2009/10/11 - 2009/10/15
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MILFLORESさん
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【ベルリンの壁】 言わずと知れた、冷戦時代東西分裂の象徴。
今年はちょうど、「ベルリンの壁崩壊」20周年です。
1961年8月13日
有刺鉄線を張ることから始まった。
西ベルリンを包囲する形で東ドイツが立ち上げた総延長155kmの壁。
1989年11月9日
東ドイツ政府が「旅行許可に関する出国規制緩和」政令を出す。
記者会見にて東ドイツスポークスマンが「東ドイツ国民は、
全ての国境通過点から出国が認められる」と発表。
そして、「政令発行はいつからか」というイタリア人記者の質問に、
「今から直ちに」と誤発表。
このニュースが徐々に知れ渡って東ベルリン市民が壁周辺に集まりだし
国境警備隊はその群集に武力行使することも出来ずに、
真夜中近くついにゲートを開放。
10日になるとノミと金槌を持った東西両市民が壁を両側から壊し始めた。
ベルリンの壁の崩壊です。
20年前、私はスペインに来たばかりの高校生で自分の勉強に四苦八苦してて、壁崩壊事件をちゃんと理解していませんでした。
今回、ベルリンの壁崩壊に関して旅の前後に色々と読んで、長年ふたつの世界を分断していた壁は、ベルリン市民の自由を求める「力」で簡単に崩壊しちゃったんだ!って感動してしまいした。
表紙の写真:【壁跡ライン】 (夫撮影)
壁のあった場所にブロックが埋め込まれています。
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旅行記はテーマ別に以下の通りまとめました。 (●印がこの旅行記)
〇 『はじめに』 交通機関、ウェルカムカード、宿泊、
食事、Pfand、買い物、見所ダイジェスト
http://4travel.jp/traveler/milflores/album/10389383/
〇 『クマ狩り』 街のあちこちにあるペイントされたクマのオブジェの収集
http://4travel.jp/traveler/milflores/album/10389846/
〇 『繁栄』 プロイセン王国及びドイツ帝国の首都としての繁栄の時代
http://4travel.jp/traveler/milflores/album/10390316/
〇 『虐殺』 ナチス独裁の暗黒時代
http://4travel.jp/traveler/milflores/album/10390733/
〇 『破壊』 第二次世界大戦にての街破壊の名残
http://4travel.jp/traveler/milflores/album/10395157/
● 『分断』
〇 『再生』 東西統一後の街再生
http://4travel.jp/traveler/milflores/album/10400881/
〇 『技術』 ドイツが誇る新旧の産業技術
http://4travel.jp/traveler/milflores/album/10401949/
〇 『テレビ塔』 ベルリンのどこからでも見える高さ368mのタワーの魅力
http://4travel.jp/traveler/milflores/album/10402099/
〇 『BERLIN ILLUMINIERT』 滞在最後の夜に始まった光の祭り
ベルリン名所の素敵なライトアップ
http://4travel.jp/traveler/milflores/album/10402276/
-
アレクサンダー・プラッツでは、壁崩壊20周年を前にして、当時の様子がパネル展示されていました。
毎日のように、先生に連れられて説明を受けている小学生・中学生・高校生グループを見ました。
「壁」を知らない、統一ドイツに生まれた世代ですね。 -
壁崩壊5日前のデモの様子。
世界時計の周りにこんなに人いっぱい! -
【トポグラフィー・オブ・テラー】及び
【チェックポイント・チャーリー】付近の壁。
この壁の向こう側、右の方に
【チェックポイント・チャーリー】があります。
【トポグラフィー・オブ・テラー】
⇒ 『虐殺』旅行記参照 -
こちら側の壁は、中の鉄筋が現れてます。
修復するのかな?
