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城下広場でバスを降り、白石城の崖の裾野に沿って坂を登る。<br /><br />道路脇に青地に白く家紋と”片倉小十郎”の文字が鮮やかな縦旗が翻っている。<br /><br />大手一ノ門の前の案内板に拠ると、この城の最後の主は伊達の家臣片倉家で、伊達政宗から白石城を賜った、政宗の懐刀とも云うべき英傑片倉小十郎景綱が片倉家最初の城主。<br /><br />以後この一族は明治までこの城を守り、代々”小十郎”を名乗ったらしい。<br /><br /><br />”東口門跡”の案内板を過ぎると城の崖が湾曲し、綺麗な城の石垣の上に本丸の真っ白な壁が現れる。<br /><br />本丸は3.11の影響か、本丸の下部に工事の足場が組まれている。<br /><br />後ほど本丸広場から眺めた白石城の白い漆喰壁のが崩れや、裂け目が出来ているのが判り、3.11の影響がこんなところにも及んでいる事を知らされる。<br /><br />しかし一方で本丸広場に建つ高い一本石の”片倉小十郎景綱公頌徳碑”は、厳然と屹立しており、感激する。<br /><br />”片倉小十郎景綱公頌徳碑”辺りからの白石城本丸の姿が美しい。<br /><br />本丸広場中央奥の”裏御門跡”を出た所にある、御当地出身の大砲横綱の銅像の脇を通って、石段を降りた所に芭蕉の碑がある。<br /><br />  かげろふの 我肩に立かみこかな   芭蕉<br /><br />その右手の丘の上には高浜虚子の句碑もあった。<br /><br />  羽と陸と 併せて蔵王夏の山     虚子 <br /><br />白石城の下を通る奥州街道(奥州道中)は陸羽街道とも呼ばれる。<br /><br />城来路・・シルクロードと案内がある道を通りバスへ戻る。<br />

奥の細道を訪ねて第8回05英傑片倉小十郎景綱が大改修した白石城 in 白石市

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2012/05/24 - 2012/05/24

136位(同エリア217件中)

WT信

WT信さん

城下広場でバスを降り、白石城の崖の裾野に沿って坂を登る。

道路脇に青地に白く家紋と”片倉小十郎”の文字が鮮やかな縦旗が翻っている。

大手一ノ門の前の案内板に拠ると、この城の最後の主は伊達の家臣片倉家で、伊達政宗から白石城を賜った、政宗の懐刀とも云うべき英傑片倉小十郎景綱が片倉家最初の城主。

以後この一族は明治までこの城を守り、代々”小十郎”を名乗ったらしい。


”東口門跡”の案内板を過ぎると城の崖が湾曲し、綺麗な城の石垣の上に本丸の真っ白な壁が現れる。

本丸は3.11の影響か、本丸の下部に工事の足場が組まれている。

後ほど本丸広場から眺めた白石城の白い漆喰壁のが崩れや、裂け目が出来ているのが判り、3.11の影響がこんなところにも及んでいる事を知らされる。

しかし一方で本丸広場に建つ高い一本石の”片倉小十郎景綱公頌徳碑”は、厳然と屹立しており、感激する。

”片倉小十郎景綱公頌徳碑”辺りからの白石城本丸の姿が美しい。

本丸広場中央奥の”裏御門跡”を出た所にある、御当地出身の大砲横綱の銅像の脇を通って、石段を降りた所に芭蕉の碑がある。

  かげろふの 我肩に立かみこかな   芭蕉

その右手の丘の上には高浜虚子の句碑もあった。

  羽と陸と 併せて蔵王夏の山     虚子 

白石城の下を通る奥州街道(奥州道中)は陸羽街道とも呼ばれる。

城来路・・シルクロードと案内がある道を通りバスへ戻る。

同行者
一人旅
交通手段
観光バス 新幹線 JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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