上野東照宮
寺・神社・教会
4.05
クチコミ・評判 27ページ目
521~540件(全994件中)
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小ぶりですが、上野にも東照宮がありました。
- 5.0
- 旅行時期:2016/10(約10年前)
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上野東照宮の大石鳥居は、5mを超える鳥居で、江戸時代の鳥居の中で最大です。
- 3.5
- 旅行時期:2016/10(約10年前)
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上野東照宮の大石鳥居は、5mを超える鳥居で、江戸時代の鳥居の中で最大です。
江戸幕府の初代将軍徳川家康の御霊を祀るため上... 続きを読む野東照宮が造営されました。
その入口に造られたのが大石鳥居です。
大石鳥居は、当時の江戸幕府の重鎮であった上州厩橋城主、酒井忠世が奉納したものです。
大石鳥居は、高さは5.15mで、備前の御影石を使用したものです。
この大石鳥居は、関東大震災の際にも、全く傾きませんでした。
その頑丈さに当時の人々は大変驚いたと伝えられています。
上野東照宮の大石鳥居は、寛永10年(1633)、に建てられたもので、約400年経過していますが、全く年月による経年変化を感じません。
歴史の風格を感じさせます。
天和年間に、一時、地中に埋められていましたが、50年後の享保19年(1734)に、酒井忠世の孫、酒井忠知が掘り起こして、元の位置に立て直したと鳥居に追記されています。
今回、大石鳥居を見る機会を得ましたが、備前の御影石をどのようにして運んだかが気になります。鳥居の主要部分を、区分して輸送したと思いますが、大変な労力だったと推測しています。海と川を利用した海上輸送と人力による上野の山頂への搬送だったのでしょう。
その労苦に頭が下がる思いです。 閉じる投稿日:2016/11/23
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上野東照宮の透塀は、東照宮の社殿を守るように四周を囲っています。奥が見れるようになっています。
- 3.5
- 旅行時期:2016/10(約10年前)
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上野東照宮の透塀は、東照宮の社殿を守るように四周を囲っています。奥が見れるようになっています。
透塀は、日光の東照宮にも... 続きを読むあるようです。
上野東照宮の透塀は、国の重要文化財に指定されています。
斜めの四角形の格子の向こう側が、透けて見えるので、透塀との呼ばれています。
私は、つい先ごろまで「すかしべい」と思っていましたが、「すきべい」と呼ぶようです。
透塀は、社殿と同時に修復され、創建当時の彫刻等が、華麗に復元されています。
透塀には、多くの動物や植物が彫刻されています。
それらの彫刻は、透けている格子の上部及び下部に、彫られています。
上部の彫刻は、野山の動物と植物で、下部の彫刻は、海や川に棲む動物が彫刻されています。
奥が見える透塀は、四周を守る機能と絢爛たる社殿を見せる機能を併せ持った塀だと、推測しています。
絢爛豪華な社殿を見せ、将軍家の権威を示すためと考えられます。
東照宮に灯篭を競って寄進した諸大名の動きとも符合していると考えられます。
良い勉強になりました。 閉じる投稿日:2016/11/23
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大きな鈴
- 3.5
- 旅行時期:2016/10(約10年前)
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上野東照宮の銅燈籠は、諸大名のうち格式の高い大名が寄進した銅製の燈籠です。
- 3.5
- 旅行時期:2016/10(約10年前)
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上野東照宮の銅燈籠は、諸大名のうち格式の高い大名が寄進した銅製の燈籠です。
上野東照宮の落成に合わせて、各大名が寄進した... 続きを読む石燈籠ではなく、格式の高い大名は、銅製の燈籠を作成し、寄進しました。
現在、上野東照宮には、50基の銅燈籠があり、すべて国宝に指定されています。
同じ種類の銅燈籠でも、大名の官位や格式に応じて、建てられている場所が異なります。
例えば、徳川御三家が寄進した銅燈籠は、唐門の入口の両側に置かれています。
唐門から参道入口の水舎門に近くなるにつれ、格式が低くなり、さらに低くなると銅製の燈籠ではなく、石灯籠になります。
今回、上野東照宮の銅燈籠を訪れ、江戸時代の大名の官位や格式と場所の関係について学ぶことができました。
洋の東西を問わず、皇室の規範や英国王室のしきたりと相通ずるものがあります。
特に、江戸時代の儀典の考え方には、それなりのルールがあったことを知り、大変ためになった銅燈籠の裏側でした。
広い意味で、勉強になりますので、ぜひとも上野東照宮に足を運んでください。 閉じる投稿日:2016/11/01
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上野東照宮は、徳川家康が永く安らかに眠れる場所として造営され、その門が、唐門です。
- 3.5
- 旅行時期:2016/10(約10年前)
