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写真は、50年近く前に、<br />父が大変お世話になった仏人М氏のアバルトマンの入口です。<br /><br />亡父は、1963年1月7.8日泊めてもらっています。<br />もしかしたら、マルミアンさんが父の身元引受人だったかもしれません。当時は、そのような事情があったと聞いたことがあります。<br /><br />ここを訪れることが、私の最も大きな目的でした。<br /><br />この旅行記では、<br />滞在先のホテルからアパルトマンへの経路を載せます。<br /><br />・日本での準備1<br />グーグルアースで、ホテルと目的地を入力し経路を地図上で<br />示したものを印刷して持参しました。<br />・日本での準備2<br />訪問先で渡すために、自己紹介と、訪問目的を<br />仏文翻訳サイトで翻訳し持参しました。<br /><br /><br />М氏の住所が記された手紙は、東京在住の弟が、<br />今は亡き母からもらい所有していました。<br /><br />その手紙を読むと、<br />М氏は父と連絡を取るために苦労された様子でした。<br />結果的には、岐阜県在住の方に翻訳をしていただいて、<br />М氏の手紙が父に渡り、文通がはじまったようです。<br /><br />手紙の内容からすると、<br />父は、渡航が自由にできない時代でしたが、<br />フランス行きを強く望んでいたようで、<br />М氏はアドバイスしてくださっていました。<br /><br />父は、バカンス会社の研修生をしていましたが、<br />それはМ氏の力添えがあったようです。<br /><br />⇒ 日本の渡航の自由化は、1964年4月 ⇒<br /><br /><br />М氏とは、こうした交流の数年後、<br />父は、“くもまっか出血”で一晩のうちに亡くなりました。<br /><br />そのこと、М氏はご存知ないかもしれません。<br /><br /><br />M氏は、東京オリンピックの前後に2度ほど日本を訪問された方で、<br />ドキュメンタリー映画のプロデューサーをされていました。<br /><br />当時、父は30代半ばで、<br />М氏は、50代だったと思うと、長兄が言っていました。<br /><br />М氏が来日をされた際、<br />名古屋の都ホテルだったと思いますが、<br />母をはじめ、まだ小・中学生だった私たちと昼食を共にしました。 <br /><br />М氏の瞳は、エメラルドグリーンでした。<br />その瞳は、あまりに美しく<br />ずっと見つめてしまったことを覚えています。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

大人のたんけん Paris  16区M氏宅をめざす  ~父の足跡~

6いいね!

2010/02/23 - 2010/03/04

10032位(同エリア17021件中)

旅行記グループ 大人のたんけん②

2

30

不二山

不二山さん

写真は、50年近く前に、
父が大変お世話になった仏人М氏のアバルトマンの入口です。

亡父は、1963年1月7.8日泊めてもらっています。
もしかしたら、マルミアンさんが父の身元引受人だったかもしれません。当時は、そのような事情があったと聞いたことがあります。

ここを訪れることが、私の最も大きな目的でした。

この旅行記では、
滞在先のホテルからアパルトマンへの経路を載せます。

・日本での準備1
グーグルアースで、ホテルと目的地を入力し経路を地図上で
示したものを印刷して持参しました。
・日本での準備2
訪問先で渡すために、自己紹介と、訪問目的を
仏文翻訳サイトで翻訳し持参しました。


М氏の住所が記された手紙は、東京在住の弟が、
今は亡き母からもらい所有していました。

その手紙を読むと、
М氏は父と連絡を取るために苦労された様子でした。
結果的には、岐阜県在住の方に翻訳をしていただいて、
М氏の手紙が父に渡り、文通がはじまったようです。

