KAUBEさんへのコメント一覧(2ページ)全31件
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ロンドン・冬 読ませて頂きました
こんばんわ kaubeさん お久しぶりです。
今日はロンドン・冬編を読ませて頂きました。
1965年夏から冬の出来事なんですね
自分が小学生の頃に、すでに欧州無宿の日々を送っていたんですね
五木寛之氏のエッセイ集<風に吹かれて>にしばしば出てくる
欧州無宿のバックパッカー達の話はまさにこの時代の事なんですよね
自分も鉛色の冬のロンドンを過ごした事があります。
一ヶ月滞在していてもロンドンでは太陽を観た記憶が
ほとんどありませんでした。
入国時の個人旅行者への冷たさは70年代も同じでした。
1975年に初めて訪れた時は三週間のビザしか貰えなかったものです。
それでも何度でも訪れたい倫敦よ・・・
RE: お久しぶりです
また読んでくださってありがとうございます。
ロンドンでは出てきたばかりの日本人旅行者と出会って、
わずか一、二年の間にすっかり変わってしまった日本の海外旅行事情を感じました。
そういう時期だったのですね。
そのころ kio さんはまだ小学生…、ぼくは32歳でしたから、だいぶ年代が違うのですね。
まあそんなことはたいして重要なことではないと思っていますが。
五木寛之の「風に吹かれて」とか、「若者は荒野を目指す」とかは、帰国後に読みました。多分、出国前にはまだ書かれていなかった、と思います。
行く前に読んだのは、小田実「何でも見てやろう」とか、犬養道子「お嬢さん放浪記」でした。ぼくはとくに後者に感銘を受けました。
ぼくもいろいろつらいことがあったロンドンですが、数年を経て再訪したときは、地下鉄の駅を吹き抜けるカビ臭い風が、もうむちゃくちゃ懐かしかったのを思い出します。
やっぱりある意味世界一魅力的な都会かも知れませんね。
次の「ハンブルク早春」を書いていますが、
うまく書けずにドツボにはまっています。
でもまたそのうち書きあげます。
では…
2006年07月28日12時18分 返信するRE: RE: お久しぶりです
>行く前に読んだのは、小田実「何でも見てやろう」とか、犬養道子「お嬢さん放浪記」でした。ぼくはとくに後者に感銘を受けました。
自分は<何でも見てやろう>に大きく影響を受けました。
中学生か高校の頃、読んだと思います。
小田実が戦後まもないロンドンで同じ敗戦国としてつま弾きされた感のある
ドイツ娘とデイトするシーンが印象的でした。
>次の「ハンブルク早春」を書いていますが、
うまく書けずにドツボにはまっています。
でもまたそのうち書きあげます。
もしやハンブルグのユースホステルで働いていた事があるのですか?
ちょいと高台にある彼の地のユースホステルは何度も滞在して
います。 いつ行っても数カ国語を操る日本人ヘルパーが
受付にいましたね。
是非 新作をお願いします。期待していますよ
2006年07月30日21時13分 返信する -
スイスの一面を見せていただきました。
KAUBEさん
美しく静かな村、グリンデルワルドに住むことは私の憧れなのですが、スイス人の閉鎖的な一面も知りました。セイコー氏は妻帯者なのにスイス女性と恋仲になったから迫害、警察ざた、国外追放になったのでしょうか?このようなことはさほど珍しいことではないように思いますが、相手が東洋人だからこれほどヒステリックになったのでは?と疑問を持ちました。スイスに住むことは難しい面がありそうですね。それにしてもセーコー氏、国外追放されても、離婚してスイス女性と結婚されたのは日本男児の意地を見せたというところでしょうか。ただ、この話が今も笑い話になっていないところは、セイコー氏、スイスで幸せに暮らしておられるのだろうか?意地を通されたことは本人にとって良かったのだろうか?と気になります。セーコー氏の人生、楽しんでおられることを望んでいます。RE: さすらいおじさんへ
そうですね。スイス人のそういうところ、あのときひどい目に遭ったセイコーも、それを見ていた私も、あまりよい印象はありません。ただ、肝心のフレーニがしっかり筋を通していたのが印象的でした。
反対の理由、本音はやっぱり東洋人だから、というか、外国人だから、でしょうね。村人どうしで婚姻をしていた原始集落に近い感覚、というと言いすぎかな。でも硬い、マジメな人たちなので、妻帯者のくせに、というのも事実あったでしょうけど。神の教えに反するとか。
本人たちが強かったので、とうとうごり押しを通した、ということですが、やっぱりかつての反対者たちに囲まれての生活はよい気分ではない思います。今もあのころのことは彼らの上に何らかの陰を落としている、とぼくは思っています。
