2010/01/01 - 2011/04/30
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鎌倉には道祖神や庚申塔が多く残っている。「いざ、鎌倉!」と言われた鎌倉時代から街道が整備され、江戸時代には鎌倉や江ノ島見物が盛んになった頃のものがほとんどであろうか。鎌倉七口と呼ばれた切通が整備されたのも実はこの時代である。やぐらが崖の上にあるのは、やぐらを作った中世には道に合わせた高さにあったのが、切通を整備することで路面が下がり、今のようになったのは明らかである。道が狭くて急であったなら物見遊山に出かけて来る人は少なかろう。
道祖神や庚申塔が多くある鎌倉にも道標は少ない。鎌倉は通り道ではなく、終着点であったことを示していようか。
ここでは西御門・雪ノ下・小町・扇ガ谷・山ノ内にある道祖神や庚申塔を紹介する。
(表紙写真は巨福呂坂の道祖神と庚申塔)
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巨福呂坂の庚申塚。 青梅聖天下にあり、氏子のみなさんが昔から維持してきている。
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巨福呂坂の青面金剛と猿田彦大神。
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巨福呂坂の庚申塔。
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巨福呂坂の道造供養塔と大国立大神。
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巨福呂坂の大国立大神と道祖神(嘉永4年(1851年)銘)、猿田彦大神。
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巨福呂坂の庚申塔(宝暦6年(1756年)銘)。
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鶴岡八幡宮二の鳥居付近の庚申塚。道祖神(安政2年(1855年)銘)と猿田彦大神など。
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道祖神(安政2年(1855年)銘)。
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猿田彦大神。
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猿田彦大神など。
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石碑。文字が横書きだ。石碑を倒して読む感じだ。
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岐れ道の庚申塚。
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岐れ道の庚申供養塔。 左側面に「左 ゑがら天神 大江広元 うんてい」。右側面に「右 今沢道」と彫られており、道標を兼ねている。
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関取場跡の青面金剛(慶應2年(1866年)銘)。右側面に「左 やくしくろ地蔵 大山‥」と彫られており、道標を兼ねている。
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寿福寺前の庚申塚。
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寿福寺前の庚申塔(安政2年(1855年)銘)。左側面「北方 長谷観音 江嶋弁天」、右側面「川上藤沢宿 川下八幡前」と彫られ道標を兼ねている。
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庚申塔(安政2年(1855年)銘)。左側面「北方 長谷観音 江嶋弁天」、と彫られ道標を兼ねている。
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庚申塔。
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庚申塔。
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庚申塔。
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供養塔。
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北鎌倉第六天社の庚申塚。庚申塔の左右に青面金剛塔(左)と青面金剛(右)が並んでいる。
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北鎌倉第六天社の庚申塔(享保3年(1718年)銘)。
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北鎌倉第六天社の階段途中にある堅牢地神。
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北鎌倉第六天社の階段途中にある猿田彦大神。
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宝戒寺(小町3)参道の庚申塚。
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庚申地神供養塔(文政11年(1828年)銘)。三猿が3基の庚申塔に分かれて彫られているが、「塔」の字が2種類使われている。
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庚申塔(文化8年(1811年)銘)。塔の字が違う字を使っている。「きかざる」が彫られている。
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庚申塔(文化8年(1811年)銘)。塔の字が違う字を使っている。「みざる」が彫られている。
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庚申塔(文化8年(1811年)銘)。「いわざる」が彫られている。
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西御門八雲神社(西御門1)の庚申塚。
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庚申塔(元禄3年(1690年)銘)。
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庚申塔(延宝8年(1680年)銘)。
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庚申塔(文化5年(1808年)銘)。
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志一稲荷社横の庚申塚。
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青面金剛。
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岩窟不動(雪ノ下1)の庚申塚。
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庚申塔(寛政5年(1793年)銘)。
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庚申塔(文化12年(1815年)銘)。
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猿田彦大神。
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庚申塔(宝暦9年(1759年)銘)。
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青面金剛(文政8年(1825年)銘)。
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海蔵寺参道やぐら内(扇ガ谷4)の庚申塚。
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猿田彦大神。
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海蔵寺参道の民家の道祖神風置物。
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山ノ内八雲神社裏の庚申塚。
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山ノ内八雲神社裏の庚申塚。
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青面金剛尊(天保6年(1835年)銘)。
