2011/10/07 - 2011/10/09
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hot chocolateさん
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取材とボランティアで仙台に入っていた次男が、家具や冬物をとりに自宅に戻って来た。
再び仙台に戻るにあたって、私たちに、被災地に行って、現実の姿を見ないかと言う。
被災地である東北地方に行って、お金を使うということも被災者支援の1つだとは思う。
だが、被災地の現状を見に行くというのは、何かためらいを感じる。
しかし、自分の目で見ることが、ほんの少しだけれど現実を知ることにもなると、息子と行くことにした。
長男に、そのことを話すと、長男は、ちょうど休暇をとって、東北地方を旅する予定でいたという。
そこで、車2台で、本当に久しぶりの家族旅行(?)となった。
しかし、この話が持ち上がったのが2日前、宿の予約もせずにばたばたと行くことになった。
-
高速道路の深夜割引を利用するつもりで、出発は早朝5時!の予定。
ところが、誰もその時間には起きられず、結局家を出たのは午前8時。
東北自動車道を走っていると、蔦の葉をなびかせた迷彩の自衛隊の車が何台も、何台も走っている。
しかも○○砲を備えて! -
しかも安達太良のSAだったか、パトカーが10台位停まっていてものものしい。
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さすがに那須を過ぎて、福島の北部まで来ると、疲れも出てくる。
といってもドライバーは息子で、私は助手席で楽ちん♪ -
朝食兼昼食は、安達太良サービスエリアで、牛タンわっぱと牛タンハヤシをいただく。
そういえば、去年の7月に、夫と長男と3人で山形・蔵王方面に旅行した時も、ここで牛タンわっぱを食べたっけ。 -
仙台といえば、牛タンが有名ですが、このSAの牛タンも柔らかく煮込んで美味でした。
-
そしてここは宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。
息子の案内と説明で、閖上地区を歩いた。
閖上げ地区は、仙台のベッドタウン的な所で、住宅もたくさんあったところ。
しかし津波で壊滅状態となり、今は何もなく、元住宅地だか元農地だか分からない。
津波が来るまでは、この辺りは豊かな農地だったかもしれない・・・
東日本大震災では、閖上地区の人口約7000人のうち、約1000人の方々が亡くなったという。 -
名取市は災害廃棄物の撤去が進んでいると聞いていたが、道路わきには津波で運ばれ、うち捨てられた船が、まだたくさんあった。
-
写真の右側には、乗用車がそのままに・・・
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このあたりは、海岸から2、3kmも離れているので、まさか津波が来るとは思いもよらなかったのだろう。
しかし、実際には、海岸から6kmも内陸に津波は押し寄せたという。
ある人たちは、自宅の屋根の上に取り残され、津波で流された家の屋根から、この流された船に飛び乗ってかろうじて命拾いをしたとか。 -
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このあたりは、平地で、津波から逃れられる高台らしきものはなさそう。
今は、多くの災害廃棄物も撤去され、その当時の面影もないが、話を聞いてみると、新聞やニュースなどでは報道されない、生々しさを感じ、恐ろしさを感じた。 -
災害廃棄物撤去中
廃棄物を袋に詰め込んで撤去するんですね。
そこここにある水たまりは、恐らく塩分を含んでいてしばらくは農地にはならない。 -
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ビニールハウスも、フレームが曲がりビニールもなくなっている。
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多くの船がまだ農地(か住宅地か分からないが)に取り残されている。
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塩分を含んだ農地が、元に戻るのはいつのことだろうか・・・
