2007/09/23 - 2007/09/23
3449位(同エリア4072件中)
ドクターキムルさん
- ドクターキムルさんTOP
- 旅行記7569冊
- クチコミ134件
- Q&A回答247件
- 7,217,340アクセス
- フォロワー40人
浦上天主堂はキリシタン弾圧の禁制をとかれた信者たちにより明治6年(1873年)、建設が計画され、明治28(1895年)、フレノ神父の設計による教会の建設が開始された。20年後の大正3年(1914年)に東洋一の石と煉瓦造りのロマネスク様式の大聖堂が完成した。正面双塔にフランス製のアンジェラスの鐘もつけられたが、昭和20年(1945年)の原爆で建物はすべて破壊し、現在の建物は昭和34年に鉄筋コンクリートで再建されたものである。その後、昭和55年(1980年)に煉瓦で改装し、往時の姿に復元された。原爆の爆風に耐えたアンジェラスの鐘は今でも一日3回奏でられている。
Webには原爆で破壊された浦上天主堂の写真も掲載されている(「浦上天主堂」(http://www.nagasaki-heiwa.org/n2/urakami.html))。広島には原爆の悲惨さを今に伝える原爆ドームが残されて、人類の負の遺産として世界遺産になっている。一方の被災地、長崎にはそうした建物の遺骸が残されてはいない。この浦上天主堂の瓦礫がその候補に相応しいものであったようだ。しかし、瓦礫は撤去され、元の場所に教会が再建されている。私個人としては、浦上天主堂は別の場所に再建して、浦上天主堂の瓦礫は原爆の悲惨さを今に伝えるために残してほしかった。世界中何処にでも見られる教会を核とした世界遺産に、新たに長崎地方の教会群を1つだけ追加することよりも、残してあれば広島の原爆ドームと同様に登録されたと考えると、顕著な人類の負の遺産を失ってしまったことが重大なことであったように思われる。
(表紙写真は浦上天主堂)
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ドクターキムルさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
21