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庚申供養塔(安永2年(1773年)銘)。
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堅牢地祇(文政11年(1828年)銘)。
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庚申塔(寛文5年(1665年)銘)。
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青面金剛(万延元年(1860年)銘)。
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石燈籠。
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青面金剛童子(嘉永2年(1849年)銘)。
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庚申塔(享保12年(1727年)銘)。
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庚申塔。
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庚申供養塔(寛政9年(1797年)銘)。
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庚申塔。
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庚申供養塔(寛政12年(1800年)銘)。
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‥‥大‥尊(明治24年(1891年)銘)。
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山中稲荷境内(北鎌倉駅前)の庚申塚。
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青面金剛(安政4年(1857年)銘)。
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石祠と石碑。
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庚申塔(宝永7年(1710年)銘)。
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烏森稲荷(北鎌倉踏切横)の庚申塔。
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庚申塔(文化9年(1812年)銘)。
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青面金剛(天保2年(1831年)銘)。屋根の反りが美しい。
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明月谷(山ノ内)の庚申塚。
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庚申塔(文化7年(1810年)銘)。
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庚申塔(宝永7年(1710年)銘)。
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青面金剛。
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馬頭観世音(文政12年(1829年)銘)。
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堅牢地神天(文化11年(1814年)銘)。
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五輪塔。
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西管領屋敷古山稲荷上のお宅の庭にある庚申塚。
何度も足を運んだが分からなかった。何度目かに、たまたま門から出てきた人に聞いたら自分の家の庭にあるという。案内して頂いた。
円覚寺鐘楼へ続く山道があり、ここはかつての寺跡だという。
やぐらの前とやぐらの中にもあった。
北条時頼の建てた最明寺か、時宗が建立した禅興寺(明月院はこの塔頭)の塔頭があったのであろうか。 -
庚申塔(元禄6年(1693年)銘)。
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庚申塔。
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庚申塔(元禄8年(1695年)銘)。やぐらの中にある。
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大倉稲荷の庚申塚。
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庚申塔(文政2年(1819年)銘)。
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庚申塔。
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庚申塔(慶應2年(1866年)銘)。
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庚申塔(天保3年(1832年)銘)。
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庚申塔(安政7年(1860年)銘)。
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妙見大菩薩(慶應2年(1866年)銘)。
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庚申塔(文政2年(1819年)銘)。
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猿田彦大神(弘化2年(1845年)銘)。
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巽神社(扇が谷1)の猿田彦大神(弘化2年(1845年)銘)。
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建長寺瑞賢墓道の鎌倉学園グランド旧道の青面金剛王。
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建長寺瑞賢墓道の鎌倉学園グランド旧道の青面金剛。
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建長寺瑞賢墓道の金剛王。「大庭村宮本傳左エ門 吉光」長兵エ」と奉納者名が彫られている。
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建長寺瑞賢墓道の(猿田)彦大神。上部が破損している。
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建長寺瑞賢墓道の青面金剛。
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建長寺瑞賢墓道の庚申塔。
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建長寺瑞賢墓道の庚申塔。「濱松町 籠屋善助」と奉納者名が彫ってある。
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建長寺半僧坊旧道の青面金剛。台座から落ちている。
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建長寺半僧坊旧道の金剛童子。
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建長寺半僧坊旧道の庚申塔。
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建長寺半僧坊旧道の猿田彦大神。「米屋久四良」と奉納者名を彫っている。
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建長寺半僧坊旧道の庚申塔。割れて折れているようだ。根元に1字彫ってある。
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建長寺半僧坊旧道の庚申塔の上部破片か。裏返しになっているのであろう。
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建長寺半僧坊旧道の庚申塔。
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円応寺門前の閻魔王(元禄4年(1691年)銘)
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