手紙の内容からすると、
父は、渡航が自由にできない時代でしたが、
フランス行きを強く望んでいたようで、
М氏はアドバイスしてくださっていました。

父は、バカンス会社の研修生をしていましたが、
それはМ氏の力添えがあったようです。

⇒ 日本の渡航の自由化は、1964年4月 ⇒


М氏とは、こうした交流の数年後、
父は、“くもまっか出血”で一晩のうちに亡くなりました。

そのこと、М氏はご存知ないかもしれません。


M氏は、東京オリンピックの前後に2度ほど日本を訪問された方で、
ドキュメンタリー映画のプロデューサーをされていました。

当時、父は30代半ばで、
М氏は、50代だったと思うと、長兄が言っていました。

М氏が来日をされた際、
名古屋の都ホテルだったと思いますが、
母をはじめ、まだ小・中学生だった私たちと昼食を共にしました。

М氏の瞳は、エメラルドグリーンでした。
その瞳は、あまりに美しく
ずっと見つめてしまったことを覚えています。








同行者
一人旅
一人あたり費用
25万円 - 30万円
  • そのときの記念写真です。<br /><br />父は、たいそう嬉しかったとみえ、<br />同じ写真を何枚も焼増ししていました。<br /><br />弟は、残念ながら幼いため祖母と留守番。<br /><br /><br />改めてよく見ると、<br />父は、スイスの帽子をかぶり、<br />下の兄は、バックスキンでできた<br />ドイツのじようぶなズボンをはいています。<br />私は、イギリスの騎馬兵のブローチ。<br /><br />

    そのときの記念写真です。

    父は、たいそう嬉しかったとみえ、
    同じ写真を何枚も焼増ししていました。

    弟は、残念ながら幼いため祖母と留守番。


    改めてよく見ると、
    父は、スイスの帽子をかぶり、
    下の兄は、バックスキンでできた
    ドイツのじようぶなズボンをはいています。
    私は、イギリスの騎馬兵のブローチ。

  • さて、この写真は、<br />エッフェル塔から、М氏宅の方角を撮ったものです。<br /><br />M氏宅は、白鳥の小道のグルネル橋の西端に立つ自由の女神の近くです。<br /><br />フランスがアメリカに自由の女神像を贈ったお礼として、<br />パリに住むアメリカ人がフランス革命100周年を記念して制作したものだそうです。

    さて、この写真は、
    エッフェル塔から、М氏宅の方角を撮ったものです。

    M氏宅は、白鳥の小道のグルネル橋の西端に立つ自由の女神の近くです。

    フランスがアメリカに自由の女神像を贈ったお礼として、
    パリに住むアメリカ人がフランス革命100周年を記念して制作したものだそうです。

  • いよいよ出発。<br /><br />メトロ13号線に乗る。<br />ミロメ二ル→アンヴァリッド<br /><br /><br />実は、事前に券売機を2回下見しましたが、<br />購入できません。<br />次に、ヘルプキーで呼び出しましたが、<br />駅員は来てくれないのでした。<br /><br />なので、この日は通りがかりの人に聞くしかなく、<br />改札を出てこられたきれいな女性に、<br />思い切って「エクスキューズミィ」と声をかけました。<br />この方は、チケットの買い方を教えてくださり、<br />ホームまで同行までしてくださいました。 <br /><br /><br />写真は、アンヴァリッド→RERのC線への<br />長く続く、動く歩道。

    いよいよ出発。

    メトロ13号線に乗る。
    ミロメ二ル→アンヴァリッド


    実は、事前に券売機を2回下見しましたが、
    購入できません。
    次に、ヘルプキーで呼び出しましたが、
    駅員は来てくれないのでした。

    なので、この日は通りがかりの人に聞くしかなく、
    改札を出てこられたきれいな女性に、
    思い切って「エクスキューズミィ」と声をかけました。
    この方は、チケットの買い方を教えてくださり、
    ホームまで同行までしてくださいました。


    写真は、アンヴァリッド→RERのC線への
    長く続く、動く歩道。

  • RERのC線に乗る。<br />アンヴアリッド→ケネディ レイディオ フランス<br /><br />ここでもまた、チケットの買い方がわからず、<br />日本の女性3.4人に聞きました。<br /><br /><br />彼女たちは、ここから、<br />ベルサイユ行きに乗って行きました。

    RERのC線に乗る。
    アンヴアリッド→ケネディ レイディオ フランス

    ここでもまた、チケットの買い方がわからず、
    日本の女性3.4人に聞きました。


    彼女たちは、ここから、
    ベルサイユ行きに乗って行きました。

  • 2階建電車でした。

    2階建電車でした。

  • エッフェル塔近くの、車窓から撮りました。<br /><br /><br />セーヌ川にかかる橋が見えます。

    エッフェル塔近くの、車窓から撮りました。


    セーヌ川にかかる橋が見えます。

  • ケネディ レイディオ フランスの駅です。<br /><br />わくわく、ドキドキ…<br /><br />М氏は、ご存命だろうか、<br />ご家族の方は、いらっしゃるのだろうか、<br /><br /><br />