それとも、このまま見せておくのかな。
(夫撮影) -
この道をずーっと行くとチェックポイント・チャーリー。
(夫撮影) -
マーティン・グロピウス博物館と壁。
-
ベルリンの壁があった場所は、今ではこうした石ブロックの2ラインで印されています。
案外と薄い壁だったことを実感しました。
(夫撮影) -
【Checkpoint Charlie チェックポイント・チャーリー】
英米仏の軍人と外国人専用の国境検問所があった場所。
「チャーリー」はアルファベットを表すコード名。
(A=アルファ、B=ブラボ、C=チャーリー・・・)
人気の観光スポットとのことですが・・・これだけ。
普通の交差点なのに横断歩道が少なく、観光客は多く、皆好き勝手に車道を渡って車道に出て写真撮るから、ちょっと混乱状態の場所でした。(笑) -
こんな風に検問所を復元してあり、兵士の恰好をした人がいて観光客と写真を撮ったりしていました。
(夫撮影) -
旧東ドイツやロシアの兵帽やバッジなどのグッズ、ガスマスク(!)まで売ってる露店。
ベルリン市内にあちこち結構出ていました。 -
チェックポイント・チャーリーを旧西側から見た場合には、ロシア兵の写真が見えます。
旧東側から見た場合は米兵(3枚上の写真)
ここに来る意味は、この復元された一角を見ることよりも、付近の路上にあるパネル案内で昔の様子を知り、現在のその場所と比べてみることにあると思います。
(夫撮影) -
チェックポイント・チャーリーの歴史を説明するパネル。
道路には壁跡ラインが通っています。
今は近代的で平和なこの場所が!とビックリするような写真がたくさんです。
そう言えば、4トラベラーさんの中にも壁崩壊前の東西ベルリン旅行で、ここの検問所を通って東ベルリンへ入った経験をなさった方がおいでですね。 -
西側(米占領区)から東側(ソ占領区)を見る。
こんな風にこの場所に両サイド戦車が並んで、下手したら第三次世界大戦が勃発したかも知れないような緊張した出来事もあったようです。 -
近くの土産物やには、このような壁の欠片を売っています。「オリジナル」って書いてありますが、じゃぁ別の場所で売っているのは偽物なのか? (笑)
絵葉書に欠片入りケースがくっついてたり・・・
壁崩壊から20年たった今でも、様々な形で壁はまだ世界中に散らばって行ってるのね。
マドリード市内北部に「パルケ・デ・ベルリン」という公園があるのですが、そこにある噴水にも本物のベルリンの壁3枚をオブジェとして置いてます。 -
付近のカフェテリアの看板も、壁利用してます。
-
チェックポイント・チャーリーの近くにある
【ベルリンの壁博物館】は入場者の列が建物の外に出るほどの混雑でした。
入場料がやたらと高いし、【ベルリンの壁記念センター】に行くつもりだったので、ここは入りませんでした。 -
ブランデンブルグ門背部から。
壁はこの辺りを通った。
崩壊時には多くの市民が集まり、
壁の上に馬乗りになって歓喜に沸いた。 -
ブランデンブルグ門のすぐ近く
【犠牲者追悼メモリアル】
壁を乗り越えようとして国境警備隊に射殺された東ベルリンの市民を追悼する白い十字架が並んでいます。
最後の人は1989年2月に亡くなってます。
その同年に壁が崩壊、翌年に東西統一するなんて・・・
なんとも気の毒なことです。 -
【ベルリンの壁記念センター】を見るために
市内北部へやって来ました。
Bernauer通り
この道に沿って壁が建設されました。 -
今はこうして自由に歩ける場所に壁があった。
-
市内のあちこちにある「壁案内」柱。
ひとつの街を壁で囲んじゃうなんて、とんでもないことを東ドイツはやらかしたもんだ。
そして、囲まれた中の方が「自由」な側とは。 -
この案内柱、各国語で壁に関して説明が聞けます。
日本語はなかったけど、スペイン語があったのでプッシュ♪ -
【ベルリンの壁記念センター】
Berliner Mauer Dokumentationszentrum
無料
