Ptravelerさんのクチコミ(497ページ)全10,530件
- サムネイル表示
- リスト表示
- ホテル
- ショッピング
- グルメ・レストラン
- 交通機関
- 観光スポット
- 基本情報
-
投稿日 2014年12月04日
総合評価:3.5
JR渋谷駅の北、マルイ渋谷店付近から渋谷消防署前を通り、岸記念体育会館付近までの通りである。渋谷消防署前を通ることから、この名前が付いたらしい。特に通りの南側は、平日昼間でも人通りが多く賑わっている。通り沿いには、マルイ、ルミネ、ドトールコーヒー本社等のショップやレストラン等が多数並び、買物やショッピングに便利で、楽しく散策ができることから、訪問することをお勧めする。
- 旅行時期
- 2014年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2014年12月04日
-
投稿日 2014年12月04日
-
投稿日 2014年12月04日
総合評価:3.5
JR市ヶ谷駅の東、靖国通りの南にある東郷元帥記念公園の隣りある小学校。週末午後、少し離れた処からこちらの校舎を見たが、かなり古いものの、3階の窓の曲線的なデザインなど、なかなか美しく見えた。関東大震災の復興事業の一環として、大正15年、こちらの小学校も鉄筋コンクリート造として建てられ、また災害時の避難所としても使えるように、記念公園が併設された。さらに、パラボラアーチ型の窓などのデザインも特徴的なことから、特に建築やこの界隈に関心や知識がある方には、訪問することをお勧めする。
- 旅行時期
- 2014年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2014年12月04日
-
投稿日 2014年12月03日
総合評価:3.0
JR飯田橋駅付近から地下鉄九段下駅近くまでの目白通り沿いに立っている飯田橋付近の歴史的遺産を記した石碑の一つで、こちらはJR飯田橋駅の近くの歩道にある。平日昼間でも、石碑周辺は多くの人が通っているが、こちらの碑に目を留める人はいなく、碑はひっそりと佇んでいた。石碑のみなので観光要素は少ないが、明治24年、 東京農大の原点である、育英黌農業科が、逓信、農商務、文部、外務の大臣などを歴任した榎本武揚などにより、この地に創設され、大塚窪町への移転する明治26年まで続いたことから、特に東京農大やこの界隈に関心や知識がある方には、訪問することをお勧めする。
- 旅行時期
- 2014年10月
-
投稿日 2014年12月03日
-
投稿日 2014年12月03日
総合評価:3.5
地下鉄本駒込駅の南東、日本医科大学同窓会館の左側の隅にこちらの石碑と説明板が立っている。やや狭い道路からすぐの処にこれらがあるが、週末午後のせいか、人があまり通っておらず、ひっそりと立っていた。石碑と説明板のみなので観光要素は少ないが、夏目漱石がここに3年間住み、東京大学英文科・第一高等学校の講師として活躍する一方、処女作、我輩は猫であるを執筆し、この旧居は作品の舞台となったほか、次々と倫敦塔、坊ちゃん、草枕等を発表したところでもあり、特に近代文学やこの界隈に関心や知識がある方には、訪問することをお勧めする。
- 旅行時期
- 2014年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
ソフトドリンクやのど飴など、ちょっとした品物の買物にも便利
投稿日 2014年12月03日
総合評価:3.5
JR秋葉原駅の西、総武線高架下にある薬屋さんである。週末午後伺ったが、数人のお客さんが薬やドリンク等を購入していた。全国に店舗を構える比較的安価な薬屋さんで、店内には、医薬品や健康食品、化粧品のほか、ドリンク等も揃っており、電気街での買物の途中、薬はもちろん、ソフトドリンクや、のど飴など、ちょっとした品物の買物にも便利であることから、そのような必要がある時に訪問することをお勧めする。
- 旅行時期
- 2014年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2014年12月03日
総合評価:3.5
JR渋谷駅の西、東急百貨店南西側の松濤郵便局前交差点から、道玄坂上交番前交差点へ抜けるやや細い通りである。何度も通っているが、夜は大勢の人が歩いているが、昼間は閑散としている。通り沿いには、SHIBUYA O-EASTやclub asiaなどのライブハウス、映画館、レストラン、ファッションホテルなど並んでおり、これらの施設に関心がある方には、訪問することをお勧めする。
- 旅行時期
- 2014年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2014年12月03日
-
投稿日 2014年12月03日
-
投稿日 2014年12月03日
総合評価:3.0
JR代々木駅の西、駅前の交差点から西方へ延びる道路を進み小田急線のガードを過ぎた先の右側の歩道に、こちらの標柱が立っている。休日午後だったが、住宅地にあるためか、標柱付近は人通りが少なく、標柱に目を向ける人はいなかった。標柱のみなので観光要素は少ないが、高野辰之は、長野県生まれで、東京音楽学校(現在の東京芸術大学)教授を務めたほか、春の小川、おぼろ月夜、ふるさと、春が来た、紅葉(もみじ)などを作詞したことで知られ、またここに住んでいたことから、特にこれらの歌やこの界隈に関心や知識がある方には、訪問することをお勧めする。
- 旅行時期
- 2014年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2014年12月02日
総合評価:3.5
地下鉄本駒込駅の南、向丘二丁目交差点の先の細い路地を入っていくと左側にある曹洞宗のお寺。赤い山門をくぐると、正面にほうろく地蔵があり、左側を進んでいくと、やや大きな本堂がひっそりと佇んでいる。本堂の周りには木々が立っている。週末午後だったが、他に2人ほど参拝者がいたくらいで、静かであった。1597年、神田柳原に創建、その後、この地に移転され、また境内には、ほうろく地蔵があり、昭和新撰江戸三十三観音霊場23番、東京三十三観音霊場26番札所となっている。特に曹洞宗や昭和新撰江戸三十三観音霊場、東京三十三観音霊場に関心や知識がある方には、訪問することをお勧めする。
- 旅行時期
- 2014年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2014年12月02日
-
投稿日 2014年12月02日
-
投稿日 2014年11月29日
-
投稿日 2014年11月29日
-
投稿日 2014年11月29日
-
投稿日 2014年11月29日























