2006/10/11 - 2006/10/20
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kojikojiさん
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「陳氏祠堂」の建築美を堪能した後は地下鉄に乗って越秀公園まで移動しました。上海といい広州といい東京の地下鉄より進化していて、京都の地下鉄のようにガラスの囲いと自動扉が設置されています。ここでは「南越王博物館」
広州の夜と言えば珠江のナイトボートでしょう。
沙面のホテルからブラブラ歩いて西堤客運駅まで出ました。
川沿いはネオン管が色とりどりに輝いています。
朝のうちに予約しておいた船に乗り込みます。早い予約だっ
たので前方デッキの良い席でした。7時45分から9時までの
クルーズです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「陳氏祠堂」の建築美を堪能した後は地下鉄に乗って越秀公園まで移動しました。上海といい杭州といい、線路側にはガラスの囲いと自動ドアが設置されているので東京の地下鉄より安心感があります。
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東京メトロの営団時代の古い駅よりもよほど近代化されていると思います。
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「南越王博物館」までは地上に出てから少し歩きました。有名な博物館ですが訪れる人も無くガラガラです。
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博物館の中心の西漢南越王墓は広州市解放北路の象崗山にあり、今から2100年前に造られた西漢初期(日本では前漢)の南越国君主であった文帝趙昧の墓です。1983年に発掘調査が始まり、中から15人の殉死者と、玉器や青銅器を中心とする1000点以上の埋葬品が発見されました。
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10年をかけた遺跡の保存とともに博物館を建設しました。 陵墓がそのまま博物館の中心になって、周囲に建物が建てられています。
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墓主は「絲縷玉衣」を身に纏い、周囲には玉佩などの玉器が配置され、真珠で作られた枕に10本の鉄製の剣や9つの印章によって墓の主であることを示しています。絲縷玉衣は2291片の玉盤を赤い絹糸で縫い合わせて作られています。
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400年余り続いた漢時代の玉衣は数例の発掘例がありますが、これは中国で最も早く発見されたものです。漢の時代の皇帝貴族は玉衣を身に纏うと体が朽ちないと信じられていました。諸星大二郎の「孔子暗黒伝」という作品に金縷玉衣が出てきて、孔子が「反魂の術」を使うと、死者が蘇る場面で動き出すシーンを思い出しました。
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「越秀公園」までも歩きました。公園の入り口までも結構歩きましたが、入口からも広大な敷地なので更に歩かされます。
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「五羊石像」は越秀公園内の南秀湖の南西部に造られた庭園で、広州の旧称「羊城」の由来となる伝説の5匹の羊を彫った高さ11メートルの「五羊石像」が中心にあります。神様が貧しい広東の地にそれぞれ異なる穀物の種をくわえた5匹の羊を遣わし、五穀豊穣の地になったという伝説があります。この伝説にちなみ広州は「五羊城「とか「羊城」と呼ばれます。
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丘の頂上には明代初めに建てられた朱塗りの木造5層の鎮海楼があり、現在は「広州博物館」になっています。展示物も興味深かったですが、最上階からの景色とフロアの階段部にある置型のエアコンの冷風が印象に残っています。10月だと言うのに30度以上もあり非常に暑い日でした。
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解放北路をぶらぶら下りながら歩きます。
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グルリと周り込んで「中山紀念堂」の前に出ました。中山紀念堂は偉大な革命家である孫中山を紀念するために広州の市民や海外の華僑の寄付で建てられました。紀念堂は元々総統府のあった場所に建てられています。中国では孫文よりも孫中山の名称が一般的であり、孫中山先生と呼ばれています。中国国民党では現在も孫文は「党総理」であると党則第15章で定めているそうです。
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屋根の下に孫中山の手書きの「天下為公」という扁額が掛かっています。後にマレー半島を旅していてペナン島や周辺の地で孫文の足跡を知ることがありました。もちろん台湾でも国立国父紀念館を訪ねました。
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少々歩き疲れたので一度ホテルへ戻り、部屋で一休みしてから夜の沙面に出掛けました。どの通りを歩いても新しいライトアップされた建物を発見します。
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川辺に出ると途端に気温が下がったような気がします。昼間は茶色く澱んだ川の流れも夜になってしまえば美しくネオンを反射させるばかりです。