セイコーはあれ以来性格に少し陰影を持つようになり、いくらか世をすねたようなところもできましたが、でも今は本来の海洋志向に方向を絞って、手作りのボートで大西洋を渡る夢と向き合っていますので、ぼくもそれを応援しています。72歳の大西洋ひとりぼっち、実現するでしょうか…2006年06月24日10時41分 返信するRE: RE: さすらいおじさんへ
KAUBEさん
フレーニさんもセイコーさんも意地を通されたのですね。若いときに燃えあがった恋が一生を左右するのですね。セイコーさんもフレーニさんも反対者に囲まれての駆け落ちのような結婚ではないか、と想像しますがフレーニさんは強い女性ですね。
72歳で大西洋のボートの旅、ロマンですね。
セイコーさんの人生は映画になりそうな波乱万丈ですね。
いいお話を伺いありがとうございます。
2006年06月24日16時38分 返信する -
グリンデルワルドのYHは最高でした
KAUBEさん
はじめまして。2月26日から6月15日まで中南米旅行をしておりまして帰国後4TRAの皆さんのページ訪問を再開していますが、kioさんのページでKAUBEさんの紹介を拝見して伺いました。
私は1971年8月14日にグリンデルワルドのYHにお世話になりました。
1971年のスイスの旅行記をご覧になったkioさんからKAUBEさんのことは伺っておりましたが、入会されておられたとは嬉しいです。kioさんの人脈作りにはいつも感心しています。
グリンデルワルドの1971年日記を見直してみますと、「日本人が20人、ベランダで出していただいた日本茶を啜りながら、アイガーと星を眺めながら談笑していた。」と書いています。私もその時KAUBEさんにお世話になったのだろうと思います。翌日は登山電車でユングフラウに登り、素晴しい景観を見て氷河で氷すべりをし、私にとっても人生最高の瞬間でした。
私は1971年のバックパッカー旅行が忘れられず、仕事をリタイアした今、またバックパッカーになって旅をしています。今も各国でYHにお世話になっていますが、グリンデルワルドのYHは一番印象に残っている、人生最高の喜びを教えてくれた最高のYHでした。ありがとうございました。
RE: さすらいおじさんさん
書き込みありがとうございました。
本当にあのYHは、あのシチュエーションだけでももうびっくりしてしまいますね。こんなところにひと夏を過ごすのかと、初めてあそこに着いたときにはもう夢を見ているような気分でした。
ところで、私がグリンデルワルトのYHにいたのは1966年の5月から10月で、さすらいおじさんが行かれた71年にはもう帰国しています。帰国して、ヨーロッパ放浪記を出版したのがそのころかな…
このサイトの旅行記登録フォームには70年までしか選択肢がなく、それ以前のはどうするのかわからなくて、適当にそのへんにしちゃっています。
今とはぜんぜん事情の違う古い時代の放浪でした。
私がいたころは、私がいた五ヶ月の間に、日本人なんてほんの数人が泊まっていっただけでした。目に見えることといえば、それが今とは最大の違いでしょうか。
また古い記憶をたどって書き続けるつもりです。
これからもよろしくお願いします。2006年06月23日09時06分 返信する -
お気に入りに入れていただき光栄です。
このたびはお気に入りに似ご承諾を戴き有難うございます。
KAUBさんの
一枚の写真が物語を構成。素晴らしいです。
惹きつけられる様にいつも拝見させていただいております。
これからも伺わせて戴き勉強をさせていただこうと思います。
写真のコメントの一言がむずかしい。 宜しくお願い致します。
流氷を私も見ました。一期一会 出会いは嬉しいものがありました。
K MRE: 読んでくださってありがとございました。
自分のための記録、というつもりで作ったホームページから旅の記録だけを4トラに公開してみましたが、こうして読んでいただいたりするととてもうれしいものです。
kyokosa-nさんのヒマラヤ、今ほんとにざっとですが拝見しました。現地の姉弟の(逆? 兄妹…)の写真、じっと見入ってしまいました。こういう出会いが旅なのかな、なんて思いながら。
写真の説明文といえば、出版社で雑誌の編集をやっていたころ、写真の説明をよく書きました。あれはふつう編集の仕事です。でも編集者必ずしも文章うまい人、というわけじゃなくて、結構苦労してる人もいました。今だから言えるネタバレです。あのわずかな字数で写真が言いたいことを代弁するのはそりゃ大変ですからね。
ではまたkyokosa-nのヒマラヤや国内の山の記録もゆっくり拝見します。
私のは古い記録ばかりですが、これからもよろしく…2006年06月22日10時37分 返信する -
信州への旅