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農地だけではなく、住宅地であったところは家の基礎だけが残っているところも多い。
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名取市閖上(ゆりあげ)小学校
今は廃校になってしまった閖上小学校の体育館に、持ち主の分からない、あるいは持ち主のいない物がたくさん展示してあった。 -
持ち主のいなくなったランドセルが涙を誘う・・・
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多くのボランティアの方々が、津波に流され、泥にまみれた物を、きれいに洗って持ち主に返す取り組みをしている。
しかし7ヶ月たった今も、持ち主は現れない。 -
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地震で止まった時計
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「ゆりあげ思い出さがし隊」を立ち上げた方のお子さん(赤ちゃん)の行方も分からないそうです。
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体育館を出て、教室に入ってみた。
建物の壁や窓ガラスには、津波が押し寄せた高さまで黒い跡が付いている。
私の身長(160cm)より高いところだった。
3月行事予定表には、
3月15日 卒業式予行
3月18日 卒業式
廃校になった学校の黒板に、卒業式の予定が書いてあるのが悲しい。 -
高台のない平地のこの地区で、この学校の2階以上に逃げ込んで助かった人も多いという。
-
津波で押し寄せた物が絡みついていた木の枝
もう夕闇が迫って来た。
人っ子ひとりいない廃校というのは、怖い・・・
日も暮れて来たが、日和山という場所に行ってみることにした。
そこは海岸から近く、行く道は電燈もない。
その辺は住宅地だったというが、何もない。
お寺の墓石も倒れたまま・・・
細い道に迷い込んでしまった。左側は川。
まっすぐに行けばちょっと太い道にでるが、危ない、危ない、道は1mほど裂けていて、下は川。
危うく川にはまるところだった。狭い道を何度も切り返しをしてUターン。
もう暗くなって、明かりもなく、家も何もない、草が生い茂った道は、何があるか分からない・・・
もう引き揚げた方がよさそうだ。 -
ここは、日和山(ひよりやま)。
日和山は、大正時代、船の出入り、気象、海上などを見るために、勤労奉仕によって造られた。
6mほどの山頂には、湊神社から遷座された富主姫神社の社殿と、この頃建立された忠魂碑があったが、社殿は津波で流されて今はない。
今あるのは、津波に耐えた1本の太い木と忠魂碑、それに最近立てられたと思われる、幣が付けられた富主姫神社(だったと思う)と書かれた2本の柱だけ。(もう暗くて字も読めない)
日和山の隣には、瓦礫やコンクリートなどを、細かく砕いてブロックにして積み上げた小山がある。
日和山のように頂上を平らにして、頂上には、復興関連の事務所(だと思う)が建てられていた。
*日和山
宮城県名取市閖上地区民の復興と追悼の象徴となっている。
閖上湊神社は、津波で流され、今はほこらの代わりとなる、高さ2・5mの柱2本が建てられている。 -
すっかり暗くなり、心も体も冷え冷えとしてきたので、ネットで探してラーメンの名店「山頭火」に行った。
東京・渋谷にもあるが、私は行ったことはないが、長男のお勧めで行ってみた。 -
ミニチャーシューご飯とゆで卵
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ギョーザ
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特選とろ肉塩ラーメン(1100円)
これだけ麺と具材が別々 -
塩ラーメン(790円)
「山頭火」の塩ラーメンは、塩というより白濁のスープで、ちょっとコクがあり、豚骨も少しは入っているのかなという感じ・・・?
おいしかった♪ -
たまたま撮った写真だが、あとで読んでみたら、「山頭火」では、今もなお、避難所生活を余儀なくされている人たちに温かいらーめんの炊き出しを行っているとのこと。
わずか半日ではあったが、閖上地区の現状を見、話を聞いて、少し理解が深まったと思った。