    ケネディ レイディオ フランスの駅です。

    わくわく、ドキドキ…

    М氏は、ご存命だろうか、
    ご家族の方は、いらっしゃるのだろうか、


  • ますます、どきどきしてきた。<br /><br /><br />父も、この駅を使ったのだろうか。<br /><br />父のアルマ・マルソーの下宿先から、<br />М氏宅まで約2.5km<br /><br />

    ますます、どきどきしてきた。


    父も、この駅を使ったのだろうか。

    父のアルマ・マルソーの下宿先から、
    М氏宅まで約2.5km

  • 駅の前です。<br /><br />駅名からして、ケネディ元大統領に<br />何か関わりがあるのでしょうか。<br />この通りの名前は、<br />AV DU PRESIDENT KENNEDYです。<br />また、近くのセーヌ川には、自由の女神像が建っています。<br /><br /><br />引用:<br />パリ [編集]<br />フランスのパリにある自由の女神像は、フランスが<br />アメリカに自由の女神像を送ったことの返礼として、パリに住むアメリカ人たちが<br />フランス革命100周年を記念して贈ったものである。<br />セーヌ川のグルネル橋のたもとに位置し、<br />高さは11.5メートル、重さは14トンと、<br />ニューヨークにあるものより小さめである。<br />1889年11月5日に除幕式が行われた。<br />同じくバルトルディの設計によるもので、除幕も彼の手によって行われた。<br />左腕に抱える銘板には、フランス革命のきっかけとなった<br />バスティーユ牢獄襲撃が起こった1789年7月14日の<br />日付が刻まれている。<br /><br />また、パリ市内のリュクサンブール公園にも、<br />さらに一回り小さな自由の女神像が置かれている。<br />ニューヨークの彫像の準備作業のために作られたもので、<br />1900年にリュクサンブール博物館に寄贈され、<br />1906年にリュクサンブール公園内に設置された。<br /><br />http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%A5%9E%E5%83%8F

    駅の前です。

    駅名からして、ケネディ元大統領に
    何か関わりがあるのでしょうか。
    この通りの名前は、
    AV DU PRESIDENT KENNEDYです。
    また、近くのセーヌ川には、自由の女神像が建っています。


    引用:
    パリ [編集]
    フランスのパリにある自由の女神像は、フランスが
    アメリカに自由の女神像を送ったことの返礼として、パリに住むアメリカ人たちが
    フランス革命100周年を記念して贈ったものである。
    セーヌ川のグルネル橋のたもとに位置し、
    高さは11.5メートル、重さは14トンと、
    ニューヨークにあるものより小さめである。
    1889年11月5日に除幕式が行われた。
    同じくバルトルディの設計によるもので、除幕も彼の手によって行われた。
    左腕に抱える銘板には、フランス革命のきっかけとなった
    バスティーユ牢獄襲撃が起こった1789年7月14日の
    日付が刻まれている。

    また、パリ市内のリュクサンブール公園にも、
    さらに一回り小さな自由の女神像が置かれている。
    ニューヨークの彫像の準備作業のために作られたもので、
    1900年にリュクサンブール博物館に寄贈され、
    1906年にリュクサンブール公園内に設置された。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%A5%9E%E5%83%8F

  • 振り返り、駅舎を撮りました。

    振り返り、駅舎を撮りました。

  • 住所のアベニューの標識がありました。<br /><br />心臓、バックン・バックン

    住所のアベニューの標識がありました。

    心臓、バックン・バックン

  • この先にあるはずです。<br /><br /><br /><br />

    この先にあるはずです。



  • 歩いていらした高齢女性に、М氏の写真をお見せながら<br />知っていらっしゃるかどうか聞きました。<br />「ノン」<br /><br />その後、正確に言うと、<br />9人の高齢方に聞きましたが、みなさん、「ノン」<br /><br /><br /><br /><br />

    歩いていらした高齢女性に、М氏の写真をお見せながら
    知っていらっしゃるかどうか聞きました。
    「ノン」

    その後、正確に言うと、
    9人の高齢方に聞きましたが、みなさん、「ノン」




  • しかし、М氏の手紙に書いてあった住所の<br />アバルトマンはありました。<br /><br /><br />もう、それだけでも私には嬉しい。<br /><br />

    しかし、М氏の手紙に書いてあった住所の
    アバルトマンはありました。


    もう、それだけでも私には嬉しい。

  • М氏のアパルトアンの内部です。<br /><br />なぜ、内部かと言うと、通りがかりの人に、<br />私はМ氏を探していて住所はここだと言うと、<br />入口の右の壁面にあるフザーを押してドアを開け、<br />私を中へ入れてくれたのです。<br /><br />で、その方、すぐにどこかへ行ってしまいました。<br /><br /><br />勝手に入っていいの?<br /><br />私、どうすりゃいいの<br /><br />どうやって出るの?<br /><br />

    イチオシ

    М氏のアパルトアンの内部です。

    なぜ、内部かと言うと、通りがかりの人に、
    私はМ氏を探していて住所はここだと言うと、
    入口の右の壁面にあるフザーを押してドアを開け、
    私を中へ入れてくれたのです。

    で、その方、すぐにどこかへ行ってしまいました。


    勝手に入っていいの?

