2012/02/11 - 2012/02/19
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ドクターキムルさん
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2012年2月11日に源頼朝公墓塔相輪などが破壊されたという。麓の白旗神社の狛犬も倒され、1体は胴体から真っ二つに割れてしまったという。建国記念の日(戦前までは紀元節)に国指定史跡内の建造物が破壊されることなど在り得ないことだろう。
この源頼朝公墓塔は頼朝公が建立した源氏の氏寺であった勝長寿院の跡地にあったものを、安永8年(1779年)に薩摩藩主の島津重豪(しまづ しげひで)が移築して建てたものではないかとも言われている。頼朝公墓の周りには重豪が建てた石碑が幾つもあるから、この時に墓塔が建てられたことは間違いのないところである。しかし、この墓塔は平成元年に破壊され、翌年に修復されたものである。
800年余り前の源平の合戦は良く知られたものであり、白旗を立てた源氏に対し、赤旗を立てた平家であり、紅白‥合戦、白組・赤組はここからきたものだ。今でも平家の落人部落と伝わるところは日本全国、至るところに存在し、源氏の棟梁たる源頼朝公のその墓が荒らされたとなれば、平家の子孫の仕業などと冗談を言ってしまうものだが、南都焼討をした平重衡でさえも、奈良の人々は800年が経ったのだから許してあげようと、20世紀末には戒名を付け位牌を祀って供養したことを興福寺貫主(かんす)から聞いたことがある。今回の出来事もそうした事情は報道されてはいないが、平家には無関係であろう。「恩讐のかなたに」という言葉もある。
実は、史跡内にある墓塔相輪が落下してしまっているのは源頼朝公墓だけではない。国指定史跡である「伝上杉憲方墓」の墓塔相輪も東日本大震災の揺れで落下してしまったままだ。同じ国指定史跡でも一方は世界遺産の構成資産に挙がり、他方はそうではない。源頼朝公墓相輪は、前回同様に程なく修復され、他方は相輪が落下していることも認識されずに捨て置かれたままになるのであろうか?
(表紙写真は相輪がない源頼朝公墓塔)
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