震災後、7カ月が過ぎたが、被災された方々にとっては、これからも大変な日が続くと思う。
私たちもこの大震災のことを忘れてはいけない。
そして1日も早く、被災された方々の生活が、元の生活に戻れるように祈りたい。
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この旅行記へのコメント (20)
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- ムロろ~んさん 2015/07/09 21:03:21
- また再度見たくて…。
- hot chocoさん
こんばんは、ムロろ〜んです。
宮城県仙台市にある閖上地区に行かれた旅行記を拝見しました。
毎朝、朝早く起きて寺にてお経をあげてお勤めをしているのですが、その際に「東日本大震災物故者諸精霊」として回向をしているんです。
毎度、お経を唱えて挙げてはいるものの、日々段々とちょっとでも薄れつつある自分に気が付いたので、こちらの旅行記で再度読み、もう一度印象を目に見ておきたいと思いました。
今日もこの一日が亡くなられた方にとって「生きたかった一日」であることをかみしめながら、大切に生きていきたいと思いました。
特に時計や卒業式の予定が書かれた黒板、ランドセルなどなど、普通の日常だったのが一気に震災で変わったことに衝撃でした。
明日もまたお経をあげて唱えますが、普段通り生きていけることのありがたさをかみしめていこうと改めて感じました。
上手く表現できないのですが←未熟と感じますf^_^;、震災復興を願いたいと思います。
ムロろ〜ん(-人-)
- hot chocolateさん からの返信 2015/07/12 01:14:51
- RE: また再度見たくて…。
- ムロろ〜んさま
こんばんは。
閖上の旅行記に、メッセージをいただきありがとうございました。
> 毎朝、朝早く起きて寺にてお経をあげてお勤めをしているのですが、その際に「東日本大震災物故者諸精霊」として回向をしているんです。
> 毎度、お経を唱えて挙げてはいるものの、日々段々とちょっとでも薄れつつある自分に気が付いたので、こちらの旅行記で再度読み、もう一度印象を目に見ておきたいと思いました。
☆東日本大震災で被災された方々への毎日のご供養、お勤めお世話様です。
あの大震災から、すでに4年以上もの月日が経ち、人々の関心も薄らいでいくのが心配です。
復興のつち音が聞こえ、被災地が活性化する一方で、復興という名の下、被災された方たちにとっては、思い入れのある地が壊されていく・・・
いまだ行方不明の方も多いというのに・・・。
どこかで区切りをつけないといけないのでしょうが、難しい問題ですね。
> 今日もこの一日が亡くなられた方にとって「生きたかった一日」であることをかみしめながら、大切に生きていきたいと思いました。
> 特に時計や卒業式の予定が書かれた黒板、ランドセルなどなど、普通の日常だったのが一気に震災で変わったことに衝撃でした。
☆被災され、亡くなった方たちにとって、突然に訪れたあの日、永遠になくなった未来、生きたかった日々、どれだけ残念だったことでしょう。
私達は、毎日をもっと大切に生きないと、って思いますね。
> 明日もまたお経をあげて唱えますが、普段通り生きていけることのありがたさをかみしめていこうと改めて感じました。
> 上手く表現できないのですが←未熟と感じますf^_^;、震災復興を願いたいと思います。
☆私は今でも、高い歩道橋の手すりに引っかかった大量の漂流物の写真を見るたびに、そして人が屋根の上に乗ったまま、濁流に流されて行く写真を見るたびに、どれだけの恐怖だったろうと胸が苦しくなります。
生きていけることのありがたさを、大切にしないといけないですね。
私も、ムロろ〜んさんのメッセージを読んで、気持ちが引き締まった気がします。
ありがとうございました。
hot chocolate
-
- ろくおさん 2012/01/30 10:52:43
- こんにちは。
- ろくおと申します。
東北に旅をしてもいいものか???って、ずっと悩んでいました。
そんな矢先、先日、台風で被害の大きかった和歌山県の新宮を訪問しました。水害の爪あとは、想像以上のもので、復興には10年程かかると言います。職場の人は言います、“被災地を訪問する事も、復興に繋がる”と。