建物正面に掛けられている写真は、銃を構えた東ドイツ兵士に見張られながら、壁建設をしている労働者。
記念センターの一番の見物は、実はセンター内ではなく、展望テラスから見られる正面にある壁の様子。 -
ここでは、次第に強化され二重になった実物の壁が保存されています。
これは、西側から東側を見てる図になります。
(夫撮影) -
壁の天辺は、よじ登るのに掴みにくくするために、円柱状の管が填め込まれています。
(夫撮影) -
テラスからの眺め。
二重の壁の左側には、壁建設のために取り壊された住居や教会の跡があります。
真ん中に見えてる屋外パネル展示も見応えあり。
詳細はこのあとで。
(夫撮影) -
壁の向こうに広がる東ベルリン。
テレビ塔や大聖堂などが見えます。
今は平和なこの光景。 -
記念センター 内部展示室
大して広くないこのフロアーのみなのですが、写真や様々な資料を通して、壁の建設がよーく理解できます。 -
特にビデオはじっくりと全部見ましょう。
壁建設に伴う東ドイツ市民の悲劇に衝撃を受けてしまいました。
写真やビデオはほとんどが西側(英米仏)の記録です。
1961年8月13日に始まった壁建設。
最初は有刺鉄線を境界線に張ることから始まったのですが、西側市民はそれを目の前で見ながら、「おまえ達、何やってるの?」みたいな顔してるんです。
まだ有刺鉄線が張られただけの部分を見つけて、西へ逃げてくる女性のビデオがあったのですが、その人、まともに有刺鉄線に絡まり顔中傷だらけで、それでも西側市民に助けられてニコニコしてる映像が印象的でした。
建物に沿って壁が建設された所は、まずはそこの住民を追い出して扉や窓を板で塞いだ。でも、そんな板を外して建物に忍び込み、窓から壁の向こうへ飛び降りる東側市民が相次いだので、低い階の窓はレンガで塞ぎ始めたら、それでも4-5階くらいの高い所から身投げ同然で西側に逃げる人々がいた。
窓の下で西側市民が集まってキャッチしてあげるんですが、地面に叩きつけられた人もいたようです。
この映像にもショック受けました。
壁に沿った建物はその後、破壊されました。 -
記念センター前の教会跡の展示も見ました。
教会は行った時にちょうど閉館時間になっちゃって、中は見られませんでした。 -
壁越しの挨拶
東側を覗く西側市民 -
壁が建設された後のこの場所の写真です。
高い塔のある教会が残っていますね。
ところがこの教会、壁に近い所にあるため、塔に上ってそこから壁向こうへの逃げ道になると建て壊されるのです。
(夫撮影) -
で、爆破されます・・・
塔の上の飾り(十字架)がぶっ飛んでいるの、分かりますか? -
その落ちた飾りがそのまま展示されてます。
(夫撮影) -
・・・壁・・・
「ベルリンの壁」は崩壊して今日(2009年11月9日)で20周年だけれど、こんなものがまだ世界中のあちこちに残っています。 -
さて記念センターからの帰り、
SバーンのNordbahnhof駅
駅への降り口、こんな所にも「ここに壁がありました」というラインがありました。
ベルリン市内に壁建設前にもちろん地下鉄は通っていたから、壁建設後はこういう地下鉄への入り口も封鎖したわけですね。 -
このNordbahnhof駅構内にも壁関連の展示があります。
ここは「ボーダーステーション、ゴーストステーション」だった。
つまり、駅としては封鎖したけれども、西側市民の移動手段としての地下鉄ラインは引き続き運行しつづけたのです。
下の図参考
↓
↓
↓ -
壁建設後、西と東両方を通っていた線は、堺の駅でそれぞれストップ、折り返し運行するようになりました。 (図の赤いライン)
でも、左上の西側から真ん中で東側を何駅が通って、再び西側に出るラインは、真ん中の東側駅には止まらなくなりました。 -
茶色い線がベルリンの壁を表しています。
この線が西側から東側を通って又西側に出て行くのが分かりますか。
このNordbahnhof駅はまさにこの間の「止まらない駅、ゴーストステーション」になったのです。 -
