をつらぬる契の末も、終にはかくのごときと、悲しさも増さりて・・”と奥の細道に記す。

傍らに歌枕の基歌となった後拾遺集の清原基輔の歌碑があり、その現代語訳が裏に刻まれている。

   契りなき かたみに袖をしぼりつつ
         末の松山 波こさじとは   清原基輔  

  (あなたを差しおいて、他の人に心を移すようなことがもしあったとしたら、
   波が越えるはずがないといわれている末の松山をさえ、波がこすことでしょう)

3.11の津波もここまでは押し寄せなかったのであろうか・・

同行者
一人旅
交通手段
観光バス 新幹線 JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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