今回訪れた場所も、観光客は激減しており、行ってお金を使うことも復興の一つだと実感しました。
旅行記を拝見してまして、正直、切ない気持ちになります。
でも、旅する事で復興に役に立つなら、僕も行ってみようと思います。
僕の新潟旅行記、投票有難うございました。
- hot chocolateさん からの返信 2012/01/30 13:45:34
- RE: こんにちは。
- ろくおさま、こんにちは。
閖上げ地区の旅行記に、書き込みをいただきましてありがとうございました。
> 東北に旅をしてもいいものか???って、ずっと悩んでいました。
> そんな矢先、先日、台風で被害の大きかった和歌山県の新宮を訪問しました。水害の爪あとは、想像以上のもので、復興には10年程かかると言います。職場の人は言います、“被災地を訪問する事も、復興に繋がる”と。
> 今回訪れた場所も、観光客は激減しており、行ってお金を使うことも復興の一つだと実感しました。
> 旅行記を拝見してまして、正直、切ない気持ちになります。
> でも、旅する事で復興に役に立つなら、僕も行ってみようと思います。
実は、私もそう思っていました。
被災された方々が、旅行者を見てどう思われるか、ためらいがありました。
でも、被災された方々は、多くの困難を前に、力強く立ち上がっています。
旅行をしたり、東北産品を買うことも、本当に微力ながら、復興に繋がるのではないかと思うのです。
実は、私の住んでいる地域も震度5強〜6あり、液状化がひどく水道やガスなど長い間止まっていたところもありました。
震災後1か月は家でじっとしていましたが、気持ちも落ち込んでいたので、
1カ月して幕張(液状化がひどかったところ)のよく行っていたホテルのレストランに
食事に出かけたところ、営業を休止しており、別のレストランはバイキングなのに
お客が一人もいない状態で、スタッフが手持無沙汰に立っていました。
その時、こんなにお客が来ないのでは、(人が外食にも行かないようでは)(日本の)経済が
立ち行かなくなると、ぞっとする思いを持ちました。
旅行に行ける人は行く、外食に行ける人は行く、買い物が出来る人は買う、そうして日本の経済は周っていくと思いました。
今後ともよろしくお願い致します。
hot chocolate
-
- 旅猫さん 2012/01/03 09:05:55
- 良い年に。
- hot chocolateさん、こんにちは。
明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします。
昨年は、大震災や豪雨など、自然災害に見舞われた年でしたね。
私も仕事の関係で関わったことがありますが、被災者の方の御苦労は大変なものです。
友人の一人も、南相馬へ毎週ボランティアに行き、写真もたくさん見せてもらいました。
今年も東北を中心に旅をして、少しでも被災地のためになればと思っています。
大したことではないのですが。。。
今年一年、hot chocolateさんにとって素敵な年になりますように。
旅猫
- hot chocolateさん からの返信 2012/01/03 16:28:28
- 穏やかで平和な年になってほしい・・・
- 旅猫さま
明けましておめでとうございます。
こちらこそ、よろしくお願い致します。
> 昨年は、大震災や豪雨など、自然災害に見舞われた年でしたね。
> 私も仕事の関係で関わったことがありますが、被災者の方の御苦労は大変なものです。
> 友人の一人も、南相馬へ毎週ボランティアに行き、写真もたくさん見せてもらいました。
被災された方々にとっては、これは「悪夢」ではないのか、と思われたことでしょう。
家も家族も友人も失った絶望感は、察して余りあるものがあります。
それでも、力強く再建に向かって立ち上がっていく・・・
その力強さに感動しています。
旅猫さんも、お仕事でかかわったのですね。
被災された方々のご苦労を、直に感じられたことでしょうね。
お友達も、毎週ボランティアに行かれているなんて、素晴らしいことです。
なかなか出来ることではありません。
> 今年も東北を中心に旅をして、少しでも被災地のためになればと思っています。
私も、度々という訳にはいきませんが、東北を旅したいと思います。
それと、有楽町と銀座、青山には東北地方のアンテナショップがあるので、
東北産品を買いに行こうと思います。
大したことはできませんが・・・
旅猫さんにとって、この1年が素晴らしい年でありますように!
