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知立公園の花菖蒲の紹介です。入口には、花菖蒲祭りのゲートが設えてありました。ちょうどいい時期の見学になったようです。明治神宮から下賜された、明治天皇の遺愛の花菖蒲とされます。(ウィキペディア)

2012梅雨、知立公園の花菖蒲(1/3):花菖蒲祭り、芭蕉句碑、西公園・東公園の花菖蒲

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2012/06/08 - 2012/06/08

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

知立公園の花菖蒲の紹介です。入口には、花菖蒲祭りのゲートが設えてありました。ちょうどいい時期の見学になったようです。明治神宮から下賜された、明治天皇の遺愛の花菖蒲とされます。(ウィキペディア)

交通手段
自家用車
  • 知立公園・花菖蒲まつりのアーチです。三河の古刹、知立神社に隣接する西公園です。神社を挟んで東公園もあります。

    知立公園・花菖蒲まつりのアーチです。三河の古刹、知立神社に隣接する西公園です。神社を挟んで東公園もあります。

  • 知立公園の石碑です。知立公園は知立神社の外苑といった位置付けです。『花菖蒲育成会』の名前での建立です。

    知立公園の石碑です。知立公園は知立神社の外苑といった位置付けです。『花菖蒲育成会』の名前での建立です。

  • 入口近くにある休憩所です。茶と呼んだ方が似合っています。知立名物の大餡巻などが販売されていました。写真撮影のあとで立ち寄ることにしました。

    入口近くにある休憩所です。茶と呼んだ方が似合っています。知立名物の大餡巻などが販売されていました。写真撮影のあとで立ち寄ることにしました。

  • 『不断堂川(ふだんたつ) 池鯉鮒の宿農(しゅくの) 木綿市』の句が記された、芭蕉句碑です。この句が読まれて100年目の寛政5年(1793年)、門人達によって建てられました。江戸、深川で詠まれた句とされます。『池鯉鮒(ちりふ)』は、『知立』の江戸時代の呼び方です。解説板に記されている、不断堂川(ふだんたつ)の読み方が、さっぱり分かりません。

    『不断堂川(ふだんたつ) 池鯉鮒の宿農(しゅくの) 木綿市』の句が記された、芭蕉句碑です。この句が読まれて100年目の寛政5年(1793年)、門人達によって建てられました。江戸、深川で詠まれた句とされます。『池鯉鮒(ちりふ)』は、『知立』の江戸時代の呼び方です。解説板に記されている、不断堂川(ふだんたつ)の読み方が、さっぱり分かりません。

