2012/12/30 - 2012/12/30
72位(同エリア189件中)
Rinさん
ハンブルクで無事に荷物も預けてリューベックまですんなり到着。
ここまでは予定通り。
しかし予想外の事態が発生。
今自分が地図上のどこにいてるかわからない…。
自慢じゃないですが、私方向音痴ではありません。
地図も普通に読めます。
一人旅の時も道に迷うということがほとんどありません。
だからこの時はちょっとしたパニック状態でした。
自分の今いる地点がわからないのがこれほどの不安だとは…。
そもそも私が旅するヨーロッパって通りの名前が壁を見ればかなりの確率で書いてあるのでその分地図も見やすいんですよね。
しかし通りの名前がわかってもそれを地図上に見つけられなければ当然現在地がわからない。
さてどうなったかは続きの旅行記をどうぞ。
日程
12/27(木) 関空〜上海〜(1冊)
12/28(金) 上海〜フランクフルト〜ゴスラー〜ヒルデスハイム〜ハノーバー(4冊)
12/29(土) ハノーバー〜ブレーメン(2冊)
12/30(日) ブレーメン〜リューベック〜ハンブルク(ミュージカル「ターザン」鑑賞)(3冊)
12/31(月) ハンブルク1日観光ミュージカル「ロッキー」鑑賞
1/1(火) ハンブルク〜シュベリーン〜ヴィスマール〜ハンブルク(2冊)
1/2(水) ハンブルク〜フランクフルト〜
1/3(木) 〜上海〜関空
番外編 お土産編(1冊)
詳しいスケジュールは↓
http://tabisuke.arukikata.co.jp/schedule/54402/
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
PR
-
http://4travel.jp/traveler/applejuice/album/10745079
の続きです。
どこなんだここは??
自分がさっきいてたのは大聖堂と思いこんでいるので地図で見てるのは大聖堂の周辺ばかり。
しかし実はさっき言ってた教会はKath.PropsteiKirche Herz Jesuという全然違う教会だったので当然地図を見ても今いてる通りの名前はありません。 -
そんな中でもこんな場所を見つけたり
-
こんな建物を見つけたりしてました。
-
結局30分位迷ってました。
-
人通りの多い広い通りに出た時に通りの名前を確認。
そこで気づきました。
さっき見学した教会は大聖堂じゃない!
大聖堂に行く途中にあるKath.PropsteiKirche Herz Jesuだ!と。
そう思えばすべてが腑に落ちました。
それさえわかれば後は軌道修正するだけ。 -
さぁ今度こそ大聖堂へ向かいます。
この向かう間に行こうと思った教会をいくつか通りました。
閉まってたりして入れなかったんですが…やっぱり焦ってたんでしょうね。
写真すら撮ってなかったです。
さっきはこんな道渡らなかったなぁ…。 -
そして大聖堂到着。
やれやれ。
1173〜1230年に建てられたリューベック最古の教会です。
ロマネスク様式で完成しましたが、その後ゴシック様式で改築されたので、ロマネスクとゴシックが混在しています。
さっきの教会とは比べ物にならないくらい大きい! -
早速中へ。
観光客が結構いてます。
中央祭壇。
バーント・ノトケという彫刻家による『勝利の十字架』。 -
説教壇。
-
-
パイプオルガンもあります。
-
天文時計。
-
教会でよく見かけるこの謎の数字。
なんなんでしょう? -
さて無事に大聖堂の見学を終えて外へ。
これはなんの建物でしょうか? -
ハンザ独特の建物も多いです。
-
垂れ下がっている人形がかわいらしい。
-
アポテーケApotheke/薬局。
リューベックのレンガ造りの家として最も古いもののひとつ。
当初1230年築だったが1942年建て替えられています。
1375年の皇帝カール4世がリューベックを訪問した際、皇妃エリーザベトがここに泊まっています。 -
このライオンのマークが目印です。
もちろん今も薬屋さんとして営業中です。 -
映画館の前にルードヴィヒ2世の映画のポスターが。
TVでもこの映画の宣伝結構してました。
昔は国を潰したと言われた王様ですが今は人気者ですね。 -
カタリーネン教会Katharinenkirche到着。
ここは1370年頃建てられた教会。
現在は宗教美術の博物館になっているそうですが…もう閉館したのか中には入れませんでした。
一部修復中みたいです。 -
ギュンターグラスハウスGunter Grass Haus
1999年にノーベル文学賞受賞したドイツの小説家の方の記念館。
全く興味がないので写真を撮っただけ。 -
なんか素敵な入り口だったので。
-
さて、リューベックでは観光に時間をたっぷり取っている(と思ってたこの時は)し、どっか1つ美術館に入ってみよう!