hot chocolate
-
- カメちゃんさん 2011/12/07 18:10:11
- 前を向いて、心を一つに・・
- hot chocolateさん こんばんは
そして、はじめましてm(_ _)m
ダッハウ強制収容所跡の訪問記をご覧いただき、また投票までいただいてありがとうございました。
hot chocolateさんも東北を訪ねられたのですね。
ご子息さんが復興支援に力を注いでおられるご様子、ご家族のご支援があればこその活動とお察ししています。
お写真を拝見しますと、お命を落とされた方々の無念が伝わってきます。
そして、今を生きていかなければならない方々の暮らしをどう再建していくのかと思いますと、復興は長い長い戦いだな〜と思います。
先ずは、我々が無関心であってはならないと思います。
hot chocolateさんが東北にお出掛けになって、実情をつぶさにご覧になったことに敬意と共感を感じます。
私達が東北の郡山に行っただけなのに、帰宅後にそれを地域の方々にお話ししたところ、皆さんの異様な反応に驚きもし落胆もしました(-_-;) 対岸の火事のように見ていると言いたくもなるその声に、なにか有効な手だてはないものかと考えた時期もありました(-_-)
東北の復興は、すべての人々の課題。
東北産のものを買ってあげたり、旅行に行くなら東北にと思いながら、現実には東北産のものが近くの店にあるわけでもなく、旅行にもスッと行けるわけでもなく、そんな我が身をもどかしく思っています。
hot chocolateさんのこのお話が、より多くの人々の心に響くよう願ってやみません。
ちょっと深刻な話になってしまいましたが、でも大事なこと。
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
カメちゃん
- hot chocolateさん からの返信 2011/12/09 02:28:50
- RE: 前を向いて、心を一つに・・
- カメちゃんさま
こちらこそ、初めまして。
ご丁寧に、書き込みまでいただきありがとうございました。
> お写真を拝見しますと、お命を落とされた方々の無念が伝わってきます。
> そして、今を生きていかなければならない方々の暮らしをどう再建していくのかと思いますと、復興は長い長い戦いだな〜と思います。
> 先ずは、我々が無関心であってはならないと思います。
私が行った、名取市閖上地区は、被災地の中でもがれきの撤去など、
早い時期から行われたそうで、被災直後の瓦礫の山はある程度片付いていました。
ですが閖上地区の多くの家や建物が跡かたもなく流され、元あった建物の基礎
だけが残っているのを見、同時にTVの映像などで津波の襲ってくる様子
を見ると、津波の恐ろしさをひしひしと感じました。
いまや廃校になってしまった閖上小学校の体育館で見た、持ち主の分からない
たくさんの写真やランドセルを見た時は、胸が詰まる思いがしました。
そしてボランティアの方々が、泥にまみれた写真や人形をきれいに洗って
持ち主を待っている・・・
肉親や、友人を失い、家も失い、すべてを失った方も少なくはないと思います。
家に戻ってからも、被災地に行って何かお役に立てることをしたいと思いつつ、
何もできずに、もどかしく思っております。
被災された方々にとっては、これからも大変な日が続くと思いますが、
月日がたつにつれ、人々の関心が薄れていくことが心配です。
被災された方々には、1日も早く、元の生活に戻れるように応援したいと思います。
拙い旅行記を読んで下さってありがとうございました。
これからも宜しくお願い致します。
hot chocolate
-
- poemyさん 2011/11/02 08:05:35
- いつまでも…
- hot chocolateさん、おはようございます。
あれから、半年以上過ぎて、また、寒い冬が東北に訪れて来ますね。
日常に直接、震災が関わってこない西日本の私たちに、
常に心を寄りそわさせてくれる旅行記でした。
ありがとうございました。
poemy
- hot chocolateさん からの返信 2011/11/02 22:45:23
- RE: いつまでも…
- poemyさま、こんばんは。
書き込みありがとうございました。
> あれから、半年以上過ぎて、また、寒い冬が東北に訪れて来ますね。
本当に、被災された方々にとって、寒くて厳しい冬ですよね。
> 日常に直接、震災が関わってこない西日本の私たちに、
> 常に心を寄りそわさせてくれる旅行記でした。
