さいさいさいさんのクチコミ(51ページ)全2,720件
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投稿日 2019年09月29日
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投稿日 2019年09月29日
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投稿日 2019年09月29日
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投稿日 2019年09月29日
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投稿日 2019年09月29日
総合評価:3.5
明大通りの楽器店街の少し南にある杏雲堂病院の植え込みの中に石碑がありました。やや低めの石碑なので見つけにくいかもしれません。説明書きはありませんが、江戸時代初期に天下のご意見番と言われた大久保彦左衛門が駿河から江戸に帰任した際の屋敷があったそうです。
- 旅行時期
- 2019年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2019年09月29日
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投稿日 2019年09月29日
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投稿日 2019年09月29日
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投稿日 2019年09月23日
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投稿日 2019年09月23日
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投稿日 2019年09月23日
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投稿日 2019年09月23日
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投稿日 2019年09月23日
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投稿日 2019年09月23日
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
神田明神の随神門の右にこの地が国学の発祥地であることを示すポールのみが建っていました。詳細な碑文は別途、社殿の横に設置されています。荷田春満のよって始まった国学をここ神田明神ゆかりの方が、その振興に協力したそうです。
- 旅行時期
- 2019年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
江戸時代の男坂創建時からあったいちょうの木だそうで、関東大震災や東京大空襲の災難をくぐりぬけて立っているものだそうです。2本幹がありますが、もともとの木の横にもう一本生えて(分岐?)きたそうで、古い方は枯れたので株のみ残っていて、それも歴史を感じるものでした。
- 旅行時期
- 2019年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年09月23日
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投稿日 2019年09月23日
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
大黒様とともに神田明神で祀られている神様で、正式には少彦名命(すくなひこなのみこと)とおっしゃるそうです。像自身はだいこく様の大きさに比べると小さいものの、魚や亀、海豚とともに大きな波の中で小舟に乗っている姿が印象的でした。
- 旅行時期
- 2019年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
神田明神の随神門を入って左側に建っていますが、とても大きいので、すぐわかると思います。聞くところでは日本一の大きさだそうです。米俵のうえに乗っておられ、ダイナミック(?)な姿が表現されていて見ごたえのあるものでした。
- 旅行時期
- 2019年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.5























