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オタルナイ運上屋跡

名所・史跡

小樽

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オタルナイ運上屋跡 https://4travel.jp/dm_shisetsu/11332328

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クチコミ 2ページ目(40件)

  • 石標と説明看板だけがあります。

    • 3.0
    • 旅行時期:2019/04(約5年前)
    • 0

    小樽のお洒落ストリートである堺町本通り沿いにあって、すぐ近くがメルヘン交差点だったり、ルタオの本店があったりと平日でも賑や...  続きを読むかな場所にあります。実際に施設が残っている訳ではないので、この場所自体はこじんまりと、ちょこっとだけ申し訳なさげに石標と説明看板だけがあります。蝦夷地における交易の経営拠点で江戸時代にこのちにあって、さかんに人や物が行き来した場所です。今は観光客がひっきりなしに行き来して、賑やかさの種類は変われど、栄えています。  閉じる

    投稿日:2019/04/29

  • アイヌ人との交易所跡

    • 3.0
    • 旅行時期:2019/03(約5年前)
    • 0

    小樽の人気観光スポットのひとつである堺町通り商店街(LeTAO本店前)にありました。江戸時代に、アイヌ人との交易所があった...  続きを読む場所のようですが、現在はその面影は全くなく、石碑と案内板があるのみでしたが、小樽の歴史を感じることができる場所でした。  閉じる

    投稿日:2019/05/08

  • 300年前から

    • 4.5
    • 旅行時期:2019/03(約5年前)
    • 0

    小樽駅から歩いて15分くらい、堺町通り商店街の端、メルヘン交差点のすぐ近くにひっそりとあります。

    運上とは今でいう「...  続きを読む税関」のようなもので横浜や長崎にもあったと記憶しています。
    小樽でも今から300年くらい前の江戸時代(徳川吉宗時代)に和人とアイヌの人々の交易が行われていたとのことです。
    周りには明治~昭和にかけて建てられた建物が並んでいますがこちらはさらに古い小樽の歴史を物語ってくれている場所です。
      閉じる

    投稿日:2019/04/06

  • 石碑のみ

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/12(約5年前)
    • 0

    メルヘン交差点の近くに小さな石碑が建っていて、江戸時代に和人とアイヌ人との交易の場所だったことが書いてありました。オタルナ...  続きを読むイはアイヌ語で小樽のこと。
    18世紀初めから、とあるので、北海道の開拓よりもずっと前に交流があったことに驚きましたが、今はこの石碑しか残っていないようです。  閉じる

    投稿日:2018/12/25

  • 小樽の歴史のひとつです

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/06(約6年前)
    • 0

    堺町交差点の隅っこにひっそりと看板があります。
    オタルナイとはアイヌの言葉で小樽を意味するもので、
    砂の中の川だそうで...  続きを読むす。
    アイヌの人を運上屋が雇っていた建物があったそうですが、
    今は火事で焼失してしまい、何もありません。
    縄文時代から人が住んでいたという歴史もあるそうです。
    小樽の歴史を感じました。
      閉じる

    投稿日:2018/08/06

  • アイヌ人との交易所

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/03(約6年前)
    • 0

    小樽の堺町を散策しているとメルヘン交差点のすぐ脇に石碑があり、その横に案内板がありました。案内板によると、江戸時代にアイヌ...  続きを読む人との交易を目的に発足した運上屋がこの場所にあったとのことです。堺町には明治から昭和初期に建てられた歴史的重要文化財に指定された建物がたくさんありますが、運上屋は更に古いことを知り感心しました。  閉じる

    投稿日:2018/04/29

  • 昔の行政庁のあと

    • 3.5
    • 旅行時期:2017/10(約7年前)
    • 0

    運上屋とは昔江戸時代に交易のためのお役所のようなもの。松前藩が北海道(当時は蝦夷地)の交易のために建てた交易所兼お役所。昔...  続きを読むは小樽の中心があったのがこのあたり、ということですね。
    今は交差点の角に標柱が1本のみ。昔の街の中心が、今は一番観光では賑わっている場所に変わっているのがちょっと面白い偶然です。  閉じる