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上野東照宮は、徳川家康が永く安らかに眠れる場所として造営され、その門が、唐門です。
藤堂高虎と天海僧正は、徳川家康の魂が... 続きを読む永く鎮まる場所として東照宮を建設しました。
三代将軍家光は、この社殿を金色殿として造り替え、江戸幕府の権力の象徴としました。
東照宮は、権現造りとして、拝殿・幣殿・本殿から構成され、その門として唐門が設けられています。
唐門は、唐破風造り四脚の門であり、日本唯一の金箔の門となっていて、扉には亀甲の透彫り、門柱には左甚五郎作の昇り竜・降り竜の高彫りで、門の側面左右上部は、松竹梅と錦鶏鳥の透彫となっていて、精巧を極めたものです。
唐門は、明治40年に国宝に指定されました。
上唐門も修復工事が行われ、2014年から公開されました。
唐門は、金箔造りの門であり、とても絢爛豪華な感じがしていて、外国人観光客を含めて人気の的になっています。見る価値が高いと思います。
また左甚五郎作の昇り竜・降り竜の高彫りは、感覚的な昇り降りと逆になっている点を初めて耳にし、なるほどなあと理解することができました。ぜひ現物を見て、説明を実地に理解して欲しいと念じています。 閉じる投稿日:2016/10/31
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上野東照宮の石灯籠は、徳川将軍に、諸大名が競って寄進したもので、極めて多数あります。
- 3.5
- 旅行時期:2016/10(約10年前)
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上野東照宮の石灯籠は、徳川将軍に、諸大名が競って寄進したもので、極めて多数あります。
上野東照宮の建造に伴い、全国の諸大... 続きを読む名は、忠誠心を顕すため、競って東照宮の参道を始めとして主要な場所に灯篭を寄進しました。
大名の格の上下に応じ、格上の大名は銅製の灯籠を、格下の大名は石製の灯籠を寄進しました。
東照宮の参道には、本殿に近い方に銅灯篭が、鳥居に近い方には石灯籠が並んでいます。
参道沿いに整然と並んでいる灯篭は、あたかも君主に忠誠を誓い並んでいる家臣のような感じです。
東照宮の石灯籠が200基以上も寄進され、それらの灯篭が、東照宮に整然と並んでいる光景を見るたびに、君主に忠誠を顕す家臣群を連想します。
江戸初期の幕府の絶頂期の権力のすごさに、惧れ感心するとともに、幕末期の幕府の権力の衰退ぶりに哀れさえ感じる石灯籠です。
上野東照宮を訪れる際は、ぜひとも参道沿いの石灯籠を目にされ、歴史の栄枯盛衰の中に身を置き、江戸時代の絵巻を思い浮かべられるのも有意義かとお薦めします。 閉じる投稿日:2016/10/31
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動植物の図鑑
- 5.0
- 旅行時期:2016/08(約10年前)
- 2
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水舎のリサイクル
- 5.0
- 旅行時期:2016/08(約10年前)
- 2
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耐震、免震
- 4.5
- 旅行時期:2016/08(約10年前)
- 2
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石鳥居をくぐると見えてくる小さい門です
- 4.0
- 旅行時期:2016/08(約10年前)
- 0
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ピッカピッカに輝いていました☆
- 5.0
- 旅行時期:2016/08(約10年前)
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ずら~り200基以上並んでいます
- 4.0
- 旅行時期:2016/08(約10年前)
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どっしりした明神型鳥居
- 4.0
- 旅行時期:2016/08(約10年前)
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東照宮
- 3.5
- 旅行時期:2016/08(約10年前)
- 0
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神々しく輝いていました。
- 4.5
- 旅行時期:2016/06(約10年前)
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上野の東照宮
- 3.0
- 旅行時期:2016/05(約11年前)
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ピカピカです
- 3.5
- 旅行時期:2016/05(約11年前)
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灯篭集合!
- 3.5
- 旅行時期:2016/05(約11年前)
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- 4.0
- 旅行時期:2016/05(約11年前)
- 0
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