私が行った閖上地区は、被災地の中でもいち早く、災害廃棄物の撤去が進んだ地区ですが、単純に撤去が早くて喜ばしいとはいえないようで、被災者の中には、身内や友人が亡くなったり、まだ行方不明で、心の整理がつかないうちに、なにもかも撤去されてしまうのはつらい。瓦礫のひと山でも、残してほしかったという声もあるようです。
複雑な心中を考えると、なかなか難しいことが多いですね。
hot chocolate
-
- はなかみno王子さん 2011/10/14 23:45:31
- 貴重な写真ありがとう。。。
- hot chocolateさま
震災から半年経ったとは言え、被災地はたいへんな
状態にあることがわかりました。。
王子も25歳から27歳までの3年弱、仙台で暮らして
いましたから、このゆりあげ地区も良く知っています。
壊滅的な被害と言ってもいいと思います。
被災された方に改めてお見舞いの気持ちお送りしたいです。。
王子の家内は宮城県亘理町出身で、実家は幸いかろうじて
津波被害は免れましたが、浜沿いの親戚宅はおおきな建物
被害を受けたと聞いています。
でも、明日15日、家内の父親が亘理町から神戸にやってきます。。
85歳ですがもちろん元気、ひとり飛行機旅できるんです。。
明日の朝、伊丹空港まで迎えに行ってきます〜。
我が家も明日から賑やかになりそうです。。
王子
- hot chocolateさん からの返信 2011/10/15 01:19:41
- RE: 貴重な写真ありがとう。。。
- はなかみno王子さま、こんばんは。
> 王子も25歳から27歳までの3年弱、仙台で暮らして
> いましたから、このゆりあげ地区も良く知っています。
> 壊滅的な被害と言ってもいいと思います。
3年も仙台にお住まいでしたら、この辺のこともよくご存知ですね。
閖上地区から仙台に戻る途中、ある歩道橋をくぐったのですが、
津波が来た時、その歩道橋の上の手すりに、流されてきた物が
大量にひっかかっていた写真を見ました。
津波の高さは相当なものだったのですね。想像するだけでも恐ろしい・・・
> 王子の家内は宮城県亘理町出身で、実家は幸いかろうじて
> 津波被害は免れましたが、浜沿いの親戚宅はおおきな建物
> 被害を受けたと聞いています。
さぞかし、ご心配のことだったと思います。
閖上地区に限らず、大勢の方が津波で亡くなりましたが、
なんとか助かった方でも、家が流されたり、壊れたりして、
本当にお気の毒だと思います。
> でも、明日15日、家内の父親が亘理町から神戸にやってきます。。
> 85歳ですがもちろん元気、ひとり飛行機旅できるんです。。
奥さまも、東北地方の震災・津波で、ご心配でしたでしょうね。
お父様、お元気で、かくしゃくとなさっているんですね〜 元気が一番!
> 明日の朝、伊丹空港まで迎えに行ってきます〜。
> 我が家も明日から賑やかになりそうです。。
お父様も加わって、賑やかになりますね♪
何よりの親孝行ですね〜
hot choco
-
- たらよろさん 2011/10/14 11:29:04
- 皆で頑張りたい
- こんにちは☆hot chocolate様。
がんばれ、東北、、、
今年の合言葉ですね。
って、今年だけじゃないですね、、、、
これから復興するまでの、長い間の合言葉。
息子さんは、被災地にボランティアも含め、行ってらっしゃるんですね〜
素晴らしい息子さんです。
東北自動車道には、まだまだ自衛隊の車がいっぱいなんですね。。。
やっぱり、そういうのを目の当たりにすると感じ方が変わるんだろうな。
仙台の牛タン、
今まで厚切りの牛タンは好きでなかった私が、
あの牛タンを食べた瞬間に感じ方が変わった、、、、
厚切りタンって美味しいんだ〜〜
なんて、柔らかいの〜〜って。
でも、それは未だに仙台の牛タンだけだけれど。。。。(笑)
現実には、まだまだ瓦礫の山。
それに放射線の心配なのもあって、瓦礫撤去が進まない部分もあるとか。。。。
まだまだ大変な日本だけれど、皆で乗り切っていかないと!って思い知らされた旅行記です。
ありがとうございました。
たらよろ
- hot chocolateさん からの返信 2011/10/15 00:34:43
- RE: 皆で頑張りたい
- たらよろさま
いつもありがとうございます。
> がんばれ、東北、、、
> 今年の合言葉ですね。
> って、今年だけじゃないですね、、、、
> これから復興するまでの、長い間の合言葉。
そう、これからなんですよね。
半年、1年、2年と時を経ても、忘れてはいけないですよね。
> 東北自動車道には、まだまだ自衛隊の車がいっぱいなんですね。。。
> やっぱり、そういうのを目の当たりにすると感じ方が変わるんだろうな
蔦の葉の迷彩の覆いをつけた自衛隊の車が、列をなして走っていて、とても物々しい感じでした。○○砲を備えた車って、何の為でしょうか・・・?
