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本丸御殿を再建中の名古屋城の展示品などの紹介です。(ウィキペディア)

2012春、本丸御殿再建中の名古屋城(3/4:補遺):天守閣内の展示品、甲冑、調度品

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2012/05/27 - 2012/05/27

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旅行記グループ 2012年、尾張の名所巡り

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旅人のくまさん

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本丸御殿を再建中の名古屋城の展示品などの紹介です。(ウィキペディア)

交通手段
私鉄
  • 名古屋城内での展示品の紹介です。師団の司令部が三之丸に置かれました。<br /><br />『第三師団分列図』<br />明治32年(1899年)作<br />

    名古屋城内での展示品の紹介です。師団の司令部が三之丸に置かれました。

    『第三師団分列図』
    明治32年(1899年)作

  • 名古屋城本丸天守閣の内部模型です。現在の天守閣は、戦災で焼け落ちた後、戦後に再建された鉄筋コンクリート造りです。

    名古屋城本丸天守閣の内部模型です。現在の天守閣は、戦災で焼け落ちた後、戦後に再建された鉄筋コンクリート造りです。

  • 金鯱のレプリカの尻尾部分です。記念撮影のために置かれていました。

    金鯱のレプリカの尻尾部分です。記念撮影のために置かれていました。

  • 葵の紋が入った頑丈な箱です。千両箱と三千両箱が並べて展示してありました。

    葵の紋が入った頑丈な箱です。千両箱と三千両箱が並べて展示してありました。

  • 三千両箱です。レプリカではなく、オリジナル品のようです。

    三千両箱です。レプリカではなく、オリジナル品のようです。

  • 天守の上に建つ金鯱に使われた金を、同量の小判で表現した展示です。慶長小判17.975両と記されていました。山のような千両箱でした。

    天守の上に建つ金鯱に使われた金を、同量の小判で表現した展示です。慶長小判17.975両と記されていました。山のような千両箱でした。

  • 『柴垣紋象嵌鐙』<br />江戸時代<br /><br />鐙は、足を乗せる馬具です。

    『柴垣紋象嵌鐙』
    江戸時代

    鐙は、足を乗せる馬具です。

  • 『兜』<br />江戸時代

    『兜』
    江戸時代

  • 『鉄錆地置手拭形兜』<br />江戸時代

    『鉄錆地置手拭形兜』
    江戸時代

  • 『黒漆塗丸吉文字紋一文字形陣笠』<br />江戸時代

    『黒漆塗丸吉文字紋一文字形陣笠』
    江戸時代

  • 『勝色白色威胴丸具足』<br />尾張藩士横井家伝来品<br />安土桃山時代<br /><br />勝色(紫色)と白色の2色の縅の胴丸具足です。兜の浦に天正4年(1576年)の刻銘があります。

    『勝色白色威胴丸具足』
    尾張藩士横井家伝来品
    安土桃山時代

    勝色(紫色)と白色の2色の縅の胴丸具足です。兜の浦に天正4年(1576年)の刻銘があります。

  • 具足の中間部分のアップです。

    具足の中間部分のアップです。

  • 具足の足元部分のアップです。

    具足の足元部分のアップです。

  • 『名古屋城と火縄銃』と題した展示コーナーの紹介です。火縄銃は、天正12年(1432年)に種子島に漂着したポルトガル人によって、日本に初めてもたらされました。

    『名古屋城と火縄銃』と題した展示コーナーの紹介です。火縄銃は、天正12年(1432年)に種子島に漂着したポルトガル人によって、日本に初めてもたらされました。

  • 火縄銃の引き金部分のアップ光景です。鉄砲の伝来により、日本における戦いの様相は一変し、力関係にも大きな変動が起きました。

    火縄銃の引き金部分のアップ光景です。鉄砲の伝来により、日本における戦いの様相は一変し、力関係にも大きな変動が起きました。

  • 火縄銃の引き金部分のアップ光景です。

    火縄銃の引き金部分のアップ光景です。

  • 対面所の光景です。藩主が使用した火鉢でしょうか。壁画には京都の市民生活が四季とともに描かれていました。庶民の生活を知ることは、藩主が素養を高める一助とされました。

    対面所の光景です。藩主が使用した火鉢でしょうか。壁画には京都の市民生活が四季とともに描かれていました。庶民の生活を知ることは、藩主が素養を高める一助とされました。

  • 対面所の光景です。藩主が使用した部屋のようです。この場所が歴代城主が座られた部屋を再現したものでしょうか。

    対面所の光景です。藩主が使用した部屋のようです。この場所が歴代城主が座られた部屋を再現したものでしょうか。

  • 同じく対面所の光景です。

    同じく対面所の光景です。

  • 本丸御殿の対面所の間取りです。

    本丸御殿の対面所の間取りです。

  • 竈の光景です。お城の中で使われたもののようです。

    竈の光景です。お城の中で使われたもののようです。

  • 台所用品が仕舞われた、戸棚の光景です。

    台所用品が仕舞われた、戸棚の光景です。

  • 文机と蝋燭立の光景です。

    文机と蝋燭立の光景です。

  • 橋の欄干のギボシ(擬宝珠)です。現在の西区円頓寺通りの堀川に架かる五条橋に使われていTものです。慶長7年(16002年)、鋳物師二代目・水野太郎佐衛門作と伝わります。

    橋の欄干のギボシ(擬宝珠)です。現在の西区円頓寺通りの堀川に架かる五条橋に使われていTものです。慶長7年(16002年)、鋳物師二代目・水野太郎佐衛門作と伝わります。

  • 市井の展示の中には、お城や武家社会に関するものだけではなく、市井に関するものもありました。町の武具屋さんの再現コーナーです。

    市井の展示の中には、お城や武家社会に関するものだけではなく、市井に関するものもありました。町の武具屋さんの再現コーナーです。

  • 上洛の間、上段の間の縮小模型です。今回の本丸御殿の再建工事に伴い作成された、1/8縮小モデルです。木組みが分かるように展示されていました。

    上洛の間、上段の間の縮小模型です。今回の本丸御殿の再建工事に伴い作成された、1/8縮小モデルです。木組みが分かるように展示されていました。

  • 同じく、上洛殿の縮小モデルの光景です。襖絵や壁画なども再現されていました。上洛殿は、寛永11年(1634年)三代将軍家光が上洛する際、途中の宿泊所として建設されたものです。

    同じく、上洛殿の縮小モデルの光景です。襖絵や壁画なども再現されていました。上洛殿は、寛永11年(1634年)三代将軍家光が上洛する際、途中の宿泊所として建設されたものです。

  • 塗壁の内部構造が分かるように説明された展示です。芯の部分が竹と藁で汲まれ、下塗りが4層、上塗りも2層です、今回の本丸御殿再建工事でも、同じような工法が採用されるようです。

    塗壁の内部構造が分かるように説明された展示です。芯の部分が竹と藁で汲まれ、下塗りが4層、上塗りも2層です、今回の本丸御殿再建工事でも、同じような工法が採用されるようです。

  • 写真がボケてしまいましたが、本丸御殿の上洛殿の長押(なげし)金具です。今回の再建工事に当たって製作された品かもしれません。

    写真がボケてしまいましたが、本丸御殿の上洛殿の長押(なげし)金具です。今回の再建工事に当たって製作された品かもしれません。

  • 同じく、本丸御殿の上洛殿で使われた金具です。これらも再建工事のために製作された品でしょうか、天井の格子金具などです。

    同じく、本丸御殿の上洛殿で使われた金具です。これらも再建工事のために製作された品でしょうか、天井の格子金具などです。

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