私が生まれる前のkaubeさんの信濃路への旅編
読ませて貰いました。
当時はまだ生きていくのに必死で
観光旅行という概念が無かった時代だったのでしょうね
>小学生の頃、地図が好きだった。
世界地図や日本地図を自分の記憶に頼って描くのが好きだった。
(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン 自分も同じでした(笑)
子供の頃から地図を眺めては文字通りの<机上の旅>をしていたなぁ
トーマスクックのタイムテーブル、今でも引っ張り出せば
時刻表に書かれている地名を見る都度に旅心を刺激してくれます。
kaubeさんが蒸気機関車の排煙に難儀された中央西線、、
高校生の頃、よく通いましたよ
1970年代の半ばまで、SLが現役で働いていたんですよね
そのSL撮影の為にホントによく通いました。
高架鉄橋を徒歩で渡っている最中に、私を発見して汽笛を激しく鳴らす
蒸気機関車とすれ違い、えらく恐ろしい目にあったものです お馬鹿・・(・・;)
南木曽駅から歩いて妻籠へ更に馬籠峠を徒歩で越えて
藤村の生家のある馬籠まで十数キロ、苦もなく歩いたものでした。
kaubeさんの信州旅行記から色々な出来事が記憶の底から蘇りました(*^_^*)
2006年06月03日23時02分返信するRE: kioさん、ご無沙汰しました
この前書き込みをいただいてから二週間にもなります。
ご無沙汰お許しください。
kioさんが熱心に勧めてくださったおかげで、ほとんど自分自身のための記録、ぐらいのつもりだったHPの一部が、こうして何人もの人に読まれるようになって、大変喜んでいます。
ところでkioさんも地図の好きな少年だったのですね。やっぱり子供のころのそういう傾向は、その子の未来を指し示しているのでしょうか。
そう、あのころはSLがまだ現役、というよりも、ほとんど全路線SLが普通で、神戸から名古屋までもやつぱりSL、そのうち東海道線はわりとすぐ電化されて電車になりましたが、神戸からSLにのった2006年06月22日10時44分 返信する -
お気に入り登録できました。
kaubeさん
4トラ・スッタフの手続きでお気に入り登録できました。それを使って、便利に旅文楽しまさせて貰っています。
アイルランドの虹:タイトルにするだけに好いですね。
<そして、ほかにすることがない> ポトリ!と落ちたようなフレーズ、切り取ったような時間の中の静かな雰囲気、そして何もない静穏への不安。青春の息遣いが感じられます。
冒頭の写真はフェルメールの佇まいのよう…これもいいですね!
北海道紀行では、すこし古いですが昔の作家で河田 「旅に住む日」が私には大変感銘深い一書です。ほかに「地図に引く朱線」などがある同氏は日本の旅・紀行文学の初期の優れた作家と思います。 osd
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りんごの香りに一票
KAUBEさん、
楽しめよ人生を ラインの旅、拝見しました。
なんて素敵な、かぐわしい物語。
現地の人たちと夜更けまでロシア民謡を歌ったシベリアの夜を
思い出してしまいました。
私のページに何度もいらしていただいてありがとうございました。
これからもKAUBEさんの旅行記を楽しみにしております。
と言いながら、来週にはカラチに出発します。
むこうは電話回線だそうで重い4トラにアクセスできるのか心配。
しばらくお休みしなければならなくなるかもしれません。
で、唐辛子婆の名前の由来をプロフィールに書きました。
〜唐辛子婆〜
RE:唐辛子婆さんまた来てくれてありがとう
由来、読みました。納得しました。ちょっとややこしい事情でしたね。それにしても「婆」とは…、ははは、まだこだわってるよ。
そう、あのリンゴジュースは、最初は、ぼくには酸っぱ過ぎて、えっ、となりました。でも二回目には、あ、うまいかも。で、そのうち、のどが渇いたときはこれしかないぜ、となりました。
無香料と書きましたが、糖分も無添加だそうです。日本のリンゴジュースは、100%のものでもリンゴの香り以外の香料を感じるので拒絶。
そうかといって、ドイツに注文出すわけにもいかんし…
ドイツではアッフェルザフト Apfelsaft をぜひお試しください。大人は普通ビールだって。あ、そうでした。
ところで来週はまた遠出の旅ですか。気をつけて行ってらっしゃい。どうぞよい旅を。2006年05月25日21時02分 返信する -
久米島・ある島人の物語…を読んで、、
>でも直接会うのだけはおやめなさいと、老人たちは言いました。
そのときはそういうシチュエーションで、
親しくなった泊り客に打ち明ける気になったのだろうけれども、