  • 同じ知立市にある、無量寿寺の在原業平に因む八橋を連想させるような橋の造作です。カキツバタの名所、無量寿寺山号は八橋山(やつはしさん)です。

    同じ知立市にある、無量寿寺の在原業平に因む八橋を連想させるような橋の造作です。カキツバタの名所、無量寿寺山号は八橋山(やつはしさん)です。

  • 花菖蒲園の中の通路から、振り返って眺めた『茶屋』の光景です。

    花菖蒲園の中の通路から、振り返って眺めた『茶屋』の光景です。

  • 花菖蒲園の光景です。最初にお断りしておきますが、名札がありませんでしたから、花菖蒲の名前などについての紹介は、残念ながら出来ません。

    花菖蒲園の光景です。最初にお断りしておきますが、名札がありませんでしたから、花菖蒲の名前などについての紹介は、残念ながら出来ません。

  • 名前を紹介できませんから、花の色や、印象だけでのコメントとなります。白色と、濃い紫色の花菖蒲です。

    名前を紹介できませんから、花の色や、印象だけでのコメントとなります。白色と、濃い紫色の花菖蒲です。

  • ざっと6〜7色の花菖蒲の品種ごとの列の光景です。それぞれがほぼ満開でした。

    ざっと6〜7色の花菖蒲の品種ごとの列の光景です。それぞれがほぼ満開でした。

  • カメラアングルを横にして撮影した、同じ場所の光景です。密度濃く咲いた花が競い合っていました。

    イチオシ

    カメラアングルを横にして撮影した、同じ場所の光景です。密度濃く咲いた花が競い合っていました。

  • 黄色を主体にした花菖蒲のズームアップ光景です。薄紫やツートンカラーの花も交じっていました。

    黄色を主体にした花菖蒲のズームアップ光景です。薄紫やツートンカラーの花も交じっていました。

  • 花菖蒲池の縁に、大きな石が配置された場所の光景です。知立神社は古い神社ですから、つい、お城の石垣を連想しました。

    花菖蒲池の縁に、大きな石が配置された場所の光景です。知立神社は古い神社ですから、つい、お城の石垣を連想しました。

  • 同じく、花菖蒲池の縁に、大きな石が配置された場所の光景です。ついでに、江戸時代には『東海道三社』の一つに数えられた知立神社について、簡単に紹介しておきます。式内社で、旧社格は県社です。三河国二宮と呼ばれ、旧称は『池鯉鮒(ちりふ)大明神』とされます。

    同じく、花菖蒲池の縁に、大きな石が配置された場所の光景です。ついでに、江戸時代には『東海道三社』の一つに数えられた知立神社について、簡単に紹介しておきます。式内社で、旧社格は県社です。三河国二宮と呼ばれ、旧称は『池鯉鮒(ちりふ)大明神』とされます。

  • 石を配した、花菖蒲池の光景です。小さな太鼓橋や、七曲橋がありました。知立神社の創建は、社伝では、第12代景行天皇の時に東国平定に赴いた日本武尊が当地で戦勝を祈願し、平定後の帰途にお礼に建国祖神の四柱を祀ったのが創建とされます。一方、第14代仲哀天皇元年の創建とする説もあります。

    石を配した、花菖蒲池の光景です。小さな太鼓橋や、七曲橋がありました。知立神社の創建は、社伝では、第12代景行天皇の時に東国平定に赴いた日本武尊が当地で戦勝を祈願し、平定後の帰途にお礼に建国祖神の四柱を祀ったのが創建とされます。一方、第14代仲哀天皇元年の創建とする説もあります。

  • 散策路が縦横に巡らされた知立公園の花菖蒲池の光景です。知立神社の当初の鎮座地は、東へ約1キロの山町の高地であったと伝わります。その後、上重原を経て、天正元年(1573年)に現在地に移りました。

    散策路が縦横に巡らされた知立公園の花菖蒲池の光景です。知立神社の当初の鎮座地は、東へ約1キロの山町の高地であったと伝わります。その後、上重原を経て、天正元年(1573年)に現在地に移りました。

  • 多くの品種の名花が咲き競う、知立公園の花菖蒲池の光景です。中世には水野氏の崇敬を受け、文明3年(1471年)3月に水野直守が社殿を修造し、大永6年(1526年)には水野忠政も修理を行ないましたが、天文16年(1547年)の兵火で焼失し、重原に遷座しました。水野忠政(1493〜1543年)は、徳川家康の生母、於大の方の父です。

    多くの品種の名花が咲き競う、知立公園の花菖蒲池の光景です。中世には水野氏の崇敬を受け、文明3年(1471年)3月に水野直守が社殿を修造し、大永6年(1526年)には水野忠政も修理を行ないましたが、天文16年(1547年)の兵火で焼失し、重原に遷座しました。水野忠政(1493〜1543年)は、徳川家康の生母、於大の方の父です。

  • 同じく、多くの品種の名花が咲き競う、知立公園の花菖蒲池の光景です。江戸時代には主に『池鯉鮒大明神』として知られ、近隣20数か村の産土神として、また蝮除け・長虫除け・雨乞・安産の神として信仰されました。

    同じく、多くの品種の名花が咲き競う、知立公園の花菖蒲池の光景です。江戸時代には主に『池鯉鮒大明神』として知られ、近隣20数か村の産土神として、また蝮除け・長虫除け・雨乞・安産の神として信仰されました。

