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力石

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浅草

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力石 https://4travel.jp/dm_shisetsu/11342503

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クチコミ 2ページ目(57件)

  • 東京メトロ銀座線浅草駅から雷門(風雷神門)をくぐって仲見世通りを進み浅草寺本堂、五重塔の先の淡島堂近くの新奥山にある力石に...  続きを読む歩いて7分ぐらいで着きます。力石は力試しに用いられた大きな石のことで江戸時代後期に力を競うことが流行したそうです。ここにある石は浅草寺境内で行われた力比べ大会で実際に使われた重さは約百貫(375kg)の石だそうです。この石の大きさには驚きます。庶民の憩いの場として賑わっていたことを偲ばれますので浅草寺参拝の際は足を延ばして訪れることをお勧めします。綺麗に良く整備し管理して見ごたえあります。  閉じる

    投稿日:2019/08/05

  • 浅草寺境内散策

    • 3.0
    • 旅行時期:2019/06(約5年前)
    • 0

    浅草寺本堂の西側の庭園のようなところにある丸い形をした石。「ちから石」とも「さし石」とも呼ばれるそうです。江戸時代後期に人...  続きを読む足たちの力比べで酒樽や米俵を持ち上げて競う事が流行し境内でも力比べで持ち上げられた石のようです。百貫(約375kg)の石で火消しの新門辰五郎らが記念として建てたそうです。  閉じる

    投稿日:2019/10/31

  • いくつかの石

    • 3.0
    • 旅行時期:2019/03(約5年前)
    • 0

    囲まれた場所に、いくつかの石が置いてありました。江戸時代に酒屋、米屋の人たち等が酒樽、米俵を持ち上げるように、石を持ち上げ...  続きを読む力比べをした石が残っていました。綺麗な石ばかりで文字が刻まれた石までありました。  閉じる

    投稿日:2019/03/10

  • 力比べ

    • 3.5
    • 旅行時期:2019/02(約5年前)
    • 0

    浅草の浅草寺にありました。場所は本堂左手にある「新奥山」のゾーンです。全国でいくつか力石を見てきましたが、これはなかなかの...  続きを読む大きさです。昔浅草の境内で行われていた「力比べ大会」の名残だそうですが、持ち上げられる気配もないほどの、この石の大きさには驚きます。  閉じる

    投稿日:2019/05/24

  • 昔の方は力持ちだったのですね・・

    • 5.0
    • 旅行時期:2019/01(約5年前)
    • 0

    蔵前のホテルに年始に滞在した際、朝のお散歩で「浅草寺」へ。
    以前浅草のホテルに連泊した際も早朝の浅草寺は経験済みですが、...  続きを読む年始でも空いていて快適♪
    境内にはさまざまな石碑や像、建物がありますが、「力石」もその一つ。
    いろいろな寺院でよく見かける「力石」ですが、浅草寺のものは独立した一角に丁重に設置されており、大きいので見ごたえがありますね。
    375キロって、米10キロの37個分・・?
    ちょっと古いけど「どんだけ~」って感じですね(笑)。  閉じる

    投稿日:2020/06/04

  • 眉唾でしょう

    • 2.0
    • 旅行時期:2018/12(約5年前)
    • 0

    浅草寺の境内、新奥山には沢山のモニュメントががあります。ここにもありました力石が。熊次郎なる力持ちが明治7年に持ち上げたと...  続きを読むされる375kgの力石が碑として建てられています。よく見るとその碑の周りにも力石が敷かれていました。
    本当にこんな思い石を持ち上げたのか眉唾だと思いました。  閉じる

    投稿日:2019/01/28

  • 新奥山に置かれた浅草寺の力石

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/11(約5年前)
    • 0

    江戸時代にはあちこちの寺社の境内で力比べが行われており、そのために使われたのが「力石」です。浅草寺にも力石があり、新門辰五...  続きを読む郎が記念として建てた力石の碑が本堂西側の新奥山のエリアにありました。見る限り、とても持ち上げられそうにない大きさの石でした。  閉じる

    投稿日:2018/12/15

  • 浅草界隈を散策した際に、こちらに立ち寄りました。浅草寺にある見所の一つで、淡島堂近くの石碑などがある一角(新奥山)にありま...  続きを読むす。瓜生岩子像のそばです。台座の上にやや丸い形の石碑がおかれています。周りには囲いがあります。  閉じる

    投稿日:2018/08/22

  • 浅草寺の境内にあります。

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/06(約6年前)
    • 0

    この力石の碑は当時使われて石とともに建てられています。その石には「熊遊」と刻まれているようです。明治初めに浅草寺で行われて...  続きを読む力くらべ大会で熊次郎という人が百貫もある石を持ち上げたことを記してつくられたのです。作ったのは新門辰五郎らということです。江戸の粋です。  閉じる

    投稿日:2018/07/08

  • 大きな石が並んでいる

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/04(約6年前)
    • 0

    浅草寺本堂の左側のエリアにある。力石は江戸後期、酒屋・米屋の人足たちの間で酒樽や米俵を曲芸のように持ち上げてその力を競う時...  続きを読むに使われた石である。中央には五角形のような形状で角は丸みを帯びた大きな力石が台座に乗っていて、その周りに小さな石が並んでいる。お勧めの点は、大きな力石は百貫(約375キロ)ほどの重量で明治7年(1874)、熊次郎という男が持ち上げたもので「力石・熊遊の碑」と刻まれていること、まわりの力士にも大石などの文字が刻まれていること、力石は他の処でも展示されているがこれほど大きく、また記念碑のように展示されている例は稀であり、また江戸・明治時代の庶民の生活を垣間見ることができる貴重なものであり、特に力石や江戸・明治時代の文化に関心のある人にとっては訪問する価値があることである。  閉じる

