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仙台東照宮を参拝した芭蕉達はが次に案内されたのが榴岡天満宮。<br /><br />”この神社藤原基衡の家臣佐藤基春が国分荘の領主になった時、旧地の柴田郡から移したもの”(資料)、で、最初に移った所が現仙台東照宮。<br /><br />仙台東照宮を建設の為、移転させられ、最終的にここ榴岡公園の西側に収まったとの事。<br /><br />仙台駅の真東に榴岡公園はある。<br /><br />当時は”躑躅(つつじ)”と云う字があてはめられており、仙台の”躑躅岡”はやはり枕詞の一つだったらしい。<br /><br />公園にちょっと面白いポスターが有り、写真に納める。<br /><br />榴岡公園を少しだけ掠めて、榴岡天満宮の石段を登る。<br /><br />太宰府の天神様と同じ、合格の神様なのだろう、ビッシリト合格祈願の絵馬が所狭しと重なり合ってぶら下がっている。<br /><br />境内には句碑、歌碑、筆塚等がこれも沢山並んでおり、その中に芭蕉の句が2句あった。<br /><br />一つは蓮二翁という人との連記で<br /> <br />   あかあかと 日はつれなくも秋の風   芭蕉<br /><br />もう一つは7名連記の碑の真ん中にある句で<br /> <br />   花咲きて 七日鶴見の麓かな    芭蕉

奥の細道を訪ねて第8回14佐藤継信、忠信の父・基治が国分荘の領主になった際建造した榴岡天満宮 in 仙台市

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2012/05/25 - 2012/05/25

236位(同エリア259件中)

WT信

WT信さん

仙台東照宮を参拝した芭蕉達はが次に案内されたのが榴岡天満宮。

”この神社藤原基衡の家臣佐藤基春が国分荘の領主になった時、旧地の柴田郡から移したもの”(資料)、で、最初に移った所が現仙台東照宮。

仙台東照宮を建設の為、移転させられ、最終的にここ榴岡公園の西側に収まったとの事。

仙台駅の真東に榴岡公園はある。

当時は”躑躅(つつじ)”と云う字があてはめられており、仙台の”躑躅岡”はやはり枕詞の一つだったらしい。

公園にちょっと面白いポスターが有り、写真に納める。

榴岡公園を少しだけ掠めて、榴岡天満宮の石段を登る。

太宰府の天神様と同じ、合格の神様なのだろう、ビッシリト合格祈願の絵馬が所狭しと重なり合ってぶら下がっている。

境内には句碑、歌碑、筆塚等がこれも沢山並んでおり、その中に芭蕉の句が2句あった。

一つは蓮二翁という人との連記で
 
   あかあかと 日はつれなくも秋の風   芭蕉

もう一つは7名連記の碑の真ん中にある句で
 
   花咲きて 七日鶴見の麓かな    芭蕉

同行者
一人旅
交通手段
観光バス 新幹線 JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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