ということで訪れたのがこちらベーンハウス/ドレーガーハウス。
ガイドブックによると19世紀のワイン商人が建てた宮殿風の館ということだったので調度品とかもあるのかな?と思い入りました。
中に入ると小さな部屋があってそこにコートや荷物を置けるようになっていました。
ドイツの美術館はこういう部屋があることが多いです。
荷物を置いて早速見学。 -
中は撮影禁止(じゃあこの写真は??という疑問は置いといてください)
まぁ撮ってる人もいましたが。
係員の人はダメと一応言ってました(笑)
期待したほど調度品はなく絵画が結構な量ありました。
しかしほとんど知ってる画家の作品はありませんでした。
唯一あったのが2階の展示室にあったムンク。
落書き的なものも含め4点ありました。
正直どの作品もイマイチな感じ。
ムンクの作品だっていうのはなんとなくわかるんですが…それだけ。
ムンクはリューベック在住のお医者さんと交流があったみたいで、その縁でここにムンクの作品があるというようなことが書いてありました。
中は外から見るよりずいぶん広いです。
建物の作りの関係でしょうがぼんやり歩いていると行き逃してしまう展示室とかあります。
作品も多かったので全部ざっと見ただけで1時間ほどかかりました。
丁寧に見てたらもっとかかると思います。 -
聖霊療養院(Heiligen-Geist-Hospital)到着。
あれ?でも閉まってる(>_<) -
残念ながらしばらく休館。
ここは入ってみたかったので残念。
この建物内部では壁にフレスコ画が描かれたホールと小さく仕切られた170人分の小部屋を見ることが出来るはずだったんですが…。 -
救貧院といえば、16世紀にフッガー家がアウクスブルクに設立したものが有名ですが,ここは1280年につくられておりヨーロッパでもっとも古い救貧院のひとつであり、ドイツ最古の福祉施設なんです。
リューベックのハンザ商人は,商業から得られた潤沢な資金により福祉施設を建設しました。
それは施設利用者の救済のみならず、金儲けにあけくれる商人たち自身の死後の魂の救いをも意味したからです。
その好例がこの聖霊療養院です。
この施設は救貧院と病院を兼ねていました。
かつてリューベックはハンザ同盟の盟主として繁栄を誇っていたので、この様に立派な療養院が建てられたのです。 -
先に街の北の端へ行ってみます。
ブルク門(1444年完成)
リューベック旧市街の北の玄関口であるのがこのブルク門。
中世には城壁に囲まれていたリューベックには、かつて4つの市門があったそうですが、今では、西側のホルステン門と、北側にあるこのブルク門の2つだけが残っています。
かつてこの場所は歩いて旧市街へ入る唯一の門だったそうで重要な軍事拠点になっていたようです。 -
門の下をくぐることが出来ます。
-
街の外に出るとブルグ門の昔の姿の模型がありました。
ガラスケースの中に入っているものを撮るのは難しいですね…。 -
そしてまた街の散策に戻ります。
そして到着したのがここシーファーゲゼルシャフトSchiffergesellschaft(船員組合の家)
1535年に建てられ、赤煉瓦、階段状の破風など、かつてのハンザ同盟時代をしのばせます。
以前は船乗りたちの集会所として使われていました。 -
建物正面に立つふたつの門柱はゴットランド島で切り出された石灰石からつくられています。
-
現在はミシュランでも「ハウス・デア・シーファーゲゼルシャフト」という魚料理を中心に提供するドイツ料理の伝統のある郷土食レストランとして紹介されています。
ここで昼食を食べれたらいいなぁ〜と思ってたのですが、全然そんな時間がなかったです(>_<)
ベーンハウス見るのやめときゃよかった…。
未練がましく入り口のメニューを撮ってみました。 -
お次はヤコビ教会。