  • 色とりどりの花菖蒲の光景が続きます。寛政9年(1797年)に完工された、『東海道名所図会』には、知立神社の祭神・多宝塔・古額・末社・神籬門・石橋・的場・除蝮蛇神札・御手洗池などが記述されています。

    色とりどりの花菖蒲の光景が続きます。寛政9年(1797年)に完工された、『東海道名所図会』には、知立神社の祭神・多宝塔・古額・末社・神籬門・石橋・的場・除蝮蛇神札・御手洗池などが記述されています。

  • 色とりどりの花菖蒲の光景が続きます。例年の『花しょうぶ祭』は、5月25〜6月20日の期間で行われています。

    色とりどりの花菖蒲の光景が続きます。例年の『花しょうぶ祭』は、5月25〜6月20日の期間で行われています。

  • 色とりどりの花菖蒲の光景が続きます。名前を記すことができないのが残念です。知立公園の花菖蒲は、昭和30年(1955年)、同32年、同35年の3回に亘って明治神宮から下賜されたものです。

    色とりどりの花菖蒲の光景が続きます。名前を記すことができないのが残念です。知立公園の花菖蒲は、昭和30年(1955年)、同32年、同35年の3回に亘って明治神宮から下賜されたものです。

  • 濃い茜色を主体にした花のズームアップ光景です。心の部分の黄色がアクセントになっていました。

    イチオシ

    濃い茜色を主体にした花のズームアップ光景です。心の部分の黄色がアクセントになっていました。

  • 白色と、淡色の花のズームアップ光景です。白色でも、薄紫色が入った花がありました。薄紫色は、薄いピンク色と形容した方が似合っているようです。

    白色と、淡色の花のズームアップ光景です。白色でも、薄紫色が入った花がありました。薄紫色は、薄いピンク色と形容した方が似合っているようです。

  • 知立公園の花菖蒲園は、知立神社を挟んで、西公園と東公園の2箇所に分かれています。二つを合わせて、庭園の面積は、約7500平方メートルです。

    知立公園の花菖蒲園は、知立神社を挟んで、西公園と東公園の2箇所に分かれています。二つを合わせて、庭園の面積は、約7500平方メートルです。

  • 知立公園の花菖蒲園の光景です。通路脇の花は、ズームアップしての撮影に好適でした。

    知立公園の花菖蒲園の光景です。通路脇の花は、ズームアップしての撮影に好適でした。

  • 品種によって、早咲き、普通先と遅咲きに分けられるようです。この辺りでは、左の方の遅咲き種が多いようでした。

    品種によって、早咲き、普通先と遅咲きに分けられるようです。この辺りでは、左の方の遅咲き種が多いようでした。

  • 優雅に咲いた、色とりどりの花菖蒲の光景です。

    イチオシ

    優雅に咲いた、色とりどりの花菖蒲の光景です。

  • 縦長に眺めた花菖蒲池の光景です。右半分に花が疎らなのは、株の生育が芳しくなかったように見受けました。

    縦長に眺めた花菖蒲池の光景です。右半分に花が疎らなのは、株の生育が芳しくなかったように見受けました。

  • 入口近くにあった、茶屋風の休憩所の光景です。休憩所も通路も見学の人達で一杯でした。

    入口近くにあった、茶屋風の休憩所の光景です。休憩所も通路も見学の人達で一杯でした。

  • 石を配した池と、花菖蒲園の光景です。散策路の途中には、東屋風の休憩所と、ベンチがありました。

    石を配した池と、花菖蒲園の光景です。散策路の途中には、東屋風の休憩所と、ベンチがありました。

  • 淡色系の花菖蒲です。手前の方は薄い黄色、左奥の方が薄い紫色でした。手前の薄い黄色の花は、咲き終わった花が多くありました。

    淡色系の花菖蒲です。手前の方は薄い黄色、左奥の方が薄い紫色でした。手前の薄い黄色の花は、咲き終わった花が多くありました。

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