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ビル全体が目まぐるしく変化します。規制の問題もありますが、日本より進んでいるように感じます。
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黄色くライトアップされた建物は「粤海関」で、清朝の海禁が解かれた康煕 24年 (1685年)に設置され,内外の船舶に対し船鈔 (入港税) や貨税を徴収した機関です。乾隆22年 (1757年)に外国貿易が広州港に限定されてから最も重要な海関になります。
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「珠江ナイトクルーズ 」の船に乗って夕涼みです。
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ナイトクルーズ船のコースはフェリーターミナルを出航した後に沙面公園のある白鵝潭まで行ってUターンして、珠江下流の二沙島広州大橋を越え、海印大橋辺りでUターンして再びフェリーターミナルに帰ってきます。
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沙面が近づいてきましたが川の上を走る道路が邪魔です。
高い建物は沙面で唯一の高層ホテル、広州白天鵝賓館(ホワイトスワン)です。 -
こんなサーチライトは日本でやったら航空機の飛行障害になって許可されないでしょう。
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船はUターンして河口方面へ向かいます。このまま河口を下ると100キロほどで珠江は獅子洋と名前を変え、香港と澳門の中間あたりで海に出ます。
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二沙島広州大橋はきれいなピンク色にライトアップされていました。
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この当時は中国もまだガラケーの時代です。固定電話のインフラがほとんどなかった中国は、携帯電話からスマートフォンへ飛躍的なスピードで変革していきました。
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中国をボーッと旅などしていないで、この頃から投資を考えていればよかったと思います。
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海印大橋は1985年6月に着工して1988年12月に開通しました。越秀区と海珠区の間の珠江を渡って結ぶ全長約1130.75メートルの美しい斜張橋(しゃちょうきょう)です。ここで船はUターンです。
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船の揺れでブレてしまいましたが、なんとなく雰囲気のある写真になりました。
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中国に何度も旅するようになって自分でも変わったなと思いますが、以前であればケバケバしいライトアップなど大嫌いでした。でもカメラのデジタル化と共に許せるようになりました。以前であれば難しかった夜景の撮影も簡単になりました。
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フィルムカメラの時代では現像するまでドキドキが続いていましたが、今ではその場で、尚且つ実物より美しく写真が簡単に撮れるですから技術の進歩には驚かされます。
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そろそろクルーズも終わりのようです。
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あっという間の1時間30分でした。10月の中旬でも日本より南方の広州です。川面を渡る風も気持ち良く感じられました。
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広州最後の晩御飯は広州三大名店の残りの1軒である「北園酒店」です。タクシーで乗り付けたら入口が真っ暗で、一瞬閉店しているかと思いましたが中にはたくさんのお客さんがいました。この店のお客は地元の人ばかりという印象でした。
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もともと嶺南建築という華南や香港の一部の昔ながらの建築の建物と庭園を持つレストランとして伝統的な広東料理を作っていましたが、この旅の翌年の2007年に経営者が変わり、建物も変わったようです。すごい空腹感を抑えつつ注文してしまったので、この後は大変な事になってしまいました。写真を撮る間もなく妻に揚げたスペアリブを1本持って行かれました。
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レタスと椎茸の旨煮はこの一皿も完食出来ないであろうボリュームです。そして味は最高においしいので困ってしまいます。
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揚豆腐の旨煮の後に広東風炒飯まで出てきてしまいました。淡白な味付けの溶き卵のスープも美味しかったです。念願の広州三大名店を制覇出来て大満足の広州の夜でした。北京の有名なレストランと蘇州の三大名店制覇に続く快挙です。
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