ここも閉まってる…と思ったら中から人が出てきたのでもしや入れるの?と思ってきてみたら教会の人らしく、今から鍵かけて帰るとこだったみたいです。
残念。 -
さてしばらく歩いて次は「ブッデンブロークハウス」Budden-brook-haus。
マンの小説「ブッデンブローク家の人々」にちなんで名付けられています。
現在はトーマス・マンと兄のハインリヒ・マンの資料館になっています。
元はマン兄弟の祖父母の家で、1841〜1891年、マン家の所有でした。
マンは近くのブライテ通りの家で生まれたそうです。
1890年、父の死によりマン商会は解散、一家はミュンヘンに移りました。
マン自身も1893年リューベックを離れています。
「ブッデンブローク家の人々」はそのマン商会の盛衰、「トニオ・クレーゲル」はマン自身の少年時代をそれぞれモデルにしており、リューベックの風情が描かれています。
ここを舞台にして描いた「ブッテンブローク家の人々」がノーベル賞を受けてこの家が一躍有名になったらしいです。
正直トマス・マンにあまり興味はないので…外観のみ。 -
ブッデンブロークハウスのすぐ近くにTIGER発見!
-
残念ながら日曜なので閉まってました。
入ってみたかったな。 -
ブッデンブロークハウスのすぐ前はMarchenwald(メルヘンの森)という子供向けのクリスマスマーケットが開かれていました。
童話の場面を再現した模型やメリーゴーランドや色々な遊具、お菓子の屋台など子どもが大喜びしそうなものばかりでした。 -
これは眠り姫の一場面ですね。
-
ご存知白雪姫。
-
オオカミと七匹の子ヤギ。
-
この辺りで空を見上げると…ちょっと晴れてきています。
しかし歩き過ぎたのか足はもちろん膝まで痛くなってきました。 -
さてお次は商人の守護教会マリエン教会 Marienkirche。
大きすぎて写真に入らない。 -
教会の前には愛嬌のある悪魔が座り込んでいました。
この悪魔の像には教会建設にまつわる次のような有名な言い伝えがあります。
聖マリエン教会の建設が始まった時悪魔はブドウ酒酒場ができると勘違いし嬉々として建設の手助けをしました。
悪魔のお陰で建設は驚くべき速さで進みましたが実はそれが酒場ではなく教会だと気付くと怒った悪魔は完成間近の教会を破壊し始めてしまいました。
それを止めるために教会のすぐ近くに酒場を建設することが約束されると悪魔は上機嫌になり教会を壊すのをやめ、無事に聖マリエン教会が完成しました。
こうして教会のすぐ向かいの市庁舎にブドウ酒酒場がつくられたのだそうです。
悪魔が座っているのは「悪魔の石」と呼ばれているらしいです。
像はかなり新しい(説明板によると1999年に作られたらしい)みたいです。
きっと観光用に作ったんでしょうね。
横に並んで記念写真を撮っている人がいっぱいいました。 -
ここも閉まってたらどうしよう…と思っていたのですが、ちゃんと開いてました。
良かった。
さて早速入場料2ユーロを払って中へ。
入口でこんな英語のパンフレットをもらいました。
中に教会の見取り図が書いてありました。
ちょっとイスに座って一息つきます。 -
ここ聖マリエン教会もまたホルステン門や市庁舎と同様にハンザ期のリューベックの繁栄を象徴する建物です。
都市の中心部にあるのが大聖堂ではなく商人のための教会であるというところに商業都市リューベックの性格がよくあらわれています。
1260年〜1350年にかけて建てられた典型的なレンガ造りのゴシック建築の教会ですが、第二次世界大戦の際に爆撃を受け大部分が破壊されてしまった為、現在の建物は戦後復元されたものです。
塔の高さは約125メートル,天井高は約83メートル。身廊の高さ38.5mはウルム、ケルン大聖堂に次ぎドイツで3番目に大きくレンガ造りではドイツ最大の教会です。 -