    私、どうすりゃいいの

    どうやって出るの?

  • 手前に、ボタンが二つ、見えます。<br /><br />そうか、これを押したら、ドアが開くんだね。<br /><br />出口もわかり、やや、ほっとしたところで、<br />この左の木でできたボックス、何でしょう。<br />宅配の品物でも入れておくものなのかなぁ〜<br /><br />わかりません。<br /><br /><br />こりや、不法侵入にあたるかしらと、<br />気になりつつ、奥へ。

    手前に、ボタンが二つ、見えます。

    そうか、これを押したら、ドアが開くんだね。

    出口もわかり、やや、ほっとしたところで、
    この左の木でできたボックス、何でしょう。
    宅配の品物でも入れておくものなのかなぁ〜

    わかりません。


    こりや、不法侵入にあたるかしらと、
    気になりつつ、奥へ。

  • 入口の奥には、エレベーターがあり、<br />写真にある壁面のネームプレートは、<br />日本でいう表札のようなものでした。<br /><br />夜、ホテルへ帰ってデジカメを確認していたら、<br />私は、このネームプレートのアップを<br />あちこちから6枚も撮っていました。<br /><br />何度、撮ったところで、<br />何度も、スペルを読んだところで、<br />М氏の記入はありませんでした…<br /><br />結局、М氏やご家族は、もう、ここには<br />住んではいらっしゃらないことがはっきりしました。<br /><br />勝手に入ったので、外へ出ました。<br /><br /><br />しばらく、気を取り直すために、時間を過ごしました。<br />

    入口の奥には、エレベーターがあり、
    写真にある壁面のネームプレートは、
    日本でいう表札のようなものでした。

    夜、ホテルへ帰ってデジカメを確認していたら、
    私は、このネームプレートのアップを
    あちこちから6枚も撮っていました。

    何度、撮ったところで、
    何度も、スペルを読んだところで、
    М氏の記入はありませんでした…

    結局、М氏やご家族は、もう、ここには
    住んではいらっしゃらないことがはっきりしました。

    勝手に入ったので、外へ出ました。


    しばらく、気を取り直すために、時間を過ごしました。

  • 先ほどの女性です。<br />再び会いました。<br /><br /><br />「わかったの?」みたいに、ジェスチャーで<br />聞いてくださり、それが嬉しくって、<br />和テイストの便箋を差し上げました。<br /><br />手にお持ちです。

    先ほどの女性です。
    再び会いました。


    「わかったの?」みたいに、ジェスチャーで
    聞いてくださり、それが嬉しくって、
    和テイストの便箋を差し上げました。

    手にお持ちです。

  • 最後に、もう一人だけ声をかけて帰ろうと決め<br />声をかけたその方は、明るくお茶目で<br />お世話好きなスペイン女性でした。<br /><br />お隣りに住んでいらっしゃるようで、<br />ついていらっしゃいとのこと。<br />今度は、アパルトマンへ二人で入りました。<br /><br />突き当りに白いカーテンのドアが見えます。<br />そこは、このアバルトマンの<br />女性ハウスキーパーさんのお宅です。<br /><br /><br />М氏のことは、まったくわからないとのことでした。<br /><br />けれど、ハウスキーパーさんは、<br />「まだМ氏を探す方法が他にある」と、<br />一生懸命に教えてくださるのでした。