地下鉄は止まらないけれど、東西を繋ぐトンネルが通っている訳だし、こういう場所にも東側兵士の見張りがありました。
ところが、この兵士達だって西への逃亡者になりかねないということで、見張り場所に監禁されるように任務についていたようです。 -
こういう歴史を知った上でこのNordbahnhof駅を見ると、なんか薄寒く感じました・・・
-
【EASTSIDE GALLERY イーストサイド・ギャラリー】
ベルリン滞在最後の日の午前中、雨の中を行ってきました。
壁崩壊後、世界中のアーティストによって壁に描かれたグラフィッティ。
シュプレー川沿い約1.3Kmに及ぶ屋外ギャラリーです。
Ostbahnhof駅から出て目の前の大通りを渡ればすぐ。
(夫撮影) -
ドイツ語分からないので定かではありませんが、
オリジナルが描かれたのが1990年2月〜9月
2009年、崩壊20周年を前に修復
ガイドブックや他のトラベラーさんの写真で見ると、落書きがひどい壁画でしたが、きれいに塗りなおされていました。
ちゃんと元のグラフィッティ・アーティストが来て修復したものもあるようです。 -
概して、平和を訴える絵が多いです。
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「TOLERANCE(寛容性)」って言葉が見えます。
-
「Dancing to Freedom」
ミロっぽい色使いに惹かれた。 -
壁記念センターで有刺鉄線に引っかかる女性のビデオを見た後だったので、有刺鉄線に反応してしまった。
(夫撮影) -
壁に挟まれた民衆・・・
-
これ、有名ですね。
壁を突き破る東ドイツの車トラバント
ナンバーには壁崩壊の日にちが書かれてます。
(夫撮影) -
で、ギャラリー前に停車してた本物のトラバント。
レンタルしてる会社があるようですね。 -
ピカソのゲルニカ風の壁画もありました。
-
この部分は修復(というか、色塗りなおし)が本当に最近されたようです。
今年8月にいらっしゃったけーしちょーさんの旅行記を拝見すると、この壁画は落書きだらけです。 -
可愛いのにちゃんと訴えてる。
壁で積み木遊びしちゃおう♪
白人も黒人も東洋人もみんな一緒に仲良く♪ -
修復って色を塗りなおしてるのかと思ったけど、こんな風に真っ白に塗った壁があるってことは、一から描き直ししてるのかしら・・・?
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壁越えてます!
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「日本地区への迂回路」
日本贔屓のベルリンの画家さんが描いたそうです。 -
どっかの美術館にでもありそうな絵。
イーストサイド・ギャラリー、様々なタイプのグラフィッティがあって飽きません。 -
カラフル♪
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グラフィッティをこんなに楽しく見たのって初めてかも。
雨さえ降っていなければ、もっとゆっくり見られたのに。 -
ちょっと好きなタッチと色彩の絵♪
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壁がちょっと途切れる場所から、シュプレー川に掛かるきれいな橋が見えました。
-
ほのぼのしてますが、窓から見える景色に注目。
左から、MOSCOW・CHINA・EVERYWHERE・BERLIN
本当にね・・・「ベルリン」と言えば「壁」だったもんね。 -
これはダリっぽいの。
ミロ、ピカソ、ダリ・・・
イーストサイド・ギャラリーでのスペイン人画家画風人気ですね。 -
ガイドブックで見て、この絵知ってたけど・・・
ゲッ インパクトあり過ぎ
旧ソ連のブレジネフ書記長と旧東ドイツのホーネッカーのキス
これ、本当にこういう写真あるんですね!