そんなふうに突然やって来たヤマトンチュに話したくはないはずだと、
彼らは静かにそう言いました。
人には誰もが触れられたくない過去も有るだろうし
或いは過去を引き摺って生きているんですね
島の老人達の人間の機微に通じた深い洞察と心遣いに感服しました。
RE: kioさん、こんにちは
久米島を早速読んでくださって、ありがとうございました。
私のホームページの「歌」のサイトにあった小編をコピーしてみたものです。
ところでkioさんの旅行記にはほとんど国内モノはないようですが、
子供時代の松本一人旅の話がありますよね。
最初はおずおずと、でも次第に肝がすわってきて、
結構冷静に大人を批判し始めたりするあたり、おもしろいですね。
五年生の子が、そういうことを自分から言い出したというのは、
やっぱり旅好きの素質なんだろうと思います。
私の場合はその年齢ではまだ戦争中で旅行どころではない時代。
でも、実は私もその年齢で、
将来の旅好きにつながるような体験をしています。
これはいくらなんでも
「旅のクチコミサイト」にはふさわしくないと思って遠慮していましたが、
kioさんの文章があまりにも生々しく私の体験を思い出させてくれたので、
やっぱり読んでもらうことにしました。
これからそれを投稿します。
2006年05月24日21時33分 返信する -
素晴らしい旅に惹きこまれてしまいました(*\'ー\'*)ノ~~
KAUBEさん(* ^-^)ノ初めまして♪
同じ4トラのkioさんに「とても興味深い旅行記が出てたよ
ハマるよ」と
お聞きし早速お邪魔させて貰いましたm(__)mペコリ
kioさんの旅行記もとても良い時代の
海外の旅での出来事を読ませてもらっています。
何故かセピア色の旅にとても惹かれます。
自分が出来なかった、まだまだ海外旅行が
今のように安易に出来なかった頃の旅って
本当に素晴らしいです。
今「グリンデルワルトYHのキッチン」と
船旅?、?を拝読させて頂き
kioさんが「素晴らしい」と仰ったのが
本当にわかりました。
船での長い旅!これが本当の旅なんだなぁ〜と
凄く感動です。
それにKAUBEさんが経験されたお話しがとても
楽しくユニークに書かれていて
吸い込まれるように読んでしまいました(^O^)/
これから少しづつKAUBEさんの旅、読ませて下さいm(__)mペコリ
とっても!楽しいです。
1ドル360円の時代の海外!その中での出来事、、
全てが魅惑的です。
興奮して何を書いているのか(笑)
兎に角本を読むより面白くって明日も楽しみに
お邪魔させて下さいネ♥
宜しくお願いしますm(__)m
RE: チビケイさん、お便りありがとうございました。
たくさんの方に読んでいただけるようになってとても喜んでいます。
それにしてもkioさんには、宣伝下手の私の代わりに目いっぱいPRしていただいて感謝、感謝です。
古い体験で、実際の旅情報としては無価値ですので、
最初はちょっと腰が引けてたのですが、
ある意味珍しい、今ではできない体験ということで、
かえって読んでくださる方もおられるからと、
あちこちからすすめられてちょっとやる気になっています。
「離人症の谷??」「フレーニ・シルトのこと」「リンデンバウムの庭」「マッターホルンが見ていた」「デンマーク放浪」あたりが私の自信作です。
なんて、自分でいうな。
国内の旅行記やニュージーランド、ハワイなんかは、わりと気楽に書きなぐっています。
これからもどんど書いていきたいと思っています。書くのは好きです。
気楽にどこからでもお読みになってください。
またお話できるといいと思います。
これからもよろしく。
2006年05月21日22時41分 返信するRE: RE: こちらこそ有り難う御座います(*^。^*)>>チビケイさん、お便りありがとうございました。
KAUBEさん♪またまたお邪魔させて貰いましたm(__)m
本当は明日の楽しみにと思ってたのに
ついつい、あまりの面白さに35日の船旅?〜?まで
一気に読んでしまいました(*^0^)
KAUBEさん!凄いです!本当にもう夢中で読んでしまいました。
ご一緒に乗船されていた北川さんと言う方!豪傑でユニークで
何度も笑ってしまいました。
それにインドから乗船された女性(看護士さん)の
考え方に、とても感銘しました。
KAUBEさんの旅行記、このまま本にされたら
ヒット間違いないだろうなぁ〜と
流石kioさんが絶賛される旅行記に
チビケイも巡り合えて嬉しいです。
本当に、本当に有り難う御座いますm(__)mペコリ
明日も外出から帰ったら是非見せて頂きに
お邪魔させて下さい。
PS:ホーチミンがサイゴンだった時代〜〜いいなぁ〜(*^。^*)
とっても楽しいです。2006年05月21日23時12分 返信する