    イチオシ

    最後に、もう一人だけ声をかけて帰ろうと決め
    声をかけたその方は、明るくお茶目で
    お世話好きなスペイン女性でした。

    お隣りに住んでいらっしゃるようで、
    ついていらっしゃいとのこと。
    今度は、アパルトマンへ二人で入りました。

    突き当りに白いカーテンのドアが見えます。
    そこは、このアバルトマンの
    女性ハウスキーパーさんのお宅です。


    М氏のことは、まったくわからないとのことでした。

    けれど、ハウスキーパーさんは、
    「まだМ氏を探す方法が他にある」と、
    一生懸命に教えてくださるのでした。

  • ハウスキーパーさんの仏語と、<br />スパニッシュ女性の仏語やら筆談、<br />私の園児並みの英語で話したところ、<br />全く、チンプンカンプン<br />ハウスキーパーさんが、中学生ぐらいの娘さんを呼び、<br />ハウスキーパーさんの仏語を<br />娘さんが英語で話してくれ、<br />この写真にある、16区の区役所で、<br />М氏のことを聞くとよいと教えてくださいました。<br /><br />今年発行の冊子でしたが、<br />持って行きなさいと、渡してくださいました。<br /><br /><br />帰国後よく見ると、この冊子仏語と英語表記でした。<br /><br />フランスは、仏語以外使わないといったことを<br />聞きましたが、英語は必要になっているようでした。

    ハウスキーパーさんの仏語と、
    スパニッシュ女性の仏語やら筆談、
    私の園児並みの英語で話したところ、
    全く、チンプンカンプン
    ハウスキーパーさんが、中学生ぐらいの娘さんを呼び、
    ハウスキーパーさんの仏語を
    娘さんが英語で話してくれ、
    この写真にある、16区の区役所で、
    М氏のことを聞くとよいと教えてくださいました。

    今年発行の冊子でしたが、
    持って行きなさいと、渡してくださいました。


    帰国後よく見ると、この冊子仏語と英語表記でした。

    フランスは、仏語以外使わないといったことを
    聞きましたが、英語は必要になっているようでした。

  • 区役所の場所も、地図に示してくれました。<br /><br />とても親切が有り難かったので、<br />手持ちのチョコレートをお渡ししました。<br /><br />メルシー<br />ありがとうございます。<br />サンキューと、<br />ありったけのお礼を言い、後にしました。

    区役所の場所も、地図に示してくれました。

    とても親切が有り難かったので、
    手持ちのチョコレートをお渡ししました。

    メルシー
    ありがとうございます。
    サンキューと、
    ありったけのお礼を言い、後にしました。

  • エレベーター右壁面のネームプレートを<br />見て帰るだけでは、あまりに心残りでした。<br /><br />しかし、このお隣のアバルトマンの女性のおかげで、<br />私はハウスキーパーさんと話すことができました。<br /><br /><br />女性がお持ちになっていらっしゃるのは、<br />お礼に日本の大漁旗をモチーフにした<br />布袋をプレゼントしたものです。<br /><br /><br />私が、パリへ出発する前、娘に「何か日本っぽい、<br />ちょっとした品を持って行きたい」と、言ったら、<br />「これ持って行けば」ってくれました。<br /><br />

    エレベーター右壁面のネームプレートを
    見て帰るだけでは、あまりに心残りでした。

    しかし、このお隣のアバルトマンの女性のおかげで、
    私はハウスキーパーさんと話すことができました。


    女性がお持ちになっていらっしゃるのは、
    お礼に日本の大漁旗をモチーフにした
    布袋をプレゼントしたものです。


    私が、パリへ出発する前、娘に「何か日本っぽい、
    ちょっとした品を持って行きたい」と、言ったら、
    「これ持って行けば」ってくれました。

  • М氏のお宅の前で、一枚、記念写真。<br /><br /><br />父、ここへ来たのかな?<br />

    М氏のお宅の前で、一枚、記念写真。


    父、ここへ来たのかな?

  • 帰り道です。<br /><br />なんとなく、後ろ髪が引かれる思いです。<br /><br />あぁ、もうМ氏やそのご家族は<br />いらっしゃらないんだぁ。<br /><br /><br />樹木の向こうに、エッフェル塔が見えます。<br /><br /><br /><br /><br /><br />

    帰り道です。

    なんとなく、後ろ髪が引かれる思いです。

    あぁ、もうМ氏やそのご家族は
    いらっしゃらないんだぁ。


    樹木の向こうに、エッフェル塔が見えます。





  • 帰りのRERのC線のホームへと向かっています。<br /><br /><br />

    帰りのRERのC線のホームへと向かっています。


  • このあと、<br />天気がよかったので、セーヌクルーズに行きました。<br /><br />セーヌクルーズは、みなさん、おなじみですよね。<br />素晴らしくて、あちこちシャッターを切りました。<br />