> 厚切りタンって美味しいんだ〜〜
> なんて、柔らかいの〜〜って。
私も、牛タンって、薄切りのしか食べたことがなかったけれど、厚切りのタンが軟らかくてびっくりしました。
> まだまだ大変な日本だけれど、皆で乗り切っていかないと!
日本の経済も大変だし、地震、津波、原発と立て続けだし、「頑張ろう、日本!」 ですね。
hot choco
-
- zzr-cさん 2011/10/13 10:40:19
- 赤いランドセル
- hot chocolateさま こんにちは。
何とも胸が痛くなってしまいますね。
あの日から半年以上経った今でもまだまだそのままになった船などが
あったりしているんですね。
潮をかぶった農地は塩が濡れるのに相当な時間が必要と聞きました。
安達太良のパーキング懐かしいなぁ〜何て最初は気楽に見始めてましたが
現状をみるとまだまだ何にも始まっていないんだなと思ってしまいました。
地震の時刻で止まった時計、持ち主の居なくなった色々なものたち。
廃校の信じられないほどの静けさ等々、自然の脅威は本当に恐ろしいです。
そして持ち主のいなくなった赤のランドセルも本当に悲しいです。
時間が経つと風化してしまう恐ろしかった地震を
忘れず後世に伝えなくてはと思わされました。
じぃ〜
- hot chocolateさん からの返信 2011/10/14 00:44:25
- RE: 赤いランドセル
- じぃ〜さま、こんばんは。
名取市の閖上地区は、津波で壊滅的な被害があった地域ですが、
瓦礫の撤去が大分進んでいました。
農地の水たまりが乾いたところには、白く塩が吹いているところがあり、
農地として元に戻るには、まだ時間がかかるのだろうと思いました。
津波後、7カ月たっても持ち主の元に帰れないランドセルや思い出の写真など・・・
悲しいです。
> 時間が経つと風化してしまう恐ろしかった地震を
> 忘れず後世に伝えなくてはと思わされました。
本当に、時がたつと地震や津波の恐ろしさ、悲惨さを忘れてしまいがちですが、
決して忘れてはいけないですね。
hot choco
-
- わんぱく大将さん 2011/10/13 08:32:29
- 行かれてよかった、というのは、言葉が悪いですが
- hot chocolateさん
毎回、毎回見ていただき有難うございます。
そうですか、息子さんが。 彼の勇気と行動に拍手。そして、一緒にいかれたご家族。 行かれてよかった、というのは言葉が悪いですが。。。
う〜ん、何とも言えない光景でした。 でも、助かった命は大切にしたいですね、とそう思わされた旅行記でした。
有難うございました。
大将
- hot chocolateさん からの返信 2011/10/14 00:22:13
- RE: 行かれてよかった、というのは、言葉が悪いですが
- 大将さま、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
確かに行ってよかったという表現はいいのか悪いのか・・・
閖上地区の場合、瓦礫の撤去が進んでいて、津波直後のすさまじさは無くなっていましたが、TVや新聞で見るのとは違って、悲惨さがじかに伝わってきました。
震災が起こってから、7カ月が過ぎましたが、復興はこれからです。
いつまでも記憶に留めて、忘れてはいけないと感じました。
ありがとうございました。
hot choco
-
- hamaさん 2011/10/12 09:29:10
- お疲れ様でした。
chokoさま
お写真を拝見し胸が痛くなりました。
内陸部2〜3キロに漁船が流されてきた事は想像に絶します。
早く現地が復旧、復興されて人々が元の生活になるように
祈願するばかりです。
貴重なお写真ありがとうございました。
hama 海外にて
- hot chocolateさん からの返信 2011/10/12 13:09:29
- RE: お疲れ様でした。
- hamaさま、こんにちは。
書き込みありがとうございます。
私が、魚船をたくさん見たのは、海から2,3kmの所でしたが、津波は6kmほど内陸まで来たようです。
今は、瓦礫も大体片付けられましたが、津波直後の閖上地区は、家や車は流され、木もなぎ倒されすさまじい様相でした。
道路の歩道橋の上の歩道の手すりには、流されてきたものがたくさん引っかかっていました。
当時の写真を見ると、本当に悪夢としか思えない状態でした。
1日も早く、元の生活に戻れるようになるといいですね。
hot choco
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