8512本のパイプを持つパイプオルガンがあります。
1705年、20歳のバッハが当時この教会の名オルガニスト、ブクステフーデの演奏を聴くため、400キロほど離れたアルンシュタットからやってきて、その演奏に感銘を受け無断で休暇を延長してまでもこの教会に通ったといいます。 -
天井も高いです。
-
聖マリエン教会は北ドイツにおける最も重要な教会建築のひとつに数えられます。
バルト海沿岸地域にあるおよそ70の教会がこの聖マリエン教会を手本にして建てられたと言われています。
リューベックの教会の中でもひときわ立派な建物です。
ハンザ商人の勢力がいかに大きかったか偲ばれます。 -
北側左手には死の舞踏のステンドグラス。
これは戦後のものらしいです。
ちょっと変わってます。 -
これも。
-
天文時計。
あれ?でも? -
かに座が…えび座にしか見えない…。
かに座の私はちょっと悲しい。 -
-
この祭壇の細工も細かい!
-
1942年、第二次世界大戦の時英空軍によって破壊され地面に落ちた教会の鐘。
今も戦争の悲惨さを伝えるためにこの状態で残されています。 -
ろうそくの灯が綺麗。
-
柱にもこんな絵が。
30分程見学して外へ出ます。 -
出るとさっきより晴れてきてる(*^^)v
ちなみにこの壁の様な建物は市庁舎です。
これは裏から見た市庁舎。 -
さて次はマルクト広場へ。
クリスマスマーケットが開かれているので市庁舎の写真がうまく撮れない…。
市庁舎は独特の黒煉瓦造りですが、増築が繰り返されたことで幾つかの建築様式が混在しています。
紋章はかつて貿易を行った都市のもので、双頭の鷲はリューベックのものです。
また壁に開けられた丸い穴は、バルト海からの強風を緩和するためのものです。
リューベックの市庁舎ではハンザ会議が開催されハンザ同盟の重要な意思決定がここでなされました -
さすが最終日しかも日曜日だけあってクリスマスマーケットま人でいっぱいです。
-
何とか撮った市庁舎。
-
-
こちらにも穴が開いています。
-
こんな素敵な出窓も。
-
さてこの広場にあるカフェ ニーダーエッガーでマジパンタルトを!と思っていたのですが、人でいっぱい。
とても入れそうにありません…。 -
じゃあせめてお土産にニーダーエッガーのチョコレートを!
と思ってお店の方へ。 -
店内はお菓子でいっぱい。
飾りつけもかわいらしい。 -
このお店のウリはなんといってもこのマジパンチョコレート。
ホルステン門の形のマジパンチョコもあります。 -
その他いろんな形のマジパンが。
お土産にいくつか買おうかとも思ったのですが…レジに長蛇の列が…。
現在14:30前なのにまだ食事もしていない…。
これに並んでいたら確実に食いっぱぐれる、ということでおとなしく諦めます。 -
諦めて行った先はマルクト広場のクリスマスマーケット。
いろんなクリスマスグッズも売ってます。 -
が、取腹ペコなので何か食べ物を食べないと…ということで選んだのがマッシュルームのピザ 3ユーロ。
結構大きい。
この時点で電車の時間が結構迫っていたのでそのままでもよかったのにオーブンで温めてくれちゃったりなんかしたもんで結構待つはめに。
気持ちはうれしいけど…電車大丈夫かなぁ。 -
温めてくれたピザを受け取ると駅へダッシュ。
名残惜しいながらもクリスマスマーケットを後にします。 -
駅まではピザを食べながら小走り。
またもやギリギリ。
でもなんとか間に合いました!
さてこれからハンブルクへ向かいます。
続きの旅行記は→http://4travel.jp/traveler/applejuice/album/10746849
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