    投稿日:2019/08/22

  • アイヌとの交易拠点

    • 3.5
    • 旅行時期:2017/09(約7年前)
    • 0

    小樽の中心街であるメルヘン交差点の近くにこの史跡がありました。オタルナイと言っても何のことかわかりませんでしたが、アイヌ語...  続きを読むで小樽のことということです。昔は、ここに建てられた運上屋でだけアイヌとの交易が認められていたということです。誰も気づかないような説明板ですが、アイヌとの関係は今なお語り継がれていました。  閉じる

    投稿日:2017/09/10

  • 交易所として発足

    • 3.0
    • 旅行時期:2017/07(約7年前)
    • 0

    メルヘン交差点近くにオタルナイ運上屋跡という石柱が建っています。
    オタルナイとは小樽の昔の呼び名。
    この辺りは、行政と...  続きを読む交易の中心地だったそうです。
    運上屋は、江戸時代に和人とアイヌ人との交易所として発足したとあります。
       閉じる

    投稿日:2017/08/05

  • 和人とアイヌ人の交易所

    • 4.0
    • 旅行時期:2017/03(約7年前)
    • 0

    JR函館本線小樽駅を出て南東へ約1.7km、レトロ感のある街並みの堺町本通り沿い東側、小樽堺町郵便局の横にヒッソリとありま...  続きを読むす。
    案内板によると、創設は明らかではないが享保年間と推定され、和人とアイヌ人との交易所として発足、のちに漁業経営の行政一般の役目を行っていた場所だそうです。
    交差点に面した場所にあり、市指定歴史的建造物や常夜灯など見る価値あるスポットが多い地区見逃さないように注意してください。  閉じる

    投稿日:2019/04/30

  • 江戸時代、ここに税金徴収所があった

    • 3.0
    • 旅行時期:2016/07(約8年前)
    • 0

    オタルナイとは小樽の元になったアイヌ語。
    堺町本通の外れ、メルヘン交差点前の路ばたに、江戸時代、この地に松前藩の税金徴収...  続きを読む所(運上所)があったという記念碑が残っている。
    周りは土産物屋が集まっていて、多くの観光客はこの前は素通り。
    かつてはこの辺りも海岸線で、ニシンや鮭との物々交換が盛んだったのだろう。
      閉じる

    投稿日:2016/08/20

  • 観光地で賑わう通りにひっそりと

    • 3.0
    • 旅行時期:2016/07(約8年前)
    • 0

    観光客でにぎわう通りにひっそりと碑と説明版が立っていました。おそらく気づく人はほとんどいませんが、江戸時代に交易所であった...  続きを読むことは小樽の始まりの場所といってもいいぐらい大事な場所だと思いました。何も残っていないのが残念なところ。  閉じる

    投稿日:2016/08/06

  • 小樽発祥の地です

    • 3.0
    • 旅行時期:2016/02(約8年前)
    • 0

    小樽のメルヘン交差点の一角に、ひっそりと小さな石柱が立っています。小樽堺町郵便局と小樽オルゴール堂2号館との間です。石柱は...  続きを読む、オタルナイ運上屋跡を示すもので、隣には解説看板も立っています。小さな石柱ですが、小樽の歴史を学べました。  閉じる

    投稿日:2016/05/23

  • 観光地小樽の中でも、特に堺町エリア周辺は一昔前と比べるとすっかりと様変わりして、その変化に驚かされますが、そんな界隈の中で...  続きを読む時間が止まったかのようにひっそりと佇んでいるのがこちらのスポットです。小さな石碑と解説板があるだけで、殆ど見向きもされていない寂しげな風情ですが、この界隈はやはり小樽の発祥地ですので、こうした史跡がそのことを今に伝えてくれているのは、本当に貴重だなと感動しました。  閉じる