    投稿日:2018/06/28

  • これを持ち上げて力自慢をした石

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/04(約6年前)
    • 0

    力石は、新奥山の中。ちょっと奥まった場所です。石柱と金属で囲まれた一角の中心にまあるい石碑が建っていて、それが力石?と思っ...  続きを読むたのですが、そうではない。敷石のような形でごろた石がいくつも並んでいて、それが力石。これを持ち上げて力自慢をした石です。  閉じる

    投稿日:2018/05/16

  • 力比べに使用した石

    • 2.5
    • 旅行時期:2018/04(約6年前)
    • 23

    新奥山の敷地内にあります。江戸時代に力を競うことが流行した時に、境内で行われた「力くらべ大会」でこの石を競い持ち上げられた...  続きを読むそうです。この力石は約375キロもあるとのこと、本当に持ち上げられたのでしょうかねえ。重量挙げで金メダルが取れそうですね。  閉じる

    投稿日:2018/04/11

  • 力比べ

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/01(約6年前)
    • 0

    浅草寺の西側、五重塔の近くにたくさんの石碑などが並んでいますが、この力石もそのうちの一つです。江戸時代後期、浅草寺境内では...  続きを読む力比べ大会が開かれており、その大会で使われた石だそうです。当時は酒屋や米屋で働く者たちのうち力自慢の者たちが力を競い合うことが流行していたそうです。こちらの石碑に用いられている石は約375キロもあり、熊次郎という男が持ち上げたものだそうです。なんとなくですが、現代人よりも力持ちが多かったのではないでしょうか。面白い史跡でした。  閉じる

    投稿日:2018/04/08

  • 記念碑のような力石です

    • 4.0
    • 旅行時期:2018/01(約6年前)
    • 0

    浅草寺境内の西側、新奥山に置かれています。江戸時代に庶民の間で流行った力比べに使われた、100貫(375㎏)ほどの石が台座...  続きを読むにのっています。その周りにもいくつもの力石が置かれています。中には重さが刻まれた石も見られます。いろいろな場所で力石を見かけますが、どこの力石も土に埋め込まれたものばかりで、浅草寺の力石のように記念碑のような形で飾られているものは初めて見ました。こんなに重く持ちにくい石を本当に持ち上げたとは信じられませんが、庶民のささやかな娯楽だったのかもしれません。  閉じる

    投稿日:2018/01/30

  • 江戸の力持ちは百貫の巨石を持ち上げた?

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/01(約6年前)
    • 0

    多くの寺社の境内では力持ち比べが盛んに行われた。
    そのシンボルが大きな力石。
    浅草寺の境内にあるのは百貫近い大石。
    ...  続きを読むざっと400キロの重さ。
    持ちにくいうえ、こんな重さを人力で持ち上げられはずはない。
    力自慢の江戸っ子の心意気を示すものだろう。  閉じる

    投稿日:2018/01/13

  • 力比べに使ったとのこと。

    • 3.0
    • 旅行時期:2017/11(約6年前)
    • 0

    浅草寺本堂から境内を西に進み、奥山おまいりまちに抜ける手前、多くの石碑が集まる一角がありました。その中に「力石」という大き...  続きを読むな石が置かれてて説明書きを読んでみると、江戸後期にお米屋さんやら酒屋さんといった力仕事をする人たちが、重いものを持ち上げる力比べをした際に用いられた石だと知りました。よくぞこんな大きな石を持ちあがられたなと感心しました。  閉じる

    投稿日:2017/11/24

  • 浅草界隈を1日かけて散策した際に浅草寺の境内をくまなく歩いたのでこちらの力石も見ました。浅草寺境内の西側にある奥山(新奥山...  続きを読む)と呼ばれるエリアにありました。力比べに使われた石です。ものすごく重そうな石でよくこんな重い石を持ち上げられるなと思いました。  閉じる

    投稿日:2017/05/28

  • 早朝にゆっくり&のんびり見学

    • 5.0
    • 旅行時期:2017/03(約7年前)
    • 0

    2017年の3月に浅草のホテルに連泊したので、早朝や深夜のガラガラの浅草寺を堪能してきました。
    以前訪問した時にも見学し...  続きを読むましたが、あらためて境内をのんびり散策。
    「力石」もじっくり&ゆっくり見学、撮影できました。
    今まであまり気にしていなかったのですが、石の表面に持ち上げた方のお名前なども刻まれていたのですね。。
    それにしても、百貫(約375キロ)の石を持ち上げる怪力の持ち主ってどういう方だったのかな・・と気になりますね。。  閉じる

    投稿日:2018/06/03

  • いくつかの石がある

    • 3.0
    • 旅行時期:2017/03(約7年前)
    • 0

    江戸時代後期、浅草寺の境内で力くらべ大会があり、その時利用された石が展示されています。いくつかの石が囲いの中に置いてあり文...  続きを読む字が書いてあるものもありました。小さな石は持ち上がりそうですが、大きい石は見ただけで無理です。主に米屋や酒屋商人が大会に参加していたようです。  閉じる

    投稿日:2017/06/07

  • 力くらべに使った

    • 3.0
    • 旅行時期:2017/02(約7年前)
    • 0

    神田明神にある力石は若者たちが力くらべに使った2から30貫くらいの石の事で全国各地の神社仏閣などにありました。神田明神の力...  続きを読む石は80センチに短径67センチで文政5年に柴田四郎右衛門が持ち上げたものであります。  閉じる

    投稿日:2017/02/26

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