    このあと、
    天気がよかったので、セーヌクルーズに行きました。

    セーヌクルーズは、みなさん、おなじみですよね。
    素晴らしくて、あちこちシャッターを切りました。

  • 50年前のセーヌクルーズ関連のパンフレットです。<br /><br />こうした古いパンフレットのカラーコピーを、<br />そこの場所へ行き、お見せしお渡ししてきました。<br /><br />けれど、クルーズで働く人たちは、<br />お若い方ばかりでしたし、とても忙しそうでしたので、<br />お見せしないで帰ってきました。<br />

    イチオシ

    50年前のセーヌクルーズ関連のパンフレットです。

    こうした古いパンフレットのカラーコピーを、
    そこの場所へ行き、お見せしお渡ししてきました。

    けれど、クルーズで働く人たちは、
    お若い方ばかりでしたし、とても忙しそうでしたので、
    お見せしないで帰ってきました。

  • そして、シャイヨー宮へ。<br />

    そして、シャイヨー宮へ。

  • 次には、行きたかったギャリエラ美術館へ。<br /><br />クローズしていました。<br />がっかり。<br /><br /><br />写真は、ギャリエラ美術館の正面だと思いますが、<br />違うかもしれません。<br />

    次には、行きたかったギャリエラ美術館へ。

    クローズしていました。
    がっかり。


    写真は、ギャリエラ美術館の正面だと思いますが、
    違うかもしれません。

  • この日の、ルートを地図に示しました。<br /><br />ホテルに帰るには、少し早かったけれど戻って夕食。<br /><br /><br />素晴らしい一日だったなぁ。<br /><br /><br />

    この日の、ルートを地図に示しました。

    ホテルに帰るには、少し早かったけれど戻って夕食。


    素晴らしい一日だったなぁ。


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大人のたんけん②

この旅行記へのコメント (2)

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  • churros さん 2010/07/18 09:51:18
    はじめまして
    不二山さん、はじめましてy訪問ありがとうございます。

    旅行記拝見しました、遠い国での人探しって難しいですよね〜
    私も10数年前初めてスペインに行った時にお世話になった
    方の自宅を訪ねたのですが、引っ越しされていて未だに連絡が
    取れません、スペインに行くのも歳ですので後数回でしょう、
    会えればいいな〜と思っています。

    私も英語が話せませんが何となく海外に出掛けております、
    思ったほど相手を理解するって難しくないのかもしれませんね

    Q&Aの回答お役に立ちましたでしょうか?T/Cってっこの時代に
    必要なんでしょうか?はなはだ疑問です、私の浅い経験でも
    T/Cを使ってらっしゃる方を見かけた事がありませんよ。

                    churros

    不二山

    不二山さん からの返信 2010/07/18 11:48:13
    RE: はじめまして
    churrosさん

    書き込み、質問の回答もありがとうございます。


    遠い国での人探し、大変でしたがとても楽しかったです!
    いはいえ、もう住んでいらっしゃらないとわかった時は、がっかりでした。

    T/Cのよしあしについて、で質問させていただいた今回の
    ヨーロッパ行きは、人探しはなく、早くに亡くなった父が、
    各国の地図にいろいろ書き込んでいたり、ホテルやレストランの
    レシートがあるので、そこを訪ねる予定です。


    churrosさんの旅行記を開けましたが、
    スペインへよく訪れていらっしゃいますよね。
    大切な方は、引っ越しをされていたのですか…
    となると、その後の連絡は取りにくいのでしょうね。

    私は、スペインは行ったことがありませんが、
    父のバルセロナの地図やパンフレットには、
    たくさんの書き込みがあり、
    今回のヨーロッパ行きの候補地でしたが、
    結果取りやめにしました。

    スペインや、ヨーロッパは遠いです。
    私は、中部国際空港を利用しますが、直行便が出ていないことが多く、
    乗り換えをするため時間がかかります。
    churrosさん、まだまだ、スペインへ行ってくださいね。

    人は、私が海外に行くというと、英語が話せるとお思いになるのですが、
    いえいえ、そうではありません。
    無茶だとお思いの方もおありだと思いますが、
    それなりに浅いコミュニケーションであれば、できると思います。
    ただ、今回はヨーロッパ対応の電子辞書を購入しました。
    また、携帯電話を持参し、スケジュールに列車情報・宿泊先情報を
    入力していき、現地の確認に役立てようと思っています。
    もちろん、紙媒体も持参します。

    ps:
    Q&Aの回答のお礼と、この掲示板の返事が前後してしまいました。
    こちらにつきましては、省かせていただきます。

不二山さんのトラベラーページ

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