    投稿日:2015/12/26

  • メルヘン交差点の一角

    • 2.5
    • 旅行時期:2015/02(約9年前)
    • 0

    国内外の観光客で賑わう小樽のメルヘン交差点の一角に、ひっそりと小さな石柱が立っています。ちょうど小樽堺町郵便局と小樽オルゴ...  続きを読むール堂2号館との間です。
    石柱は、オタルナイ運上屋跡を示すもので、隣には解説看板も立っていますが、メルヘン交差点を訪れても、ほとんどの方は気づかないと思います。それもそのはず、周囲は、鐘楼が美しいスイーツの殿堂、LeTAOの本店や、小樽オルゴール堂の本店とその前に蒸気時計が立ち、また、おみやげのオタルカンもあり、ついそちらに目が奪われることでしょう。
    小さな石柱ですが、解説看板を読むとなるほどと思います。1716~1735年の江戸時代中期の享保年間に運上屋が成立したとされ、明治維新の2年前の1866年に火災で焼失するまで、運上屋が置かれていたとのことです。運上屋について知りたい方は、小樽から15kmほど西の余市に旧下ヨイチ運上屋の建物があり、中を見学できるようになっているので、訪れてみると良いと思います。
    また、小樽の歴史について知りたい方は、小樽駅前から中央通りを運河のところまで下った運河プラザの隣に、小樽市総合博物館の運河館があり、そこを見学してみると良いと思います。  閉じる

    投稿日:2015/02/06

  • 小樽発祥の地です

    • 3.0
    • 旅行時期:2014/06(約10年前)
    • 0

    観光名所として知られる小樽市の中心街に位置する石碑。ここがかつてアイヌの人たちと交易していた場所であり、行政機能も持ってい...  続きを読むたそうですから、小樽の歴史を感じることができます。周辺は大型の観光施設が多く、この石碑に気付かない観光客も多いです。  閉じる

    投稿日:2014/10/06

  • 小樽発祥の地

    • 3.0
    • 旅行時期:2014/04(約10年前)
    • 0

    賑やかな小樽メルヘン交差点の堺町郵便局隣に、ひっそりとある石碑です。
    かつて北海道が蝦夷地と呼ばれていた頃、当時この地に...  続きを読む住んでいたアイヌ人との交易を幕府から認められた商人が運上屋で、その交易により和人が集まってきたことで、この場所が小樽発祥と呼ばれているそう。  閉じる

    投稿日:2014/06/03

  • アイヌとの交易の跡

    • 2.0
    • 旅行時期:2013/12(約10年前)
    • 0

    和人とアイヌとの交易所、そして漁業経営の行政一般も扱っていた場所です。
    享保年間に創設された、小樽が栄えた原点となる場所...  続きを読むが、メルヘン交差点にあります。
    スーベニールオタルカンと、銀の鐘1号館との間にあります。
    目立つ案内解説板があります。  閉じる

    投稿日:2014/01/02

  • メルヘン交差点のそばに佇む

    • 1.5
    • 旅行時期:2013/06(約11年前)
    • 0

    観光客でにぎわうメルヘン交差点で見向きもされませんが、小樽の歴史を示す記念碑です。
    アイヌの人々との交易の場所として栄え...  続きを読む、宿泊や松前藩の出先機関が置かれた歴史を伝えます。観光客は小樽の明治以降の繁栄を観て廻りますが、それ以前にも小樽にはアイヌの人々の生活の歴史があったことが想像できます。
    撮影していたら、アジアの観光客が不思議そうに見ていました。  閉じる

    投稿日:2013/06/15

  • 小樽のルーツともいえる場所だと思います

    • 4.0
    • 旅行時期:2013/02(約11年前)
    • 0

    オタルナイ運上屋跡は、小樽メルヘン交差点の傍らに碑があります。
    まず、オタルナイは、「砂の川の道」を意味するアイヌ語。小...  続きを読む樽の語源です。で、運上屋は、松前藩では、家臣への俸禄は米ではなく、アイヌの人々との取り引きから得られる利益の一部を給与としていました。ただし、取引は、商人にまかせられ、運上金を収めさせるのですが、その拠点がこの運上屋だったようです。小樽のルーツともいえる場所だと思います。
      閉じる

    投稿日:2013/02/25

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