2011/12/04 - 2011/12/10
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ドクターキムルさん
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鎌倉市山ノ内にある円覚寺には、今も17の塔頭が残っている。富陽庵(ふようあん)は応永23年(1416年)に示寂した第61世仏地禅師東岳文●(とうがくぶんいく)(●は日冠に立)の塔所である。禅師は、壽福寺に住し、建長寺第71世となり、その後、円覚寺に移った。開基は上杉朝宗(ともむね)である。朝宗は応永21年(1414年)に没しているから、富陽庵の創建は応永年間の15世紀初めあたりが妥当であろう。なお、富陽庵からは想像できないことだが、禅師は建長寺71世時の明徳3年(1392年)に伊勢神宮の奥の院、伊勢神宮の丑寅(北東)の鬼門を守る寺として昔から伝えられる金剛證寺(こんごうしょうじ)(伊勢市朝熊町)を再興し、今でも毎年6月27日〜29日に、禅師の命日(6月29日)を祭る開山忌が同寺で開催されている。金剛證寺関連では鎌倉建長寺5世とあるが、間違いであろう。また、金剛證寺がある霊山・朝熊ヶ岳(朝熊山(あさまやま))は海抜が555mとゾロ目である。
室町期の開祖木像と鎌倉期の大仙庵開祖桃渓徳悟像を安置している。また、102世の大雅省音木像と頂相、龍隠軒文書等を蔵し、応永丙申歳(1416年)銘の開祖供養塔がある。本尊は文殊菩薩である。
非公開の寺であり、中を窺い知ることはできないが、石段の上に民家のような郵便受けが掛かる小さな山門があり、奥に続く庭園内の参道とお堂がどうにか垣間見える程度である。
(表紙写真は富陽庵山門)
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「富陽庵」の寺号標石。
仏地禅師東岳文書は建長寺第71世の時に金剛證寺を再興し、臨済宗金剛證寺の開山とされ、その前に再興した弘法大師と共に金剛證寺に祀られている。
海抜555mのゾロ目の山は金剛證寺がある霊山・朝熊ヶ岳(朝熊山(あさまやま))の他には日本国(新潟県・山形県県境)が有名である。他に、高畑山(宮城県加美町)、愛宕山(山形県米沢市)、鏡石山(和歌山県海南市)、大鳥毛山(長崎県美津島町)、行者山(鳥取県岩美町)、牧の山(佐賀県有田町)などがある。 -
石段の上に山門が見える。
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石段横には赤い実を付けた藪木が。
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山門。小さな山門だ。民家のように赤い郵便受けが掛かる。
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境内庭園の参道。
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お堂。本堂か?
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