知りませんでした。
ホーネッカーってやたらと抱擁やキスをする人だったらしい。友愛の情を示すために社会主義圏の指導者との会見ではいつもこうした挨拶をしてたとか。 -
イーストサイド・ギャラリー南端にある土産物店。
ほら、キスの壁画と並んでその写真があります。
有刺鉄線を跨いで逃げてくる東ドイツ国境警備隊の兵士。
これも有名な映像です。
「壁」に関してたくさん学び、考えさせられました。
特に【ベルリンの壁記念センター】は行って良かった。
ベルリン旅行記 6/10 完
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この旅行記へのコメント (4)
-
- ホーミンさん 2009/12/01 13:40:35
- ベルリンの壁、今昔。
- 続けてお邪魔いたします。
28年にわたるベルリンの壁の歴史がよくわかる旅行記をありがとうございます。
壁ってこんなに薄いものだったのですね?
驚きです。
こんなに薄っぺらなものが、どんなに大きく人々の前に立ちはだかったか・・。
壁の崩壊は、今でも鮮明に覚えています。
遠い国でおこった事なのに、感動してテレビを見ていました。
今ある多くの国境も、いつの日かこのお写真のように、自由にまたいで歩ける日が来るといいですね。
- MILFLORESさん からの返信 2009/12/02 23:17:29
- RE: ベルリンの壁、今昔。
- こちらにもコメントありがとうございます。
> 壁ってこんなに薄いものだったのですね?
本当に 驚きました。
実際、簡単に超えられそうなものだったし・・・
> 壁の崩壊は、今でも鮮明に覚えています。
> 遠い国でおこった事なのに、感動してテレビを見ていました。
私は、当時は「そういう壁があって、それが崩壊した」という認識のみで(お恥ずかしい・・・)、今回の旅行で色々と知って感動しました。
20年遅い・・・
ベルリンは街自体が大きな近代史博物館です。
-
- waterlilyさん 2009/11/10 17:35:03
- 10周年と20周年
- MILFLORESさん、
ご結婚10周年おめでとうございます☆
素敵なMILFLORESさんご夫妻の末長いご健康とお幸せをお祈りしています。
さて、昨日はちょうどベルリンの壁崩壊から20周年でしたね。
私は壁崩壊後にしか行ったことがないのですが、夫が壁崩壊の5年前とちょうど壁崩壊の年に東ベルリンに行き、大変感激したようでした。
その時の写真を最近の旅行記に入れましたが、こんな様子だったようです。↓
http://4travel.jp/traveler/gallery/pict/12539115/
今は随分変わったとはいえ、MILFLORESさんの旅行記で今でもまだこんなに壁が残されていると知り、驚きました。
冷戦は無くなっても、今も尚世界の彼方此方で続く民族紛争、、、
平和な世界が来ることを、過去の教訓に踏まえて学び、祈りたいと思います。
- MILFLORESさん からの返信 2009/11/11 06:57:47
- RE: 10周年と20周年
- waterlilyさん こんにちは!
ご訪問とお祝いのお言葉、どうもありがとうございます。
タイムリーな時にベルリン訪問となりまして、旅行前に読んで理解したベルリンの壁崩壊前後の様子に重ねて、ベルリン市内のあちこちで見られたパネル展示の写真のおかげで、今の様子と過去の様子を比べて見ることができました。
壁は、イーストサイドギャラリーも面白かったのですが、落書きもなく冷徹な姿のまま残っている部分や、「ここに壁があった」というブロックラインの方が印象深かったです。
ホロコーストをテーマに作成した『虐殺』旅行記にも書いたのですが、
こういう過去を忘れないように街中に残しているベルリンって、大人の街だなーって思いました。
waterlilyさんの旅行記、すっごく興味深く拝見しました。
ベルリンの昔の姿、今の姿、自分が住んでいる街以外でこんなに熱心に見比べたのって初めてです。
どうもありがとうございました!
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